22話 緊急事態
最後のオリエンとの繋がりすら、今オリエンの手によって切られた。
でも不思議と感情が酷く揺れることはない。もう死んだものに何をしても変わらないのだと今初めて知った。
パーティーを追放されたのならばここからも去らなければならないのだろうか。この宿は気に入っていたけれど、いつまでものうのうと追放された身で同じ宿にはいれない。そこまで考えると僕は荷物をまとめようと椅子から立ち上がった。
「エリアス貴方は本当にこれでいいの…?」
その時、マチルダの声が僕を止めた。
「…何が?」
「オリエンに言いたいことはないの…?」
言いたいこと…、僕がオリエンに言いたいこと…。
少し考えたら嫌わないでほしいだの、抱きしめたいだの、馬鹿な自分が見え隠れして嫌になるだけだ。
「…ない」
マチルダにはそう答えた。きっと彼女ならそれを伝えに行こうと僕の背中を押すから。
でもそれで伝えても今のオリエンはきっと変わらないし、なんなら今以上に嫌われる可能性すらある。黙ってしまったマチルダの横を通り過ぎる。そして、少ない荷物を魔法のバッグの中に詰め込む。その中にはお金、魔導書、回復薬、そしてオリエンの手によって破壊されてしまった指輪が入っている。未練がましく思われるかもしれないが、どうしても捨てる気にはなれなかった。
もともと荷物の少ない僕は、最後に部屋にかけてあったローブのフードを被って窓の外を見みた。反射して少しだけ髪が見えてしまっているのが見えて、深く被り直す。
この髪もオリエンは嫌いになってしまったらしい。オリエンは「元から嫌いだったが隠していただけだ」と言ったけれど、それは信じたくない。小さい頃何度も優しい笑顔で撫でてくれた事をたとえ本人がそうだと言っても嘘にしたくない。
外を見てオリエンと過ごしたことを思い出すと、幸せな気持ちになる。でも同時に虚無感にも襲われた。
軽く息をつくと僕は宿から出るために扉を開けた。
「まって」
もう一度引き留められる。マチルダは今でもオリエンが好きだろうし、オリエンもきっとマチルダが好きだ。恋敵が消えると言うのに引き留めるなんて、随分と人がいい。きっとこの人ならオリエンを幸せにしてくれるだろう。そんなどうでもいいことを漠然と思う。
「私も行くわ」
「…そうか」
マチルダは何か覚悟を決めたようだが、どうでもよかった。
これに限った話じゃない、最近はオリエン以外の全てがどうでもいい。こうなった元凶だけをずっと考えてしまうなんてもはや病的だが僕にはどうしようもない。
「まってて」
マチルダはそう言うと自分の部屋へと走った。
荷物をまとめに行ったのだろう。
部屋に一人残された僕はただ何も考えずに、酔ったオリエンとキスをしたベッドに座る。オリエンは酔っていたせいかいつもよりふにゃふにゃで可愛かったのをよく覚えている。きっとあの日のことは一生忘れないだろう。
「オリエン…」
つい言葉が溢れる。そのせいで最後にこの部屋で発した言葉は彼の名前になってしまった。
「準備は終わったわ、行きましょう」
それから数分経ったとき、マチルダは俺部屋に帰ってくるとそう言った。その後も宿の外に出ると直ぐにマチルダは口を開く。
「これからどうするつもりなの?」
「考えてない」
僕がしたいことなんてあるはずがない。オリエンと会った日から生きる意味を見つけて、その為だけに生きてきたのだ。そんな僕が彼に捨てられた今、したいことなんてあるはずがない。
「…じゃあ、新しくパーティーでも作りましょ?働かなきゃ生きていけないもの」
「あぁ」
そう頷くとマチルダはすぐ近くのギルドへ足を運んだ。
「パーティー登録お願いします」
「はい、でしたらこちらにランクと役職、ギフトをお書きください。」
受付の女性から渡された紙を受け取るとマチルダはペンを走らせた。
「リーダーはエリアスでいい?」
何も考えずにそれに頷く、するとマチルダは最後にリーダーの欄に僕の名前を書き、その紙を受付の女性に手渡した。
「お二人ともA級…?お間違い無いですか?」
紙を見るやいなや彼女は眉を上げた。マチルダがそれに躊躇うことなく頷くと、受付の女性は内容は聞こえないが横の他の男性職員に耳打ちをした。
「どうかしましか…?」
マチルダが目を細めて聞くと、受付の女性はパーティー完了の書類を俺に手渡して口を開いた。
「ただいま上に確認を取っています。緊急依頼がありまして、よろしければお二人に直接依頼させて頂きたくて」
緊急依頼、それはA級冒険者のみに任される危険度の高い依頼だ。過去にオリエンたちと一緒に何度か受けたことがある。確か前はB級魔物のウッドゴーレムの大量発生だったか…そんな過去のことを思い出しながら俺は自分の指の皮を歯で噛んで血を書類に垂らす。
「緊急依頼…どんな内容ですか?」
「それが…魔王軍の幹部を名乗るドラゴニュートが先週から森に滞在するようになりまして…その為今A級冒険者を集めて討伐隊を作っているんです」
二人が話しているのを何となく聞きながら登録書を受付の女性に手渡す。
「はい、これで登録完了です。よろしければ緊急依頼の件でこの後お話よろしいでしょうか?」
「いい…?」
マチルダがくるりと回り僕を見上げる。追放されてすぐだから気を使っているのだろう。しかし別に気分が悪いわけでもない、だから大丈夫だと伝えるとマチルダはそれに承諾した。
「ありがとうございます。でしたらこちらにお願いします」
受付の女性が立ち上がる。もう直ぐに依頼を要請するらしい。別室に呼ばれてついて行けばその部屋には背の低い初老の男性がいた。彼とは何度か話したことがある。ギルドマスター、ランドロクだ。
「まさかお二人に依頼できるとは…本当にありがとうございます」
「いえ、おかまいなく」
僕たちが二人だけなことにも、パーティーを組んだことにも詮索を入れてこない。きっと慣れているのだろう。
「ではさっそくですが詳しく話させて頂きます。先週ドラゴニュートが来たことはもうお聞きしましたでしょうか?」
「はい」
「それでは…実は二日前にもA級とB級の冒険者を募って、討伐隊を作ったのですが…全員戻ることはありませんでした。並の冒険者では手も足も出なかったのです。」
「だから今回はA級のみを…」
マチルダが顎に指を当て唸る。B級がいたとしてもA級すら帰ってこないのは異常だ、魔王幹部だというのは事実なのだろう。
「はい、ドラゴニュートが来てから森には魔物や魔族が大量発生しています。その二つの事象が関係していることは明確、早期の対処をしなければ被害が大きくなる一方です。どうかお二人にも討伐をお願いしたいのですが…よろしいでしょうか?」
ランドロクはそう言うと頭を下げる。
ギルドマスターが頭を下げるなんて相当緊急事態なのだろう。
確かに魔族や魔物の大量発生と言えば数年前に起こった魔王の、最悪の再来を予感させる。その時は全国で魔物と魔族が数千単位で増え、暴れ回った。何故か一夜でそれは落ち着きそいつらは一箇所に集まったのだが、そのエリアはもう人間が住むことができずに魔界と呼ばれるようになった。
「場所と日時は?」
頭を下げるランドロクにそう聞くと、「ありがとうございます」とまた頭を下げられた。生活のために依頼を受けるだけなのに、居心地が悪い。
「場所は揺るぎの森…決行日は三日後の朝になります」
「わかりました。では私たちは二人参加ということで」
マチルダも参加するらしくそう答えた。何人もA級を倒したということはドラゴニュートはきっとA級を遥かに超える、S級。存在自体は昔確認されたらしいが、ここ数100年は存在しなかった幻の存在だ。
もしかしたらオリエンも来るのかもしれない…
そう思ったがきっと会っても嫌な顔をされるだけだろう。詳しいことを喋るランドロクの言葉を聞きながら僕は床のしみを見つめた。
◇◇◇◇
それから何をするでもなく、簡単な依頼をこなし、ご飯を食べ、寝る。そんな2日間を過ごせば直ぐに討伐の日になってしまった。
揺らぎの森から少し離れた草原にA級冒険者たちがわなわなと集まっている。
普段ならありえない量に今回の依頼の過酷さが滲み出ている。マチルダはその為かしっかり準備を整えて来ていて大剣の鋭さがいつもにまして鋭い。周りの先鋭冒険者たちも各々何か準備をしてきたのだろう。S級の可能性がある魔族とこれから戦うのだから当たり前だ。しかし、僕は魔法を使うのに杖を使わないタイプだから用意することは特になく、それこそ魔力の温存くらいしかなかった。
もし死ぬなら死ぬでいいとも思う。
「皆さんお集まりいただいて誠にありがとうございます」
ぼーとしているとランドロクが前に出て冒険者を仕切り始める。
「今回の敵はドラゴニュート、それも魔王軍幹部です。しかし、恐れることはありません。かつてのS級魔族は50人のA級冒険者によって葬られました。私たちは今その倍100人のA級冒険者が揃っています!」
そう声高らかに言い放つランドロクに続いて冒険者たちも「オー!」と雄叫びをあげる。この中の何人が生き残るのだろうかと考えると僕は声を上げる気にもならなかった。
「作戦は前に伝えた通りです。では…出陣!!!」
その言葉と共に前衛がゆっくりと動き始める。
今回の作戦は魔力濃度の高いドラゴニュートがいるであろう場所にこの人数で出撃し、前衛が盾で守りながら魔法を撃ち込む。それを避け俺達を狩ろうとした所を武闘冒険者が攻撃するというものだ。後衛には僧侶もいるらしく怪我をした者から後に下がるらしい。
きっと全国からA級のみをかき集めてきたのだろう、この人数のA級で依頼を失敗するということは普通ならまずない。しかし、今回は普通ではない。どうなるのだろうか。
「頑張りましょうね」
マチルダは横で軽くストレッチをするとそう言った。
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