20話 好感度50
エリアス追放まで残り二日。今日からその日までは依頼を受けないようにした。何故か、それはまだ好感度60のまま下がりきらないエリアスを徹底的に虐めるためだ。
やっと、やっとここまで来た。あと10だけだ…。
少し前からマチルダちゃんが俺にエリアスを虐める理由を問い詰めるようなり、いつボロが出るか心配していたが、それももういらない。しかし、一つ問題がある。エリアスが一ヶ月前から一度も好感度を下げなくなったのだ。というか、何をしても、言っても、無表情だし傷ついてもいない様子だ。
やっと…みんなが生き残れる道が見えて来たのだ、ここまできて諦めることは絶対にないが、単純に今まで通りに接しているだけでは失敗するだろう。
(確か…追放前に好感度50いってないと駄目なんだよな?)
グレイデンに昔もらったネックレスを握りしめ、そう心の中で発する。
『あぁ、エリアスは追放されギフトの【低下】を覚醒をさせる。そして、それは好感度50でやっと最低ラインだ。本当はもっと下げたほうが安全だがそれではお主がエリアスに殺される』
(そうか…)
何度目かの確認、やっぱり残された時間は二日…。
俺はネックレスを強く握りしめると息を吸った。
「行くか…」
自分の部屋から出ると廊下を歩いた。目的地はエリアスの部屋だ。何をやればエリアスは好感度を下げれるだろうか、頭の中はそれだけだ。
『おいっ!!』
「っ…?」
その時パーフェストの声が頭に強く響いた。ボーとしていたせいで気付かなかったがずっと呼びかけていたらしい。そう思った理由は―――
「好感度ってなに?」
マチルダちゃんが目の前にいたからだ。いつも【読心】のギフトを使われている時は、パーフェストがそれを教えてくれるのだが、完全に油断していた。
「…なんでもないよ」
「嘘」
これは…完全にやらかした。言い逃れることは不可能だろう。
「ねぇ…教えて。何で貴方はエリアスを虐めているの?その好感度で言葉がなにか関係あるのかしら」
「…言えない」
上目遣いで俺の目を見つめてくるマチルダちゃんに答えることは出来ない。目を逸らす。もうこのさい変に思われてもいい。
「……エリアスは今本当に危険なのよ」
少しの間が空いたあと、マチルダちゃんは俯きゆっくりと話しだした。
「心の声が全く聞こえない、こんなの初めて…まるで心が死んでいるみたい。ねぇ、貴方はこんな事を望んでるの…?」
「っ…」
言葉が詰まる。心が死んでいる…確かに今のエリアスはその言葉がぴったりだった。
こんな事望んでいるわけがない。でもこうしないと心どころか本当に命まで失くなってしまう。全部、全部、俺のエゴでもいい。誰かに生きたいと頼まれたからこんなことしているんじゃない。ただ、みんなが俺のせいで死んだら俺が耐えられないだけだ。
「…何か言って、オリエン」
「俺は…誰にも死んでほしくない…」
「えっ?」
突拍子のない俺の答えにマチルダちゃんは目を見開く。それでも俺は気にしないで、彼女の目を見つめた。
「…虐めてる理由はエリアスが嫌いだから、それだけだよ」
声が震える、でも無理やり笑顔を貼り付けた。マチルダちゃんは優しいから俺の行動に理由を探してくれる。でもこうしなければ世界が魔王によって崩壊するなんて言えるはずがない。
「嘘ばっか…」
予想外の答えに開いていた口を閉じる。
「…ごめん」
「…貴方が今どんな状況に立たされてるのは分からないけど、私はエリアスのことも支えたいと思ってる。勿論オリエンのこともね」
マチルダちゃんはそう言うと静かに俯いた。
「貴方は理由なしにこんな事をするような人間じゃないと、そう信じてる。だから話せるようになったらでいいからいつか話してね」
本当に俺は周りに恵まれている。グレイデンもマチルダちゃんも何も言えない俺を信じてくれて、エリックは…まぁ、うん。何故か気づいていないけど、それでもいいやつなことに変わりはない。
「俺行くね」
「っ…」
だからこそ、俺はこの行為を辞めるわけには行かないのだ。明日に回すのはもう辞めだ、今日俺はエリアスの好感度を下げきる。マチルダちゃんが歯を噛み合わせ、目を伏せた。心優しいマチルダちゃんのことだからやはり俺の行為自体を良しとはしていないのだろう。
「ごめん」
黙ったまま俯く彼女の横を俺は足早に通り過ぎ、目的地であるエリアスの部屋へと足を進める。マチルダちゃんの呼び止める手は空を切り俺の服をつかむことはなかった。階段を一つ上がればエリアスの借りている部屋がある。大なり小なり人が住んでいる部屋からは物音が聞こえてくるものだけれど、エリアスの部屋は倒れているのか心配になるほど全くの無音。
緊張で汗が走る俺は予定通りネックレスをポケットの奥にねじ込んだ。今日好感度を下げるために考えた策は一つ、ネックレスを盗まれたと嘘をつき、その濡れ衣をエリアスに着せる算段だ。これならエリアスが嫌いなはずの俺がいきなり部屋に乗り込んできても説明がつく。作戦を思い返すと重いドアノブに手をかけ。
ドンッ
勢いよくドアを開けた。エリアスは何もしていなかった。ただボーと座っているだけ。そして、それは俺が部屋に入っても続いた。した行動と言えば、ただ俺に目線を少しよこしたことぐらいだ。
「お前俺のネックレス盗っただろ」
本当にただのいちゃもんだ。エリアスがそんなことする理由も時間もあるはずがないのに、それでも俺は心底不愉快な顔をしてエリアスを睨んだ。
「……」
エリアスは尚も数ミリも動かずに俺をただ見つめている。光がない目ですべてを見透かされている気がして冷や汗が流れた。【好感度メーター】を使うがやはり60のまま動く気配はない。
「人様のもん盗んどいてなんだその態度は、まさか仕返しのつもりか?」
どうにか動揺を表に出さないように声を荒げる。すると、やっとエリアスは顔を此方に動かした。
「仕返しなんてしない」
そして、ただ一言そう言った。それは本当だ。俺は一度もエリアスから何か害をもたらされたことはない。仕返しの一つや二つしてくれれば少しは楽になれるのに、エリアスはずっと耐えるだけなのだ。
「はっ、お前の言うことなんて信じられるか」
それでも俺はエリアスを非難し続けなければならない。お願いだから早く好感度を下げてくれ、そう思っても意味はない。やはりもっと最低にならなくてはいけないらしい。
「…だってお前、人間かも怪しいもんな」
一度考えた後、俺は笑顔を作ってそう指を指した。エリアスの子供の頃から続くコンプレックス、黒髪と黒目。この世界ではそれは魔族の特徴で、エリアスは今でも外に出るときには深くフードを被っている。柔らかいストレートの髪や、今は少し鋭くなってしまったが昔は溢れそうなほど大きかった黒目、それは俺が好きな場所でもある。
「呪われたような髪と目、お前さぁ…ずっと思ってたけど魔族なんじゃねぇの?」
「は…?」
『好感度−2 現在の好感度58』
エリアスは信じられないといった様子で目を広げ立ち上がった。久しぶりの感情の発露、この時を逃したらもうチャンスは来ないかもしれない。
「っ…はは」
言おうとした悪口が喉で突っかかる。何とか笑ったふりをして誤魔化し俺はもう一度驚くエリアスの顔を見た。
「なんだその顔。まさか、魔族って言われて驚いたのか?」
「…オリエンは…そんなこと言わなかった…」
「まだ気づいてねぇの?今までお前に言った言葉ぜーんぶ、嘘だったって」
言葉を遮る。エリアスはそれを聞くとまた一段絶望を顔に滲ませた。
このまま畳めきる。もう少し、後もう少しだ……エリアス…ごめんな
「あのネックレスはグレイデンから貰った大切なものだ。お前もわかるだろ?あのゴミ指輪とはわけがちがう」
『好感度−2 現在の好感度56』
「オリエン…」
エリアスの声が震える。もうエリアスの顔は見れなかった、だから俯いて近づく。そして、俺はエリアスの右手を掴んだ。
「この指輪ともな」
そう発すると瞬時に俺が昔渡した黒の宝石が輝く指輪、それを奪い取る。いきなりのことに対応出来なかったようで簡単に奪うことが出来た。
「なっ」
随分前に渡したはずなのに輝きが衰えるどころか、さらに綺麗になっている。きっと毎日手入れしてくれていたのだろう。目頭が熱くなる、でも、躊躇いはしない。
もう…これで終わりだ。
カツンッ
指輪が俺の手のひらから落ちる。目で追うと、それが床に落ちるまでが酷くゆっくりに感じた。
「やめっ!」
エリアスの声と手が落ちた指輪に伸びる。しかし…それよりも先に俺の靴が指輪を踏みつけた。
「あ…あっ…」
「泥棒がこんなんつけて言いわけないだろ?」
壊れたように言葉を溢すエリアスの前でグリグリと足を動かせばエリアスはついに動かなくなった。
『好感度−10 現在の好感度46』
…あぁ、やっと。やっといってくれた。
その数値を見ると俺は息を呑んだ。もう何も言わなくてもいいのだ。ただ、背中を擦ることも頭をなでることも許されない。俺は動かなくなったエリアスに最後に目をやる。
大丈夫、この先エリアスは漫画通り俺みたいなクズとは違う優しい仲間を得るんだ。きっと、幸せになれる。だから…それまで、後少しだけ、踏ん張ってくれ。
パタン
開いた時とは対照的な小さな音を最後に、俺はエリアスの部屋を後にした。廊下に出ると涙が溢れた。絶対に俺は泣いていい立場じゃないのに、それでも止めどなく涙は流れる。後少し、最低でも部屋に戻るまではもってくれ。そう願っても嗚咽を出そうとする喉は止められない。早くエリアスの部屋から離れなければ、そう思い俺は走ってその場を後にした。しかし、直ぐそこにはマチルダちゃんがいた。多分エリアスを心配して俺がエリアスの部屋から出るのを待っていたのだろう。
「ちょっと、オリエンどうしたの!?」
マチルダちゃんは驚きの声を漏らす。今虐めをした張本人が涙で顔を汚し、息も絶え絶えになっているのだから驚くのも当然だ。
「…マチルダちゃんっ…エリアス…エリアスの部屋っ言ってくれ」
俺に寄り添おうとするマチルダちゃんの手を止め、俺は震える声で頼む。今支えてもらうべきなのは俺じゃない。エリアスなのだ。
「頼むっ…」
「えっ?」
壊れた涙腺のせいでマチルダちゃんの顔がぼやけて見えない。だからどんな表情をしているかはわからない。
「もう…わかったから…」
でもそう言うマチルダちゃんの声は凄く優しくて、さらに涙がこみ上げた。このままでは身体の水分が全て出ていきそうだ。
今度はマチルダちゃんが俺を置いて、エリアスの部屋に向かう。漫画でもマチルダちゃんはよくエリアスを助けてくれていた、きっとこれでストーリーは進み、みんな生き残るんだ。
『…お主は死ぬがな』
頭の中にパーフェストの静かな声が聞こえた。パーフェストの言う通り俺は死ぬだろう、好感度50を下回ってしまった。でも、それでもいい、俺は死ぬべきことをしてきたのだから。
最後まで読んでくれてありがとう御座います!!




