19話 グレイデンの信頼
「っ…オリエン!!」
その場にいたみんながそう俺の名前を呼ぶ。
「あ…」
洞窟型のダンジョンを探索していると、いきなり足場が崩落した。いつもなら避けれていたが身体がいうことをきかない。
これは…落ちるな。
浮遊感に身体を任せて俺は目を閉じた。しかし、次の瞬間俺は誰かの腕の中に包まれた。
◇
『好感度−5 現在の好感度105』
もうなりふりかまっている時間がない。期限はもう3ヶ月を迫っている。
『好感度−3 現在の好感度90』
早く、早く、もっと下がれ、嫌いになれ。じゃないと、世界が、お前が壊されるんだ。
『好感度―――』
「オリエン、大丈夫?」
「っ!」
エリアスを殴る夢を見た。だが幸いなことに拳を振りかざす前に目を覚ました。俺は気を失っていたらしい。
俺達のパーティーは漫画の始まりと同じA級となり、ダンジョンや、上級の魔物討伐や、魔族討伐と様々な依頼をこなせるようになった。
エリアスは日に日に俺に話しかけなくなり、好感度50への歩みは概ね順調だと言えるだろう。しかし、それでも焦ってしまう。もし失敗したら今までエリアスを虐めて、泣かせたことも、絶望させたことも、壊したことも、全て無駄になってしまう。だから、俺は失敗が許されないのだ。どんなにエリアスから嫌われようとも、他の仲間に不審に思われても、飯が喉を通らなくなっても、寝れなくなっても、死にたくなっても、やめたら駄目なんだ。
そんな俺の不調にいち早く気づいてしまったのが、今気を失っていた俺の肩を支えている男、グレイデンだ。俺なんて無視してくれればいいのに、最近はずっと俺の側を離れない。そのおかげか俺は今は助かったのだが。
「大丈夫…」
俺自体は平気だが、マチルダちゃんたちと分断されてしまった。魔物こそ強くはないが、少し面倒な罠にため息が出る。
「助かった…早く出口を探そう」
ズキズキと痛む頭を抱えて立ち上がる。エリアスと二人きりにならなくてよかった、こんな状況で虐めなければならないのは俺自身も気を失う可能性があった。
「…そうだね」
グレイデンも後に続くと、俺と頭に手を置いた。瞬時に頭が温水でも浴びているかのような温かさに包まれ、さらに痛みがひいていく。グレイデンのギフト【パーフェクトヒール】のおかげだろう。
「ねぇ、オリエン。いい機会だし聞かせてよ、何があったのか」
そして頭から手を離すとグレイデンは目を細め優しい笑顔を作った。俺はその場で黙る、グレイデンは俺のせいでエリアスが体調を崩すたんびにその処置をしてくれている。エリアスからどう話を聞いているかわからないが、誤魔化しきることは不可能だろう。
「…何のことだ」
しかし簡単に教えるわけにはいかない。パーフェストにも前に忠告されたが、今のエリアスの好感度を50にしないと世界が魔王の手によって終わるという、状況を話すのは絶対に駄目だ。もしもそれが広まったら物語が捻じ曲がってしまう、そしてそのせいで起こる弊害は予想もできないほど大きい。
まぁ、そんなこと言ったとしても信じてもらえるとも思わないが。
「はは、それは無理でしょ」
しかしとぼけるのにも限度がある。ましてや相手はグレイデン、簡単に切り抜けられる場面じゃない。
「俺好きな子は観察しちゃうたちみたいでね、オリエンが最近悪い痩せ方してるのも、寝れてないこともわかっちゃてるんだよ?エリアスも何も教えてくれないけど、ただの喧嘩じゃないことぐらいは分かるさ」
横を歩きながらグレイデンは俺を支える。いつもの変態成分が足りていない、これだと調子が狂ってしまいそうだ。
「…パーティーの雰囲気悪くして悪いな。俺が全部悪いんだ」
少しでもエリアスのことが頭によぎると涙が出そうになる、涙腺が壊れてしまっているらしい。
「別に俺は気にしてないよ、オリエンが元気ない方が心配かなぁ」
「…気にかけるべきなのはエリアスだろ」
俺は自業自得だからいいのだ。わかっていて、後伸ばしにしていたつけが回ってきだけなのだから。一番の被害者はエリアスだ、幸せの絶頂から突き落とすようなマネをされて、壊れないほうがおかしい。
「エリアスー?いつも対処はしてるけどねぇ、なんにも話してくれない。最近なんて普段からほとんど無口だしね」
「……」
そういえば最近エリアスが普通の会話をしているのを見ない。俺は勿論、あんなに喧嘩していたエリックとさえ、今はなにも話していない。最低限の返事だけだ。俺のしたことのせいなのは確実。つまり、俺のせいでエリアスは変わってしまったのだ。
「ほんと…最低だな俺」
自嘲の声が漏れる。自分が嫌になるが嫌になった所で今更変えられることはない。本当ゴミクズ野郎だ。
「なんでエリアスのこと虐めてるかは教える気ないみたいだね」
「………」
他人から虐めていると言われると一気に自分の醜悪さが嫌でも目に付くようになる。俺は心が読めるんじゃないかと思えるほど鋭いグレイデンに返す言葉がなく、無言で洞窟の奥に進んだ。
「…エリアスが嫌いだから」
でも無言が気まずくなって、クラクラする頭でそう言う。
「そっかー」
グレイデンは他愛もない話をするかのようにそう返した。信じてないのだろうか。
「だから、無理に助けるとかしなくていい…嫌ってもらって構わない」
そう言うといきなりグレイデンに抱きしめられた。突然のことで身体が逃げようとするが、やはりうまく身体が動かない。このままじゃエリアスを追放する前に、魔物に殺されそうだ。
「俺が嫌うわけないじゃん」
「はっ…」
頭上からそんな声が聞こえる。何か愛おしいものに話しかけるような声色だった。傷ついた心にその言葉が染みて涙が出そうになる。だが人前で泣く資格なんて俺には無いから、なんとか歯を食いしばって涙を抑えた。
「おかしいだろ、人のこと虐めるようなカスを嫌わないとか」
「オリエンはオリエンだし、昔から何も変わってないよ?俺をグレイデンとして見てくれるところも、底抜けに優しいところもね」
そのままグレイデンは俺の顎を片手で上げると目線を合わせた。本当に俺の今までの言葉を信じていなかったらしい。
「本当…ずっと俺が好きなオリエンのまんま」
「っ…やめてくれ、そんなこと言われる資格俺にはない」
それが冷たい心に染みる、だから腕で顔を隠した。こんなの駄目なのだ。喜んではいけない、エリアスを不幸にしておいて、楽になろうなんて俺が許せない。
「はぁ…流石に駄目かぁ」
グレイデンはそう言葉を零すと俺の顎から手を離した。でもますぐに、抱擁が襲ってくる。
「まぁ、話したくないならそれでいいし、聞きたくないならそれでもいい。でも、俺はオリエンを信じてるし、愛してる。それだけは忘れないでね」
そう言うとグレイデンは俺の額にそっとキスをした。なんでこんな時だけいい奴になるんだ、いつもは引くことのほうが多いのに。
俺はなんとか涙を流さないように雑に服で目をこする。そしてまた一本道を進んだ。
「…グレイデンていい奴だったんだな」
そう言う口はほんの少しの笑みが溢れてしまう。
「…良い人ではないよ、ライバル減ってラッキーだと思ってるし」
それに不敵な笑みで返すグレイデンはやはりグレイデンだった。でもやはり優しさが滲んでいる。
「…ありがとな」
鼻をすすり前を向きながらそう伝える。状況は何も変わっていないが、グレイデンの為にも、もう少し頑張ろうと思えた、それだけでも燃料になる。
少なくとも途中で魔物に殺されるなんてヘマはしない。絶対に世界を、みんなを俺の道連れにはしない、そうもう一度誓った。
◇◇◇◇
オリエンとグレイデンが落ちた。直ぐに助けようとしたけれど、ダンジョンはそれを拒むように、ぬけた地面を飲み込むようにボコボコと修復する。結局私たちは間に合わずに二組に分断されてしまった。
「オリエン!!!オリエンえぇぇぇん!」
エリックが地面を叩くけど返事は当然のように返ってこない。かなり遠くに落とされてしまったようだった。
「エリック落ち着いて、きっとこの先で道は繋がってるはずよ」
ダンジョンはどんな道のりでも最後にはボスの部屋につく。だから、完全に離れ離れというわけではない、さらにあっちにはグレイデンもいる。「心配はそこまでしなくてもいいでしょ」そう言うとエリックは「そ、そうか!」となんとか落ち着いた。しかし、心配は拭えないようで心の中ではずっと二人のことを思っている。
本当にエリックは人がいいわね。
私はそんな綺麗な心をもつエリックに微笑む。だけど、私も心配事は消えない。それは、ダンジョンで分断されたことじゃない、今も心の声がほとんど聞こえないエリアスのことだ。こうやってオリエンが危険に晒された時、いつも焦って精神を乱すのはエリアスだけれど、今はほとんど何も考えていない。いや、考えられないのでしょう、オリエンのことに限らずエリアスは最近感情の起伏が本当に薄い。これは今日に始まったことではなく、最近はずっとそうだ。
理由は分かっている…信じたくないけれどエリアスは今オリエンに虐められている。それも嫌いだと罵るだけではなく暴力まで。心を読もうとしてもやっぱりオリエンは普段心の声を隠していて、聞き取れない。ダックラックの討伐時のオリエンがおかしかっただけでいつもそうだ。
でも、あんなにエリアスが好きだったオリエンが理由もなくこんなことするはずがない。私はそう信じてオリエンに理由を聞けるときを伺っていた。
もしかしたらオリエンよりもエリアスから聞くほうが早いかも。そう思うと私は下を俯いたまま動かないエリアスの背中を押した。
「ほら、早く行きましょう?」
「…あぁ」
返事は返ってきたけどその声は酷く弱い。前を進むエリックに置いていかれないように、私はエリアスを引っ張った。
「オリエン!グレイデン!待ってろよぉぉぉぉ!!!」
あの子は今のエリアスとオリエンの状況に気づいていないようで、ずっとあのテンションだ。空気が読めないとも言えるけど私はそれでいいと思う。一人くらい元気な人がいないと、空気が重くて仕方がないから。
「…ねぇ、エリアス。最近オリエンと何かあったの?」
エリックの後で私はエリアスに耳打ちをした。エリアスは何も言わずに私に目線だけをよこす。
「私にできることがあったら…」
「いいよ」
なんでも言って?とそう言おう思ったけれど私の言葉はその一言で遮られた。そのことに文句の一つくらい言いたいけれど、そう言うエリアスの顔は凄く辛そうで、そして全てを諦めたような顔をしている。
言えるはずないじゃない…。
微細な心の声は全てオリエンの事、恨みや憎みはない。悲しみと辛み、そしてオリエンへの愛と心配。
どうやらこの喧嘩…いや虐めの原因に少なくともエリアスは関わっていなさそうね。やっぱり直接オリエンから聞き出すしかないみたい。
私はエリアスの横顔に居た堪れなくなる。子供の頃から何一つ変わらないエリアスの愛を見てきたからわかる、このままじゃ完全にエリアスが壊れてしまう。
私は自分の胸に手を置くとオリエンに話を聞く覚悟をきめた。
素直に話してくれるかはわからないけれどね…。
「ボス部屋あったぞ!!!」
その時、エリックの大きな声が前から響いた。気持ちを入れ替えてオリエンたちが来る前にボス討伐を終わらせよう、そう思い私も走ってエリックのもとへ向った。そこには、洞窟には似合わない荘厳で大きな扉が鎮座していた。
私たちは息を呑んで扉を押す。すると簡単に扉は開いた―――
ボス部屋は光がほとんど無い。その代わりに大きな二つの目だけが怪しげに光っていた。
「ゴリラバットっ…」
暗闇に目が慣れるとその全体像がつかめる、私はその魔物に顔を顰めた。
「クソコウモリ野郎!!お前のせいでオリエンたちと離れちまったんだぞ!!」
しかし、エリックは何も考えることなく地面を蹴り上げると天井から逆さになっているゴリラバットを狙いに行く。
「エリックっ……!!」
ゴリラバット、ふざけた名前だが冒険者を何人も葬ってきたA級モンスター。筋肉質な身体にコウモリの羽が生えていて、握られるだけで普通の人間なら簡単に潰されてしまう。でも―――
「やり過ぎて壁を壊さないでよ!!」
エリックは普通じゃない、飛び上がると拳一つでゴリラバットの腹筋を言葉の通り凹ませた。
「本当、あの単純な破壊力…羨ましくなっちゃうわ」
私は心底そう思ってそう言葉を零した、私のギフトは戦闘向けじゃないから、力はギフトで上げている人よりかはやっぱり弱い。軽くため息をつくと私は大剣を落下するゴリラバットに投げつけた。それは、ゴリラバットの羽を突き破り尚も速度を落とさず上えと舞う。
「サンキュー!」
ゴリラバットと共に落下するエリックはそう発すると、私の大剣をキャッチしそのままゴリラバットの頭に向かって投げつけた。その勢いにゴリラバットは耐えられず、地面に倒れ伏す。さらに、ゴリラバットにとっては最悪なことに落ちた場所はエリアスの目の前だった。ギャイギャイと叫び威嚇をするけれど、エリアスは瞬きすらしない。
「【パーフェクトファイヤー】」
そうエリアスが無慈悲な最後の一撃を食らわせると、ゴリラバットは力なく燃え尽きた。
「素材取れないじゃないの…」
「……」
素晴らしい攻撃、でもわざわざ炎を放ったエリアスに苦笑する。エリアスもエリックと同様、このダンジョンの主に腹を立てているのかしら。
そんなふうに考えていると、私たちが開けた扉から二つの影が顔を出した。
「オリエン!!」
瞬時にエリックが赤髪の男を抱きしめに走る、オリエンは疲れた顔をしているが、それでも穴に落ちる前のいつか死んでしまいそうな顔色よりかは幾分かいい。
グレイデンと何か話したと考えるのが自然ね、距離がいつもより近い気がする。
「もうボス倒したのか、早いな…」
オリエンはエリックの髪を撫でながら燃え尽きるゴリラバットを見てそう言った。そんなオリエンとエリックの姿にエリアスは目を伏せてしまう。
「…えぇ、今日は疲れたし早く帰りましょう」
エリアスの反応に私まで辛くなってくる。だから、すぐに話を変えると、私は燃え残った、まだ温かい魔石を手に取った。
「そうだね、俺も早く寝たいや」
グレイデンもそれに同意した。この人は空気が読めないようで、最年長なだけあって実はちゃんと読める。今もエリアスの腰に手を回してるのはやめたほうがいいと思うけれど、と思ったその時、エリアスから微かに心の声が聞こえた。
(オリエン…無事でよかった)
そんな声と微かな嫉妬と心配。あんな事されても、やっぱりまだ大好きなのね。そう再確認すると私は魔石を握りしめた。
すみません…過ぎました




