ヒカリに灼かれた少女の話
不幸とは何かって、一日に必ず一回は考えてしまう。考えてしまうのは答えがずっと出ていないから。メアはたくさんの不幸話を聞いてきた。数え切れないほど、覚え切れないほどに。それでも答えは出なかった。
でも、わかった事だってある。それは、生きていれば誰しもが不幸を感じるって事。普通に社会に馴染んでいる人も、馴染んでいない人も。たとえそれが、誰もが憧れるスーパースターだって、凶悪な罪を犯すような犯罪者だって。もちろんの事、メアだって不幸に苛まれた経験もある——
『――――』
天井に向かって光る携帯電話が、メアのことを呼んでる。ぶーぶーぶー、なんて音を立てて震えながら。気持ちよく微睡んでいたのに、はあ.....時間はほんとせっかちなものだ。
「......ぶえっ、っっぅう......くぅぅ、痛い...」
柱は今日も家屋をバッチリ支えてくれてるぅ、グッジョブ!ぶつかった赤鼻もそう言ってくれるはず。よしよーし、えらいぞー柱さん......とはいえ、許してくれる赤鼻が無くなっては話になんない。
「さすがにもう灯り買わなきゃね。今日の帰りにでも、だなうん」
って、そのどれもこれも、このッ携帯電話がッ悪い!一体こんなテキトーーー、なところに携帯電話を置きっぱなしにするバカは、どこに居るんだこの野郎......忘れないようにしよ。
「っと、およ」
21時か...結構いい時間になっちゃってるな。そろそろ行く準備しないと。っと、今日の依頼人は誰だっけかな〜......あ?
ギィギギィィィ――
扉おっも...おかしいな、メアってこんな非力だったっけ...って、もしや誰かの陰謀?魔女裁判にでも出頭させられようとでも言うのか〜?
「ふんっぬ!!くううっぅ、ふんぬがぁぁそれだけはいやだぁぁぁあ!!んんっっ、ってうわぁぁ」
――かぁー、見事な側転からの尻餅ダイレクト着地ィ!...って、うわぁ、メアの純白な肢体が土でめちゃきちゃない......はあー尻まで土ついてるし、最悪。
「はよ服着よ......おおぉ、満月だ」
...やはり、満ちる月はいいものだね。いつもより世界が明るく見えるし、何より不快な黒が無いのは良い兆しの前兆だ。願わくば月光浴でもしたいものだけど――
ヒューーーー
「!!いひゃぁ、さっむい寒い」
ざ、ざむいぃ。はぁ、この季節ほんとにこの道のりが地獄に思えてくる。あ?寒風くんがなぜ服を外に吊るしっぱなしにしてるのか疑問だって?そりゃあ、ねぇ?だ、大地のクローゼットだよ。そっちの方が――
「はっ、んっ、、ベ、ぶぇっくしょんッッ」
無理無理無理無理。マジさむさむさむさむ。
――――
「いよぅし!準備完了!」
服、ヨシ!カバン、ヨシ!今日もメアのメンタル、ヨシ!キブンは最高潮ってやつだぜぇ......だがメアは知らなかった...山下りの道なりは極寒の地獄である事を......憂鬱である。
「.......じゃあ行ってきますね、父さん、母さん」
っふ、心なしか風に揺れる木々が、相槌打ってくれてる気がする。満月の日は、やっぱり良いことがあるのかな。...さて、出発出発〜
――――
っつあ、ほんっとさっむい。夏は風切るのめちゃ涼しいのに、冬はマジ墜落するくらいさーむい。ついでに路地裏も通り風でさーむい。だがもう少しの我慢だ。その先に天国があるのだから。
と、意気揚々と路地裏を抜けたのだが、メアには不満がある。いつもは対して何も思わないが、都会は明るすぎる!せっかくの満月が台無しだ。建物も多いしー、でたまに都会が嫌いになる。...まぁ、それでもこうして文明の発展に助けられているのだから、どうとも言い難いが。
「あら、こんばんはメアちゃん」
「こんばんは、女将さん。ほい、風呂とタオル代ね」
「んもう、メアちゃんからは貰うなって言われてるのにー。はい、タオルね」
「ありがと。いつも言ってるけど、お代はメアの気持ちみたいなものだよ。じゃ、お風呂もらうね」
――――
相変わらず人が居ないねぇここは。ちょっと時間が遅いから、ってのもあるんだろうが、よく経営が回ってるもんだ。あの子達も頑張ってるってことなんかね。うし、ボディタオル、ヨシ、ロッカーの鍵、ヨシ。
ガラガラガラ
ペタペタペタ
キュッ、ジャァァァーーー――キュッ
ペタペタ、ポタポタ
「っっぅあ、ふぅぅはぁぁーー」
あったかー、ってかあっつー。シャワーもあったかくて気持ちよかったけど、まじ湯は別格すぎる。ぽっかぽかで、体がふわふわに浮いて、頭が持ってかれそーになる。あーとけちゃいそー、体も時間もドロドロにとけちゃうー。
「んっしょ」 ザプーン
......そーいえば、今日の依頼人って女の人なんだよなぁ、23時からの。めちゃくちゃ面倒くさい案件だったりするんだろうか...。はぁ、ころしとかには流石に関わりたくないんだけどなぁ。
ま、とりあえず、もう少し湯に浸かっていこう。
――――
「じゃあ女将さん、ありがとね」
「はーい、また来てねメアちゃん」
ふぅ、これで最後の準備完了。色々と面倒くさいけど、やっぱお風呂はいいね。それに夜風もサイコー。じわーって熱い体に冷たい風、頭もめちゃスッキリする。ついでに、風呂上がりの匂いも風に乗せられどこかへと。それで何度めんどくさい目に遭った事やら。男ならまだしも、女まで盛ってきた時はあり得ないくらいビックリしたなぁ。
「嬢ちゃん、ちょっと俺らと遊ぼうよ、な?」
おぉ、これが噂をすれば何とやら、ってやつか。しっかし、ほとんど人が居なかったってのに、こういう輩はどこを徘徊してるんだか。
「喋んねぇ断んねぇって事は、いいってことだよな?じゃあ、行こうぜ」
欲望は人の目を曇らせる。人間性の一部だけど、良い人間性っては呼べはしないよね。こういう類の不幸話もそれなりに聞いてきたし、一定の理解はあるつもりだけれど......どうかこの人が依頼者としてメアのところに来ませんよーに。
「おにーサン?そんな女の子連れてどこ行くんや?夜道のお見送り...ではないやんな?」
「あぁん?俺が誰連れてようがテメェに関係あんのか?ねぇだろが、このハゲ」
「誰連れてんのかは不問にしてやるとして、どこでやってんのかってきいてんだよ。さっさとその人から手ぇ離せ、二度は言わんぞ」
「あぁ!?ふざけ――」
「三度目は言葉じゃ済まさんぞ?」
「!!っ!くそっ!」
うーん、あの様子だと多分来ないかな。よかったよかった。
「すいません姐さん、俺がもっと早く気がついてれば」
「ううん、ちょー助かったよ、いつもみんなありがとね。あのさ、今度暇作ってみんなのとこ遊びに行きたいからさ、それっぽくあの子に伝えといてくれる?」
「分かりました、きっちり伝えておきます。ではお気を付けて」
「ありがとねー、ばいばーい」
穏便に済んでよかったー。やっぱメアもみんなみたいにギュギュッ!って目を絞る方法覚えた方がいいのかな。うーん、なんか違うし、そういう趣向の人もいるってどっかで聞いたような...2、30代の貫禄が出始める顔つきになれたらちょっとは変わるのかな?
「んっんん、さ、三度目はことばじゃすまさんぞ......」
......違う、こんなことしてる場合じゃない。...げっ、もう22時40分じゃん、やばい普通にやばい。うぉぉ、だっしゅダッシューー。
――――
「ふっ、はっ、はっ、はぁ」
時間はっと......まぁ10分前行動理念に則ればギリセーフ。それが依頼されている側に適応されるのかはだいぶ怪しいけど。
「ふぅー」
...やっぱりここに来ると、どうにもワタシの中のスイッチが切り替わるような感覚がする。目の前に広がる暗闇は、家のと何ら変わらないっていうのに、家とかココ以外は...何と言えばいいか、少し楽になれてる気がする。でもまあ、仮にもここは仕事場みたいなもんだし、肩に緊張感くらい乗せてる方がいいってモンだろう。
「ん?」
なんか光ってる?こんな何もない路地に迷い人?...って違う違う、こんなところに来る理由なんて一つしかない。と、いう事は...
「やっぱりギリアウト?」
「あ、お待ちしていました。貴方が内藤メアさん...で合っていますでしょうか?」
「えぇ、内藤メアと申します。まずはお待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。とりあえず、中へどうぞ」
ガサガサ、ガサゴソ――ガチャッ――
「ここから少し先も暗くなっていますので、スマホの明かりなどで転ばないようお願いします」
「は、はいっ」
何とも不便なものである。しかしこれには理由があり、ワタシとしても死活問題ではあるのだ。そう、単純な理由として、電気が通っていないのだ。
カチッ
故に、こうしたコンセントから繋いだ、小さな明かりしか準備できていない。
「よいしょっ、と」
その代わりと言っては何だが、イスに関してはかなり座り心地がいい自信はある。長めの相談時でも痛みが気になる事はない優れ物。と言っても、貰い物だが。
ギイイイィィ
「さて、まずは重ねて謝罪をさせていただきます。私事で貴方を待たせてしまい、大変申し訳ありませんでした」
ギイイイィ!!
「いえいえ!謝罪なんてとんでもないです。私がただ早く来ていただけですから!」
「...そう、ですか。ありがたく、その優しさに預かるとします。...座りましょうか」
「はい」
銭湯で思ってたような人物ではなかったか。何というか、ここに来ている割にはマトモな気がする。大体は個人的で、何かしらの傷を負い、少し変わった風に見えてしまうものだが、現状はそう見えない。
......それはそうと、暗闇続きで見えづらかったけど、この子めちゃくちゃ可愛い。多分、ワタシの生涯でも見た事がないくらいの可愛さをしてる。でも、ただそれだけと言うか、なんというか......
「あの、私の顔に、何か変なものとか付いてたりしますか?」
「あ、あぁすみません、少し魅入ってしまって」
「............」
そういうコトなのかな。だとしたら、かなり居心地の悪い思いをさせてしまったかも。...良くないな。仕事モード仕事モード。
「ではお名前と、貴方の感じた不幸をお聞かせ願えますか?」
「私の名前は、埇田すみれです。もしかしたら、青木ヒカリ、の方が通じますかね?」
青木ヒカリ...どこかで聞いたことがあるような。青木、青木、ヒカリ...ひかり......
「あぁ!思い出しました。先週アイドルを急に引退したって言うあの青木......えっと、ご気分が優れないので?」
「い、いえ!あの、その...私の顔を先程見ていらしたので、てっきり私の事を知っている方なのだとばかりに...す、すごく恥ずかしくて......」
引退したアイドルが依頼者ねぇ...それに加えてこんな遅い時間。思っていた方向性とは違っているけど、かなりの厄ネタを相手にすることになりそうだ。
「それで、ヒカリ?...すみれ?さんはどのような経緯でこちらに?」
「すみれの方で大丈夫です。経緯に関しては、ヒカリについての事なんですが、その、どう説明していいのか...」
二重人格とか、そういった精神の病なんだろうか。一応は経験がない事は無いのだが、来る場所を間違えているんじゃないかと、毎度思ってしまう。
「失礼ながらお訊きしますが、貴方のそれは不幸にまつわる相談、という認識でいいんですよね?」
「はい、勿論です。...ただ、その、公共の機関などは顔が知られてる以上、少し行きづらくて...なので、ネットで見つけたこの相談所を訪れさせてもらいました」
確かに一理ある。引退したアイドルが病院に現れでもしたら、その事実の記憶によって、どこまでもあらぬ噂や嘘を塗りたくられる始末になるだろう。その代わりとしてここに辿り着くのも、それはそれでな気がするが。
「それでは、もう始めさせてもらおうと思いますが、構いませんか?」
「...はい、よろしくお願いします」
「分かりました。では最終確認を。これより、貴方が抱えている不幸を、スッキリと消させていただきます。ただこれは、貴方が強く不幸に感じている事柄に限りますので、悪しからず。加えて、消えた記憶によって起こり得た記憶障害は、依頼者自身の責任とさせていただきます」
「構いません。当然、それも覚悟の上でここに来ましたから」
...おかしな子だ。記憶が消えるというのに、覚悟だなんて...それも、消してしまいたいと思うほどの不幸な記憶なのに。...やめやめ、勝手に深掘りしちゃダメだ。
「では片手をテーブルの上に出しいただき、目を閉じて楽にしてください。深呼吸をして、リラックス。何も考えず...ただ呼吸に集中を...」
ギィ――――
あったかい...いや、これは少し熱い。けど、汗も、じんわりと湿るような感覚も全くしない。......この子は、ヒカリはどんな経験をしてきたんだ。
――――――――
――――
『――ヒカリ!オンステーージ!!皆んな!輝く準備はできてるかー?』
(ウオオオオオオオオオオオオオオ)
『いいねぇ、皆んな!ヒカリも負けずに輝いちゃうから、一瞬たりとも見逃しちゃぁダメだよ!』
(ウオオオオオオオオオオオオオオ)
......その記憶は、ワタシの見てきた不幸とは違っていた。光の中で、ヒカリは楽しそうに言葉を紡ぎ、体を軽快に動かす。表情が分からないのが惜しいくらい、心底楽しそうにしている。
不幸な感情や気持ちは、全く感じない。
――――
『あの、お姉ちゃん...』
『ん?どうしたの?お父さんお母さんとはぐれちゃった?』
『ううん、お姉ちゃんのさいん欲しくって...』
『んもう、ヒカリお姉ちゃんだって、プライベートは大事なんだよ?ここじゃあ人が多いから、もうちょっと端の方に行ってからでもいい?』
『うん!うん!!ありがとう、ヒカリお姉ちゃん!』
『しぃーーー』
光景が切り替わったと思えば、次はハートフルな場面に変わる。流れるような手先から描かれた黒の筆跡を少女は眺め、嬉しそうに声を上げる。その様子をみ、ヒカリもまた笑い声を漏らす。そしてヒカリは、少女を両親の元に送り届けた。
......分からない。不幸な感情を抱くような原因がなさすぎる。
――――
『今日はなんと、ゲストさんがいらっしゃいます。どうぞ!』
『はい!リスナーの皆さん、こんにちは、青木ヒカリです!』
『はーい、という事でね、今話題、人気絶頂の青木ヒカリさんになんと、お越しいただきましたー。なんでゲストに来てくれたのか聞きたいところですが、まずはヒカリさんと一緒に、改めてオープニングコールをしていきたいと思います!せーのっ』
『『日落曜の、サンデーライトシアター』』
ヒカリは慣れた様子でマイクの前に向かい、手元の紙をペラペラとめくる。謎の狭いスペースで、目の前にいる女性と視線を交わしながら、会話を弾ませていく。この光景も先ほどと変わることなく、ただ楽しそうに、嬉しそうにしている。
――――
『こういうポーズとか、どうですか?カメラマンさん』
『いいねいいねぇ、さすがは噂のアイドルだ。君を撮れる事、誇りに思っちゃうくらいだよ』
――――
『今日のビックゲストは、誰もが知るアイドル、そしてなんとここ◯×高校出身の青木ヒカリさんです!どうぞ、盛大な拍手でお迎えください』
『こんにちはー可愛い後輩の皆さんっ!青木ヒカリと言いまーす。今日を皆んなの記憶に残る一日に出来るよう、精一杯頑張っちゃうのでよろしくお願いしまーす!』
――――
『私は人を笑顔に...光を届けたいんです!だって、私の原動力は誰かの笑顔ですから...私と誰かの間に笑顔の架け橋がかかるなら、私はいつだってステージの上に居続けらますし、立ち続けたいんです!』
――――――――
――――
「だぁぁぁ!!ふざけんなあ!マジで!!」
「ひぅっ、ど、どうされたんですか?」
我慢の限界だよほんとに。一ミリたりとも不幸が滲む余地なんてない記憶じゃないか。ほんとに、メアは何を見せられてるんだっての。
「はぁー、もうやってられるかってぇの。お開きだよ、おひらき」
「ど、どうしてですか?!」
どうしてか、なんてこっちが聞きたいわ。......今のすみれは、確実に不幸を抱いている。原因の一端すら見えなかったが、彼女には確かに曇天の不幸がその身に纏わりついてる。それだけは確信しているが、不幸な記憶に触れられなかった以上、メアには出来る事が無い。
「どうしてもこうしても無いよ、ほら早く出るよ」
「...は、はい」
はぁ、それにしても目がチカチカしてる。喧しいほどの光に目を灼かれるだなんて初めてだ...これがアイドルの輝き、というものなのか?いやいや、目なんて開けてないのになんで眩しいんだ。
キィー――ガチャ――
「......今日は――」
「よしっ、じゃあ、行こう」
「......行く?ど...??」
「メアは君のことが知りたい。不幸を消すどころか、初めて見ることすらできなかったんだ。そんでもって、その理由はメアじゃなく全部、君にあるときた。あくまで自己満足を出ないものだけど、メアと君の為にも君の口からその不幸を語り聞かせて欲しい......どうかな?」
「え...でもさっきお開きだって」
「......恥ずかしい話、メアには君の不幸を解決する手段がない。であるなら、ここである必要はないし、依頼者と被依頼者の関係でいる必要もない。その関係を取っ払った上でも、メアは君を知りたい」
「......わかりました。でも、気を悪くしないでくださいね...私の不幸は他人からすれば幸福自慢のようなものですし」
幸福自慢......という事は、メアが見たのは紛れもない不幸の記憶だった訳か。だとしても、だな。
「大丈夫、それは丁度慣れてきた頃合いだし。でも、その話をしてもらうのには、ここじゃあちょっと色味が違うかな......良さそうな場所、知ってたりする?」
「うん、とっておきの場所がある。少し遠いけどいい?」
「もちろん」
――――――――
――――
「うはー、開放感すご〜風気持ち〜」
「いいでしょ、ここ...夏でも涼しくて、MV撮影とかにももってこいなロケーションなんだ。...でも、こうして静かな風の音を聞いたのも、街灯が思ったより明るくないのも初めて知った」
「...少し意外だ。君の事だから、もっと絢爛色に染められてるようなやかましそうな場所かと思ったけど、なんというか普通だな」
「絢爛って、ふふっ...別に私はギラギラした場所は好きじゃないよ。それに私は、今も昔も普通の女の子だし、こういう柔らかな雰囲気も好きだよ」
「普通......?」
「そうだよ。私はいつだって普通のつもりだった。...でもそれは、他人や今の私から見れば、ずっと上の方で動く波長のような物だった。歌のピッチが高過ぎた、って言った方がわかりやすいのかな?」
「要は、君にとっての普通のベースラインが他と圧倒的に違ってた。こういう事だろ?」
「うんうん!そういう事!メアは聞き上手だね」
なんだこいつ。急に馴れ馴れしくなったぞ。
「お褒めに預かりどうも。で、その他人との差異が君にとっての不幸を呼んだのか?どうもそんな弱くは見えないけどね」
「そうとも言えるし、そうとも言えないんだよ。アイドルの頃の私、15才くらいの私は無意識に誰かを不幸にしていた。さっき話したベースラインの違いってのでたくさん傷つけてきた。その私自身の姿にどうしようもない感覚を覚えてる。私は、私自身の存在が嫌い」
「......なるほど。自分が犯した悪行を不幸と断じている訳か」
「...うん。私って最低だよね。どうしてあの私が笑顔で居続けられたのか、本当に分からない」
解離性障害とは恐らく違うだろうが、確かに妙ではあるな。あの記憶のすみれもそうだが、さっきまで馴れ馴れしかったのに、急に萎れている。話の内容もありはするが......。
「メアにも理解できない事があるんだけど、いい?」
「うん。私が答えれる事なら」
「記憶の中の君は、とても眩しかった。陰る事を決して知らないような。それは、君の言っている事と合致するから分かる。でも、メアが見れるのは、他人の不幸な記憶な筈なんだ。それにそこには、君によって誰かが傷つくような場面は無かった。何故?」
「......それは、その頃の私が、罪悪感や不幸だと思っていないからかな」
「確かに、過去の色々な記憶を改めて不幸だと断じているなら、それはメアには見れないのかも知れない。でもそれなら、君はアイドルから逃げ出した、と言うことにならないか?」
「どう言う意味」
「...単に思っただけさ。順序を考えたら、アイドルを辞めてから己の悪行に気がついた訳じゃ無く、悪行に気がつき、アイドルを辞めた。これで合ってるだろ?」
「うん......そう」
「だったら、君は己が傷つけたであろう子達、もしくはその内情を知る人たちと少ない日数だけど一緒にいた筈でしょ?メアは社会に疎いけど、ケジメは大事で、必要な事なんだろ?」
「......うん、そうだった...他の子達と、会った......」
「だろ?なら、そこで新たに不幸な記憶が生まれなくとも、周りの傷つけたであろう子達からは、なんらかの仕打ち、強烈な感情をぶつけられる筈。憎悪なり嫉妬なり、色々と。でも君にはその記憶が無い」
「――――」
とと、マズい。なんかすごく責め立ててるみたいになってる。すみれの顔がお月様みたいにすっごい真っ白になってる。よくない、よくない。
「あー、つまり、メアが言いたいのは、君は誰も傷つけていないんじゃ無いかってこと」
「............え」
「もちろん君の全てを知っている訳じゃ無いし、あの太陽みたいな明るさを嫌う子だっていると思う。でも、その輝きに一番に灼かれたのは君なんだ。慰めとかじゃなくて、本心でメアはそう思うよ」
「............」
「己を嫌うのは別に構わない。それによって、深い悲しみを抱えるのも構わない。二度と過去の自分と分かり合えなくとも構わない。けど、余計な重りを背負う必要はない。よく思い出し、もう一度君の過去を教えてくれ」
さて、どう出るものかな。すみれの不幸は、恐らく全てが自己嫌悪から誘発されているはず。眩しさ然り、目につき易いと言うのは、厄介な物だな。
「......少しだけ時間を頂戴」
「分かった。夜はまだ長いから、ゆっくり思い出してくれ」
少し捲し立て過ぎたかな。メアからしても初めての出来事だったしな......ちょっと張り切り過ぎたか。メアもちょっと頭を冷やそ。
「メアはちょっとぶらぶらしに行くけど、君は一人で平気?」
「............」
そっとしておこう。
――――――――
――――
「......出て来な。ここら辺は、まだ人目に付かなそうな場所だから大丈夫だよ」
「......いつからお気付きになってたんですか?メア姐さん」
「依頼者から離れたタイミング。でもどうせ、その前からずっと居たんでしょ?」
「あっははは......」
はぁ、ったく本当にこの子は...。こんなとこに来る暇なんてない筈だろうに。
「それで?何か用事でもあるの?」
「いえいえ、全く。けど、姐さんが襲われたってウチのもんから聞いたから、急いで身辺警備をしに来たんです」
「......今日会った子には、またそっちに顔出すって言った筈だけど」
「もちろん聞いてますよ。それに、姐さんがいつでも来ていいように、仕事は早めに終わらせるように指示もしてるし......って、別に姐さんに会いたくて来たわけじゃないって!」
なんかそれはそれで傷つくな、おい。まぁ、それにしてもこの子に会う時は、ホントいつもタイミング良い。
「ねぇ、頼み事しても構わない?」
「応とも!姐さんの頼みなら、なんでも聞くとも」
「ありがと。じゃあさ、さっきメアが話してた子を、帰って来るまで見ていて欲しいんだ」
「はあ、あのおんな――」
「女?」
「い、いえ、あの女性の事ですね、任せてください。...任せてくださいですけど、姐さんの事は...」
「こっちは問題ない。彼女はメアにとって大事な依頼主。だから、彼女をしっかり守ってやって欲しい」
「...応。俺に任せといてください。それじゃあ俺はさっそく行きますんで、姐さんもどうぞお気をつけて」
「うん、ありがとう」
あの子が付いていれば、こんな夜更けでもすみれは安全だろう。あの子も暇なわけじゃないんだろうけど、余裕があるのはとってもいい事だ。...さて、どこの空気を吸いに行こうかな。
――――――――
――――
『君は誰も傷つけていないんじゃないか』
甘く、優しい言葉は私の中で何度も反芻した。心に沁みさせてはいけない甘言では無いけど、スッと受け入れることも出来なかった。私は確かに誰かを気傷つけた。だというのに、光を否定する理由を作っていたのかとか考えて、もうわかんない。
「私は.........」
不意に空を仰いでしまう。そこにはただの暗い空。私がみた初めての空。ヒカリは見た事ないだろう、星々が輝く空。もしこの空に突然太陽が昇ったなら、人々は日中の暮らしを突然始めるのだろうか。そんな事が有り得ないのであればだれにも迷惑は掛からないかな。メアさんなら許してくれるかな。
『その輝きに灼かれたのは、君だった』
後は、私が覚悟を決めるだけだ。目覚めてからずっと閉じ込めていたヒカリの、本当の私の記憶。――思い出さなきゃ。
「――――――――んふっ」
あーースーーはぁーー。んーーーふふっ。ここは...どこかな...んーっと、あー!初めての撮影現場じゃん!懐かしいー。私のアイドルとしての正式な第一歩の場所だぁ。最初だから、いっぱい苦労もしてリテイクして...うん、良い思い出、ばっかり......。そうそう、いいロケーションの代わりに事務所からは案外遠くて、ちょっぴり辛かったり。それもいい思い出思い出〜。
んー...誰かに見られてる?んーっと...あそこの花壇さんてんに誰かいる?誰ですかーそこにいるのは〜、ってほんとに誰かいるし顔こわ。あのーこんにちわー...じゃない、こんばんわ〜。ん?無視?こんばんわ!!
「あの...無言で見つめられても困るんですけど。というか、どうしてバレて......」
あれ、声出てない?
「...、....ぁ......んぁんわ、こんばんわ、聞こえてる?」
「はい...きこますけど...」
「出た出た、よし。ずいぶん怖い顔をしてたけど、貴方はここで何をしてるの?カメラは、持ってないもんね?」
「カメラ?スマホなら持ってはいるが...って、俺はたださっきまで花壇の花を愛でてた。んでそこに、嬢ちゃんがやって来たって訳だ。俺は何も怪しくはない」
「そう。スキャンダル狙いの記者じゃなく、ただの変な人ってことね。もしかするとスキャンダルを狙ってる記者なんじゃないか、って少し期待したんだけどね」
「変な人って。俺は別に記者なんかじゃねぇが、もしこんな所を見られでもしたら、すぐに記事が上がるんじゃないか?バッチリ捏造されたアツいヤツがよ」
「見られでもしたら、ね。でも別に問題ないんじゃないかな」
「あえて訊くが、その余裕はどこから来てんだ?」
「だって、別にやましい事は何もないし、貴方とは初めて会った。それに、男女の密会(?)って何かに書かれようとも、私がステージに立って皆んなの前で笑顔を届け続けるなら、よくわからない不信感もどっかに飛んで行っちゃうよ。だから別に問題はない」
「誠に結構な自信をしていらっしゃる事で。だが、それなら尚更、俺からは離れた方がいい。話し相手程度なら、そこのベンチに座ったままでも出来る」
「どうして?......って聞いてもいい事?」
「言える事は、俺は嬢ちゃんのいる世界とは真逆の世界にいる人間って事だ。まぁ、ある意味では似通っているかもしれんが」
「ふーん。でもぉ、そこまで言われると気になってくるよねぇ。似通ってるんなら、教えてくれても〜?」
「言わん」
「――ねぇえん、教えてくれてもぉ〜いいじゃな〜い。教えてくれたらぁ〜いいことあるかもよぉ〜ん」
「......ぷっ、ははっひははははは......はぁ、はぁ。マジかよお前、全然色気感じねぇしヘタクソだし、あっははははは!ひぃ、ひぃ......はぁおもしろ」
「ひどい最低あり得ない。訴えたら絶対私が勝てる。セクハラだーセクハラー」
「ざけんじゃねぇ、嬢ちゃんが勝手に始めたことだろうよ。けど、とにかく言えねえ。言っちまえば、確実に嬢ちゃんの人生に瑕がついちまう」
「じゃあ、貴方はどうしてここにいたの?本当に花壇を愛でていただけの人なの?」
「...俺は頼まれて嬢ちゃんを監視してた。嬢ちゃんが一人になった時、変な輩に襲われないように、ってな」
「誰に頼まれたの?あ、うちの社長?」
「いや、内藤メアって人からだ。さっきまで嬢ちゃんと一緒に話してただろ?」
「内藤、メア......?それは、どのような方なんですか?」
「マジかよ。内藤メアっつうのは、カウンセラーのような占い師のような人で......って、噂をすればなんとやらってやつだ」
「あそこにいる人?こっちに歩いて来ている。あの人、すごい整った顔をしてる。あの人もアイドルなの?」
「ちげえよ」
――――――――
――――
戻って来たはいいものの、この状況は何。花壇の茂みにいる男と、それを女の子が花壇の外から眺めている構図。あ、こっち見た。気付いたか。
「二人して何してるんだい?秘密基地でごっこ遊びでもしてるのかな?ふふ、案外似合ってるよ、君ら」
「な!バカ言わないでくださいよ姐さん!流石の俺だって、怒る時は怒りますよ?」
「そうだそうだ!私はもうそんなことをする歳じゃない!自立した大人を舐めないでほしい。ん、ってか、貴方の方が子供みたいな風貌してるじゃん。顔は綺麗だけど」
......すみれか?これ。明らかに別人、だよな。メアがいない間に何があったんだ。
「マトモな人は花壇の近くで縮こまって話し込んだりしないも思うな。ま、そんな事はいいんだ。ねえ、すみれ、メアは少しこの子とお話をしたいから、向こうのベンチで待っていてくれない?」
「面と向かって除け者扱いされるなんて、生まれて初めてなんだけど。ふん、最低な気分を一人で味わってあげるから、貴方たちは好きにすれば!それと、私はすみれじゃなくてヒカリ。人様の名前を間違えないで」
――――
「......と、いう事だけど。状況の共有は出来る?」
「もちろん!...と言いたい所なんですけど、俺には何が何やらさっぱりで」
「そっか。んー、じゃあ、君から見たあの子はどんな風に映った?メアも少しだけ混乱しててね。もう一度あの子と話し始める前に情報が欲しいんだ」
「分かりました。俺の所見ですけど、あのお嬢さんはすこし、いえ、かなり不気味に感じました。第一として、隠れていた俺をあの子はすぐに見つけて来ました。それで――」
「ねぇ、それってさ、単純に君がメアからの頼み事に躍起になってたから。とかではないよね?」
「ない、と、思います。もし躍起になっていたとしても、そこを易々と気取られはしません。そこの自信はあります。だからこそ、すぐに見つけ出された事に違和感、もとい不気味さを感じてるんです」
「なるほど。他にはある?」
「はい。あのお嬢さんは、少し子供っぽい感じもしました」
「......」
「純真であり楽観的、恐れを知らないストレートボール。絶対的な自信に後押しされるような自我がある。俺はそんな風に感じました。すみません、あまりうまく言えているか......」
「ううん、すごく助かる情報。なんとなく状況も飲み込めて来たよ。今日はほんとにありがとね。一日に二度も助けられるなんて、ちょっと不甲斐ないよ」
「いえいえ、とんでもないですよ。姐さんには返し切れない恩がありますから。いつでも、なんでも言って頼って下さい。ではお先に失礼します」
「あ、待って......はいこれ。君の分しかないけど、受け取ってほしい」
「え、マジですか、ありがとうございます...って、相変わらずチョイスが謎ですね姐さんは」
「およよ、おしるこってば若者にはもう好かれんのかのぉ?およよよよ」
「え!いやいやいや、好きですよ!あ、あったかくて甘いんですから最高ですよ!ありがたく完飲させていただきますとも」
「ふふ、ワル絡みもたまにはいいもんだ。とにかく、今日はほんとにありがとう。今度そっちにも顔出すから、よろしくね」
「応ともです。その時を楽しみにしていますねー」
やっぱ可愛いなあの子。よし、次は本題、すみれの番だ。不気味、子供っぽい、純真、そしてヒカリ......訳は分からないが、すみれにとってのヒカリが表に現れている、という状況なはず。......引っかかるとこばかりだが、話すか。
「――や、お待たせ。となり、座ってもいい?」
「ん、どうぞ」
「ありがと。よいしょっと...。ふー、メアはさ、満月の夜が好きなんだ。とっても温かいような気がしてね。それになんだか、気分も、一日の出来事も良くなってる気がする。......君は何か感じる事はある?」
「さぁ?特に何も感じない......けど、そうね...満ち足りない感覚はある。そもそも私はこんな風に夜空を眺めることなんて無かった。見たとしても、夢の中で見る星夜くらい」
「ほーう、夢か。他に君はどんなものを夢の世界で見るんだ?」
「知らない。夢なんて覚えてる訳ないじゃん。そもそも、貴方はなんの話をしてるの?」
「ごめんごめん。ただ、君と話をするにはもう少し時間が必要かなって」
「......私の何を聞きたいの」
「いや、君からは特に何も。逆にさ、君はメアに聞きたい事はないの?」
「貴方の名前は内藤メアだと、占い師だと、さっきの人に聞いた。その上で、貴方は何で、どうして私と居るの。当たり前の様に私と話をするの」
「答える前に一つだけいいかな」
「なに」
「当たり前の様に、何故メアが君と話をするのか?その質問の意図は、君の様な存在とメアがどうして普通に話をしているのか?という捉え方で合ってる?」
「......揚げ足でも狙ってるつもり?そんな意図ある訳ない!私は貴方と初対面なはず。なのにどうして貴方は私を監視させ、待たせ、話そうとしているのか......それが気になるだけ」
「にひっ、そゆことね」
「笑われる筋合いは無いんだけど」
「ごめん、ただ君が、ほんと思っていた通りの人だったから、ついね。じゃ説明だけど、どう説明したものかな............そうだ!メアと君は偶然出会ったアイドル同士。とあるひょんなことから、君の提案に乗り、君の思い出の場所で、アイドルとしての意見交換をしていた所だったんだ」
「カウンセラーか占い師って言ってなかったけ?それになんか色々おかしくない?」
「おかしく無い無い、じゃあ君は何か思い出せるの?」
「......私はわからない。こんな時間に外に出ることなんてない......だけど、何か大事な用があってここに来ている。それだけは分かる」
「じゃあいいじゃないか。あ、さっき君に聞く事はないって言ったけど、君がアイドルを目指したきっかけはなんなんだ?君ほどのアイドルの起源、メアにとっての何かしらの参考になるかもしれないしさ」
「現金だね。別にいいけど。でも、その『君』って呼び方やめてくれない?無理強いする気は別にないけど、私のことはヒカリって呼んで欲しい」
「――――そうだね、ごめん。名前の意味はとっても大きなものだよね...ごめんね、ヒカリ」
「謝る必要なんてないよ、ただのエゴだから...。それで、アイドルの起源だよね、別に面白い話じゃないけどいいの?」
「うん。君みたいなアイドルに手を伸ばすには、何も置いて行けないからね。それにさ、今を築くのは過去の礎だから」
「......私の望む在り方でいられるのが、アイドルだっただけ。だから、きっかけだとかは無い。もし強いて言うなら、誰かを笑顔にできて、誰かに笑顔をもらえるのがアイドルだと知ったからかな」
「知ったからとは?」
「ほんとそのままの意味合いだけど、そんな話を聞いたし、そんな映像を見たし、そんな姿を見た事があった。こんな程度だよ」
「アイドルという存在を目にして、その姿が鮮烈に脳に焼き付いたから目指す。所謂、アイドルに憧れる、というきっかけは無いと?」
「そう。私のやりたい事とやれる事が一致してた。だから私はアイドルへの道を進んだ。なんの変哲もない、普通な事でしょ?」
「続く世の中では、それを普通とは呼ばないと思うけど。それで?君ほどの逸材だ、いまのそこまで登り切るのは大して苦のないものだったんじゃないのか?」
「――――――――」
「ヒカリ......?」
「わっ!!」
「!!!ビックリした!!なんだよ、急に黙りこくってさ」
「ちょーーーーーっっと!その時の出来事を思い出してたんだ〜ふふん!それで、トップアイドルへの道は楽だったのか?!だって??メアちゃんは、そこんとこどう思う?」
メアちゃん......?
「......一概に楽とは言えるはずはない道のりだと思う。でも、少なくともまわりの同業者よりかは、楽に登り切れたはず。メアはこう思うよ」
「ふ〜〜ん......じゃあメアちゃん的には、楽に思わないって事だね!」
?????......はい?
「でも実際その通り!私ってアイドルに必要な技術のほとんどを持ってなかったんだ!歌は下手だったし、踊りは不器用で出来ないし〜で!普通に追いつくだけでも、めーーーーっちゃ!!苦労したんだ。でも、それでも私は!トップアイドルに!時代を築くアイドルと呼ばれるようにまでなれた!私ってば、ほんとにすごいんだよ!!」
うるさいなぁこの子......声もだし、身振りも大袈裟でうるさい。なんか、色んな意味で目を逸らしたくなってきた。
「ねえ、メアちゃん。それってどうしてだと思う?私の在り方を叶えるものがアイドルで、その道はとても苦で、それでも頂に登れた。どうして、だと思う?」
「......どうしてかな?メアはアイドルなんて解らないからなぁ。どうかこの愚かなメアに、その秘を教えてはくれませんか?」
「もーー!しょうがないんだからーぁ!――て、メアさんもう気付いてますよね......言ってくださいよ。ニヤニヤしないでください。...色々と思い出しましたから、ちょっとそれっぽく振る舞ってみましたけど、どうでした?メアさん」
「まぁまぁかな。君と君の間のヒカリが暗い寄りだったから、少し眩しかった程度。本当の青木ヒカリには遠く及ばないんじゃない?」
「さっきのヒカリならいざ知らず、今の私でも遠く及びませんか......なかなかに厳しい評価ですね。ちょっと困っちゃうな......」
「困る?」
「いえ!なんでも無いです!それより、私が思い出した事、聞いてくれませんか?」
「やっと本題だね。君が抱えた本当の不幸、教えてくれ」
「はい。まずはさっきの話の続きなんですけど、アイドルとして、ほとんどの物が足りなかった私が頂まで登れたのは、センスがあったから。答えとしては、とんでもなく馬鹿げたものではありますが」
「馬鹿げているね。それにここまできて自慢話をされるとは思ってなかったよ」
「最初にそう伝えたじゃ無いですか!......もう。コホン、馬鹿げたものと自分で揶揄しましたが、私にはほんとにそれしかありませんでした。そんな私がアイドルとしての頂に登れた。なら、これをセンス、才能と呼んで差し支えないのでは、と勝手に思ってしまいます」
「そうだね。おかしくない」
「けれど、才能と呼べるようなそのセンスは、誰かを攻撃する無垢の刃とも化した。霞のような記憶でしたが、ちゃんと思い出したんです。...思い出したものは、何人ものアイドルを夢の争奪レースから落としたこと。それだけではなく、失敗を知らなかった無垢な者の言葉が人々に傷を負わせたこと」
「それは、君が言っていた己を苛む原因となった出来事?」
「はい。記憶を思い出せば思い出すほど、鮮明に当時の事が蘇ってきました。誰かを傷つけたのは、自分を否定するエゴでは無く、ほんとに私がしていた事なんだって......」
「そっか......」
「でも、思い出したのはそれだけじゃないんです。もう一つ、とても大事なことを思い出し、そして気づいたんです」
「それは?」
「私がもらっていた、みんなの優しさです」
「......ここでいきなりハートフル路線にチェンジ?出来すぎじゃないか?」
「茶化さないでくださいよ...」
「あ、ごめんごめん」
「......私は常に誰かの優しさに包まれていたんです。背中を押してくれた地元の人、両親。未知数な夢に賭けてくれて、私を信じてくれた、優しさとも言うべきもの。未熟で子供、数々の失礼をしてしまったけれど、突き放さず、無視せず、たまには叱って、寄り添ってくれた先輩の方々、事務所の皆さん。半端者をずっと見守ってくださった、優しさと言うべきもの」
「こんなことを言うのはなんだけど、その優しさの全ては誰かの打算だとは考えた事はなかったの?君には...その、とても輝かしい一面があるからさ」
「逆に訊きますけど、メアさんは打算があったんですか?エゴで、とてもしょうもない悩みを聞いて、こうして解決してくださった。こんなにも世が更けているというのに、投げ出すことなく最後まで話を聞いてくださってる。これも私が感受した優しさですよ」
「しょうもない、ってのは余計だよ。それに残念だね。メアにはとっておきの打算がある。君の話を聞く事はこっちにもメリットがある。悪いね」
「いえ、きっとそういうものなんです。打算があるとか無いとか、結局は関係ないんですよ。他者がどう感じる事であれ、私が優しくされた、優しさを貰ったと感じればそうなんです。実のところ私もそうですから。誰かを笑顔にするというエゴと誰かに笑顔になってほしい、笑顔をもらいたいという打算的行動。何も矛盾するところは無いんです」
無敵な返しすぎるだろ、おい。
「だから、初めの質問に戻りますけど、誰かを傷つけた自分を嫌う不幸は本物であるものの、そんな自分の周りにあった優しさを見逃していた事が一番の私の不幸なんだと、そう思い至りました」
「言っておくけど、メアの本分はその不幸を消すことにあるんだぞ。だというのに、なんだその晴々とした顔は」
「あはは、仕事奪っちゃってるって感じですか?ごめんなさい。でももう大丈夫、というよりメアさんとの対話でこうして自分を見つけられて、これから進む道も見えたんです。私はやっぱり、人に恵まれています......」
「そうかい。じゃあ、この対話の対価として君に一つ訊こう。君にとっての不幸とは、なんだ?」
「不可避の病巣、だと思います。でも、私が私である事を証明するものでもあり、再定義するものでもある。ある意味、私の人生において今一番大事なものです」
「失敗した記憶、間違った選択肢だったとしても、それを覚えているから、不幸だとしても大事な記憶、か。......忘れる事が一番怖いからね」
「ですね。もしこの記憶を忘れでもしたら、また初めの私からやり直しですから。その時はもう、ほんとにダメですよ」
「そうならないようにメアは祈ってるさ。それじゃあ、そろそろメアは帰るとするよ」
「待って下さい!」
「まだ何かあるの?」
「れ、連絡先を...お、おお、お友達になりませんか?!!」
「別に構わないけど、基本メアは山に方にいるから、連絡がつくのは街に来るタイミングしか無いよ?」
「やま......?っ!いえ、別に構いません!初めてのお友達はメアさんがいいので!!」
「あぁ、そう?じゃあ――」
――――
「今日はほんとにありがとうございました。また連絡させてもらいますので、予定が合えば遊びましょう!ではまたー」
行ったか......。はぁーつっかれたー。何時間すみれと話したんだよ、ほんと。......ま、しかし、満月の夜は本当にいい事がある。オトモダチもできたし、あの子にも会えた。見たことのない不幸の形も知れたし、満足まんぞく。
っ、よし、メアも帰ろう。――しかし、鮮烈に残る不幸な記憶を自らの証明の礎にする、か......あ!じゃない、今日は明かりを買いに来たんだ、この時間ってお店空いてるのか?いや空いているわけないか、どうしようもねぇな。大人しく帰る――
『メアさん、改めて今日はありがとうございました。さっきは言えませんでしたが、私はちゃんと自分の罪に向き合おうと思います。当たり前の事なんですけどね。今日の事は絶対忘れないよう胸に刻み、明日からまた生きていきたいと思います。重ねてのお礼になりますが、本当に今日はありがとうございました!』
堅苦しすぎる。
もう少し気楽に。っと。
よし、帰ろう。
【おまけ】
ごうん、ごうん、ごうん。そう、音が鳴る。白い照明に照らされ、十数機あるうちの一つが衣類を飲み込み回っている。その様を食い入るように見つめる一人の少女がいた。その少女の体躯は、およそ平均より小さく華奢。二段目の洗濯機を見るのもかなりギリギリ。しかし、そんな少女に近づこうとするものは誰一人としていない。そもそも誰も来ない時間だとかは言ってはいけない。ゴホン、誰も寄りつかない少女は、膝下まで伸びる真っ白の髪を持ち、足元スレスレの黒いコートを羽織っている。その姿までなら、まだ人は近付いただろう。しかして華奢な少女は、それに似つかわしくない老練の顔つきをしていた。...訂正しよう、老練な雰囲気を纏わり付かせていた。見た目はただの美少女であるが、その実は近づき難い独特なオーラを纏っていた。
「やはり文明の利器。手洗いなど、時代遅れな馬鹿者がする事よのーうはははー」
もし喋る機会があるなら、この言動でも人は寄り付かないだろう。
一応続きます。あと2話ほど。




