『王族だけど花屋の君が好きだった――いつかもう一度あの花畑の前で会いたい』
風の匂いが変わったのは、あの春のことだった。
リューエルは王族の血を引いている。そして生まれながらにして「美しい」と評される容貌を持っていた。
艶のある栗色の髪は陽の光を受けて柔らかく輝き、揺れるたびに氷の粒がこぼれるようだった。
まつげは長く、涼やかな水色の瞳にはどこか遠くを見つめるような静けさが宿っている。
その顔立ちは少年らしいあどけなさを残しながらも、どこか非現実的な輪郭をしていて、城下では「人形のよう」と囁かれることもあった。
けれど彼の視線は決して人を見下ろすことはなく、むしろ、誰よりも相手の表情を探ろうとするような繊細さがあった。
質素なマントを羽織り、身分を隠して町を歩く姿は、まるで名もなき旅人のようだった。
それでも、ふとした仕草や物腰ににじむ高貴さが、彼がただの少年ではないことを、どうしても隠しきれなかった。
けれど政治に就くことはなく、領主として父が治める辺境の小さな城下町で、静かに日々を過ごしていた。窓の外に広がるのは、青空と街並みと……少しだけ寂しげな、自分の未来だった。
そんなある日、城の裏手にある森のふちで、ふとした偶然から小さな花畑を見つけた。色とりどりの草花が風に揺れ、太陽を抱きしめるように咲いていた。
その傍らで、土を優しく撫でるように世話をしていたのが、フラムだった。
城下の花屋の息子。リューエルよりも二つ三つ年上で、穏やかな口調と、どこか大人びた横顔が印象的だった。
「花ってね、人の気持ちに似てるんだよ。丁寧に寄り添えば、ちゃんと応えてくれる」
名を告げず、素性も明かさず、ただの“散歩好きな少年”として通い続けることを、フラムは咎めなかった。花の世話の仕方、城下町の風習、人々のちょっとした冗談……貴族社会では得られない“生きた知識”を、フラムはさりげなく分けてくれた。
リューエルにとって、それは初めて得た、自分の意思で築いた“関係”だった。
けれど、運命の風は、残酷にも吹き荒れる。
ある日、城の魔法使いたちが遠征のため出陣するという報せがあった。風の魔法を用い、空を裂くように飛翔していく一団。その軌跡の下に、花畑はあった。
花々は吹き飛び、香りは霧散した。
フラムは、黙って散った花びらを手に取っていた。
「魔法使いなんて、大嫌いだ……あんなの、ただの破壊だ」
その横で、リューエルは何も言えなかった。風を呼んだのは、父の命だったと知っていたから。
それでも、リューエルは寄り添った。黙って、肩を並べて、壊れた花の墓標を共に見つめた。
だが数日後、すべては崩れた。
リューエルが“領主の息子”であることが、噂のかけらからフラムの耳に入ってしまったのだ。
フラムは、怒らなかった。
ただ、以前のようには笑わなくなった。口数が減り、視線がどこか遠くを向くようになった。まるで、もうリューエルを“自分の隣に立つ人”として見られないかのように。
リューエルは、それきり町へ足を運ばなくなった。
花畑は、そのまま荒れていった。
やがて季節が巡り、リューエルは決断する。家を出て、魔法学院へと進む道を選んだのだ。力を手に入れるため。誰かに“守られているだけ”の存在で終わらないために。
そして、出立の朝。
誰にも言わず、花畑の傍に一通の書き置きを残した。
フラムへ
あの日、黙っていてごめん。
君と過ごした時間は、ぼくにとって初めての、本当の自由だった。
もう一度、君が安心して花を咲かせられる場所を、ぼくは作りたい。
領主の息子ではなく、リューエルとして。
だから――行ってくるよ。
いつかまた、花が咲いたら、笑って教えて。
朝靄の中、リューエルは歩き出す。
花がひらくその日まで。
もう一度、大切な人の隣に立つために。
お読みいただき、ありがとうございました。
面白かったら評価、よろしくおねがいします。
王族の少年リューエルと、花屋の少年フラムの関係を通して、「力を持つことの意味」と「本当のつながりとは何か」を描いてみました。
リューエルからフラムへの気持ちにあえて名前はつけていませんが、きっと大切なものです。
魔法があたりまえに存在する世界で、それが誰かの暮らしを壊してしまうこともある。
けれど、それでも、大切な誰かのために立ち上がろうとする気持ち。淡く描けていたでしょうか。
この短編は単体でも読めるように構成していますが
"「宝石がなきゃ魔法は使えない」って誰が決めたの?"の前日譚としても読めるようにしてあります。
もしよろしければそちらも合わせてお読みください。
4MB!T/アンビット