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風と静寂  作者: 佐竹武夫
第十五章
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第十五章 第四節

私は三分の一ほど眼が開いた状態で、今現在、定住している家へと戻っていった。何軒も立ち並ぶあばら家。そのコミュニティの中心部では明け方からすでに、人々が慌ただしく動いている。仕事帰りは当然私だけ。


シュル シュル


家の外に出た柱のところで、エリナさんとリシアが髪を梳かしている。服はいつもと違い、パフスリーブで首元が少しあいた上着、大きく横に広がったスカートの上に、小さなエプロンを付けたような腰巻。このコミュニティの女性が花を売りに行くときの格好である。柱のところで髪を梳かしているのは、このコミュニティでもっとも映りの良い鏡がそこに一つあるからである。


「お帰り、ビルさん」

「ビル兄さん!」


エリナさんとリシアが私に気付いて声をかける。


「いつものところにパンが置いてあるから」


最近の仕事は、夜から明け方が多い。もちろんいつも、ナニかを運んでいるわけではない。一晩中何もしないで帰ることがあるが、それでも時々ナニかを運ばなければいけない。


「今日は花を売りに行くんですね」

「うん」


母であるエリナさんに問いかけたが、答えたのはリシアだった。彼女は花売りの時、きれいな衣装を着られることをいつもに楽しみにしている。私は徹夜明けの少し滲んだ体に、彼女のあまりの元気の良さが重くもしかり、そのままベッドで倒れてしまう。


「待って、ビルさん」


エリナさんが、家の入り口に向かうそんな私に声をかけた。


「セドリックさんが来るように言っていたよ」

「え・・・」


このコミュニティの一番奥の母屋で、毎日何をやっているか分からない(おそらくこのコミュニティを含め、何らかの取り仕切りをやっている人)、私はすぐに寝たいと思っていた。だが行かないわけにはいかない・・・・


「ああ・・・面倒くさいことじゃなければいいけど」


口から思ったことが次々とこぼれる。普段はバルドランを介してやり取りが行われるが・・・


「だるい・・・ねむい・・・」


私は一番奥に行くまでに、どれだけ愚痴をこぼすのだろう。


がさささ


建物の中に入ると、いつものように大量の布がかかっており、それを一つ一つ分けて進む。さらにパイプの煙が部屋の上部を漂っている。


「来たか・・・」


相変わらず若い声が聞こえる。朝方でも、昼でも夜でも同じ声のトーンに聞こえる・・・・というか、直接顔を見なくてもいいのではないかと思ってしまう。それくらい、布をめくって行くのが面倒くさい。そうも言ってられないので、最後の布をめくる。


セドリックは大量に重ねられたクッションの上に、肩肘をついて随分とリラックスした感じですわっている。


「何か用事が・・・?」

「はははは、随分と眠そうだな。よっぽど退屈なのだろうな」

「はあ、まあ・・・・基本、待ちぼうけを食らっているだけなので」

「相手が君を随分と買っている」


相変わらず話の流れが速い


「新しい仕事。場所は同じだ。始まる時間が違う。夕刻からだ」

「夕刻からいつまで・・・?」

「おそらく明け方まで」


何をやるかなんて聞かない。聞くつもりもない。本当に聞きたいことは自分の体が教えてくれる。


「今の仕事もある程度の期間無難にこなしてくれて、君の評価は高い」


何もやってないが・・・・・


「これだけ早く、次のお役目が回ってきたのはいいことだ。ただ・・」


私は既に帰りかけていた。寝たい・・・ねむい・・・・しかしセドリックが、珍しい言葉の止め方をした。私は彼の方を見る。


「いやなら、やめてもいい。気が変わったら教えてくれ」

「はい」


彼のその言葉は珍しかったが、それ以上のものではなかった。早く寝たい・・・・



気がつけば、すでに夕方前の光がさしていた。ベッドの上で、なんとなくごろごろする。外の乾いた音が聞こえる。コミュニティの中心にある釜では、一人か二人が黙々と作業をしているようであった・・・のように聞こえる。頭の中で、今日からまた別の仕事だと、少しだけ整理をしてゆっくりと体を起こした。


夕方、私がちょうど出るころに、エリナさんとルシアが帰ってきた。両手に持っていたバケツはすべてからになっている。


「ビルさん、今日は早いんだね」

「はい・・・あ、全部売れたんですね」

「すごいでしょ」


相変わらず私がエリナさんと話していると、わきからルシアが口を出してくる。


「帰ってくるのはどのくらいなんだい?」

「明け方の予定です」

「大変だねぇ、気をつけてね」

「はい」


私は特に何も持たず、身一つでいつもの『北にある三階建ての黄色い建物』に向かう。


多くの人が行きかう。中心街から外れたここは、平屋建てのレンガ造りが多い。旅人、農作業から帰る人、売りつくした商人・・・・子供たちの声・・・・建物に着いたが、日がまだ落ちきってはいないため、篝火は焚かれていなかった。だが入口(もちろん裏口)の前には顔見知りになった衛兵がいる。


「あ・・・・今日から『外』じゃなくて『内』だな」


『外』・・・『内』・・・・昔はすべての言葉に引っかかっていたが、今は全ての言葉を、一度手に持ってから、置いていく。名前を知らない衛兵が、名前を呼んでくれない私のために入り口を開けてくれた。扉の奥に長い通路が、一見では構造を理解できないくらい、深くて暗い。


「殺されることはないだろう・・・」


私は一言だけ、口から音を漏らした。


× × × × × × × × × × × ×


「『青の谷』から来たものだな?」


『青の谷』・・・?

私のコミュニティはそのように呼ばれているのか・・・


誰にも案内されず、暗い建物の中で見渡す限り、唯一光がついている扉を叩いた。その中にいた一人の男は、私よりも頭一つ身長が高く、随分と角のある顔の輪郭をしている。はじめはそう思わなかったが、よく見ると肩幅が広く背中の筋肉が溢れていることを想像させる。


殴り合ったら勝てそうもないな・・・・・


あとは少し変った四角い帽子。肩口からまるでエプロンのように足元まで布がまっすぐ降りている。縦ラインが入った簡素なデザイン。足元は・・・随分と汚れたブーツ。



何か書き物をしていたのか、ペンを置くとゆっくりと立ち上がり、こちらを向いた。ちらりとだけみたが、随分と紙が重なっている所から、処理をしなければいけない書類の数々だと思う。


なんだかんだ言っても、観察の癖は残っているみたいだ・・・・


「そちらに炊事場がある」


私は彼が指さした右手側を向く。水が貯めてある甕と、小さな暖炉がある。燭台があるが、作業時はあれをつけてよいのか・・・?


「私はこれから仕事に入る。大概明け方までおこなっている。その時私のために雑務を行ってほしい」


言葉に強制感や見下しを感じないのは・・・・なぜ?


「・・・・」


一瞬何かを聴こうとした。しかし音が出ない。『角のある顔の男』は話を続けるが、決して私の『受け止め』の度合いを無視しては進めていない。


「・・・・・・私の名前はドゥペル・・・・お前の名は」


この仕事について、初めて名前を聞かせた。


「ビル・・・・です」

「ビルか・・・・・随分と若いな。それに『青の谷』から来たわりに、綺麗な顔をしている」

「・・・・・・・」


言葉の意味は分からない・・・・しかし、また足元にひとつ置いていく・・・・


いやだ!! やめろ!!!  ほんとにオレはやってない!!


遠くで声が聞こえた。それに反応して、ドゥペルが『彼の中の日常』としての目になると(それは仕事として面倒くさい感じでもなく、何か喜々としてこれから訪れることを迎え入れようとするわけでもなく)そのまま説明を続けた。


「ここに入ってきた扉の正面に、鉄でできた扉があったはず」


この部屋の出入り口を見る。ここの扉は木で出来ている。あまり意識はしなかったがこの向かいにあるらしい。


やめろ・・・・  ほんとにやめてくれ・・・ たのむ・・・・


声は先ほどよりも、声は弱くなったいたが、距離は近づいていた。そして明らかにこの部屋の扉の前まで来た


ぎーーーー


あ・・ああああ!!


声の主は何かを見たのであろう。


ああああ!!!  助けてくれ!!!


がこん!


おそらく鉄の扉が閉まった。


「私はそこに居る。時々この部屋に戻って休憩を取る。その時飲み物を用意してくれ」

「はい」


一瞬だけ間を置き、これ以上相手が何か言わないと確認すると、私はすぐに炊事場の方に向かった。そこに何があるのか、今のうちに質問をしておいたことが良いことがあるのか・・・・それらを確認するために。確認の最中すぐにドゥペルはこの部屋を出て行った。

彼にとっての仕事が始まるらしい。



私は『お茶くみ』・・・・・

彼は・・・・なんだか知らない






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