第二章 第三節
翌日、シルバー先生は領主アルフレッドに言って、この村に住む若い男性を集めさせた。特にその中で、素行があまり良くない人物を集めるように言われた。領主の家では、集められた5人の若者に対して面接が行われた。素行が悪いと言うことで集められただけあって、どの男も一癖ありそうな感じだった。ただ単に粗暴な人間、自分のわがままで動いているような人間であれば、シルバー先生はその人物を見向きもしなかった。しかしその中一人に、非常に生意気そうな男の子ではあるが、私から見ても利発そうな人物がいた。背はさほど高くなく、長くてぼさぼさの髪をしていた。
「君はこの村の水車を壊したことがあるらしいね。」
シルバー先生は優しくその少年に聞いた。その少年は、なんともばつの悪そうな顔で
「ずいぶんと前のことだろ」
と、ぶっきらぼうに答えた。
「君はなぜ水車が壊す羽目になったのかな?」
少年は少し驚いたような顔をしていた。たぶん彼は、村の大事な水車を壊したことをこっぴどく怒られたのだろう。しかし、どうして水車が壊れることになったのか、理由を聞かれたのは初めてだったのではないか。
「今の水車はうまく動いていない。軸が曲がっているんだ。あれを直すだけでもっと早く作業ができるのに。あそこの水車みんなで使っている。でも俺の母さんが使える順番はずいぶんと後なんだ。」
シルバー先生は聞き続ける。
「あれがどうにかなれば、母さんがもっと楽になれる。」
「そのことを大人の誰かにそれを言うことができなかったですか?」
「言ったさ!誰も聞かないんだ!あれはあれでいいんだと、子供お前は黙っとけと!」
彼の言気が強くなる。
「それで君は、夜中に水車小屋に忍び込んで水車に何らかの手を加えようとした。」
「ああ」
「結果水車が壊れて、当分の間村人たちはそれを使うことができなかった」
「・・・・・」
少年は自分のやった事に対して後悔しているような表情はしてない。しかし、彼はそれ以上言葉をつなぐことができない。
「少年よ、おそらく今この未来は君が望んだ未来ではないと思っているはず。おそらく君は、夜中に忍び込んだというのは理由があったはず。例えば、みんなの見えないところでより良い水車にして、みんなをより驚かせようとした。もしくは、自分の行為に反対する人たちの目に留まらないようにしながら、どうにかして水車の動きを補修したかった。おそらく後者の方であろう。」
シルバー先生は前者であえてそうではないことを明示して、後者であることを強く意識させている言葉運びをしている。彼は大きく頷いた。
「つまり、君の望んだ未来は、自分の行為に反対する人たちに見つからないように水車うまく修正。効率が良くなることで君のお母さんの番が早く回るようにして、お母さんを少しでも楽にさせたかった。それが君の望んだ未来だったはず——————少年よ、私が今から問うことに、決して正しく答えなければいけないわけではない。自分が素直に心で思うことを言って欲しい。君が望んだ未来になるためには何が足りなかった?」
私はこの少年に対しては非常に難しい質問ではないかと思った。確かにここまで非常は利発的なやり取りをしている。しかし彼が水車を直す技術を身につけておくには、その機会もなければ、取り入れるだけの知識もないのではないか。私がこの少年の年齢であっても非常に難しいし、それをこの場ですぐ答えるというのも非常に難しい。ところが彼は私が想像したことと全く違うことを言った。
「足りなかったのは簡単だ。俺の言葉を聞いてくれる大人がいなかった。それだけだ!」
私は不意を突かれ唸った。どうやら彼は、私が思うより頭の良さと心の強さを持っている。私の中がその言葉を受けたことで、震えるようなもので満たされようとした時、先生は再び質問をした。
「よく考えるのです。本当に足りなかったものはそれですか?」
私の中で満たされようとしていたものが、一瞬で消えた——————
先生は同じ質問をされることがある。私もそのことを何度か体験でしたが、そのたびに己の思量の浅さ感じさせられてしまう。この行為をされたとしても、自分を否定されていると感じたことはない。先生は否定をしているような言い方は決してされない。でも同じ問いをされることで『本当に自分がそう思っているのか?』と自分自身の意識を深いところにもっていくことができる。いや、補ってもらっている感覚がある。
少年は少し遠くに目線を移して考えている様子が伺える。沈黙の時間が流れる。
「俺に水車を直す技術があれば・・・いやそんなことはできないし、母さんの順番を早くしてもらえれば・・・でも、そんなことは許されないし・・・・」
「私が聞いた話だと、水車が新しくなって作業は以前より早くなったと聞いていますが?」
「ああ。日が暮れてから、母さんが水車を使わなきゃいけないことはなくなったよ。」
シルバー先生はにっこりとした。私も少年のキョトンとした。
「少年よ、君はどこかで今が望んでない未来になったと思っていたはず。本当にそうですか?」
彼は今この村の中で厄介者扱いをされている。彼の行った行為によってである。だから今我々の目の前に居る。しかしもし、今彼に「君は今ほかの人から非難をされているが、そのことで君の親が楽になるのであればその苦難を受け入れるか?」と問うた時、彼は間違いなく「受け入れる」と答えるであろう。本当に不思議である。彼の今までの口ぶりからすると、水車を壊したことを非難されていることに不満を持っているような感じに見える。しかし今目の前に起きていることを丁寧に整理するのであれば、彼が今持っている不満は存在しないのではないか。すべてにおいて彼の望んだ未来ではないが、本当に彼が大切にしようと思ったものは自分自身を犠牲にしてでも守りきっているのではないか・・・
少年はまるで憑き物がとれたみたいな表情でシルバー先生を見つめていた。
「実は君に一つお願いがある。あるものをある場所に届けてほしい」
私とシルバー先生はメヌーの街を発ち、ボケールへと旅だっていた。私の右隣に青いヘマティオン(外套)を纏っている先生が、黙々と歩いている。先生の荷物は私が背負っている。この辺りには道の脇に草が生えてある程度で荒地が続いている。
「先生、いくつかお聞きしてよろしいですか?」
「もちろん。」
「まず先生は、盗みを働いた領主アルフレッドに対し手助けをしました。これはなぜですか?」
「答えを聞くような質問をしては駄目です。自らの想像できることをきちんと提示してください。そうすることであなたが頭の中で思考し、本当にわからない部分がどこかが明確化します。それがあなたの頭に純粋なる疑問として、思考の空白状態を作ります。その時始めて相手が答えたことを受け入れる空間が、自分の中に出来るのです。」
私はもう一度自分の質問に対して思考を重ねた。先生はよく「答えは間違っていて良いと」と言われている。
「間違っているかもしれない浅はかな答えだと思って聞いてください。先生は領主アルフレッドをかわいそうだと思われたのではないですか?」
「なぜそう思うのです?」
「・・・・・いえ、特に根拠はありません・・・・すみません」
「謝る必要はありません。ビル、あなたに質問です。今の答えは思考的思考で考えましたか、感情的思考で考えましたか?」
言葉の意味はよくわからなかったが、ようは、理屈なのか感覚なのかということであろう。
「理屈です。」
「では今この状態、領主アルフレッドに何らかの助言を与え、手を差し伸べ、あの少年にガラスの棒を持たせて届けさせた。このことに対してビルは違和感や気持ち悪さを持っていますか?」
「いえ。むしろどこか、すがすがしい感じがします。いや、この言葉が適切かどうかわかりませんが、少なくとも嫌な気分ではありません。」
あの少年に領主アルフレッドは、盗んで来たガラスの棒を持たせてプルの街に向かわせた。彼にはその町にある神聖アカデミー(偉大なる者を掲げた規律と教育の施設)の前に置いてくるようにいわれた。そこには神官が滞在しており、彼らがそれを拾ったのであれば、地元の中央管轄所にあるモニュメントの一部だと気づくであろう。少年にはそれを置いてきたのち、五年間はメヌーの街には帰ってこないと言う約束をした。その代わり、一年ごとに少年の母親には領収アルフレッドから50000オーレン(この地域の5人家族が充分に暮らしていける金額)支払われることになった。母親思いの少年は了解をしてくれ、少年の母親には、息子さんに特別な頼みごとをしたと言った。母親の方は、何か懲罰的なことが行われると思っていたらしく、自分の子供が酷い目に合わなかったこと、そのことに安心していたように見えた。
「領主アルフレッドにとっても、年間50000オーレンの出費はかなり大きいものではないかと。おそらく彼が盗んできたものよりも、失うものが大きいかと。」
先生は珍しくクスッと笑われた。
「あなたは、アルフレッドが報いを受けているから、少し心が晴れやかということですか?」
「決してそんなことは・・・」
本当にそうであろうか?なんだか悪そうなやつが、ある一定の報いを受けていることに気持ちよさを感じているところがないと言い切れるのか・・・
「物事は沢山のことが重なりあっています。今のあなたが、それらのすべてを整えることはなかなか難しいと思います。なので、すべてを説明することは難しいですが、大事なことを一つだけお伝えします。領主アルフレッド、彼は罪を犯したとは思いますが、では我々は罪を起こさずに生きているのでしょうか。罪を犯さず生きている人はどこに居るのでしょうか」
当然私の頭の中には「先生のおっしゃることはわからないわけでもないが、少なくとも私は彼よりも罪を犯してない」という思いが沸き起こってしまう。
「人はどうしても自分の都合の良いように思考してしまいがちです。ではあなたがアラモンのウルビス(市政官)として赴任してきたのに、伯父を排除して、その地位に着かなかったのは浅い罪なのですか?」
「え・・・」
「中央爵位をもらい、中央政権から任を受けていたのにも関わらず、長きにわたってその任につかなかったのは罪ではないですか?」
「・・・・」
「あなたの部下が自らの私財を切り崩さなければいけない状況で、どれだけあなたのことを恨んでいたか。そのことは罪ではないのですか?」
「恨んでいた?エドワードとランスロットが!?」
「安くもない滞在費用を工面しないといけない彼らが、なぜあなたに対して恨みを持たないと思えるのか。それは先ほど申したように、どうしても自分の都合の良いように相手を解釈してしまう。それは彼らがなるべく、その態度を示さないようにしたこともありますが、あなたがそんなことから目をそらしていたことも、ないと言い切れるのでしょうか?」
わたしは呆然としてしまった。先生の言葉から出た「恨んでいた」ということを否定できないのである。なぜなら私は自分の都合で目をつむり、耳をふさいでいたことについ先だって認識させられてしまったばかりである。
「あなたに聞きます、あの町を去ったのちに、なぜあの2人はあなたを追ってこなかったのですか?あなたの書いた文章だけで納得したのですか?むしろあなたの手紙を受け取って、彼らは安心したということは本当にないのですか?」
「先生・・・・・なぜ滞在費のことまでご存知なのですか・・・・」
「なぜだと思います。」
まさか・・・
「・・・・・・・彼らが先生に話をした」
「あなたの言葉からは、まるで彼らが私に告発をしたように感じられます。彼ら私にそのことを話した時でさえも、最後まであなたに対し誠意を持って接しようと努力をしておりました。彼らは非常に誠実でした。でももう耐えられなかったのです。あなたは一度たりとも彼らの滞在費用を持とうとはしませんでしたね。」
私は何をやっていたのだ。私は今すぐアラモンに帰り彼らに謝りたい。いや、彼らに何て謝るのか。今の私が言葉を重ねて何の意味があるのか。長きにわたり私がやるべきことをやらなかった、その私が、今も何も変わっていないのに彼らの目の前にぬけぬけと顔を出してなんとするのか。お金を払うにするにも、彼らがいったいいくら肩代わりをしたかさえも知らない。第一彼らはもうあの街にはないだろう。中央政府に私のことを伝え、彼らは別の職務についているであろう。そんなところに私が顔を出したりすれば、私はこの上なく面倒くさい人間であろう。
「ビルよ、多くの町の人たちの思い、家族や兄弟の思いを、お前はどこまで知っていたのか、知ろうとしていたのか。」
もう私の頭も心もぐしゃぐしゃであった。こんな言葉で片付けてしまってはいけないが、今はこの言葉しか出ない。
私はいったい何をしていたのだ——————
「お前は本当に領主アルフレッドせめることができるのか?」
今この瞬間は、まったく先生の言葉が入ってこない。しかし先生は最後のひと言まで言い切る。
「忘れないでほしい。罪を犯さずに生きることは難しい。当然私もである。私が行っていることが正しいなどと、私は思ったことは一度もない。」
先生の言葉が入ってこない。しかし、先生は最後まで私に問い続ける。
「今あの時。領主アルフレッドが自らの罪を告白し、助けを求めた時に時間が戻ったとして、今のあなたは彼をののしることができるか」
じゃりじゃり——————
地面を踏みしめる足音だけが聞こえてくる。まだ、ボケールの街は遠い。




