第十五章 第一節
私は無意識の間に、人ごみから離れていった。
静かな方へ———————
緑の匂いのする———————
水の音のする———————
赤い西の門から、さらに西へ西へ———————
「・・・・この辺りは・・・城壁も低い・・随分と壊れている・・・」
独り言を言いながら———————
雑木林の中に入って行く———————
重い荷物を引きずるように・・・
森のように深くなっていく———————
光が閉ざされる空間———————
その先に、ほんの少しだけ・・・木漏れ日が落ちる場所・・・ゆっくりと腰を下ろす
「私の・・・・何が悪かったのか・・・」
ひどく空気の澄んだ、光がまぶしい場所で、私はつぶやいた・・・
あらためて考えてみる。この街に来てからどうだったのか・・・確かに何か、何らか気分は高揚していた。その直前で、生まれて初めて軍を率いた。戦であるのに、殺し合いであるのに、目の前で沢山人が死んだのに———私の目には、そんなものはほとんど映ってなかった・・・ひどく興奮していた。
この街に入って、苛立つことが随分多かった。さらにその苛立ちを、強い言葉にして罵っていた。
それが『まずかった』・・・・?
もちろん、口には出してはいない。しかし思考の中で・・・いや、感情の中で随分と多くの人を馬鹿にした気がする。見下した気がする———いや、たぶん今も見下している。こんな街は私にとって『成長して行く旅』の小石。気に留めるべくもない、通過点———————だから私は、この街に先生が留まれと言った時、ひどく嫌な気分になった。
「そこか・・・?シルバー先生は、私のその部分を見透かして・・・・」
でも・・・そう指摘してくれればよいのでは・・・・言ってくれれば、反省する。それでいいではないか・・・なぜそれではダメなのだ・・・・
空を見上げる—————夏なのに、天から細かな雪が降ってきている。キラキラしたものが落ちてくる。私はこのまま・・・・
目を閉じる
あの敵国のスパイ、ヴァルドをメッタ刺しにして、瀕死の状態にしたのが『まずかった』・・・・?いや、シルバー先生は、その事実を認識されたときに、さほど嫌な顔されなかった・・・・そうだ、いくつか先生が、『決して芳しいと言えない反応』をされたことがあった。一番大きかったのは、私が『虚ろな男』と、討論した後———————先生は今まで、私に向けたことないような表情された・・・・あの時なのか?先生がこの街に、私を置いていこうと決めたのは・・・?確かに私は調子に乗っていたかもしれない。ものすごく強い高揚感を・・・・
そうだ!あの時・・・・
ソレが道の向こうからやってきて、私はソレと出会って・・・・・あれが何だったか、あとで先生に聞こうと思って・・・・・すべての物語が、それでクリアしていけると思って・・・・・物語・・・・先生はいつも、現実は物語ではないとおっしゃっている。私もそれは心得ていて、いつも細心の注意を払っていて・・・・あれ・・・私はなんだか最近、物語という言葉をよく使った気が・・・ストーリーという言葉から発して、何度か使った気が・・・・私は本当に気をつけていたのか・・・?
・・・・・・
目を開ける
いつの間にか、夕刻に差し掛かっている。雲の流れが速い。いくつかは真っ黒なものがあり、それはこの後雨が降ることを、充分に私に知らせてくれている。しかし、私はこの森に来てずっと座りっぱなしだ。座って、ただ空を見続けている。
「なんだろうなぁ・・・・」
私はまたつぶやいた。長い、長い時間をかけて、時々口から、音が漏れる。
レオナルド師団長、あれからどうしているだろう。弟は殺したみたいだけど、うまくやっているのかな・・・結局、モントペリーを攻略したのだろうか・・・いや多分まだだろう。それだけ大きなことがあったなら、間違いなくこの街にも、その噂が流れてくる・・・つまりまだ、攻略がされてない・・・であれば
いろいろと人手が必要だろう・・・・
今彼の元に行ったら、雇ってくれるに違いない。もしかすると、以前より多くの軍隊を指揮させてくれるかもしれない、いや、間違いないだろう。なんだかそれも良い気がする・・・私を求めてくれるのであれば、私は存分に働く。その気力もあれば知恵もある。おそらく彼らは、両手を挙げて迎えてくれるだろう・・・それが良い気がする・・・
ぽつ、ぽつ、ぽつ
雨が降りはじめた。私はゆっくりと地面に顔を向ける。後頭部に雨が当たるのを感じる。私はいつの間にか眠っていたのか・・・・知らない間に、周囲は真っ暗になっていた・・・・
サアサアサアサア
冷たい・・・雨が首筋に流れる・・・・あああ・・荷物が濡れてしまう・・・だが、体を起こせない・・・・
うずくまった顔を這うように、雨が上から下に流れる。口もとで滴が下に落ちる。また、目を瞑る
メニスの街まで戻るのもいいかもしれない。あの街を仕切っている大親分モルガンは、私のことを買ってくれている。それに、今あそこでは、カミルの家族が人形劇の商売を派手にやろうとしているはず。理由なんて勝手に考えればいい。カミルのことを聞かれても、幾らでも辻褄を合わせることができる。それこそ『シルバー先生の指示できた』・・・・それはちょっと違うか・・・・
目が開く・・・夕日?
いや、そんなはずは・・・朝日?
どちらか分からない・・・・
雨はいつの間にか上がっている。不気味なぐらい赤い風景・・・・この世のものとは思えない、この世のものではないのか・・・・
瞼が重い
モントベリー、あそこは大きな町だ。それにもう『手を揉む男』は、首都のアゼネイエに戻っているはず。モントベリーのガリソンが交代したと聞いている。ルグラードと一緒に『手を揉む男』は必ず行動しているはずだ。そうだ、自分はモントベリーを攻撃してくる南西三国のことをよく知っている。なんといっても、そこの軍に従事したわけだから。
そうだ!・・・それはいい考えだ!
レオナルド師団長をはじめセリオ師団長、グラオ師団長。彼らの人物像を把握しているということは、戦を進めるにあたっては非常に有利。つまり私の能力が、モントベリーのガリソンに重宝されるのは間違いない!そうだ、それに私は、南西三国の作戦を知っている。彼らが一度軍を引いたのは、モントベリーの軍を誘き出すため。それを伝えるだけでも充分に価値がある男だと認められる。そうだ・・・・モントベリー・・・・あそこに行こう!モントベリーに—————
—————ロランはなぜ—————あそこで—————死なければならなかったのか—————
私がずっと残してきた・・・全くたどり着けてない・・・・
考えなければいけないこと・・・・
今考えよう・・・・時間はいくらでもある・・・・なににも追われていない・・・
目を開ける
え・・・空が白い・・・・もう朝・・・・そんな馬鹿な・・・・いや・・・疲れていていつの間にか寝ていたみたいだ・・・・・ずっと考えているようで・・・いや、ずっと寝ている・・・寝てる?・・・いつ?・・・・ずっと起きている・・・
鳥がうるさく鳴く。体が随分冷えている。だが今は夏だ。服はすぐ乾くだろう。昨日からほとんど体勢を変えてない。私がこうしている間にも、先生たちは別の街に・・・・先生・・・・イーヴァン・・・・カミル・・・・なぜ・・・・なぜ・・・・・
—————静寂がひろがる・・・昼か夜か夕方か・・・・晴れか雨か—————
マリオン・・・
ラトールの街、アカデミーであった彼女は今どうしてるのだろう。彼女の感性の素晴らしさ。強い好奇心を持ちながら、礼儀正しく謙虚で・・・・私はあの時、彼女がこの旅に加わること、ほんの紙一枚分の厚さだけ想った・・・・でも・・・来なくて正解だったと思う。彼女にはあまりにも酷な旅だ。学ぶことでも、戦うことでもない・・・恐ろしいぐらい何者かわからない『理不尽』に、彼女が耐えられると思わない・・・・
がく・・・・
肘が地面に付く。また知らない間に寝ていた。なぜ、なぜこんなに全く体が動かず、ずっと頭だけ動かしているのか・・・簡単な話だ。何をしていいのかわからない・・・・先ほども決めたようなふりをして、何も決めていない・・・・空を見上げる。もう夕方になっている・・・・夕方・・?何日目の夕方?・・・・・・わけがわからない・・・・
ボケールの街まで戻るのは・・・
ルシアンのお姉さんは、検疫の仕事を頑張っているだろうか。人手が足りないのではないか。ルシアン自体はちょっとズレたところがあるが、私のことをとても評価してくれたみたいだ。私の成績が優秀だったこと覚えていたぐらいだから。間違いなく、仕事もふくめ世話をしてくれるはず。
いや、もう帰ろう。わが故郷アラモンに帰ろう。
もう十分だ。第一家族が心配だ。私はろくに挨拶もせずに、旅に出てしまった。おそらく私が想像するよりも何十倍、両親は心配しているはずだ。サントジャストの街でティボーに会って、私の無事は伝えた。しかし、伯父上が何者かに殺され、ウルビス(市政官)をガリソン(中央政権からの直属の軍隊)の責任者、ビクターが兼任するというキナ臭いことが起きている。あの時先生と対話したが、奴は『独立』というものを念頭に置いている感じであった。先生の手紙があるとは言え、そのようなもの渡さないといけないということは、やはり危機的な状況だと思う。私が帰れば・・・私が・・・・
帰って・・・・どうする・・・・
帰って・・・・
どうする・・・・
明らかに逃げ帰った私に何ができる・・・・
逃げて、逃げて、逃げた私に・・・なにができる・・・・・
街を守れる???
家族を守れる・・・・?
・・・・・・・・・・・・・・
ゆっくりと目が開く・・・・・いつ目を閉じたのかさえ分からない
もう・・・・何日経ったか分からない・・・・
二日かも・・・・
十日かも・・・・
目を覚ます度に期待している。
目の前にシルバー先生がいるのではないかと・・・・
イーヴァンも・・・
カミルも・・・・
この際、ヴァルドがいたって構わない・・・・みんないて・・・旅の途中で・・・・私がイーヴァンを怒って、なぜか私が先生に怒られて・・・・横でカミルが笑って・・・・そうですよ、先生・・私は可逆的にできない。あっさり、先生たちがいない感情に戻るなんて・・・先生はできるかもしれないけど・・・私は・・・・
もう全てが夢でいい。
目が覚めたら故郷アラモンの家のベッドで・・・
朝食が用意してあって・・・
偉そうな伯父に命令されて・・・・
それでいい・・・
目を閉じたい・・・
ずっと・・・・・・
がさ がさ
また日が昇ってる・・・獣か・・・?私を食べに・・・きた・・
薄目を開ける・・・少し遠くに・・・少女が・・・
「ひっ」
逃げていった・・・そりゃあ・・・逃げていくよな・・・・瞼が重い・・・死ぬのか・・・・
がさがさがさ・・・・
あ・・・・何人か来てる・・・
「 が あの ほんと 」
「ありゃ かもし でも やく 」
「だい かって ねえとこ あん あんた、きこえるかい!」
ああ・・・私に声をかけているみたいだ・・・
「とにかく、連れていこう」
「ああ」
私はどこかに連れて行かれるのか・・・連れて行かれているみたいだ・・・・台車みたいなものを持ってきているみたいだ・・・・これに乗せられるのか・・・・どこに連れて行かれるのか・・・・・あ・・あ・・・・・・なぜか・・・・安心する・・・・・・・・
× × × × × ×
ばちばちばち
近くで焚き火の音がする・・・森の中。いや、一応屋根があるところみたいだ・・・・非常に簡素な暖炉・・・・ゆっくりと周囲を見渡す。夜・・・暗くて見えにくかったが、かなり貧しい家であろう。暖炉のそばに少女がいる・・・先ほどの少女・・・こちらを見た
「あ・・・目が覚めた!お母さん!目が覚めたよ!」
私はまだ体が動かせない。目玉だけ動かし、音がする方見た。
「大丈夫かい。今、粥を食べさせるから」
お母さんと呼ばれるその女性は、暖炉の鍋の方に行った。何か少しゴソゴソしたと思うと、木のお椀に入った粥を持って来た。口元にゆっくりと粥が来る。木製のスプーンが口に当たる——————思ったより熱くない・・・・暖炉の火力がさほどないのかもしれない。薪さえも常に節約し、無駄にはできないのであろう・・・
バタ
ドアが開いた。今度は少し首を曲げ、そちらの方を見る。
「おお、確かに気がついたみたいじゃな」
随分と年をとっているように見える、髭が長い白髪の男性が、私に近づいてくる。このコミュニティの長なのだろう・・・
「あんたの荷物はうちで預かっておる。安心せい、何も盗んではおらぬ。ただ食い物は、あんたが食べてたみたいじゃな。倒れたときも、無意識に食ったみたいじゃ」
本当であろう・・・たぶん水も、いつの間にか飲んでいたのだ。そうでないと本当に死んでいたかもしれない・・・・
「あそこの森に居るのはまずいんで、連れてきたんじゃ。司祭を行う場所じゃからな。地域統括所の連中に見つかると、こっぴどい目に遭わされる」
『長老のような男性』は、私が何のリアクションも取らなくても話し続ける。
「あそこでずっと隠れてたんじゃな。ということは、どっかの街や国から逃げてきたってことじゃ。そうじゃろ?」
私は何の反応をしない。いや、できないというのが正しい。まだ体が動かない。
気力がないのか・・・・頭ごなしに決めつけた発言をしてくることに対して・・・さほど腹が立たない。疲れているからか・・・どこかで、感謝の気持ちがあるからか・・・・
「まあ、わしが見た感じ、そんな悪いことをして逃げてきているようには、あんた見えないじゃがな。まあ、あんたの追手が来た時に、引き渡すかどうかは、そん時に決める」
守ってくれるわけではないみたいだ・・・・まあ別に誰かに追われているわけではないが・・・なんだか・・・いろいろ・・・腹が立たない・・・・
「あんたのような奴は、沢山見てきた。死にそうな顔をしておるが、案外簡単に死ねんものじゃよ」
瞼が重くなる。粥を食べたせいか体が温かく、お腹が満たされ急激に睡魔が襲う・・・また寝るのか・・・・次起きたら・・・そのときは・・・みんなが周りに居ることを願って・・・
シルバー先生がそこに居ることを願って・・・・
ゆっくりと目を閉じる。




