第十四章 第十五節
ルドを安静させる場所に送っていたカミルは、我々のそばに戻って来ていた。
ががが・・・
私たち一同が、ホールから玄関口にさしかかりドアが開いたところ、建物の周囲に多くの兵が待ちかまえている状況が目に入った。その外側には、先ほどまでこのホールの中にいたが、私の声かけで脱出した人々、さらに外側には、建物の中に残った人々を心配した人が集まり、公会堂の周囲は凄まじい人で埋め尽くされていた。
ががががががががが・・・
正面扉の門がさらに大きく開く。兵と群衆は一斉にそこに注目する。先頭にはヘルヒンの領主。苦虫をかみつぶしたような表情で立っていた。その後ろには『鉄環の誓団』とわれわれ(シルバー先生、イーヴァン、カミル、そして私)。入り口の手前の広くなったところで立ち止った。その場所から下に階段が大きく広がっており、群衆はその先にいる。我々のさらに後ろにいたのが、二百人強の人質となっていた男性たち。彼らは扉が開くと次々と階段を降りていき、自らの安全を知らせるべき人々のもとへ、走っていった。(ちなみに私たちはマスクを取っているが、かなり後ろの方に控えているので、民衆達に注目されることはない)
「大丈夫だった?」「怪我はない?」「よかった、無事よかった」
再会を喜ぶ人々が、口々にその喜びを言葉にした。
「あ・・ゴホン〜〜〜〜・・・」
大きく咳払いをした領主が、小太りの体を揺らして話し始めた。
「われわれは・・・この度非常に良い討論を聞かせてもらった!」
集まっていた人々が、実に《なんと捉えて良いのか》という表情でヘルヒン領主を見ている。結局のところ、中で何があったのか・・・?反乱?占拠?・・・・ここまで事が大きくなっているということは、ただの余興ではなかったはず。皆、そのことだけは分かっている。集められた兵士に至っては、一戦交えることを覚悟の上でここにきている。安易に緊張を解くはずがない。(ちなみに兵が集まっているのは〈領主の指示〉という私の偽令で集められている)
「あ・・・あ・・で、この度のことで、私は気づいたことがある。我々がある程度の幸せを享受できるのは、決して自分たちだけのおかげではないということだ。今までもそう考えてはいたが・・・この度の討論会を聞いて、そのことをより深く考えさせられた」
スピーチの横で、シルバー先生が任命した新しき側近が、それなりに納得した顔でヘルヒン領主を見ている。やはり彼が、この任にふさわしかったということ、先生の選択が間違いでなかったことを、彼が目の前で示してくれている。一方ヘルヒン領主は、かなり自分の欲するところから遠いことを言わされている感が強く、いちいち奥歯に物が挟まった発っする音に感じる。
「彼らキャステルの領民は・・・二年前に町全体が飢餓に襲われた。我々に豊富な水を届けている彼らの町が苦しんでいるのであれば、我々も何かしないといけないのか・・・・と思う」
公会堂から出てきた自分たちの領主が、突然言い始めた言葉に、領民は耳を傾けるしかなかった。
「それでだ・・・・・」
少し領主の言葉に詰まりが出た。おそらく金の話・・・
「・・・・・・年間500万オーレン、当分の間彼らを支援しようと思う」
ザワザワザワザワ
一瞬ざわめきが起こる。当然である。人は反射的に、自分たちの被害や損害を回避しようと動く。話を最後まで聞いてはいないが、頭に瞬間的によぎるのは「我々が負担するのか・・・」
その直後、『側近に指名された男』が口を開いた。
「当然、領民に負担増は行なわない!」
「!・・・・」
一瞬領主はにらんだが、周囲から別の声が湧き上がった。
「俺たちも協力するぜ」「領主様だけが負担することはねーよ」「あんな話きかされちゃあ、手伝わないわけにはいかないだろう」
先ほど最後に解放された二百人強の男性たちが、『側近に指名された男』を盛り上げるために擁護の声を上げた。ほかの人々は、中で何があったか分からないが、彼ら男性の表情を見て自然に、寛容で慈悲のある言葉を続けた。
「おお・・・そうか、みんなも協力してくれるか!」
ヘルヒン領主は自らの財産が奪われることや、領民から非難を受けることを嫌がったが、どうもどちらもなさそうだと思い、急に機嫌が良くなった。彼は、右手をあげて領民に手を振り始めた。なんと都合のいいことか・・・と私は思ったが、案外この領主と新しい側近は、うまくやるのではないかとも思った。
「シルバー先生」
私たちの前に『鉄環の誓団』はいたが、その一番後ろに控えていたグラウが、さらに下がってきてシルバー先生に声をかけた。改めて見るとそのあまりにもごつい体つきに、我々などは一捻りされてしまうと思った。(討論の時は強い意気込みを持っているせいかそのように感じることはほとんどなかった)しかし表情は、出会った時は全く変わっていた。
「先生に一つ教えていただきたい。私は先生に手も足も出なかった・・・・私に足りないものは何ですか?」
先生はにこやかな顔された。
「グラウ、あなたに足りないものはまず『受け入れる』という姿勢です。自らの中を空っぽにし、まず相手の言葉、流れる空気、肌で感じる温度・・・それらを自分の中にすべて取り込むのです」
グラウは今この瞬間はまさに、先生がおっしゃられる『受け入れる』という姿勢ができている。(まあ、実際に先生の弟子になると「答えを聞いてはいけません」と怒られてしまうのだが、先生は流れる空気を読んで、優しく教えている)
「分かりました」
グラウがそういうと
「『分かりました』ということは、分かっていないということです。それが如何に難しいということ」
「・・・」
グラウが先生の言葉を受けて、一つ息を呑む。先生は先ほどとは打って変わって、手厳しい言葉で返答された。ある種のテクニックと言えるだろう。この高低差、緩急の差が、相手に自分の言葉の印象を強める。
「私がかつて学んだ書物には、東の国の哲学者に『六十にして耳順う』といった人物がいるそうです。私でもあと十年は、最低かかるということでしょう」
「・・・・・すみません」
「謝る必要はありません。しかしそのぐらい、受け入れるという行為は難しいのです。だからこそ、初めはすぐに自らの中が、いっぱいになってしまいます。全てを受け止めようとしても、入りきるわけがないからです。では、何を受け止めればいいのか・・・・・おっと、全部言ってしまうと勉強にはなりませんね・・・」
先生は優しく微笑んだ。言葉を選ばずに言うと、グラウはすでに先生の虜になってしまっているのではないか。
「ありがとうございました。私なりに考えてみます。『受け入れる』というのはどういう意味なのか・・・・・・またこの後、先生とお会いできる機会があれば、そのときは必ず・・・」
グラウは一礼をすると、そのまま再び前へと戻った。「必ず・・・・」必ず、何なのであろうか・・・
先生の横顔を見る。私も自然と口を開いた。小さな声で・・・
「先生、私には先生が『受け入れること』が出来ていないとは到底思えません。この度もわざわざ敵陣に乗り込み、可能な限り情報収集・・・いや、その地にある人の思いを受け止めて、戻って来られました。こんなことは、普通できるものではないと思います」
「私でさえ、沢山のものを受け入れられずに、溢してきました。多くの人がそうであるように、私でも、私に語りかけてくださった人々に対し、『期待に応えること』ができない恐ろしさを、常に感じています。受け入れる量が増えれば増えるほど、自らの目的から遠ざかる。相手が語り掛けたものに応えきれないと、恨みや妬みをかってしまうことが多く、とても恐ろしい・・・」
先生でも、そのように感じられているとは・・・
「先生、あと・・・」
私は続けて先生に質問をした。
「先生は討論の最中グラウに向かって『今までしてきたことを、償うべき頃合いが来ました』と言いました。しかし今、私に見える彼の姿は、先生に良き教えをいただき、自らが望んだ目的を達成し、心を広く持って故郷に帰ることのできる【幸せな男】にしか見えません」
「私が言葉にしたことは、どういう意味だと思いますか、ビル」
「思うに・・・彼が今までに行ってきた〈蛮行の罪〉を償う時が来た・・・・それはいつか来るものであり、『法則』によって『傾き』が生じる。今までと逆の動きが発生する。つまり、彼にひどい目に会わされた人々が、復讐する番が回ってくる・・・彼が謙虚さを持つようになった分だけ、さらに強い形で・・・」
「そうですね・・・・」
「しかし、頭でそうわかっていても、今の彼に覆っている、幸福そうな顔を見ると・・・・」
「『人は目の前の物に捉われる』・・・・ビル、今のあなたがそうだということでしょうか・・・・それは、その事実を捉えているのではなく、どこかで幸せそうな顔をしているグラウを妬ましく思っている・・・・やはり人が不幸の方が、ビルもお好きですか?」
!——————
先生の言葉が・・・強いとは違う・・・とげとげしいとも違う・・・・しかし、明らかに私に対して、何かの矢が飛んできたことを、自分は感じざるを得なかった。
ガガガガ
公会堂の目の前に、ヴェルノートに引っ張られた車と、モルドリンに引っ張られた東屋があらわれた。先頭の車にはキャステルの領主、後ろの車には『鉄環の誓団』が乗り込む。私が見ていると、グラウがシルバー先生に向かって、会釈をしたように見えた。やはり私は何かに嫉妬をしているのだろうか・・・・誰かが先生と距離を縮めることに・・・・
ガガガガ
二台の車が動き始める。その時である。『側近に指名された男』が手を叩き始めた。通常より高く手を上げ、あらんばかりの強さで叩く・・・・・領民たちもそれに追随するかのように拍手始める。
「頑張れよ」「またな!」
不思議なものである。何がそうさせるのか・・・・彼らはこの街へ明らかに戦いを挑みに来た。だが今、このような形で自らの故郷に戻っている。そうだ、先生にもう一つ聞かないといけないことがあった。先生はこの街に戻ってくるとき、キャステルの領主と同じ車に乗って戻ってきた。その時どのような会話をされたのか。たぶん私が今見えているものは、表面上に過ぎない。場合によっては、すべて先生とキャステル領主の意図したことで動いていたかもしれない。私は先生に声をかけようとしたが、先生が旅支度を始めていることに気がついた。そうか、そうだ。先生はこの喧騒に紛れて、そのままこの街を去ろうとしている。
「イーヴァン、カミル、準備だ、いくぞ」
「え」
私が声をかけると、イーヴァンからは素っ頓狂な返事が返ってくる。今、このタイミングでこの場を去らないと、ほかの人たちが私達に声をかけてきて、非常に面倒なことが起こり始める。それを避けなければならない。幼きイーヴァンは、そんな配慮をめぐらす必要はないが。
「あ、ああ」
カミルは慌てて荷物を背負う。ヴァルチャントレス(旅の安全を確保するために 女性が男性の格好をするだけでなく、 戦闘訓練をしている )である彼女・・・・彼も今回の出来事で、より大きく成長した部分があるだろう。彼の時々見せたその決断力と覚悟が、間違いなく今後の成長につながっていくはずである。
そして私、ビル・フィッツジェラルドは・・・・そうだ、思い出した・・・・・先生とお話がしたかったんだ・・・・ずっと慌しかった。この数日間に、さまざまなことが私の脳裏に起きた。でも今はすっきりしている。必要以上にすっきりしている。いろいろなこと、そう・・・いろいろなことを・・・
「ビル・・・・」
先生は振り向かれた。騒ぎの中私たちは人ごみに紛れ、もうすでに街の出口まで差し掛かっていた。祭りのために訪れた人々が多く行き交う『西の赤い門』。この先にある石造りの水車小屋でティモ待ち合わせをし、ルドとやり取りをしたのが、ずいぶん昔のように思われる。
今頃私たちを探している人たちがいるだろうなぁ・・・
しかし我々は必要でない限り、その後に行われる宴会や、招待される食事会のようなものには加わることはない。そこにあるのは、他人の個人的なの思惑であり、政治的なことが行われる場合が多い。それは我々にとって必要はない。我々行うべき事は、その前で済んでいる・・・・
先生が私を見つめている——————
「どうしました、シルバー先生?」
「ビル、ここで一度お別れです」
え・・・・今・・・・なにを・・・・
「え・・・」
私は思わず、イーヴァンとカミルに目を移す。 二人も驚いた表情はしているが、私ほどではない。
え・・・・どういうことだ・・・・・
「先生・・・?今何と・・・」
「ビル、あなたはこの街に残りなさい。そして二年経ったら私たちを追ってきなさい」
え・・・・
「先生?」
え・・・何の話ですか・・・・・
「何の・・・ことですか・・・・?」
私は完全にうわずった声で先生に聞く。視線を泳がせながら、私はイーヴァンとカミルを再び見た。二人とも、憐れむような、哀しい目で私を見ている。
どういうことだ・・・私の聞き違いではないのか?なぜふたりは、今の先生の言葉を受け入れている。なぜ否定をしてくれない・・・なぜ黙っている・・・
「ちょっと待ってください、先生・・・・先生のおっしゃっていることが全く理解できていないのですが・・・・」
「私は今、何と言いましたか」
「え・・・あ・・この街に二年間いるようにと・・・・」
「そのままです。その後は?」
「二年後に追ってくるようにと・・・・」
「そうです。聞き漏らしていることはありませんね。さあ、イーヴァン、カミル行きましょう」
「ちょっとま・・・」
何を言われているんだ・・・私の頭の中ぐるぐると回る。先生、なんでそんなこと急に、いや先生の言葉に意味がないはずが・・・・でもわかりません、聞きたいです、先生は答えを聞くなと言われますが答えを今聞きたいです、なぜです、教えてください、イーヴァン、なぜ何も言ってくれない、「じいちゃん、なんでそんなことするんだよ」、いつものように言ってくれないのか、みんなが遠くなっていく、なんでそんな哀しそうな目で私を見るのだ、カミル、お前も何か言ってくれないのか、「そんなのおかしくないだろ、先生」いつもの乱暴な口調で、なんで先生を止めてくれない、あああ・・遠くなっていく、なんでそんな目で私を見ているんだ。本当にひと言もなしで、分かれるのか?そんなことなんてありえるのか?私は何か悪いことをしたのか、ここで置いていかれるようなことを、何かしたのか、声が出ない、出せない、なんて言う、何を言うんだ、「置いて行かないでください」「意味がわからないですよ」「ひどすぎやしませんか」「二年間って長すぎます」「ちゃんと理由を言っていいただけないと納得できるわけが」頭でいろんな言葉が思い浮かぶが、何一つ口から出せない。何一つおとが出ない。なぜ私は追いかけない・・・・ああ、歩いていたみんなが前を向いてしまった・・・・私には背中しか見えない。
これは夢か?夢なのか?なぜ突然こんなことに?なぜ置いていかれたのか、それを考えろということか?え・・・誰かが先生たち近づいてくる・・・・え、ヴァルド⁉ヴァルド・レイヴンハルト!どういうことなんだ⁉あの調子のいい感じの、私にメッタ刺しにされた、あのヴァルドがなんで先生たちと一緒に・・・明らかに旅支度をしている・・・・たまたま隣の町まで一緒に行くのか?え、まさか先生が一緒に旅をするように言った⁉え、どういうことですか?何が起きてるんですか?叫びたい、叫びたい、叫びたい、でも声が出ない。口が動かない。追いかけたい、追いかけたい・・・・でも足が動かない、体が動かない・・・見えなくなる・・・・先生・・・・イーヴァン・・・カミル・・・・・うそだろ・・・・冗談だって戻ってきてくれるんだろ・・・・「びっくりしたか?」ってイーヴァンとカミルが私のところに来て・・・・・・先生が優しい笑顔で迎えてくれて・・・・・・もう・・・・もう見えない・・・・・・
街を行きかう喧噪だけが、私の頭の中を通り過ぎていく。




