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風と静寂  作者: 佐竹武夫
第十四章
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第十四章 第十一節

全ての人が立ち止まる時があると思っている。


私はなぜ、ここに居るのか——————

私はなぜ今、これをやらなければいけないのか——————

私は、誰なんだろうか——————


もちろん遠くのものに目標を定める。しかし現実的には常に、ぼんやりとした光が目の前にあり、次の目標地点と定めて、その場所までたどりつくと、なんとなく次の光が見える。それを繰り返していることが、自らの目標に近づいていると思っている・・・・思いたいと・・・それ以外に何があるのかと・・・・


400人以上収容できるこの場所。討論会が行われているこの公会堂の中は、 1回目の討論が終わった後とはまた違う雰囲気で、場内が独特の湿度を保っていた。自らの姿を隠すように、人々が目の周りにマスクをつけている。その異様な雰囲気の中、観衆は細く開いた口元から、先ほどの討論での熱が漏れている。壁に彫られている独特の波のラインが、観衆のざわめきさえも、中央のステージにいる我々に、そのとても静かなどよめきを、送り続けている。天井からの光は、さらに太陽が角度をつけたことを示すように、真上から降り注いでくる。その中の細かい埃が、きらめくエフェクトとして演出を加える。

司会の人が、再び中央ステージに上がった。真ん中にあるテーブルに置かれた木の箱に、手を入れるべく、ゆっくりとその立つべき場所へ向かう。私の正面に座っている『年齢はいっているかもしれない、少しうつろな感じ』の男は、このタイミングでゆっくり立ち上がり、討論をするべき場所———自らのテーブルの前へと移った。私もそれに合わせるように、ゆっくりと立ち上がり、自分のテーブルの前と向かった。私の正面に立ったその男は、とても身長が低かった。初めに感じたように、やはり年齢がいっている。私の師、シルバー先生と同じくらいか、それよりも年上に感じられる。


がさがさ


司会の人が、討論のお題目を決めるくじを引くために、箱の中に手を入れた。


「!・・・・」


私は小さく、なるべく相手に悟られないように、小さく気づいた・・・・

『今、あの「虚ろな男」を見てはだめだ・・・・ごく自然に・・・・自然に「何のくじが引かれるのか、お題目は何なんだ?」そんな感じで司会者を見るのだ・・・・』もうひとりの私が、今の私の頭の中に抑えた声で言った。自然に・・・・自然に・・・・なにも反応しないように・・・・・


「・・・・・・」


カタ


くじが選ばれた瞬間———

全く反応を外に出さない状態で———私はあることについて、非常に高い可能性を箱の中に感じた。


《この司会は、今回だけなぜかランダムにくじを選んでいない。明らかにかき混ぜるふりをした。手を入れたときに何かを探った。おそらく自分でつけていた、何らかの記号であろう。それを初めに確認し、そこからかき混ぜるふりをして、決まったお題目を選んだ》


司会もグルか・・・・・いや、単純に金をつかまされたか、弱みを握られているか・・・


司会がゆっくりと札を出す。自分の手元に持ってきて、その札を見る。そのとき明らかに、自分が求められていた札を引いたことに【安堵】の表情少し・・・・ほんの少しだけ見せた。私の正面の『虚ろな男』は私の表情を必ず見ているだろう。自分たちが、何らかの形で司会者を丸め込む。そして今、明確に自分たちの目的とする『お題目』を引かして、私がそれに気づくかどうか(バレるかどうか)必ず見ている。


司会は札を徐に掲げた。その手は明らかに、不自然な力の入り方をした。おそらく彼の札を握っている手の場所に、何らかの印のついたものがあるのであろう。彼の力身が、それを隠していることを物語っている。所謂、『エッジワーク』である。


「第三の議題は・・・・『死』です」


会場にまた、新たに塗り重ねられた別のざわめきが波を打った。私はこの一瞬で何かをしなければいけない。そう、この『お題目』に対する反応だ。


驚く・・・

意気込む・・・

緊張する・・・・


どの反応をすべきか、どの反応を『虚ろな男』に見せるべきなのか。頭に、堰を切ったような思考の水流が、一気に流れた瞬間に———私は初めて気がついた・・・


私は今、何をやっているんだ・・・・・?


私は、今何をやっている・・・


『何のために、誰のために』

現実において、この本質が、思考の起点となる。私はそうシルバー先生から教わり、その訓練を積んできた。それに基づき思考を始めようとした瞬間、私の目の前の全てが止まった気がした—————— それはもちろん・・・・・討論会で自らの順番が回ってきて、ステージの真ん中に立って、相手と向き合って、お題目に基づき・・・・・・


私は今、何をやっている?——————


私はゆっくりと相手を見た。相手は私が『虚ろな男』と名付けただけあって、その表情を全く見せない。しかし今の私は、この男よりも『虚ろ』な表情をしているのではないか。目の焦点は定まらず、口は半開き。自らの顔は今見ることができない。鏡があったとしても、我々討論者は頭からすっぽりとマスクを被り、目の部分だけ穴のあいた状態でやり取りをしている。鏡をもってしても見ることはできないが、その目だけ見ても『虚ろ』という言葉で表現をしてもよい状態にあるのではないか。


なぜ私は、こんなところで討論をしている・・・・

私は何のために今、討論をしている・・・・

第一なぜ私はこの町に、今いるのだ・・・・


私が再び正面に目を向けると、『虚ろな男』は先に口を開いた。


「私は・・・・中央政権の首都、アゼネイエにいたことがある」


『虚ろな男』が話し始めた。


「そこには素晴らしき人物が沢山いた。多様な学術に優れ、歴史と伝統があり、それらが息づく『権威』の中で、強く光を放つ人々。その中に『智慧の篝火』と呼ばれる人物。エンドロゴス(深い思索者)のシルバーと呼ばれる人物がいた」


この男。早速シルバー先生の名前を持ち出すとは・・・・

!・・・考えてみればおかしな話だ。私たちはルドに『お互いにメンバーを三日前に通達しないといけない』と言われた。我々はそれを伝えたが、相手のメンバーの名前は聞いてない。私たちがルドと接触することを避けたから、たまたま伝わらなかったのか?それともその言葉自体がウソで、メンバーを伝える必要性などなかったのか?私たちはただ相手に情報を伝えてしまっただけなのか?


「シルバーという人物・・・・中央政権で非常に重要な役割を担っていた。彼は軍事行動にも関わり、巧みな話術でその地位と実績を重ねて云った」


おそらく、こちらが伝えたメンバーの情報から、シルバー先生のことを調べたのであろう。元々有名な方である。中央政権と何ら関わりがあった人に聞けば、ある程度の情報が出てくる。そんなことで、こちらの動揺を誘おうとしているのであろうか。


「しかし彼は、いつしか政治の舞台からおり、諸国漫遊することとなった。その途中アラモンの街で出会った青年が、ビル・フィッツジェラルド・・・」


私の名前まで出してきた。本来であればこの場にいる人物の名前を出してはいけないはずである。だが司会は向こうの見方。それにその人物が、今ここに居るとは一言も言ってない・・・・・・しかし、ここまでこの男の口から出た文脈に、大きな意味はない。我々の名前の【単語】を出すことで、何かの反応を見ているのだと思う。しかし私は依然、呆けた顔をしっぱなしである。この情報は所詮、ティモを通じて相手側に伝わった程度の内容で、私の心が動かされるような、食い込んだ情報は何一つない。


「このように様々な『智を求める人』がこの世界に漂っている。しかし、彼らは皆、自らを学び、自らを求めるために世界を巡っている」


何かを言い始めた。何かに矢印が向いた。


「逆に言えば、彼らがその地から学ぶことがあっても、その地が彼らから学ぶことはない」


そんなことはないはずだ。すでに自らの結論に向かうために、道理をねじ曲げ始めている。片方から学ぶことがあれば、もう片方を学ぶことがあるに決まっている。シルバー先生に教わった『範囲内バランス』『範囲外バランス』でいうと、前者である。


「この地はこの地の『先導者』がいるはずである」


なるほど、この街の人間じゃない我々が、なぜこの討論会に出ているのかと言いたいらしい。この『虚ろな男』の言葉はすでに、次の討論者であるグラウのための布石。これ以上わかりやすいことがあろうか。


「あなたは何者ですか?」


ざわざわざわ


聴衆たちが動揺のようなざわめきを発した。当然だ。ある一つの議題に対して討論をぶつけ合うのが、この場所である。しかし目の前の男は、お題目である『死』について何も語らずに、お互いに素性を明かさないことを目的とした『覆面』をしているにもかかわらず、『何者だ』と問うたのである。しかも、その前に不必要に私やシルバー先生の名前を出している。(ここまで前後の文脈と関係ないのもひどいが)聴衆はその不可思議で、ねじれた今の状態に違和感を覚えながらも、この男が発した『何者』という、相当興味が惹かれる【単語】に強く反応した。彼らにとって違和感は、横に置いておくというのが常である。


「あなた方はここに、何しに来たのか」


その通りだ、その点においてはこの『虚ろな男』に全くの同意だ!私はここで何をしているのだ?なぜこの男と向かい合っているのだ?たまたま前に知り合ったティモという男に出会った。それだけで、このようなことになるのか?先生と旅をするということは、こういうことなのか?いや、その点は致し方がないであろう。しかし、この瞬間に私は何をすればいいのか。この男を叩きのめせばいいのか?次に討論する先生のために、何か有利な状況を残せば、『虚ろな男』が仕掛けてこようとするものの計画を、打ち崩せばいいのか?前の二つの討論に、さして意味があったとは思えない。正直討論なんて何もしてない。どの道本番は、この後の討論に決まっている。グラウが現時点での、この街に対する問題。〈ヘルヒン〉と鉄環の誓団をここに送りつけてきた〈キャステル〉との、政治的な問題を、この机上にあげるのが相手の目的。しかし必ずシルバー先生が、彼らを散らすであろう。私が何もしなくても・・・・・・・・・やはり私にはわからない。私はここで何をすべきなのか。


ざわざわ


先ほどよりも、一つトーンが上がった聴衆たちの声が聞えた。おそらくこの反応は、相手の質問に対して何のリアクションもとらない、私に向けた反応であろう。


「さあ・・・答えなさい。あなたは何者で、ここに何しに来たのか?この街ヘルヒンには、ヘルヒンを語るべき、ヘルヒンの人物はいるはず。あなた方は何者ですか」


わずかな・・・・相手のわずかな動揺を感じた。『虚ろな男』は、その年齢と元々の性格からして、よほどのことがない限り、大きな動揺を見せそうにない。だが、私がこの舞台の中央に立ってから、ひと言も発しないどころか、表情変化さえも何一つ見せない(目線さえもどこにも送らない)。その状況が『虚ろな男』に何らかの影響を与え、他の人には全く分からないぐらいの、小さな動揺がこぼれる状態になったのである。


静寂・・・・いや、私の頭の中では常に、私の思考の音が鳴り続けている。討論相手にとって、この建物の中にいる他の400人の聴衆にとって、私はずっと黙り、ひと言も発していないかもしれないが、私自身はずっと討論をし続けている。私の中に静寂など一つもない。少しだけ、ほんの少しだけ『関心』という名の感情が横切る。今聴衆は、どんな顔をしているのか、イーヴァンやカミルは。シルバー先生は。鉄環の誓団の他のメンバーは。ずっと腕組みをしていたグラウは?しかし、その思いは私を行動させるには全く至らない。ここに立った以降、まるで空洞の人形のように立ち続けている。


「あ・・・あの・・・」


司会が声をかけてきた。


「あの・・・一応討論会なので・・・・何らか発言を・・・」


司会は『虚ろな男』寄りの発言をした。別に私がひと言も発しなくて、時間切れが来たのであれば、この男にあのヘンテコリンな石を渡せばよいではないか。多分それでは、少し都合が悪いのであろう。この男の話に乗ることが、司会には必要とされている条件なのであろう。それだけでもこの男が『虚ろな男』に根回しされていることがわかる。(鉄環の誓団全体でなく、この男に)第一、ここまでも討論なんて呼べるものではなかったではないか。


「なぜ先ほどからひと言も発しない。何かのくだらない作戦か?」


挑発を始めた。せっかく『虚ろな男』というネーミングをつけてやったのに、そんな『意志を示した表情』をされると、私の方が『虚ろな男』ではないか。


ざわざわざわざわ


先ほどよりも、さらに聴衆の声が会場に響き始めた。明らかに不満の声である。わざと自分に聞こえるように「なんで黙ってるんだ」「つまらねぇぞ」などの音も聞こえてくる。


ビル、大事なことは『何のために、誰のために』です——————


そうですよね、先生。何のためにやっているのかわからなくて、どうして言葉が発せられるでしょうか。目的の島を見つけられずに、どうして舟をこぐことができましょうか。いや、ここに立つ直前まで、こんなことになるとは、私自身も思っていませんでした。これまでの経験を活かし、お題目が与えられ、相手の作戦を見抜き、勝利の判定を自分の方にもらう・・・・私は日々、漠然と思考を巡らしているつもりはないのに、本当に、本当に私は何をしているのかと、この場に立った時に思ってしまったのです。実は今までも、考えているようで考えていなかったことに、今ここで気づいたようです。


「あの、何かは話していただかないと・・」


また司会が促す。いや、もう自分で席に戻るか?


「このままでは貴様の負けになるぞ!」


あれ?『虚ろな男』も思ったよりくだらない言葉を口にする。勝ち負けなんて、私に初めから何の関係もない。何かが違う。自分の思考の中で、どう考えても何かを勘違いしている。私はここで何かを話すべきだと思っている。でも、どうしてもそこにたどり着けないのは・・・・・・・・・・・

それは先生の言葉『何のために、誰のために』と、今この状況が噛み合ってないように思える——————


——————

——————私の中で『何か』が近づいた。真っ白で、目の前も全く見えない、霧のかかった道の真ん中で、その道の向こうで『何か』が近づいた・・・・


「おい、いい加減にしろ!」「なんかしゃべれ!」「なんだ、漏らしそうなのか⁉」


ハハハハハ


会場から、私を嘲笑する言葉が投げかけはじめられた。あれ・・・何かに気付いた・・・空気が澄んでいる。どんなに周囲から罵られても、今度はむしろ、私の頭の中に静寂が・・・・・・・

まるで夢の中に遠くで、聞こえている何かのようにしか、周りの音を感じない・・・・


近づく・・・・届きそうだ・・・・


今までずっと、ずっと、シルバー先生の中でしか存在し得なかった『私の思考』。それが非常にすっきりした形で、私の目の前に何の邪魔もなく・・・・・私はそこに、ゆっくりと、一歩一歩近づいてきている感覚を持った。


先生・・・・私の目の前で何か見えそうです、いや・・・もうソレと、出会う感覚があります。いや!目の前に!


先生!先生!!


私は今先生のほうを振り向きたくて仕方がありません!

でも振り向きません!振り向けません!!

後でぜひ先生と、話をさせてください!今、私の目の前に、生まれて初めて・・・自らが短期的に欲したことによって発生したものではなく、まるで別次元の中に存在しうるものから、本質と道理の道を歩いてきたソレと、道の真ん中で、ソレは私を見下ろしながら出会いました!

違っているかもしれませんが、今私が、私としての思考の中から、おそらく先生の、いや!この世界の全ての人たちが、道の真ん中で出会うものと会いました!違っていても良いです!これだけの筋道と心地良さがあるのであれば、それが間違っていても構いません!!



『何のために』は味方にのみ適用されるものです。この『何のために』を把握する前に、別の判定があります。それは『敵』か『味方』かです。表現は決して正確でなく適切でないかもしれませんが、私は一度ここで言い切ります。『何のために』は味方に適応するものです。敵は我々と、何らかの折衷を模索しようとはしていません。彼らは我々を殲滅することが目的です。それは決して『強者が弱者を捕食するもの』ではなく、『支配者が被支配者から離れすぎたがために、能力が及ばない故の瑕疵を招いてしまう』ことでもない。存在を消し去ることが目的で、手段で、結論で、唯一無二。そしてこの『虚ろな男』も、それに沿って行動をしています。この男の目的は、『何のために』と問われると『相手を殲滅させるため』と答えるでしょう。つまり私も、相手を殲滅させるために動けばよい・・・


ニヤリ


私はここで『一つ目』の反応をした。その微妙な変化を『虚ろな男』はもちろん、会場中の人々が受け取った。こんな小さな、あまりにも小さな反応にもかかわらず。


今度は聴衆たちが一斉に静まり返った。衣擦れの音一つしない、完璧な『静寂』———


周りから見える私は、明らかに最高の悪役であると思った。

私は顔を上げた。

急に周囲に目を向けた。全く動かなかった灌木が、急に動き始めたのである。聴衆を見る。相手のテーブルを見る。自らのテーブルも見る。すべてを見回した後で、正面の男を見据えた。


「アンタは『敵』だ」


私のその一言に、『虚ろな男』は、そのネーミングにふさわしくない反応をした。


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