第十四章 第八節
街の中心部に近づくと、遠くの方から太鼓、鐘を鳴らす音が聞こえた。何かあるとすればそちらの方だと思い、音の鳴るほうへ足を向けると見物人たちが、大きな山を作っていた。その人たちのところに辿り着くと、聞こえていた音が、そのうるささを増した。人々の隙間から見えるそれは、ある種幻想的な雰囲気のする行列であった。少し派手目の衣装(正装っぽく見えるが、羽やカラフルな布などをつけた)を着込んだ楽器隊が行進して行く。その後ろにモルドリンという、主に運搬に使う動物がその後ろの大きな東屋を引いている。太い柱に金色の装飾を施しているその東屋の中に、同じく木でできた椅子がある。そこに何人かの男が腰をかけている。私はヴァルドに忠告された言葉を気にしながら、あまり近づかないように、それでも、少しでも相手が見えるように距離感を詰めていった。人々の中に紛れる。自らの注意力の集中が、相手に悟られるのではないかと思い、周りの野次馬に合わせて、口を一時の騒ぎに興じるような形に変形させる。
見えた——————
身長が高く筋骨隆々。黒い法衣を纏っていて顔には刺青
あの男がグラウ・ザ=カンデル
ほんの一瞬だけその姿をまぶたに焼き付けた直後に、私は目線を逸らし、隣と見物人の男に声をかけた。
「これは何ですか?ずいぶん派手な行進をしてますが」
隣の男は興奮気味で、私に目をやり答えた。
「明後日祭りの中でやる討論会の相手が、この街に来たんだ。あんた旅人だろうから知らないだろうけど、この街じゃ一大イベントでね。外からやって来るすげー頭のいいやつらを、うちの街の偉い人たちがコテンパンにするんだ。みんなそれを一年間心待ちにしてるんだぜ」
「そうなんだ・・・」
この街の一般的な人にとって、この討論会も、政治も、経済も、軍事も何一つ深く考えられることない、『楽しみ』の中の一つでしかないのだと、私は感じた。それはもちろんそうだろう。毎日生きることに必死である人々に、そんなことを考えている余裕などあるはずがない。仮に今この人に「あなたたちの街の代表者は、臆病にも逃げたんです」「我々がその責務を担っているのです」「しかも相手は、これまでとは比にならないぐらい強敵です」「彼らはあなたたちの生活や命に関わる、実質的な政治のことをこの討論会で持ち出し、この街が危機に陥るかもしれないのです」こんなことを話しても、遠い目をして、口を開けど音が出ないだけである。次の場所に行こうとした直後、私は気になったものがあった。民衆の幾人かが、目元だけ隠す仮面のようなものを付けて居た。
「あれは何です」
私から少し離れそうになった、先ほど声をかけた男を再び呼び止めた。常に先生から『何か少しでも引っかかったことに、最も重要な意味があります』と言われている。まさしくそれが、これに当たると思った。
「えっ、あれって、ああ、あの仮面ね。あれは討論会の時に付けるんだよ」
「え、討論会の時に?なぜ?」
「観客の方は別に付けなくてもいいんだけども、つける人がいるんだよ。逆に討論をする人たちは、自分たちの顔を隠すために、非常に背が高い、頭からすっぽりかぶるマスクを付けるんだ。うちの代表は白。相手方は黒マスクをつける」
初耳である。つまり我々は、私が全く想像ついてない布か何かで出来たマスクを、頭から被らなければならないらしい。
「なんでそんなものかぶるか知ってますか?」
「さあ?俺がガキの頃からずっとそうだから、伝統的な何かじゃないか?」
この人に聞いて答えが、戻ってくると思ったのが私の間違いである。想像するに、初期段階では『相手の人物や権威に左右されないため、公平に議論をするため』などということが、発端になっているのではないだろうか。しかし、その討論の相手が堂々と顔を見せながらこの町に入ってきては、その意味も全くないのではないだろうか。
気が付くとだいぶ時間が過ぎていた。私は急いで宿に戻る。そこではヴァルドとイーヴァンが楽しそうに会話をしていた。
「イーヴァン、まだこの人は敵認定なんだぞ」
「まあそうだけど、結構この人面白いぜ」
私は余計なことを言っていないかと少し心配になり、カミルに目を移したが、「大丈夫だよ」という頷きが一つ返ってきた。
「イーヴァンとカミル。実は一つお願いしたいことがあるんだ。シルバー先生がいつ帰って来てもいいように、この街の入り口で見張りをしていて欲しい。そして戻ってきたらすぐにこの宿に案内してくれ」
「え、でもこの宿は先生と一緒に探したんだから、先生は知っているよ?」
「イーヴァン、先生は常に客観性を持てって言ってるだろう?客観性とは『全体の構造』『立場・視点の入れ替え』『時間軸での変化』。自分が先生の立場になったら『前とは違う場所になったかも、いや状況次第ではこの街を出たかも』と非常に幅広く考える。そうなるとどうしても、次の一手が遅くなってしまう。もしくは先生が余計なトラブルに巻き込まれてしまう」
今この瞬間は、次々と行動を起こさなければいけないので、イーヴァンに対して質問形式のやり方はしない。しかしイーヴァンは全てを理解しないまでも、自らの中を空白にし、しっかり私の言葉を受け止めようとしている。
「ああ、分かった」
イーヴァンは私の案に同意する。
ヒュー
小さな口笛の音が聞こえた。ヴァルドが鳴らしたらしく、随分と感心したような表情でこちらを見ている。
「すごいね。こんなちっちゃい子がそんな難しいことを言われて、ある程度理解をするなんて。俺はシルバー先生ってのは知らなかったけど、これは本当に大した人っぽいな」
私にとってこの男が厄介なのは、どう聞いても本当に感心しているところである。なぜこうも敵側だったのに、あっさりそれがなかったような言動が取れるのだろう。なにか、こう・・・まるで私たちの仲間のような・・・
「分かった。でもビル」
カミルが私に少し不安な表情で質問をしてきた。
「いよいよもって相手側がこの町に来たんだろう?あんまり目立つところでうろちょろするのは、よくないんじゃないか」
カミルがそう私に聞いてきたのを、ヴァルドがさらに感心したような表情で見ている。私が論理的に指示を出したにもかかわらず、それに全く臆することなく、自ら疑問に思ったことを正しい言葉で質問してくる。ヴァルドはおそらくそのようなことを思いながら『いやぁ、本当に君たちは凄いね。この人たちが討論会のメンバーに選ばれてるなんて初めは信じられなかったけど、これは本当にいい勝負をするんじゃないか?』という顔をしている。正直今はそんなことにかまっている暇がない。
「カミル、その通りだと思う。だがシルバー先生が戻ってきた時に、なるべく問題なく事を進めたいんだ。正直相手側は、イーヴァンを討論相手だと気づかないだろ。名前だけしか知らなくて、これだけ幼い子供が相手だと思うことはまずない。ただ問題はカミルの方だ。場合によっては相手に目を付けられてしまう可能性がある。そこで・・・」
と言った処で私は、少し言い淀んだ。
「あ、・・うん・・・その・・・これはあくまでもカミルの身を守るためのことだと思ってほしい」
「あ、ああ。なんだよ」
「カミルは確か女性用の服を持ってたよな」
「・・・・・・・まあな」
ここは非常事態である。ヴァルチャントレス(旅の安全を確保するために 女性が男性の格好をする)である彼女の立場を最大限に利用して・・・
「つまり、女の格好で立っていれば、少なくともメンバーの一人だと思いにくいと・・・」
「ああ・・・そういうことだ」
私はほんの少しだけ、喉に詰まったような言い方をした。
「ま、まあ・・確かにそれが一番安全だよな」
そうしなければいけないと納得しているが、カミル中で何かが引っかかっているものがあるのだと思う。それは正のものとも、負のものとも分からない。私が少しだけ「嫌だった?」という顔をすると。
「あ、大丈夫だ・・・ただ、少し・・・はずヵ・・・」
それ以上は声が小さくて聞こえなかった。ちらりとヴァルドを見る。ほっぺを細めたような表情し、自分の目の前で小さく手を振る。『この人が女性だったとしても、手を出すことなんてしないですよ」そんな、まるでおどけたような表情に、私はどうしても少し苛立ちを覚えてしまう。
慌ただしく次の行動に移った。地域統括所に赴いて、討論会当日の段取りを聞きに行った。たまたまその建物にいたのか、ティモが慌てて出てきた。先ほどの仮面の件のように、私がまだ全く知らないことがあるのではないかと思った。そしてもう一つは、こちらが積極的にアプローチをしないと、彼らが不安になり我々の宿を探すと思った。当然町の中心部に来れば相手側の他のスパイに悟られる可能性があるが、自分はなんとなくそれを察知し、相手を撒ける気がした。
「すみません・・・色々なことを話す時間がなくて。でもマスクを付けることはさほど問題がないことかと思っていました」
ティモは地域統括所の討論会の担当を呼んで、詳しく説明してくれた。場所はこの近くの公会堂。監修は400人ぐらい入るというから驚きである。当日の昼までにここに来ればいいらしい。もちろん何も準備するものはない。討論のお題目については、既に敵スパイのヴァルドから情報を仕入れていたが、もちろん初めて聞くふりをした。第一ここに来るまでに、すでに一人殺そうとしているなんて、目の前で説明してくれているこの人は、思ってもないだろう。
周りを気にしながら、再び宿に帰る途中で食料をいくつか買った。さらにイーヴァンかカミルのどちらかが、門の前で先生を待っているはずだ。しかし、ちらりと見たが見当たらない。
「あれ?」
口から音がこぼれてしまった。だが自分がカミルに「女性の姿で」と言ったのを思い出したと同時に、門の右手側で少しうつむき加減で、こちらをじっと見る女性が目に入った。
「あ・・・」
おそらく彼女はずっとそこにいて、探している私を『こっちだ』と瞳をずっと送っていたに違いない。目線が合うと急に恥ずかしそうに肩をすくめた。そして本当に軽くだけ右手を上げた。こんなにも気付かないとは・・・・・それに、普段と違う彼女の姿を見ると・・・・
あんなかわいい服持ってたんだ・・・・
宿に着いた。その部屋の中で、イーヴァンとヴァルドはさらに仲良くやっているようであった。どこかで拾ってきた枝で、それを縦と横にいくつか並べ、ゲームのようなものをやっている。
「おかえり、ビル!」
「お帰り!」
イーヴァンが私に声をかけるとともに、ヴァルドもまるで我々一行である振る舞いをしている。
「ビル、ヴァルドが教えてくれたこのゲームすごく面白いんだぜ!」
「おまえなぁ・・・」
思わず呆れた返事をするとヴァルドかなり馴れ馴れしい態度で話しかけてきた。
「ビルもやってみたらどうです。『ブランチライン』って言うんですよ。こうやって枝を縦と横に・・・」
私はヴァルドを細目で見た。
「おおお・・こわ・・・」
ヴァルドはおどけたような表情で、わざとらしい身震いをした。
「だって、ビルがさっきヴァルドと話をしていたら不満そうだったからさ。そしたらヴァルドが『ゲームなら怒られないんじゃない』て言ってくれて、これを教えてくれたんだ」
「あのな、一応こいつ敵だからな」
「ひどなぁ、もう敵じゃないよ、仲間、友達!」
今度は少し媚びを売るような表情した。
この男の不気味なところは、おそらくこれが全く演技ではないということだ。よくもこんなに何の信念もない生き方ができるものだ。この切り替えようは理解がし難い。
この日も、その次の日も何の動きもなかった。敵は我々の場所を把握し、何らかの手を打ってくるのではないかと思った。しかし完全に肩すかし。相手が我々に対して何かを仕掛けてくることはなかった。一方でシルバー先生は全く戻ってくる様子がない。シルバー先生が帰ってこないということはない。必ず帰ってくる。しかし自分としては『仮に先生がいなくても』という心持ちでいるぐらいが、そのくらいの覚悟を持っている状態が丁度良いと思った。
そして討論会の当日。
誰もいない早朝。私が街の門より少し離れたところで、周囲を見ていると(夜から明け方にかけては、私が門で待機することにした)遠く、車輪が地面を弾く音が聞えて来た。
先生だ——————
私は直感的にそう思った。片道4日間と言われるキャステルまでの道のり。それは私の想像と予測は、徒歩でかなりゆっくり移動した場合の所要日数であろう。何か乗り物を利用すれば、それは極端に縮めることができる。先生ならそんなことは容易い。
ガガッ ガガッ ガガッ
近づいてくる車輪の音、その激しさは尋常ではない。目をこらすと車体を引いているその生き物はヴェルノート⁉モルドリンとは違い軍事用に主に使われる。巨大な肉体を持ち、様々な物資を運ぶだけでなく、そのスピードにおいてほかの動物では比類するものがいない。
ガガガガガッ ガガガガガッ ガガガガガッ
車体も重厚。しかもかなりいい装飾が施されていて・・・しかしやはり、これに先生が乗っていると思ってしまう。
ザザザザザザザザザザザザ
グシユウゥゥゥ
ヴェルノートが大きく鼻息を荒げて止まった。
その高い車体に、家来のようなものが椅子を取り付ける。
ドアが開く。
カツ
杖の音
私の中で、すべてが確信になった。
「先生」
私はその車体に近づいていく
カツ カツ
もうその姿が見えた。
「先生!」
私は小走りで駆け寄った。
「!・・・ビル」
先生はにこりとされた。近くにいた家来のものは一瞬だけ身構えたが、シルバー先生の知り合いだとすぐに理解をして、向かっていく私に敬意を払った表情をした。
先生が地上まで降りる。
「ははは、さすがですねビル。こんなところで出迎えてくれるとは」
「先生!・・・」
次の言葉が瞬間的に出なかった。いや、私の思考が高速で動く。私は次に先生に何を言うべきなのか。本日の討論会の段取り?ここまであった経緯?私なりの今現状に関する考え方?先生のここまでに得た情報の共有?先生の作戦?いや・・・
「先生・・・まずはご無事で何よりです」
私はこの短い言葉を言っている間に『なぜ先生がこれに乗ってこられたのか』『この車は誰のものなのか』『この家来は』『この車に他に誰が乗っているのか』一瞬で全ての情報を手に入れようと、視線を縦横無尽に動かす。
「先生がおっしゃられた通りですね」
突然、家来らしき人が喋った。私は瞬時にその人物を見た。
「ここまで疑うような言動していましたら、大変申し訳ありませんでした」
男は深々と頭を下げる。非常に丁寧で権威がある話し方。
「いえいえ、とんでもないです。ここまで送っていただきありがとうございます。では我々は本日の準備がありますので」
先生はそういうと
「ビル、宿屋に行きましょうか」
「はい」
ここではこれ以上聞かない方が良い。この切り上げ方は、ここでの会話を避けようとしている。私はすぐに先生の意図が読み取れた。私は家来の人に礼を言うと、すぐに宿屋へと向かった。横目でその車がどこに向かうか見たが、帰るわけではなく、街の中心部へと向かっていった。
「ビル、あの車にはキャステルの領主ヴァルド・グレイランが乗っていたのです」
「え!」
私の大きな驚きに、先生が少しだけ反応された。
「あ、いや・・・すみません。まさか先生が、これから相対する、敵の雇い主、キャステルの領主と一緒に戻ってこられるとは・・・いや本当に、想像を超えてくる・・・」
私は道案内をしながら、言葉を探ってしまった。先生はじっと私の話を聞いてくださっている。
「それに、その・・・先生にご説明をしないといけないのですが、実は宿にある男がいまして・・・その人物は相手側から送り込まれた、我々をスパイするための人物でして・・・」
先生は全く表情を変えず聞いていらっしゃる
「その・・・その男の名前もヴァルドと言いまして。いや、当然同じ名前の人はこの世界に五万といます・・・ファーストネームも違うわけで・・・いや、あまりにもどうでもいいことなんですが、こういう場合に名前が被ることは普通ないというか、なにかかぶると意味があると思ってしまうというか」
なんなんだ、私はこれから先生と大事な話をするんじゃなかったのか?
先生が得た情報、先生がなぜ相手の領主と一緒にこの街に——————
私は先生がいない間にどのような対応を取り、こちら側が今どのようになっているのか——————
そして今日ある討論会に向けてどのように対策をするのか——————
話す事が山ほどあるのに、相手の領主の名前と私が拘束しているスパイの男が、名前が同じなんてどうでもいいことなのに・・・
なんだか私のストーリーが乱されている気がして・・・知っている・・・これが現実だと知っている・・・・なのになぜこんなことで苛立つ・・・・聞きたい・・・・本当は今この場で先生に聞きたい・・・・私の苛立ちは何なのか・・・・なぜあの男にそうも苛立つのか・・・・・本当は聞きたいのに、でも今の状況や立場はこんなことを聞いている時ではない、ということを完全に理解し切っている!私は理解し切っているんだ!
視野の中に先生が写った——————
先生はじっと私を見ている。どのくらいの時間、先生と見つめ合ったのか。どのくらいの時間、私は無言であったのか全く分からない。気が付くと既に宿屋が見えてきた。そんな『宿屋』という無機質が私を冷静にする
「先生、宿の中に男がいます。名前はヴァルド・レイヴンハルト。鉄環の誓団に雇われていたスパイで、先生もお会いしたルドの妻と通じていました。そのこと自体、夫のルドは知っていて・・・・」
急に言葉がつらつらと出てく、私は宿屋が見えてから、イーヴァン、カミル、そして・・・その男がいる部屋にたどり着く間に、全く無駄なく完璧な形で、先生に情報をお伝えした。
「ビル、私も聞いています。ヘルヒンの領主は討論会を毎年聞いていると」
「はい、そんなことをするといつも目立つのではないかと思いましたが、どうも会場の人々も仮装しているらしく、『も』と言ったのは、実は討論をするメンバーも、仮面なのか頭巾なのかわかりませんが、すっぽり顔を隠すらしいのです」
「皆が匿名性をもってやるのですね。つまりキャステルの領主も、会場に居る時には仮装をして、もぐり込んで聞くというわけですね」
当然キャステルの領主がわざわざ来ている理由は、この討論会の為であろう。先生がその領主と何を話したかは、必要な分だけ伝えてくれると思う。
「お互いの領主がいる前で、具体的な政治の話を民衆の前でやりあう・・・・」
とんでもないな——————
一瞬頭をよぎったが、先生とのやり取りを止めない。もうドアの前まで来た、言葉を止めず、一瞬も無駄にせず
「先生、彼らがその主題とすることは」
「『水』の話ですよね」
完璧だ。先生が完璧なのは当たり前だ。そしてそれに完全についていけている私も完璧だ。
ガチャ!
ドアを開けた瞬間、
「先生!」
「じいちゃん!」
支度を整えていたカミルとイーヴァンが、嬉しそうな声を上げた。先生はそれに応えるように、一瞬だけ目を細めて笑みを浮かべられたが、その目はすぐに椅子に座っている包帯だらけの男に目がいった。そうだ、この男をどうしておくのか考えていなかった。
とりあえず討論会が終わるまで椅子に縛っておくのか————
もちろん今までの行動を考えれば、逃げ出したりはしないかもしれないが、討論会の時に私が気になりすぎて集中できなくなる。
いっそ殺すか————
先生がその男を見た時————ヴァルドも先生を見た。
真剣な眼差しで——————
なんだ、なんだその目は
お前はそんな目を、私たちに向けたことなど一度もなかったじゃないか。おちゃらけたあの態度はどこに行った⁉
私は思わず先生を見る。先生は————先生はいつもの先生の瞳をしている。
「あなたがヴァルドですね」
「・・・・はい」
『はい』だと。そんな言葉遣いはしなかっただろう。なんなんだ、この男から感じ取れる誠実な態度は?嘘をついているわけでも、騙そうとしてるわけでもない・・・お前は敵じゃないのか、敵のスパイだろ?今までみたいにおちゃらけてみろよ。『この傷あんたのお弟子さんにやられたんだよ、ひどすぎない?』とか、なぜ言わない!
「あなたから得るべき必要な情報は、ビルからほぼ聞いています」
「・・・・」
「あなたには・・・」
え?・・先生?・・・今、何の言葉を・・・
「あなたには、重要な役割を担ってもらいます。よろしいですか?」
「・・・・はい」
はい? 先・・・先生・・・・・どういうことですか、先生・・・・今自分は目の前で何が起こっているのかわかりません。こんなものは私の中のストーリーにはありません。
先生———




