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風と静寂  作者: 佐竹武夫
第十四章
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第十四章 第一節

コウルサンの町からさらに南の方向に向かい、ヘルヒンという街を新しい目的地と定めた。ペソンからコウルサンに向かっている途中にあった村で、我々は食糧を分けてもらった。肉とチーズ、乾燥したパン。もちろんコウルサンの街でもある程度の食糧を確保したが、ここ最近ではもっともストックがある状態となった。


「必要以上に荷物を持っていると盗賊に襲われる可能性が高まります。我々はあくまでも学問を収めるため、様々な知識を得るためにこの旅を続けているのです」


シルバー先生はそうおっしゃったが、イーヴァンとカミルは『そこまで高尚なものでは・・・』という表情をし、私自身も先生がおっしゃられた一般論的なものに強く固まっているのかと問われれば、いまいちその確信はない。もちろん先生もそこまでおっしゃられているわけではないが、野盗に襲われるかもしれないという可能性から考えると、我々はいつでもその心づもりでいないとよくないと思った。


「想像していたよりも暑いな」


カミルは大き目の布で顔をくしゃくしゃに擦りあげた。開かれた場所を歩く時は仕方がないが、多少木々に囲まれている場所を歩いているときでさえ、体から出てくる汗の量が今までとは格段に違う。


「少し前ぐらいから、向かっている方向が完全に南を向いているからな。街につながる道も、また分かれて行く道も綺麗に南北に行き渡っている。位置関係ももちろん人々の生活がそのような形なんだろう」


東西に道があるときは、さほど日が高くない早い時間帯か遅い時間帯に日差しが出るだけで、もっとも暑い時間帯に南側に遮蔽物があれば日陰を得ることができる。しかし道が南北に正確に貫いていると。もっとも暑い時間帯に日差しを直接受けなければならない。しかもわれわれが向かっているのは南である。


私はカミルにそのような現状の分析を伝えたが、正直そんなことを言ったところで涼しくなるわけはなく、何の気休めにもなってない。


「じいちゃん、ビル、カミル!あれ!やっぱりそうだ」


先頭を歩いている幼いイーヴァンが、振り向きながら前方を指差している。指を差している方を見てみるが、何もわからない。


「なんかあったのか?」

「ビル、見えるだろ、水車だよ!あのあたりに川が流れてるんだ!ちょっと涼んでいこうぜ!」


私は目を細めて、じっとその指をさす方を見てみる。やはりわからない。隣でカミルも同じような格好している。意外にも先生も同じ恰好をして目を凝らしている。今まで旅をしていても思うが、イーヴァンの視力はすごい。仮に川があるのであれば、我々なら音の方を先に感じることが多い。とこがイーヴァンは圧倒的な視力を持っていて(時として聴力もすごいのだが)我々が認識できるはるか前からその情報を知りえることができる。



ギ——————

ギ——————

ギ——————


ほどなくして我々はイーヴァンの言った通り水車を見ることとなる。しかもそれは一つではなく何十個である。我々はそれが近づいてくるにつれ「あれが水車、でもあんなに多くの数が?」という思考が、むしろ視覚に映る情報を頭が拒否している感じであった。


「だろ?オレもはじめこんなに沢山あるのは信じられなかった。だから本当に水車かどうか自信がなかったんだ」


正面にはヘルヒンの街が見えている。そこに続く大きな通りの両サイドは灌漑用水路が整備されており、そこに水を送り込むシステム、粉ひきや別の動力に使われるであろう水車がいくつも設置してあった。


「先生」

「ビル、どうしました」

「大変申し訳ないのですが、少しあの水車を見学させてもらってよろしいですか」


旅をしていれば、さまざまな『初めての風景』に出会う。しかし、その中でもとても強く自分を惹きつけるものが、時として眼前に現れる。今私の目の前に広がっているこのぶどう畑、灌漑用水、そしてたくさんの風車。どうしてこのようなものが整備されており、どのようにしてこれらの設備がシステムを構築し稼働しているのか・・・もちろん日が暮れるまで見続けるわけにはいかないが、いやもし仮に許されるのであれば、幾日も費やしてでもそれを探求したくなるような『人々の営み』を感じるのである。


「そういうと思っていましたよ」


先生は私の方を向いて、優しくおっしゃった。


「いやだよー、もう目の前に街があるのに!」


イーヴァンが抗議の声を上げた。イーヴァンにとっては、新しい街を訪れることは新しい食べ物に巡り合うことである。カミルが私の方をちらりと見て少し気を遣ったように口を開いた。


「イーヴァン、さっき川で涼みたいって言ってただろ、あの辺りだと水に足をつけられそうだ、行ってみないか」


イーヴァンはカミルが指さした方を見た。水車を回す原動力となる灌漑用水路は、その用途に応じたいくつかの形状をしており、カミルの言うように多少そこでは水浴びができそうであった。


「うーーん」


イーヴァンは街の方とその水辺を見比べる。わたしや先生の方を見ることなく


「わかった!」


と言って一目散に水辺の方に向かった。私は気を使ってくれたカミルに『ありがとう』と目線を向けた。彼女・・・彼のほうも私の方をちらりと見て『どういたしまして』という笑みの目を見せた。そしてそのままイーヴァンを追った。


ドボーン


イーヴァンは頭から用水路に飛び込む。一瞬管理者が周りにいないか焦って見渡した。

よく見れば、いつの間にかイーヴァンは服を脱いで泳いでいる。


「何をやっているんだか・・・」


私の口からはあきれた言葉がこぼれた。シルバー先生は腰を下ろし、杖を置いて優しい瞳で見つめている。カミルは浅い所でブーツを脱いで足をつけている。彼女の体格を見る限り誰も女性だと思わないだろう。それでもヴァルチャントレス(旅の安全を確保するために 女性が男性の格好をするだけでなく、 戦闘訓練をしている )である彼女が、その正体が周囲の人に分かるような水浴びはしないであろう。しかし彼女がそうであることを知っている私は、水浴びのためブーツを抜いたその素肌から、その内側に秘められた美しさをどこかで感じてしまっている。


「私も聞いたことがあるぐらいで、実際にこの広大な灌漑用水は初めて見ました」


少し浮いた気持ちの私に、先生が突然声をかけられた。


「やはり地形と大きな関係がありますね」


先生は杖でまず左手の方向を示された。


「南西三国の一つヴァルドリス王国の象徴的な山岳、それがあの方向にあり、おそらく良質な水がこの平野に下りてくるのでしょう。それが東の方向と南の方向になだらかに広がっていく」


先生はそう言いながら杖を左から右に大きく振られ、さらに私がいる方の手前にも杖の先を向けられた。


「ここの灌漑用水路は随分昔からあったのですね」

「この街自体の歴史はかなり長いですし、用水路に使われている素材、その石に生えている苔の具合を見ても、何十年とわたっていることは間違いないでしょう。それに比べて・・」


私はすぐに先生がおっしゃりたいことがわかった。


「水車は比較的新しく作られたものですね」


私がそのように言うと


「ビル、あなたの言う通りです。すべてとは言いませんが、いくつかはここ最近建てられたものと考えてもよいでしょう。配置を見る限り、新しく建てたというより以前のものを改築したものでしょう」


我々が話している少し離れたところでは、イーヴァンとカミルが水の掛け合いを始めた。『すぐに飽きて街に向かうのでは』と思っていたがとんでもなかった。むしろ『もう行こうか』といっても『えー』と不満を漏らされるのではないかと思った。


「あそこのところを見てください」


今度は地面を切り崩した場所を先生は杖で示された。


「断層もこの南北の方向になっていますね。おそらくここが古くから灌漑用水が発達したのは、この断層が正確に方位に基づいており、素直に掘り進めていくと、比較的整った形で水路を作ることができたのでしょう」

「なるほど、地層に歪みがあると当然工事にさまざまな手数をかけなければいけませんからね」


これは私の実感としてある。わが故郷アラモンにおいて伯父の下で働いていた時、さまざまな工事の監督を任された。その中で土木工事は常に地層との戦いであった。


「先生がおっしゃられた推論道理であるのであれば、確実に土木工事のコストが低く抑えられ、今私たちの目の前に広がっている光景を作り出すのに、充分な理由となったでしょう」


ギ——————

ギ——————

ギ——————


街というものは自然が作り出す・・・いや、人も自然が作り出し、形作った産物ではないだろうか・・・


「あの・・」


「!————」


あまりに気を緩め警戒を怠っていた。ビクっとして振り向いたその視線の先には、明らかに役人と思われる格好の人が3人立っていた。


「あ、あれ、かな?」


私は大きく動揺してしまった。私の背中の奥で、公共施設であろう灌漑用水を使って水遊びをしている人物がいる。怒られることは間違いない。いやそれとは全く別の、何らかの脅威が近づいていたかもしれないのに————


隣ではシルバー先生がゆっくりと立ち上がり、役人の方を向いた。


「やっぱり!」


その3人の中で最も偉い立場であろう、(しかも最も若そうな)その人物が大きな声を上げた。


「シルバー先生とビルさんですね!」

「え!」


私は思わず先生の方を見た。先生の表情を見ても相変わらずわかりにくい。先生はこの人物を知っているのか知らないのか、いやでも変だ、シルバー先生だけならまだしも、今私の名前も呼んだ。明らかに分かってない表情をしている私を見て、その人物はさらに言葉を加えた。


「私です、ティモ・ヴァルク!————いや、先生たちには結局私の名前を名乗らなかったような気がします、メヌーの街で、届け物を頼まれた!」

「え・・・ああ、え・・・えええええ!」


私は凄まじく頭が混乱してしまった。メヌーの街であった、ガラスの棒を届けてほしいという依頼をした少年は、恐ろしく生意気で、髪は長くボサボサな非常に身なりの悪い恰好をしていた。しかし私の目の前にいる彼は、薄手のリネンシャツに、革のエプロンを重ねた実用的な作業着でありながら、明らかに安くない生地で作られた役人の制服。腰には工具を収めた巻き革のベルトに、足元は泥除けのための高めのブーツ。髪は整えられており、後ろで束ねている。唯一面影を残すのは、その髪がまだ少し跳ねているところぐらいである。


「先ほどから用水路の方をずっと眺めている人物がいたので、気になってはいたのですか・・・それで近づいてみると・・まさか本当に、先生方だったとは」

「あ、いや・・え・・・あの、届け物をしてもらって・・・その、街を当分出てもらうことになった・・・あの」

「そうです、思い出してもらいましたか!」

「いや、でも格好もずいぶん立派になって・・・いやそれに口調が全然違って」

「ああ、それは随分と厳しく直させられました。『人々の指導する立場になったので、言葉はそれ相応に正しく使えないと」と・・・」


何か信じられない・・・私はもう一度シルバー先生の方を見る。いつものようにシルバー先生は余計なことを何も言われない。先生はすぐに気づかれたのであろうか。いやこの瞬間も私はピンときていない。


「あの・・・」


私は思わず自分の背中を振り向いた。その視線の先には水遊びをしていたイーヴァンとカミルがこちらを見ている。彼らもまた私たちが役人にとっ捕まって説教を受けているのではないかと思って止まっている。


「ああ、別に大丈夫ですよ。ほかの場所でも子供たちがよく遊んでいますので」

「は、はあ・・・」


とは言われても、振り向いて『遊んでオーケー』と大きく丸を手で作るわけにはいかない。

目の前の役人である彼、ティモが奥にいるイーヴァンとカミルに軽い会釈をする。 2人とも怒られているわけではないとわかったが、そのまま遊ぶわけにもいかずこちらの様子を見ている。私は少し気持ちが落ち着いてきて、ようやくあの街のことの記憶をたどりはじめた。


「ええと・・たしか領主アルフレッドが何人か人を呼んで・・・」

「はい」

「それでなんだ・・・そう!母親のために水車を直そうとして壊して・・・」

「そう、思い出してもらえましたか!」

「そうだ!あの時の!」


私は思い出した瞬間、私の後ろに立ち並ぶ水車の存在が鮮明になりながら迫ってきた。


「水車・・・」


ギ——————

ギ——————

ギ——————



私はゆっくりと振り向いた。そしてその灌漑設備に立ち並ぶ、最近作られたであろう数多くの水車の音が私の中で響きわたった。



ギ——————

ギ——————

ギ——————






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