第十三章 第一節
コウルサンの街にたどり着いたのは、ペソンの城を抜け出してから5日後のことであった。その間、途中の村に3日間お世話になった。その村はコウルサンとペソンをつなぐ街道から離れており、ペソンからの避難者やコウルサンからの支援者など、行き交う人々がその村と交わることはなかった。それでも少しばかりの情報は入ってきており、地域全体の空気が落ち着くまで、私たちは村の農作業の手伝いをしながら、その場所に滞在させてもらった。村の人びとはとてもいい人たちばかりで、我々が旅立つときに、いくつかの手土産を持たせてもらった。そこから野宿を一泊して、夏の日差しが暑くなる前に、コウルサンの町に入った。
「南西同盟の兵たちが張っていたりしないか?」
町に入るときも、カミルは周囲を警戒しながら私に話しかけてくる。
「カミル、そんなにきょろきょろする方が、逆に目立っちゃうぜ」
幼いイーヴァンはいつまでも怯えているカミルを、呆れるようなまなざしで見ていた。
「だったら絶対、ビルの背負ってる盾の方が目立つだろう」
カミルが私の方を睨みつけるように見る。私の背中にはさっきの合戦で借りていた・・・そのまま持ってきてしまったが、月の文様が描かれた盾が引っかかっている。ここに来るまでも、何度もカミルから捨てるように言われたが、私はなんとなく気に入ってしまっている。妙にお守りのような感覚がある。
「あれ、見てみろよ。カミル」
私は町の店先に置いてある、木彫りのアクセサリーを指さした。
「なんだよ」
カミルは少しふてくされた表情で見る。
「あ、ヴァルドラシルだ!」
イーヴァンは目を輝かせてアクセサリーの方に寄っていく。一緒に歩いていたシルバー先生も、杖をそちらの方に向けた。
「ヴぁる・・・なんだ?」
「『ヴァルドラシル』だよ、森の精霊」
鹿の形をしたその木彫りを指さしながら、カミルにイーヴァンが解説する。
「森の精霊は『ドルヴァルグン』じゃなかったっけ。俺が知ってる物語に出てくるよ。熊の皮を被った怖いやつ、たしか物語の中で笛を持っていたような」
カミルにそう言われて、イーヴァンは「?」の顔をした。そのままの目で私の方を見た。
「カミルの言っているのは『森の王霊ドルヴァルグン』だよ。それとは少し違うね。なんでここに『森の精霊ヴァルドラシル』のアクセサリーが置いてあると思う?」
「え・・・わかんないよ」
「ビルは知ってるってこと」
「ああ、今が五の月だからさ。五の月に『ヴァルドラシル』を当てたんだ。何年か前から中央政権が新しい暦を広め始めた。知ってるか?」
カミルは面倒くさそうな顔をして
「知ってるよ、暦が変わると本当に大変なんだよ。人形劇をやっているときも、開演の日を伝えるのに苦労した。あれだろ、一の月、二の月、二の二の月・・・」
「そうだな、数が二つ続いたら、次は『その二』となる」
「面倒くさすぎだろ」
カミルの不平はより強くなる。
「カミルの言う通りですね。おそらくこの暦はあまり浸透しないでしょう」
シルバー先生が『森の精霊ヴァルドラシル』のアクセサリーを見ながら優しく微笑んだ。
「シルバー先生、でも私はこの暦を少し気に入ってます。」
「『基礎数の差』ですね」
「はい!」
さすがシルバー先生だと思った。私の好みは知り尽くされているようだ。
「カミル、簡単にだけ説明するよ。この新しい暦は『2』と『3』を基礎数として組まれているんだ。簡単に言えば全ての数値をこの二つを元に作っている。4は2×2(線基礎数の積)5は2+3(基礎数の和)という風に」
当然この時点で、イーヴァンは全く聞く気を失っていて、アクセサリーの方をいじくっている。カミルはなんとか私の話を聞こうとしている。
「1は3-2(基礎数の差)、これを〈ズレ〉と呼んでいる。これってすごくないか⁉本来厳密な分割性が求められるものに、〈ズレ〉という比較的曖昧でバランスを崩したものを、暦の中に組み込んでいるんだ!」
私は興奮して話し始めたが、明らかにカミルは引いている。しかし私の情熱は止められない。
「実際の世の中は、すべてを分割して表記できるほど明確ではないじゃないか。それを実際暦に取り入れようとするのは、『生』で生きている感覚に近づこうとしていて、私は素晴らしいことだと思っている」
「は、はあ・・・・」
カミルは少し呆れたような返事をした。そしてシルバー先生に向かって
「シルバー先生、ちょっとビルは勉強しすぎじゃないか」
と言った。なんと失礼な——————
「・・・・・つまり、私が言いたいことは、仮に師団長達が我々を追ったとしても、そのタイミングがずれていれば、かち合うことはなかなかないということだ。それが前であっても後ろであっても。だからあの村で3日間過ごしたんですよね、先生」
私は自信たっぷりにシルバー先生の方に向かって言った。シルバー先生はアクセサリーを手に取りながら優しく
「そうですね。基本的にはビルの言う通りです。しかしあなたの説明ですと、他人を圧倒するだけで、その人のためを考えた形には少し遠い気がします」
「・・・・そうですか」
「今の状況を説明するより、ビルが今の暦がどれだけ好きかの話になっていますね」
カミルが私の方を見て『そうだそうだ』という顔をしている。私が『むむむ』という顔をしていると、先生はいカミルの方を向き、優しく言葉を重ね始めた。
「カミル、人はどうしても追われていると、怖れから相手より遠くへ逃げようとしてしまいます。しかしこれは、相手が自分より遅い時にしか成立しません。この状態は相手にもっとも見つかりやすい状態ですね」
明らかにカミルは私の時よりも集中して聞けている。
「でももし我々が、相手の背中にいた時に、彼らは私たちを見つけることができるでしょうか?彼らは私たちより早いのですよ」
「ああ・・」
カミルが『確かに・・』という表情を見せる。
「彼らは、探している相手が見つからないでいるときに、より先に行ったと考えます。後ろに居るのではないかと思うことは、彼らが『見逃してしまった』という失敗を認めるという形になります。そこまで視野の広さと謙虚さを持って、追ってくることができるでしょうか。いわんや、現時点で我々は犯罪者でも何でもありません。大々的に探索するわけにはいかないでしょう」
「先生、なんか少しだけわかった」
「そうですか」
私は『同じことを伝えていたつもりなのに・・・』と思うが、先生のそれは違うのもすぐにわかる。確かに自分の「解説をしたい衝動」を抑え切れていないのは確かだ。しかしどこかで「これくらいは気持ちよく話させてもらってもいいのではないか」と思っている自分もいる。
コウルサンの街はそれほど大きくなく、お店に沿って西に歩き続けると中央広場に出る。そこからさらに西と、もう一方は北の方にと街が続いている。その中央広場にはいくつかの人だかりができている。ものを売っているところもあるが、見世物的なものもいくつかあった。
カンカンカンカン
「さあ、さあ、さあ」
その中でも一際人が集まっている場所があった。
「何でしょうね?」
私はシルバー先生に尋ねたが、それに答えたのはカミルだった。
「『時語り』だよ、大きな街や近くであった出来事を、物語風に語ってくれる芸人さ。俺が人形劇をやってる時も、関わり合いがあったからよく知ってるよ」
私は少し背伸びをして見た。派手な旅衣装に少し不気味とも思える半仮面を着けている。手には鳴物の小さな鐘、もう一方の手に脱いだ帽子を持ち、これから話すであろう物語を聞くにあたって、聴衆に小銭を要求している。非常に要領よく移動しており、すぐに私たちのところに近づきそうである。
「聞くんだったら、小銭を入れないとだめだよ」
『まあそうだろうな』と私は思ったが、ペソンの事を聞けるのであれば、聞いてみたいと思い迷っていた。そうこうしているうちに、目の前に半仮面の男がやってくる。近くで見るとより不気味だ。
「お題目は何だ?」
相手の動きを邪魔しないように、素早く聞いた。
「悪人ファウストを討つため、兄レオナルド師団長が盟友二人とペソンの街を攻め込んだ。お兄さんだってその事知ってるだろ!だがそこで繰り広げられた数々のドラマ、英雄レオナルドの偉業は知らないはずだ!あんたここで聞いて、村に持ち帰ったら、あんたの話を聞きたくて村中の連中が押し寄せるぜ!」
そういうと小銭が大量に入った帽子をジャランと一振りした。『やはりペソンのことだったか』そう思うと、準備していた4人分の小銭を投げ入れた。さらにシルバー先生、カミル、イーヴァンを指差し、全てのお金を払ったと伝えた。青と黄色の半仮面が一瞬無表情になる。それの意味するところはわからないが、やはり何だか圧倒的な不気味さを持っている。
あまりにも大盛況だ。半仮面の男を囲っている人数は100人はいるのかもしれない。集めた小銭も帽子一つでは入りきらず、三つも置いてある。いよいよもって男が壇上に上がり、講釈を始めた。
「皆様方、お待たせしました。わたくしが語るのは先だって行われた、悪人ファウスト討伐!それに立ち上がった3人の師団長、リュセール公国のセリオ師団長とノクティア領邦のグラオ師団長。そしてファウストの兄であり、正義と勇気と知恵の男、『英雄レオナルド』の実際にあった出来事を、真実のまま伝える舞台です!」
拍手などない。みんな真剣に聞いている。この時点での煽り文句で既に、それが真実と程遠いものに聞こえてしまう。だが彼らが実際の状況を知りえる場は、このような機会を除いて他にない。彼らはそれを真実と強く思い込み、自らのこの先の不安や楽観を確認しようとしている。
「今となっては皆の知るところとなった、悪の領主ファウスト。位を売買し、軍品をちょろまかして私腹を肥やし、はたまた、全線で戦う兄レオナルドの妻をたらしこんだ最悪の男!」
私はそれを聞いた瞬間、あまりの驚きにシルバー先生を見た。さすがにシルバー先生も、少し驚いた反応をしている。横に居るカミルなどは耳を疑うような顔をしている。
「先生、今のは・・・・」
私がそう問いかけている間に半仮面の男は語りをやめない。
「ファウストが処刑に処され、悪女レオナルドの妻も処刑された今、この国の未来は悪の手から救われたといってよいだろう!」
「先生・・・」
「ほかの人たちの反応を見ても、この4日間で起きたことには間違いないでしょう。ただ我々が接した時に、妻の不貞が発覚していたかどうかは不明ですね」
私はいつも思う。物事が常に自分の想像の範囲などに収まることはない。わかっている、わかっているがあまりにも現実は予想外すぎる。『もし・・・我々が接していた時にそのことが判明していたのであれば、レオナルド師団長は我々が想像していたよりも圧倒的に窮地に追い込まれた状況だったみたいだ』そう頭をよぎる一方で、そのような匂いをあまり感じなかったというのも事実である。となれば、後々その不貞がバレたということになる。もしそうだとすれば、それこそ我々を追いかけている場合ではない。ペソン城攻略後は大変な混乱が予想されたと思う。
「その不正を決して許せなかったのが、レオナルドとその親友セリオ、グラオだった。彼らは戦線基地に多数の旗を立て、あたかも兵がそこに居るかのように見せかけることで、中央政権の軍を牽制した!」
これは確か嘘だ。私が見る限りそのような偽装工作はしてない。中央政権が軍をよこしてこなかったのは、シルバー先生の密約によるものであると思われる。
「彼らは一気に軍を翻し、悪の領主ファウストを打ち取るべくペソンの城へと向かった。セリオ師団長の軍は得意の弓矢部隊で次々と敵を殲滅し、グラオ師団長は100頭の牛を使い、城壁を破壊!一気に城に攻め込んだ!」
なんとなく話を聞いていると大雑把である。もちろんそれぞれを正しく正確に伝えようとすれば、非常に時間もかかるし、そんなことを聴衆が楽しんで聞くわけがない。城壁を破ったのは我々のバタリング・ラム(破城槌)だったが、そんなことを正確に語って欲しいと思わない。だが一匹も見ることなかった『牛100頭』というのは、はたしてどうだろう。私はふと以前に「ラトール・アカデミー」で先生が講演をされたときのことを思い出した。あの時確かまるで、講釈師のように、聴衆受けする話し方をされていた。
「レオナルドは現在、ペソンの街を開放し、悪政に苦しんでいた民衆に支持されている。またペソンの東に敷いていた陣も敵が気付く前に回復し、敵はまんまと騙されたと地団駄を踏んでいる」
私は再びシルバー先生を見た。陣に軍を戻した?本当なのか?それはモントベリーのガリソン(中央政権からの直属の軍隊)は、ルグラード・フォルシュトンは交代したのか?元々先生は師団長達に『密約』の話をした。今のモントベリー城主でありガリソンのルグラードが、極度に交戦を望んでおらず、陣から兵を引いたならガリソン交代で本人が首都に戻る。そして新しいガリソンが赴任すると空の陣に、必ず攻めてくる。そこを三国で叩き、一気にモントベリー城を攻略する。先生の話はそうだったはず。前線から離れると全く情報が入ってこず、現状がどうなっており、どの情報が本当で嘘か全く分からない。
先生はこの全く情報が不確かな状態で、どのように判断をされるんだ——————
先生の瞳を見ても迷いはない。すべての構造体と力学が意識の中にあり、それが大きく現実をずれていないのであろう。いつも・・・いつも自分の未熟さに打ちひしがれる。
それから『時語り』によるいくつか情報はあったが、真偽のほどがわからないことが多く、それらを持って北側の方にある宿に向かいながら、先生と軽く話をした。
「じいちゃん!ほら、あの肉うまそうだよ、買おうよ!」
イーヴァンは路肩で売っている味が付いた肉の塊を指さした。
「うむ・・・しかしここであまり浪費をしない方が・・・」
先生がそういうとカミルが口角を緩めた感じで答えた。
「確かに美味しそうだよな、イーヴァン、俺も食べたいから買うよ!」
「やったー!」
『いや、カミル。今先生が止めたんだから・・・』少し先生を見ると、にこやかな顔を崩してはいない。
「ビル、カミルが自分のお金で買うのであれば、私にはそれを止める権利はありません。いつも言っているように、決して私の答が正しいというわけではないのです。だからもし、カミルが私たちにお裾分けをくれるのであれば、それは素直にもらったほうがいいですよ」
どうしても自分の感覚では、『先生に逆らった行動』をカミルが取ってしまっているように思い、少し苛立ちが募ってしまう。先生のおっしゃられることが胸にストンと落ちないということは、何か自分がまだまだ理解してないことが多いと思わされる。
2人が肉屋の前に行っている間、私は先生に語りかけた。
「先生、少しお聞きしていいですか」
「今日はいくつか答えを持ってきたのでしょうか?」
先生は先刻の『答えを持たずに質問をする』という、甘えの言動の話をされているのだろう。珍しくジョークを交えた手厳しさである。
「はい、まあ・・・一つは、ペソンの城を攻めた時、私の方の角度からは、先生の部隊が全く見えませんでした。『ある一つの塔』を攻撃されたはずですが、つまりそれは私たちの隊から見てちょうど裏側だった」
「そうですね」
「あの戦場に着いた瞬間、私は先生がどこを責められるのかは全く想像つきませんでした。しかし結果として、答えを先に知ってしまいました。これは答えから逆算で導き出されることなのですが・・・・」
「・・・・・」
「先生は、城から最も近い塔を選ばれた」
「そうですね。その理由はなんだと思います」
「城にいる兵が近い方ため補給しやすく、それで多くの兵を呼び寄せることが出来る・・・」
「論理の道が一本だけ外れていますね」
「・・・・」
「場所が近いというのは物理的な条件ではありますが、我々の社会にでは、物事は常に『誰かの意思』によって左右されるという、論理の起点からずれています・・・」
『誰のために、何のために』
こんな簡単な理論体系もまだ使えてないのか——————
私はほんの少しだけ目をつむった。静かに息をする。
そして目をあけた。
「先生は城から近いということではなく、城から最も見える場所を選ばれた・・・」
先生はニコリとされた。
「そうですね。守備全体の指揮をとっていたのはおそらく領主ファウスト。彼が前線に出て指揮を執るということはないでしょう。お城の安全なところから旗を使い命令をだしていたはずです。つまり、彼が一番見える所を攻撃するだけで、自然と兵が集められます。そこに集中砲火を浴びせました。あなたはまだ、人の意思という『歪み』を捉えるのが難しそうですね」
『歪み』・・・・この場面では適切な言葉である。あるべき形と正しく相互力学を受け止められていれば、なぜそこだけに攻撃が集中しているのかを理解できる。逆に歪みがあるからこそ、それらのあるべき形が全く受け取れず、それを理解している者に飲み込まれていく・・・・
カミルたちが思ったより、時間がかかりそうである。なんだか、おまけの交渉をしているみたいだ。あれだけ怯えていた表情が消えて、少しだけ嬉しい。
「もう一つよろしいですか」
「いいですよ」
「戦場に牛はいませんでした」
「そうですね」
「バタリング・ラム(破城槌)を押したのは私たちです」
「そうですね」
「自分がその場で見たことは、何が本当で何が嘘かわかります。しかし先ほどの『レオナルド師団長の妻の不貞』や『南西三国の軍が元の陣に戻った』など、一旦彼らから離れてしまうと何が本当で何が本当ではないかが、全くわからなくなってしまいます。多くの人は、自分たちがその軍に従事していたことを勘違いし、「ああなはずだ」「こうではないはずだ」と決めつけて言う人がいますが、正直断定できる要素など何一つありません。先生はこのようなときにどうされているのでしょうか?」
私の質問の仕方は、結果的に答えを聞くような形になっている。そうしたくはなかったが、設問が難しすぎて、どのような形をもって聞けばいいのかさえ難しい。先生も何か感じられるところがあったのか、少し黙って上の方を見ていた。
「・・・・・」
人々の行き交う声が聞こえる。静かなざわめき——————
「先生!ビル!」
イーヴァンが串にささった肉を走って持ってきた。少し離れたここでもその匂いが口に唾液を含ませる。
「ビル、そのことについては、もう少し自分で考えてみてください」
「え・・・あ、はい」
先生にしては珍しい区切り方である。肉が来たから?いや、それはさすがにないであろう。先生がここで答えることも、私が考えることも時間軸として適切ではないと思われたのだろう。
「はい、先生」
早速カミルが先生に渡す。
「頂いてよいのですか」
「もちろん!」
「ははは、随分とおまけをしてもらったようですね」
「カミルのやつ、今回に関しては随分押しが強かったんだぜ」
イーヴァンが少しヒヤヒヤした表情で言う。
「これを食べる前に一つだけ質問をして良いですか」
このような切り口で先生が話されることは珍しい。
「え、いきなり勉強⁉」
イーヴァンが相変わらず嫌そうな顔をする。
「簡単に答えてみればよいです。先ほど講釈師『時語り』が『英雄レオナルド』と何度も言っていました。もちろん彼が語っていたのは、我々が直にあって話をしていた『レオナルド師団長』のことです。では、『英雄』とはなんだと思いますか?」
イーヴァンとカミルは美味しそうな肉を目の前に、急に「お預け」をくらったような感じになった。
「すごい人?かっこいい人?・・・物語の中の人・・・」
早く肉が食べたいのかカミルが一番初めに適当な返事をする。
「俺が村に居る時に、 『英雄』なんて聞いたこともなければ見たこともない」
イーヴァンも適当な答えをする。まあ、 2人の答えは丸一日考えても大きく変わりそうではないが。
それで一応答えたつもりなのか、 2人はさっそく肉を食べ始める。『先生より先に食べるなよ・・・』私は文句一つを言いたくなってしまう。
「ビルは?」
「!・・・・私は・・・『英雄とは・・・』」
器・傾き・法則・・・・・器だ・・・
「『器』・・・・その中身は・・・人々の憧れ・・・いや、希望・・・・」
先生は静かに聞いている。あとの二人は肉を食べながら聞いている。
「それは・・・まるで『踊り子』のように・・人々の気持ちを集める存在・・・」
なんとなく頑張っていい終わった感がある。
私はゆっくりと先生を見た。他の2人も先生を見た。先生の口から発せられる、その音を3人はゆっくりと待った。
「私の考える『英雄』は・・・」
私はこの瞬間にはじめて、先生が先ほど『もう少し自分で考えてみてください』と言った私への問にヒントを与えてくれるため、突然他の2人にもこの話を切り出したのと理解をした。そして、いつもこれが先生の優しさであった。
「先ほどビルは『器』と言いましたが、その通りだと思います。しかしその器は、いくら入れても壊れることがない、無限に入るが壊れても別にたいしたことのない『器』—————— 存在しない器」
私もそうだが、イーヴァンもカミルも真剣に・・・いや、無心になって先生の全てを受け止めようとしている。
「生きて存在せず————
死して実在せず—————— 」
先生はニコリとされ、お肉を一口食べた。
実際に触れあったレオナルド師団長。講釈師に語られる『英雄レオナルド』
私は彼のことが嫌いではない。彼がひどく苦しい状態でないことを切に願う。




