第十一章 第十節
ようやく日が落ち始めた。城の中は、昼過ぎには決着がついており、おそらく必要最低限の虐殺と略奪が繰り広げられたと思う。もちろんレオナルド師団長からすると自国であるヴァルドリス王国の領土なのだから、すぐさま不貞の行為を止めよう命令を下している。という意味を込めて必要最低限度ということだ。我々は遠くからその城の外観と、何なのかわからない声を聞くしかなかった。
「ビル軍師殿、シルバー殿たちがこちらに向かっております」
なんとなく遠くを眺めていた私とカミルに、兵の一人が声をかけてくれた。はじめは南の方に目を向けたがそれらしい人がおらず、今度はゆっくりと北の方に目を向ける。 2人の影が見えた。それは明らかに杖をついてこちらに来るシルバー先生と幼いイーヴァンの影であった。
「先生とイーヴァンだ!」
随分とうれしそうにカミルが言った。とても短い戦であったが、やはり命の危険性はある。お互いに生きて出会えたことの嬉しさはあるが、私の中では何かまだ、魂が抜けたような状態になっていた。
疲れているのか——————
それとは違う何かであった。本来であれば我々が先生の方に向かって、出迎えをしなければならない。しかし、それさえもする気力が出ない。イーヴァンが駆け出した。
「ビル!カミル!!」
幼きイーヴァンは、この目の前で繰り広げられた光景をどのように捉えているのであろう。少なくとも私たちの所に走ってくる彼は、その愛くるしさと純粋さを何一つ失っていない子どもであった。
「イーヴァン!ケガはなかったか?」
「もちろんだよ、っていうか俺たち結構ずっと後ろの方にいただけだぜ」
イーヴァンはカミルの鎧の汚れを見ると
「お前たちは結構戦ったんだな・・・」
「いあぁ・・前線には出たけど戦ってはないよ。あの城壁を壊す機械を城の手前まで持ってただけさ」
「すごいな!」
「直接戦ってた兵士たちとわけが違うよ」
イーヴァンは私の方を見る。何の一言も発しない私を見て
「ビルは結構疲れてるみたいだな・・・それに怪我もしてるのか」
「ああ・・・でも大丈夫だ・・・」
なんなんだ、この倦怠感は・・・・
そう話している間に、声の届く距離までシルバー先生が来ていた。私が目線を落としているせいか、先生の姿より先に杖の音が随分と耳に響いた。
「ご苦労でした、ビル」
「先生・・・・ご無事で何よりです・・・」
私の力ない返事にカミルがフォローを入れてくれる。
「あ・・・ビルは凄かったんだぜ。自分が先頭にたって相手の城に突っ込んで行ったんだ。それでいろいろ指揮したりとかもしてたんだぜ」
「そうですか・・・」
シルバー先生がゆっくり私を見る。
「随分と疲れたでしょう。それはあなたが何かを背負って戦ったからです・・・」
先生は何でもお見通しだなと思ってしまった・・・・私はずっと戦いながら・・・頭の片隅にいつか自分の街を守ることを常に考えていた・・・・
先生が私の隣へ座った。その時に初めて、自分は先生を迎えるに立ってもいないことに気がついた。反対の隣にカミルも座った。イーヴァンもよくわからない顔して、先生の隣に座った。まだ遠くでなんだかわからない声が聞こえている。
「こんなに早く終わると思っていませんでした・・・」
私は独り言を言うように先生に問いかけた・・・いや、やはり独り言だったのかもしれない
「長い戦は何年もします。しかし事を決するときは、大概一日で終わります。城を攻める時などは長期的になることが多く、小競り合いはずいぶんしますが、大概事を決するのは一日です・・・・」
先生のその言葉は決して想像ではなく、何度も戦場で立ちあわれた悟性によるものであろう。私は少しだけ先生に甘えることにした。自分で答えを持たず、先生の流れるような答えが聞きたかった。私はそのくらい疲れていた。
「なぜ今回は早く決着がつく状態になったと、先生は思われていますか」
ふ・・・と先生は一つ笑われた。それは私の甘えを許してくださったということであろう。
「もちろん、長期になればなるほどこちらに不利になることはわかっていました。それを各師団長たちが本当の意味で理解していました。その理解を強めたのは、やはり自分たちの味方を攻撃するということだったでしょう」
それはそうだ・・・味方を攻撃するのであれば身内もいるかもしれない。とにかく被害を小さくするのは最短で戦を終わらせることだ。それに対して思いのほか徹底的に動いたと言うのであろう。通常であれば兵糧攻めなどを考えたり、自軍の都合や無駄な先制攻撃、必要なことをしない惰性での包囲ということを考えたりすることがありえる。
「もう一つあります。それはビル、あなたの作戦が功を奏したからです」
私は先生をゆっくり見る。『本当ですか!』との喜びの声も『それは褒めすぎですよ』という謙遜の言葉も何一つ出てこない。先生はこんな場面で、本当のことを言わない必要性を感じていない。
「どれくらいですか?」
私は非常に曖昧な質問をした。
「軍師と呼ばれるに充分なくらいです」
「・・・・・・」
「そんな簡単なことはない・・・そんなはずはないとあなたはどこかで思っていますね」
私は無言で頷く。先生は遠くを見た。
そして久し振りに・・・・本当に久しぶりにゆっくりと私に対して言葉を紡ぎ始めた。
「私が言ったことの多くを、あなたは学んだ知識を持っていたことに対して言っていると思っています。そうではありません。あなたが私に出会ってから・・・いやあなたが私に出会う前から、あなた自身が『良いとはどういうことか』『誠実とはどういうことか』『人とは』『人生とは』さまざまなことに対して、真っすぐに向かい合い続けてきました。その上で、私と出会い、圧倒的な自分の弱さと向かい合ってきました」
風の中に流れるような言葉が紡がれていく。カミルはまるで詩を聞くような表情で先生の話を聞いている。
「一見同じように見えますが、ただ知識を持った人物がそれをひけらかすように師団長の前で披露すればその瞬間に首を刎ねられるでしょう。あなたの一つ一つの経験とそれに対する繊細でありながら大胆な所作が、あなたへの敬意とあなたへの信頼と忠義、そしてそれが形となったのです。知識や情報だけでなく、あなたの人間性が提案という入り口と、結果という現在を導き出したのです」
私の頭に一瞬だけ『それは先生の弟子という立ち位置だから・・・』とよぎったが、なんだか愚かな言葉のようですぐに引っ込めてしまった。
「もし今のあなたの姿を見て、ただ単に知識を持った生徒が、何かの形をたまたま成し得ていると思うのであれば、その人は人生でおそらく、それ以上のものを見ることはないでしょう」
褒められている・・・・とはまったく違う感覚。
「いや・・・でも、なかなかできないぜ、お前のやったこと」
カミルが私の方を向いていった。
「なんだかさ・・・ほら、オレ、人形劇のいろんな物語知ってるからさ、すげーカッコイイことやったり、大軍を動かしたり、なんだか英雄的なやつがたくさんいるけどさ・・・まあ物語だったり、誇張してたりするだろうし・・・実際そんな簡単にいくわけないし・・・」
イーヴァンは全く疲れを見せないような表情で
「あの機械、城の手前までをしただけじゃ、お話全然面白くないしな」
「ビル、当たり前ですが、人が本気で動けるのはほんの一刻です。その力をどのように配分できるのか、配分させるのかが、軍事訓練の大きな要素だと思っておきなさい。今のあなたは生死の中で爆発的に動いたことにより、体が恐ろしいほどの悲鳴をあげています。 2日後に立ち上がれないぐらい疲労が出てくるでしょ。しかし今の私たちには、やらなければいけないことがあります」
シルバー先生はそういうと、ゆっくり立ち上がり城の方へと歩き出した。もう完全に日が暮れている。城の中の嫌な光景を、多くが見ないでくすみそうだ。私も立ち上がり、ゆっくりとシルバー先生について行く。
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丘を越えりゃー麦の香 家に着いたらスープの匂い
母ちゃんこいつがお土産だ 坊主いい子にしていたか
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城内に入ると、とっくに酒盛りが始まっていた。あちらこちらで火がたかれ、兵士たちはどこからか略奪したであろう食べ物を片手に、歌を歌いながら大いに楽しんでいる。松明の光が浴びられる所々に、死体が転がっていて、血の池ができている。遠くで誰かの悲鳴が聞こえる。私もそうだが、カミルもこのような光景を、人生の今まではどこかで見てきた。そして、戦とは常にこういうものであると、水が上から下に流れるように当たり前のものだと感じてきた。先生が向かっている方向を見ると、レオナルドの弟 ファウスト・ヴァス=ドライゼンがいた居城に向かっているのだろう。
「ご苦労様です」
居城の入り口には、数名の衛兵がいた。彼らは私たちが誰かは分かっていないであろう。しかし今この時に、敵側の兵がうろちょろできるわけがない。堂々と歩いてくる四人組は明確にこの城の中の人に用件があるはずだ、と感じているようだ。我々は一礼をして中に入って行く。
「シルバー軍師、イーヴァン!」
誰かが声をかけた。明かりが少なく見えにくかったが、その銀色の美しい髪でセリオ師団長だとわかった。
「セリオ!」
イーヴァンが彼の元に走っていく。師団長呼び捨てはまずいのではないかと一瞬驚く。その辺りのことは、意外とシルバー先生は言わないのかもしれない・・・
グラオ師団長は私とカミルにも気が付いた。
「ビル殿、カミル殿!ご無事でなにより!」
帷幕であった彼のイメージとは程遠いぐらい、興奮している。冷静さ、人の良さがにじみ出る感じが、彼の人格だと思っていた。これが戦か・・・
セリオ師団長は私に近づいてその手を取り
「ビル殿、貴殿の作戦は見事でした。私は今までいく度かの城攻めに参加したが、こんな電撃的な勝利はなかなかない!」
「ありがとうございます」
多少相手に合わせ、テンションを上げて返事をした。そうしないと今この男は、私のその対応に不機嫌さを感じ、剣を抜くのではないかと思われる。
「ちょうど、レオナルドの弟 ファウストの処遇をこれから話し合おうとしていたところです」
つまり、すでに捕らえられたということだ。当然かもしれない。レオナルド師団長たちは、彼の処遇を決めないと、さすがに酒盛りには参加できないはずである。彼を許すのか、殺すのか、引き渡すのか・・・それ以外か。
案内された部屋は狭い。酒盛りをしている人々の声が遠くに感じるぐらいに、離れた小さな部屋に居る。しかもそこに居るのはごく少数。縄に縛られたレオナルドの弟 ファウスト、レオナルド師団長、セリオ師団長、グラオ師団長、イリア参謀・・・そして私とシルバー先生。さすがにこの場にイーヴァンは入れないし、カミルには重すぎる。
「シルバー先生・・・」
レオナルド師団長は私にも反応しないぐらい、強い緊張感に包まれていた。当然である。自らの弟の処遇を決めるのである。いや、この時代兄弟で殺し合うことは当たり前。この処遇が間違えば、今度は彼らが反逆者の立場になるかもしれない。レオナルド師団長は先生をまっすぐ見据えて言葉を続けた。
「イリアとも話したのですが・・・・」
その言葉を受けただけでシルバー先生は一つ頷かれた。おそらくこの頷きは、ほかの師団長ではなく自分の参謀と話をしているという正しさに対してであろう。
「この場で処断すべきと思います」
「兄上!なんだその男は⁉」
目の前の床に座らされていて、縄で縛られている男が大声を上げた。この人物がレオナルドの弟 ファウスト・・・背はあまり高くない。体には随分と高そうな装飾品をつけている。
「まさかその男か!兄上を狂わしてこんなことをしでかした原因は!そうか!そのじじぃか!」
彼の声が狭い部屋で響き渡る。この部屋の明かりはグラオ師団長の持っているたいまつ一つである。その一つの炎が、彼の孤独を照らす。その炎を揺らすぐらいに、この男はわめく。
やらなければいけないこと——————
先生がおっしゃったのは、このことであろう。この戦の決着はここである。シルバー先生はこの決着を避けてはいけないと明確に提示されている。本来であれば南西三国の問題。ヴァルドリス王国の兄弟間の問題。しかしそこに首を突っ込んだ以上、方をつけるところまでは行かないといけない。
「おい、じじぃ!お前がどんなワル知恵を働かしたか知らないが、これは完全に反逆罪だ!お前も含めて、全員罪に問われる。それぞれの国王がこんなことを認めになるわけない、いや認めたら大変なことだ!」
「そうですね・・・・」
「!・・・」
シルバー先生は、ファウストの暴言に対して静かな肯定で入られた。
「だったらわかるだろう、今すぐこの縄を解け!そうすれば命だけは助けてやる。兄上たちもだ。こんな反乱許されるわけはないが、俺が国王たちに話をすれば、彼らも耳を傾けてくれる」
この男は何を言っているのだ・・・自らの正当性を国王に訴えようとしたが、門前払いを喰らっていたことなどまるで頭にないのか・・・この男の頭の中は全く現実にいきていない。先生から学んだ三つの世界で云う『思い込みの世界』だけである。
「我々の罪があなたの言うことだったとしましょう・・・・では貴方の罪は・・・?」
シルバー先生は静かにファウストに聞いた。
「!・・・この俺に罪などない!誰かがでっち上げたものだ」
「どのような罪をでっち挙げられました?」
「知るか!そんなこと!」
やり取りにはまったくなってない、すでに会話としても成立はしてない。ひたすら現実から逃げるのみの言葉。無責任に言葉を放ち、それに対して責務を負う意識さえもない。私はちらりとレオナルド師団長の顔を見た。その顔は情けないと思う顔をしながら、拳は怒りに震えていた。
「では正しいあなたの城が落とされ・・・正しいあなたの住民が殺され・・・正しいあなたが捕まってしまった・・・そういうことですか?」
ほんの少し間が開く——————
「そうだ・・・」
急に力ない返事が返ってくる。
「なぜ正しくない方が、勝ったと思いますか?」
「お前たちはまだ勝ってない!」
シルバー先生は『質問の仕方を間違えました』みたいな表情をして、言葉を続けられた。
「言葉が少し良くなかったですね・・・もう一度お聞きします、なぜ正しいあなたが今我々の前に縛られているのですか?」
「それは・・・・たまたま・・・我々の兵が弱かった・・・」
「なぜあなたたちの兵は弱かったのですか?」
「当たり前だろ!常に強固な兵を最前線に送っていたのだからだ、この城はそのためにある、そんなことも知らないのか!」
「では、自分たちに攻撃を仕掛けてくる人たちに、なぜ強固な兵を送り続けたのですか?」
「それは・・・・」
さらにファウストの言葉が弱くなる。
「それは・・・まさかと攻撃してくると思わなかった・・・・」
「なぜ、最前線の師団長たちはあなたを攻撃したのですか?」
「・・・・・」
ファウストの言葉が途切れる。
沈黙——————
遠くで兵たちの笑い声や歌声が聞こえる——————
シルバー先生の瞼が動く
先生——————それを・・・その言葉を・・・ああ・・・わたしには止めることができません——————もちろんとめる必要もありません・・・・でも・・・先生・・なんなんですか、この胸に湧きあがる、本当に・・・本当に何と言って良いのかわからない、気持ちの良くない感覚・・・・言葉は正しくないかもしれません、しかしそれを最も表す言葉、私が今の能力と知識で表せる言葉を使うなら・・・・
その一言を言ってしまうんですか、先生——————
先生はゆっくりと口を開く。
「反省していますか?」
シルバー先生は優しく見下ろして、ファウストに言った。
その瞬間、口火を切ったように
「しています!反省しています!俺が悪かった!確かに俺が悪かった!」
ああ・・・おわった・・・・
「確かに兵も物資もくすねた、そいつお金に換えたし、本国にも随分と配った!」
ああ・・・なんなんだ・・・・この感覚は・・・・・
「俺以外だっておいしい目をしてる連中は腐るほどいる、いやあいつが俺を唆したんだ!」
これが・・・現実ですか・・・先生
ゆっくりとレオナルド師団長を見る。怒りに震えている手に涙が零れている。この涙は・・・自分の弟に対してどのような感情に今なっているのか、私にはとても想像がつかない。
「本当に反省してるよ・・・助けてくれよ・・・・殺さないでくれよ・・・」
シルバー先生はイリア参謀を見た。彼はゆっくりと静かに、しかし深々とお辞儀をした。ゆっくりとシルバー先生は出口に向かう。私もその後ろを付いて行く。
「兄上!もっとひどい連中がいるんだぜ!おじさんは俺をゆすり始めてたんだぜ!ひどいだろ、信じられるか⁉」
体がクタクタである私とは対照的にあなただけ喚き散らすとは随分と元気な・・・
そんなことを思いながら、小さな部屋の扉を静かに閉めた。
遠くにいろんな・・・いろんな声が遠くで響いている——————




