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風と静寂  作者: 佐竹武夫
第二章
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第二章 第一節

今、私はとても特別な状況に置かれている。先ほど自分が生まれ育ち、自らが統治者として戻ってきた故郷を離れて、『智慧の篝火』という名で広く知られているシルバー先生の弟子としてメヌーの街へと向かっている。自分たちの前はメヌーの兵士が馬に乗って先導している。

『先生を歩かせるなんてなんて失礼な』そんな考えが一瞬頭をよぎったが、それよりも先生に聞きたいことがあった。私は今しがた自分の故郷を捨ててきたのである。いや、そんなことがありえるのか?私はただ先生を街のはずれまでお送りするだけだったはず。何かの間違いか?何かの夢か?私はゆっくりと静かに先生の耳元に近づいた。


「先生、お聞きしたいのですが」

「なんだね?」


先生の声からはトゲを感じられない。もちろん温和な先生が急に刺々しくなるわけはない。だがどうしても失礼なことを聞いてはいけないと緊張してしまう。だが今、聞かないわけにはいかない。


「私は、自分の街には帰れないのでしょうか?」


なんともばかげた質問である。しかし、これ以外の質問の仕方が私にはわからない。先生は歩くリズムに合わせて自然に答えた。


「ビル、お前は本当に戻れると思っているのか?」


先生からそのように言われた。戻れないのか?私は戻れないのか?


「頭で考えたことではなく、間違っても良いので、今素直に思っている事を言ってみなさい。私に合わせる必要はありません————もう一度聞きます、同じ質問をします。お前は本当に自分の故郷に戻れると思っているのか?」


間違っていても良い、素直に思っていること?頭で考えない・・・


「戻れないと思います。」

「なぜそう思う?」

「それは・・・」


頭で考えたのではなく、頭で考えたのではなく・・・・・・・・・


「当然お前にはまだ難しい事が多い。私が思考の道筋を立てて、それを繰り返していく必要がある。」


先生はそう言われた後で、私が考えるべき思考の道筋を示すべく、質問を投げかけて来た。


「お前の伯父は誰の命を狙っていた?」


頭で考えるのではない、頭で考えるのではなく・・・・


「私です。」


ごく自然に、当たり前のように体の中から、体の一番深い処から言葉が出た。


「そうだな、お前の伯父はお前の命を狙っていた。それは今日狙ったものか?以前からか?」

「今日ではありません、以前からです。」


するすると言葉が出てくる。当たり前に言葉が出てくる。先生はまるで私に魔法をかけたのか。いや違う、単に心の扉を開けられているだけである。


「以前とはいつからだ?」

「私が故郷に戻ってきたその日からです。」


その瞬間、私の目から涙がこぼれ落ちた。分かっていた。どこかでわかっていたのかもしれない。その事が頭をよぎったとしても、まるで一度も考えたことがないように思い続けた。涙がボロボロ零れ落ちる。


「同じ質問をする。お前にはこれからも何度も同じ質問をする。同じ質問をすることに意味がある。お前は本当に自分の故郷に戻れるのか?」


「戻れないです。」


涙と鼻水を隠すためにうつむいていた。先頭を行く兵士たちが少し怪訝そうに後ろを向いている。しかし彼等には師に説教をされる弟子の姿にしか見えないだろう。


私は本当に前が見えないくらい涙があふれていた。私が故郷に帰ってずっと・・・何かがうまくいって欲しかった。父や母も弟もいる街である。わだかまりや争いがなく、何かがうまくいって欲しかった。だが現実はそれを許すわけがなかった。どこかで伯父には正当な理由があると思った。ただ単に本人の欲望に基づいたものでなく。シルバー先生とのトラブルがあった時も、どこかで先生に対して嫌がらせをしているぐらいに思っていた。違う、そうじゃない—————


伯父は最初から最後までこの私を排除しようとしていた。シルバー先生はそれがわかっていたんだ。私はこの街から去るという書面を書こうとした時、あの時の伯父の目。伯父はそれさえ受け取ればよかった。こんなことであればはじめから伯父にすべてを渡せばよかった。何なのだ。私は何なのだ。


「顔上げなさい。もう着きますよ。」


先生の声が聞こえて、頭を持ち上げる。薄茶色のレンガ出てきた2階建ての建物である。周囲の建物はほとんどが平屋であることから推測すると、ここが領主の館であろう。若い頃に故郷を離れていたので、メヌーが隣の町だとしてもほとんど訪れたことがなかった。アラモンが比較的川に近く、森と言えるぐらい木々があるのに対して、こんなにも近くの町がレンガできた街であることを驚くとともに、身近なものでもとても認識が薄いことに気がついた。


挿絵(By みてみん)


「ようこそおいでくださった。この街は宿と呼べるものはないゆえ、今日はこちらにお泊りなさい。後で案内させます。まずは腰をかけていただいて。」


そのように促したのは髭を生やし小太りの中年男性であった。


「申し訳ありません。ではお言葉に甘えまして。」


先生はそういうと、勧められた長い椅子に腰を下ろした。私はその長椅子の端の方に腰を下ろした。


「わたくしはメヌーの村の村長をしておりますアルフレッド・モンタンと申します。」


村長は立ったまま自己紹介を始めた。それを話している間に召使が2人、飲み物を出してくれた。ラベンダーの香りがする紅茶であった。私は初めてその時にすさまじく喉が渇いていることに気がついた。


「昨晩アラモンの町にご滞在されていると聞き、今日この地においでになると思い、心待ちにしておりました。まずはゆっくりと休まれて、その後ささやかながら夕食を用意させていただこうと思います。」

「それは本当にありがとうございます。」

「さあお前たち、先生方を2階に案内して差し上げなさい。」

「承知いたしました。」


2人の召使いが返事をすると私の先生は2階の客間に案内された。さほど広くはないか体を休めるには充分である。しかしひとつだけ気になることがある。徒歩とは言えあまりにも距離的に進んでいない。確かに先生のこの旅は町から町への運搬業務をしているわけではない。どんどん次の街に進めばいいわけではない。しかしあまりにも近すぎないか。そんなくだらない事が頭をよぎった。


「荷物はそこにおきなさい」


そう先生に指示され、奥の窓際のところに先生の荷物を置いた。手前には二つペットがあり。その横にはテーブルと椅子がある。先生と私はその椅子に腰を下ろした。


「あの領主の方をどう思いましたか?」


突然私に先生が質問をしてきた。私はr領主の風貌を思い出した。領主の言葉をいくつか反芻したが、特に悪いような印象をしなかった。


「どうと言われましても・・・気の良さそうな方だと思いました。」


先生は私を少しの間黙って見て、それからゆっくりと口を開いた。


「あなたは私の弟子ですか?」


なんとも言い難い質問である。成り行きで弟子になったような形になっているが、ここで違いますというのも何か違う気がする。


「はい、今現在、私は先生の弟子です」


私はそう答えた。


「であれば深く考えることを覚えておきなさい。あなたは先ほど会った領主をよく見ていましたか?」

「よくは見てないです。」

「相手をよく見なくてよいのですか?」

「なるべく見た方が良いです。」

「なるべく?・・・彼に一晩宿を借りるのですよ。最悪の場合に寝込みを襲われる。そうかもしれない相手をよく見ないなどということがありえるのでしょうか。」


私は苛立ちを覚えた。もちろんこの感情は他の人から見れば、何を言ってるんだと思われるかもしれない。先ほどまで多大なる尊敬の念を持ち、直接的でないにしろ命を救ってもらっている形になっている。さらにこの場所に至るまで、己の思量の浅さ、自分自身を理解していないことをまざまざと見せつけられたにも関わらず、素直な感情として先生の言葉に苛立ちを持ってしまった。


「先生のおっしゃる通りです。」


私は低い声で答えた。すると先生は


「今のあなたの言葉には不満の感情が残っています。」


と言った。


ク・・・また私の心の中に、反発心のような感情が湧き出た。「はいそうです、不満に思っています」などと言えるわけがない。だが今までの人生でこんな風に問い詰められたことはない。とにかく感情としては苛立っている。

 先生はその目線を落とした私の表情をずっと見ている。それは私の感情が収まるのを待っているようであった。「なんとか自分を抑えよう・・・」そう何度も念じる。

 自分ではどのくらい時間が経過したのかわからない。だが窓の外で鳥が鳴く声が聞こえてくる。その時先生がゆっくりと話し始める。


「もう一度同じことを問います。あの領主をよく観察しましたか?」


先ほどよりは落ち着いている。ゆっくりと深呼吸をするように答える。


「よく観察していませんでした。」

「よく見なくてよいのですか?」

「相手をよく見ないといけないです。」

「なぜですか?」

「この一晩相手に命を預けるからです。」


そこからまた静寂が訪れた。先ほどよりも空気はゆったりと流れている。


「私が旅をしている際—————」


先生はさらにゆっくりと言葉を続けた。

「何度毒が盛られたことがあったと思いますか?」


私に想像などできるはずがない。


「当然あなたにそれを正確に答えることができるはずはありません。 では質問の仕方を変えます。10回食事に招かれて何度くらい毒を盛られたと思います?」

「10回ですか?そのような質問をされるということは10回に何度かは盛られたということですか?」


先生は黙っている。今私の応える番である。


「1,2回ですか?」

「そうですね、大体それくらいです。しかし、それだけ毒を盛られて生きいてると思いますか?」


先生の言葉はわかり易く、時々非常に謎かけのよう分かりにくい。生きているからこそ、先生は私の目の前に今実在してる。


「普通であれば生きていられないと思います。」

「毒といっても、必ず殺されるだけのものを盛られるとは限らないのです。」

「なるほど」


思わず声が出た。確かに殺すだけが毒ではない。となると殺さない毒が大半であると思われる。毒=殺されるもの、と考えていた私は視野が狭かったかもしれない。もちろん殺されなければいいというものでもないが。

 

そんなことが頭の中を巡っていると、先生は再び私にと言い直した。


「相手を見なくてよいですか?」

「相手は見なくてはいけません。」


私はそれが当たり前のことのように答えた。先生はにこりとされた。
















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