第十一章 第九節
翌朝にはすぐに、ペソンの城に対して攻撃命令が下された。早朝から私は、バタリング・ラム(破城槌)の改良を加えていた。改良といっても直接本体に加えるだけのものではない。城壁に向けて、前輪と後輪にどのような角度をつければ最も適切かの修正、そして足元のくぼ地をクリアするために、車輪の軌道に対して直線に板を備えることにした。もちろん重量があるバタリング・ラム(破城槌)を支え続けるのは困難であるが、一旦壁際まで持ってくると、車輪を固定して一番初めに計画していた『斜面を利用した振り子』を用いて、一点突破で壁を破壊して行く。
『二重回廊』の攻撃はすでに始まっている。レオナルド師団《鋼撃特戦団》の鉄火術部隊が、ひまし油の火矢を大量に放っている。
うおおおぉぉぉぉ
城の周囲で雄叫びが湧き上がる。他のところでも攻城戦が行われているが、 7割ぐらいが偽りの攻撃である。まずは徹底的に敵側の強みの部分を消し去る、それがこの戦のカギを握っていることは間違いなかった。
「こいつ、いつ頃出しますか?」
別の部隊の指揮を終えたイザリオ部隊長が、荒い息を立てながらバタリング・(破城槌)を指さす。城の黒煙の具合を確かめる。想像以上に巡りが早い。
「もうすぐ出せます」
私はそういうと、ちらりと後ろ見た。カミルが私の顔を見て一つ頷く。
怯えてはいない——————
「配置につけ!このまま一直線に城壁に向かう!」
「な!軍師ビル殿、あなたも行かれるのですか⁉」
「もちろんだ!!」
イザリオ部隊長の言葉を流すように、私はバタリング・ラムを押すための横棒を握った。
「いくぞ!!!」
おおおおぉぉぉぉぉ!!!!!
一斉に5基のバタリング・ラムが城壁に向かう!城から見れば、明らかにやばい連中が向かって来ていると思われる。しかし彼らが応戦するための回廊はことごとく黒煙に包まれ、左右の移動がままならず、簡単には我々に集中砲火を上げるせることはできないだろう。
「おおおお!!!」
私は気合を入れて押すが、この基を押す30人では一番、私の真後ろに居るカミルよりも役に立っていないだろう。そう、私が前線に出て来たことで何の役に立つのであろう。もちろん私の理由がある。一つは士気を高めるため。兵士からすれば、昨日おととい入ってきた男に『敵に突っ込め』と言われて、素直に突っ込めるわけではない。逆に私が先頭に立つことで、彼等と一緒に居ることで『こいつは口だけではない』と強く認識される。そして私が最前線に立つことで、生で問題を把握でき、即座に対応する指令を出せる。だがそれよりももっと大きいことは、私自身が最前線に行きたいと思っている。ここでしか得られない経験をどうしても感じたいと思っている。それが死と隣り合わせになっていても・・・
また、イザリオ部隊長を無視してしまった——————
私は彼を尊重し、戦場経験のないため彼に従うという言葉を発した。しかしまた、彼をないがしろにしたような行動をとっている。私には道理があるのか。私の中でシルバー先生が仰っていた『やりたいことはやってはいけない』という言葉に反している感覚がない。ここはどうしても、こうしなければならないと思考と理論で思っている。感情に振り回されている感覚はない。しかし・・・・・
ダダダダダ!!!
乾いた地面を走る足音が響き渡る。まだ敵の矢が降ってこない。城壁の斜面が近付いてくる。
「レールを引け!」
あらん限りの大声で私は叫んだ!
うあああぁぁあああああぁぁぁ!!
両脇に板を抱えて走っていた兵士が我々の前に出て行く。彼らはこの一瞬無防備になる。だがまだ矢が降ってこない。いける!
どん!どん!どん!
次々と板が置かれバタリング・ラムがそれを駆け上る!この瞬間に、全体が前かがみに角度がついていた車体が、ぴったり城壁と垂直になる!
パルフェ!
そのまま城壁へ斜面を登って行く。
うおおおぁぁぁぁぁ!!!!!
全員が、一旦止まってしまったらおしまいだと分かっている。死んでも足を止めない。いや、止めた時点で敗北だ!
ガン!
激しい衝撃が私の腕に響いた!登り切った!
「車輪を止めろ!」
車輪の近くにいた兵が、同じく木で作り上げた車輪止めをかませる!
うおおおおお!!!
既に数人の兵が、槌を引っ張るための綱を握り締め、斜面駆け下りる。凄まじい力で振り子の頂点まで引っ張られる。その勢いはあまりにも力強く、壁に打ち付けたら車体がその衝撃で砕け散るのではないか、私は一瞬その不安に襲われた。だが
ガアアンンンーーーーーー
振り子が戻され、城壁に突っ込んだ槌は、その先端を見事に硬い甲殻に食い込ませ、周辺にその破片の飛び散らせた!
いける!想像以上に城壁はもろい!
ガアアンンーーーーー ガアアアアアンンンーーーーー ガアアンン!!―――
周辺で次々と他4基の音が鳴り響く。矢が降り注いでくる。だが明らかに狙いは不正確で、威力が弱い。正しく攻撃できる位置まで、兵が来れていいないのであろう。我々の頭には鋭く尖った屋根が覆っており、上は覗けないが感覚わかる。
ガン、ガン!
投石だ。この車体を壊そうと上から岩が投げつけられている。しかしこの屋根は先端が非常に鋭利な角度になっており、衝撃が左右にはじかれる。
ガシ! ガシ!
車体を抑え込んでいる我々の周囲に想像もしない大きさの石が落ちてく。
そおおおおれぇぇぇぇぇーーーー!!!!
ガアアンンンーーーーーー!!!
ガガガガガガガ
槌がさらに大きく食い込み、城壁の上部の重みが、自らの形を崩そうとしている。
シュ! シュ!
今までは明らかに違う矢の音。火矢だ。他のバタリング・ラムにも次々と打ち込まれる。油を直接落としてこないということは、やはり敵はこの真上に来ることができないのであろう。岩であれば多少角度がつけられたが、油はどうしても上から落とさねば意味がない。
私は少し後ろのカミルを見た。カミルもすぐに私を見た。この雄叫びと混乱の中、お互いの声が聞こえるはずはなかった。しかし、カミルが見せた少し笑った表情で私は安心した。
右手を見ると、一つ離れたバタリング・ラムに油がかけられていた。
くっ・・・!
私は祈る。前日に火に対しての対策はとっていた。屋根の木造部分を表面的に燃やし、炭化させることで、難燃処理をした。また朝には泥を上からかぶせ、さらに燃えにくく対応した。周囲に黒煙が上がる。
ガアアンンンーーーーーー!!!
油をかけられたバタリング・ラムはもろともせず、その槌を城壁に叩きつける。大丈夫みたいだ・・・・
うおおおーーーーーーー!!!
凄まじい雄叫びが左後方から聞こえてきた。見ると大量の兵が城壁に向かっている。私は更にその兵たちの延長上にある場所を見た。なんと既に一部城壁が崩れ去った。あの部分は何か欠陥があり、かなりの脆い状態であったのだろう。
「あっちの壁、壊れたみたいだ!」
カミルが大声で私に言った瞬間
ガガガガ!!!
我々の目の前の城壁も崩れ始めた!
「逃げろ!!」
私は大声で叫ぶとともに、カミルの手を引っ張って本陣にダッシュした。目の前は味方の兵が、すでに城壁の崩れを感じとっており、我々が本陣に逃げ帰るのとすれ違いざまに、城壁へ突入して行った。その中には、馬に乗って突進するイザリオ部隊長の姿もあった。彼はすれ違いざま、こちらに向かって『やりましたね!』とばかりに大きく剣を振り上げた。
「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」
興奮が冷めない・・・激しく肩で息をする。本陣に戻り、先ほどまで生々しく聞こえていた混乱の声は遠くに聞こえる。ほかの兵が水を持ってきてくれる。一気に飲み干す。私はその時になって初めて、体のあちこちに傷があることに気がついた。あれだけの混乱の中、そんなことに気をやっている余裕などあるはずがなかった。しかし、自らに付いた傷と、流れる赤い血を見て急激に激痛が走った。
「くうっ・・・・・・」
一度奥歯をかみしめる。
「ビル、鎧脱げ!」
カミルが私の鎧を外し始めた。
「お前は大丈夫か!」
「大丈夫だよ、それはいいから早く脱げ」
革のベルトのところを次々とはずし、私は麻の布だけの状態になった。どうしても慣れてない分、鎧を自分の体にぶつけていたところがあったみたいだ。
ジャババババ
カミルが私の傷口に水をかけてくれている。痛い・・・痛い・・・
「情けない顔するなよ・・・・」
どうも私は、急に安心したせいか泣いているような顔をしていたみたいだ。少しカミルが呆れたような顔でこちらを見ている。
「ほかの兵たちは?」
私のこの言葉にカミルは、一瞬誰のことを指しているのか理解できなかったらしい。しかしその言葉の意味が、先ほど一緒に突撃して行った「バタリング・ラム部隊」のメンバーだとわかると
「あああ、多分誰も死んでないよ。もちろん怪我したやつは何人かいるみたいだが」
坐っていた状態であった私は、少し背伸びをする感じで(激痛で立ち上がれないが)周囲を見渡した。すると私が見たことに気づいた兵士たちは、皆拳を突き上げ、「やりましたね!」という表情をしてきた。私は安堵の心持ちであった。
ずっと・・・・ずっと夢見てきた。もちろんこの夢は良い夢ではない。しかし私がアラモン(私の出身地 )のウルビス(市政官)となった時、いつか戦に巻き込まれる時があると思った。その時に絶対に町を守ろうと思った。そのために城のことを学び、城壁のことを学び、武器のことを学び——————味方の視点はもちろん、攻めてくる敵の視点から徹底的に学ぶことで、自分の家族を守ろうと思った。そんな望みたくもない、しかしいつか現実に訪れるであろう、悪い夢を見てきた。私はこの戦の経験が、いつか自分の街を守ることに役に立ち、自信をつけさせてくれたと思えた。
私は呆けた感じで、なおも攻撃が続く城の方を見ていた。あちこちの城壁が崩れ、いつの間にか城門も開いていた。おそらく破壊した城壁の場所から、兵が城内進行し、城門を開けたのであろう。手前の方には意外と兵が見当たらない。ほとんどが城内に入ったのであろう。気が付くと、先ほどまで休んでいた「バタリング・ラム部隊」のメンバーが足取りは重いながらも、ペソンの城へと向かい始めていた。
「もう勝ちが見えているのに参戦するのか?」
「軍師さん、俺たちはあんたと違って、このために戦場に出てんだよ」
兵が振り向き一言言うと、何人かの兵といやらしい笑いをしながら、城の方へ向かって行った。カミルが私のそばに来て腰を下ろす。顔を近づける。耳元に唇がよる。
「略奪だよ・・・金もモノも・・・・女も・・・・」
いつもの私であれば、そんなことすぐに思い浮かぶ。しかし、全てのエネルギーを使い切ってしまい、そんなことすら考えない感じで、じっと黒煙の上がるしろみ続けた。考えなければいけないことがたくさんある。この後のこと・・・先生はすぐにこの軍勢を立ち去るのか・・・そうでないのか・・・いや・・・今何も考えたくない・・・
私は少しだけ体を傾けた。カミルはその甘えを受け止めてくれた。
二人だけが寄り添う世界で、遠くに見える黒煙と声を見つめ続ける——————




