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風と静寂  作者: 佐竹武夫
第十一章
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第十一章_第八節

私とカミルは、ペソンの町から逃げてきた家族から得た情報を、イザリオ鉄火術部隊長に話した。すぐさま伝達兵にこの内容をレオナルド師団長及び、イリア参謀、そしてシルバー先生に伝えることとなった。


「ところで、女性の声が聞こえたが・・・」


少し奇妙なものを見たような表情で、イザリオ鉄火術部隊長は私に聞いた。なんと、本当にここまでカミルの声は響いていたのか。『七色の声色』だけでなく『天に届く声量』というのも彼女の・・・彼の二つ名に加えておこう。このことで分かったことが二つある。一つはカミルの滑舌が素晴らしく良いことで、遠くにいても何を言っているのか伝わるということである。もちろんイザリオ鉄火術部隊長は言葉の内容までは言わなかったが、通常これだけ距離が離れていると『音』として聞こえる場合が多い。しかしそれを明確に『声』と受け取ったのであれば、もう少し距離が近いとその内容を聞き取れるということだ。そしてもう一つ、イザリオ鉄火術部隊長はカミルのことをヴァルチャントレス(旅の安全を確保するために 女性が男性の格好をするだけでなく、 戦闘訓練をしている )だと全く気がついてないということだ。私は比較的早めにそのことに気が付いたが、彼女自身が恵まれた体型と訓練で培った腕や足がある。その上『七色の声色』を発揮し男性の声色を響かせているので、これだけの兵がいてもそんなことに気づく人がほとんどいないであろう。



静かだった——————


あまりにも静かすぎたため、逆にペソンの城に近づいているのだとわかるぐらいだった。行き交う人々は当然いない。丘を越えてこちらを攻めてくる、兵の気配もしない。人はやはり肌で何かを感じるものだ。人はやはりそのオーラを(正でも負でも)放つものだ。今私は肌で実感している。ゆっくりとペソンの町が見えてくる。響き渡るのは行軍の足音と、馬の蹄、荷車の車輪の音だけであった。



軍はペソンの城を包囲するように駐屯することとなった。城の目の前で陣を張ることはやはり危険であるので、それなりに距離を取る。当然隙間はあるが、それでもこのような形で包囲できるのは、ペソンの兵が一切場内から出て攻撃を仕掛けなかったからである。


「軍師ビル殿、実際にペソンの街を見てみてどう思われますか」


兵たちが柵を作り陣営を整える中、さっそく作戦会議といった感じでイザリオ鉄火術部隊長が私に聞いてきた。


「やはり文献で読んだもの、頭の中で想像していたものと全く違います。なんて言うか一見すると、想像していたよりそこまで変わっているということはなく・・・」


自分で話しながら気がついた。おそらくこれが落とし穴であろう。 二重回廊は想像していたものと大差はないが、根本が急勾配の城壁と適材適所で大きさや形が違う塔に関しては、言われればそうかもしれないが、多くの人が気づかない程度の変化である。ここで気を緩めたり、対策を講じてきた作戦に変更を加えると、おそらくコテンパンにやられるのだろう。


目の前のものに囚われてはいけません——————


先生の言葉が風にのって、私の中を揺らめいて行く。今私の目の前にあるのは、間違いなく何十年も前から東側の国と対立し、前線基地としてその存在を保持してきた城であり城壁である。私の中の時間軸という名の客観性は保持し続けられているみたいだ。私は『二重回廊』と『勾配の城壁』に思考を巡らす前に、一瞬だけシルバー先生が担当されている『大きさや形が違う塔』に意識を向けた。先生はどの塔を攻めるのか。通常であれば塔と塔の距離が近いところは避ける。お互いに補完し合えるからだ。しかし、そう思わせるのが相手の作戦だ。恐らく孤立しているような塔に見えて、もっとも対策がなされているであろう。


無理だ・・・この一瞬で判断するのは——————


タイムリミットが過ぎたため、私は自分の担当すべき方に思考を巡らせた。先ほどの回答はすぐにでる。先生が攻めたところが正解だ。あとで先生にお伺いしたい。なぜその場所を攻めたのか、いや・・・・どうすれば一瞬で判断がつくのか・・・・・


「思ったより城壁手前の勾配をなさそうですね」


イザリオ鉄火術部隊長が私に言ってきた。私は少し危険な匂いを感じた。


「直接行ってみましょう。ついでにその計測してみましょう」

「え、今からですか」

「もう陣を張る指示は出しているので大丈夫ではないでしょうか」

「確かにそうですか、こちらの軍隊がついたばかりで、ペソンの防衛はピリピリしてるでしょう。今城壁に近づくのは・・・」

危険だと言いたいのか・・・いや、今、流れてる空気のほうが危険だ。だが客観性を捨ててしまってはダメだ。


『立場を変えて考える』——————


シルバー先生ならどうする——————


——————間違いなく行く!


「では、ピリピリしてるかどうかも含めて確認してきましょう。先ほど私に『傷一つ負わせない』と言ったではないですか」


私わざとニコニコした顔で城壁の方に歩きはじめた。カミルは一瞬、イザリオ鉄火術部隊長の方を見た。おそらく彼の目にはイザリオ鉄火術部隊長の少しイラついた顔が見えたはずだ。そのために私はわざと正面を見据えて歩き始めた。

後ろから追いかけてきたカミルが私に小声で声をかけた。


「いいのか、ビル。少し嫌そうな顔してたぞ、あの隊長」


パルフェ——————


私は心の中でそう呟いた。


「イザリオ鉄火術部隊長はついてきてるか?」


カミルは後ろを振り返る。


「ああ、隊長と大きな盾を持った兵が5人、弓を持った兵が5人ぐらい。それに計測をするための兵かな」

「私の前に出ないと、私を守ることはできないはずだがな」

「お前本当に怖くないのか」

「敵を見下している方がよっぽど怖い・・・」


私はまたシルバー先生が乗り移ったような言葉を発した。


カミルが正面の城壁を見据えていう。少し日が落ちかけてきた。城壁の上には数人の警備兵しか立っていない。あくまで籠城を行おうとしている彼らは、我々が攻撃するまで徹底的に体力を温存するつもりであろう。


ザザザザ


体に緊張が走る。しかし心には、自らがなすべきことを行っているという余裕さえ伺える。


カミルは気にしてくれているが、私は城壁の兵を無視してついに根元までやってきた。その頃になってようやく、イザリオ鉄火術部隊長達が我々に追いついた。『ここにくるまでに私が矢の一本でも受ければ良かったのか?そして“だから危ないといったでしょう”などという言葉を言いたかったのか?』私は一瞬だけ心の中で毒づいた。しかしそれは自らをコントロールするためのもので、その直後にすべてが消え去った。


自分をコントロールできている——————


勾配が始まるところにすでに石畳?———城壁へとそのまま続く石のタイルが勾配に沿って伸びている。私はゆっくりとそれを上りはじめた。


『意外と距離がある』


遠くで見ているのと感覚が違うのは当然だ。だがおそらく私たちはこのような構造物をあまり目にしたことがない。つまり体感の中にない分だけ思考と現実が大きなずれを起こしている。カミルは時々、上から矢が降ってこないか警戒してくれている。おそらくカミルの腕前であれば簡単に弾いてくれるだろう。私は彼らに見せつけるように、全く上を見ずそのまま勾配を登り続ける。この時にようやくほかの兵たちは私の前に出て、私を守るような体制を取った。そしてイザリオ鉄火術部隊長が私の後ろに付く。


「!・・・」


明らかな違和感!ここから急に勾配が変わってる。角度が険しくなってる!


「!・・・軍師ビル殿、なんだか急に坂が厳しくなりましたね」

「これはおそらく・・・・もともと同じ角度で登っていた坂ですが、何度かの戦を経ることで・・・」


私は立ち止まった。正面を見据えたあと、自分が歩いてきた坂を見る。


「攻城兵器がこの辺りまで何度も押し寄せたのでしょう。しかし上りきることができず、ここで停滞した、もしくはここから戻ることを余儀なくされた・・・」


私は自分の足下の石畳を見る。明らかにここまでは傷付き、破損している石畳がいくつかあったが、ここから先はずいぶんと綺麗で整っている。何十年の前の面影を残す。


「何度も戦を経ることで、自然とこの形が形成された・・・・登る角度が一定であれば、そこまで難しくはないですが・・・・ここから急に角度が上がることで、車体の底がぶつかり車輪が窪地にはまる・・・」

「・・・・・・」


イザリオ鉄火術部隊長は、先程自らが放った楽観的な言葉を思い出したような顔をしている。このことでそれを感じてくれるのであれば、なんとか作戦を遂行できそうだ・・・・

私は測量士に指示をして必要な部分を計測すると、そのまま城壁に背を向けて陣へと戻っていった。帰るときは来る時とは全く違い、私に絶対に傷を負わさないという意気込みで兵が盾で私を取り囲んでいる。


後になってシルバー先生がこのことを私に語ってくれた。到着して緊迫感が最も高い中で、城壁に向かう二名の者がいるとその当時話題になったらしい。シルバー先生はそれが私とカミルではないかとすぐに気づいた、とのことであった。


陣営は自分たちが戻ったときには整っていた。いつ攻撃命令が出るかわからない。『 二重回廊』の方がやはり大きく問題はないと思う。問題は『城壁前の斜面』だ。しかし私の中では焦りのようなものは感じない。なぜなら、現時点で本質を突いた意味での問題点がはっきりしているからである。もちろん解決の目処が立っている方がより素晴らしいことには違いないが、一番の問題はこの本質的問題を理解せず、相手を見下し、こちら側が目も当てられないような失敗を繰り広げてしまうことである。私の体感からして、おそらく現時点でそれは避けられている。それだけで『良し』とする気持ちがなければ、とても戦場では神経がもたない。いや、シルバー先生と日々過ごす中で、あの時間こそが静かなる戦場と言っても過言ではない。


「どうであっても、今思うことがあるなら言った方がいいぜ」


少し遠くでカミルの声が聞こえる。私に話しかける言葉ではない。誰かと話をしている?


「しかし、軍師ビル殿は・・・・」


話の相手はどうもイザリオ鉄火術部隊長のようである。確かに・・・いつの間にか私の後ろからカミルが消えていた。彼女・・・彼が安易に私のそばから離れると思えない。つまり彼はおそらく、手招きされてイザリオ鉄火術部隊長に呼ばれたのであろう。


「ビルはいいやつだから大丈夫だよ。でもシルバー先生の弟子だけあって、厳しいところがあるから・・・・そうだな、こういう時に聞くことをきちんと聞けないと、そっちの方がよくないと思うが・・・・」


会話の内容からするとイザリオ鉄火術部隊長がどうも私に話があるみたいだ。カミルの声がはっきり聞こえるが、隊長の声は時々曇って聞き取りにくい。ひょっとするとカミルが、わざと通りの良い声で話してくれて、私に事前に情報を伝えようとしてくれるかもしれない。もしもそうであれば、思考の幅が非常に広がっていると思われる。後で聞いてみよう・・・


「軍師ビル殿・・・少しよろしいですか?」


イザリオ鉄火術部隊長は私に近づいてきて声をかけた。やはり少しどこか話しづらそうな表情をしている。


「どうしましたか?」


私はこの瞬間頭の中を空白で埋め尽くす。物事に対して先入観を持ってはその時点でおのれを破滅に導く。


「聞きたいのですが・・・」


隊長の言葉が一瞬途切れる。


「私たちの間で、軍がペソンに逆進行すると、敵が攻めてくるのではないかと言われていました。だが全く攻めてくる様子がありません・・・これは・・・なぜでしょうか?」


私は一瞬隊長の後ろにいたカミルを見た。『このことが本題?』カミルは反応を示さなかった。おそらくこの話は前座なのであろう。もちろん彼自身疑問に思っていることではあるのだろうが、言いたいことはおそらくこの後だ。


「イザリオ鉄火術部隊長もやはり、敵側と密約があったと思いですが?」

「いえ!そんな!・・・ただ・・・・そう思う兵や将は多いではないでしょうか・・・」

「何をもって『密約』とするかは置いておいて、三国の不利になるような形、もしくは裏切る形で前線基地を退いたり、ペソンを攻撃したりするわけではないのは確かです。なぜなら、もし本当に我々が敵側に与したとすれば、もうとっくに前線基地はとられていますし、敵側は我々と一緒にぺソンを攻めるでしょう。いや、その他の国境の街を攻撃していてもおかしくないはずです」

「確かに・・・・」


イザリオ鉄火術部隊長は、なんとなく浅い返答をした。


「敵側はこの時点でも、前進基地を引いたことを罠だと思っています。なぜならば実際に、敵が攻めてした瞬間、我々が踵を返して元の陣に戻ると、彼らは引き込まれた形になり非常に大きなダメージを受けからです」


これに関してはそうとも言い切れない。しかし、隊長は敵が攻めてこない明確な理由を言葉として欲しかったのであろう。

少し間が開く。ちらりとカミルが隊長の方を見る。

私は、静かに待つ——————


「軍師ビル殿、先ほどは・・・申し訳なかった」

「?」


何のことだ・・・・


「軍師殿が城壁に向かった時・・・」


あのことか


「いやいや、イザリオ鉄火術部隊長。私のわがままでして。隊長が止めたら行くつもりはありませんでしたし」


私はわざとかぶせるように答えた。それにこのことは嘘というわけではない。


「いえ・・・私は斜面を近くで見るまでは、どこか楽観視していました。実際に足元で見た時には、自分の考え方が甘かったと思いました」


・・・・論点がそこかどうかは分からないが・・・


「改めて軍師の洞察力に感嘆しました。是非これからも、良く先生の言葉を聞き、戦に行かしていこうと思います」


私はカミルを再び見る。微妙な顔をしているが、これが彼の『私を野ざらしした』謝罪なのであろう。


「私は戦場が初めてで、隊長の指示に従うのは当然です」


これは本音だ・・・いや、本質だ——————


「ですので、私の行動がまずかったり、 指示に問題がありましたら遠慮なくおっしゃってください。私もそのあたりはわきまえているつもりなので」


「承知しました。私こそ先生の言葉をしっかり受け止めて行動するようにいたします」


彼はそう言うと自分のテントの方へと去っていった。少し落ち込んでいるようであった。今日の昼間に自らの言葉で『不安にさせないのが大事だ』といっていたが、やはり彼も人間である。気分の浮き沈みがあることは必然だ。


私のせいで彼のいいところを潰してしまわなければ良いが・・・・


私はそう思った直後に全く予期しないことが頭の中をよぎった


彼がこの戦で死なければ良いのだが——————


「!・・・・」


私の何かが、何かに反応した。


ロランはなぜあそこで死なければならなかったのか——————


私が置いてきた私の設問・・・・・


私は少し遠くを見つめた。彼の背中を見る。


私の取った行動は軽率だったのだろうか・・・

同じ結果を得るにしてもほかのやり方があったのだろうか・・・

私の得るべき結果とは何だったのか・・・

それは得ていたとして、そのことが彼にどのように影響を与えるのか・・・・


同じく伏見ガチで私のそばにカミルが近寄ってきた。


「ビル、ごめん・・・俺、余計なこと言ったかな」


私の態度に不信を持っているのかと思っていれば、そうではなかった。


「カミル、なんでだ?」

「いや、なんかこう、言葉にはできないんだけど・・・良くなかったのかな・・・・って」


イザリオ鉄火術部隊長の姿を見て思ったのであろう。私と同じこと・・・


「カミル、聞いていいか?」

「え、なに?」

「俺がとっていた態度は傲慢だったかな?」

「え、そんなことはないんじゃないかな。結果としては、ビルがあそこで偵察に行かなきゃ大失敗をしていた可能性があるし、そのことで味方がたくさん死んでたかもしれないし・・・だからといって、丁寧に説明をしている時間があったともあまり思えないし」


カミルは慌てたように私に返した。確かに既に、日は落ちている。


「なに?気にしてるの、ビル?」


気にしていないかと言われると嘘になる。イザリオ鉄火術部隊長の去っていく背中はもう一度幻のように現れる。


彼がこの戦で死んだら・・・殺したのは私だ・・・・・


ロランはなぜあそこで死なければならなかったのか——————

ロランに話しかけなければ——————

ロランに『ミエリクレール』を渡さなければ——————


私が故郷を出なければ——————


私が生まれていなければ——————







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