第十一章 第七節
南西三国——————
ヴァルドリス王国、リュセール公国、ノクティア領邦の兵たちは隊列を組み、南西へと進み始めた。おそらくすべての兵数を数えると3000強。これらがすべて、現在の陣営を引き払い、自らの補給基地であったペソンを攻略するために進軍している。
当然この動きはこの三つの国はもちろん、中央政権を含め他国にも一斉に伝わった。
私はレオナルド師団が持つ二つの中の一つ、《鋼撃特戦団》の鉄火術部隊(投石器火弾部隊、60名)の軍師として加わった。これは私の提案した方法の二つ、『二重回廊の攻略』『根本が急勾配の城壁の攻略』の指揮をとるためである。この部隊を中心に《第一鋼戦団》攻城兵器班(小型バリスタ、破城槌)40名、セリオ師団の《第一機動旅団》第2弓騎兵隊(火矢戦術)80名がこの作戦に加わることになっている。私自身は従軍することが初めての経験だったし、そこまで直接的に戦争に関わったことない。レオナルド師団長もそれは充分理解してくれており、鉄火術部隊長イザリオ・ハーゲンにそのことを伝えてくれている。
「軍師ビル殿、我々があなたの体に傷一つ負わせることはありません!存分に我々にご指示ください!」
筋肉質で身体中に傷があるイザリオ部隊長は、私のとなりの馬上でがっはっは!と大きな笑いを上げた
「はあ、頑張ります」
「何自信なさそうな顔してるのですか!聞いたところによると師団長の前で作戦を披露し、その場の全員を驚愕させたというではないですか!」
それ自体は事実ではあるが・・・
「それに、戦場で最も危険なのは『不安な顔』です。われわれはあなた様に知恵者ではありませんが、決して『不安な顔』をしません。縁起が悪いことを知っているからです。多少バカな将軍はいますが、その方が戦場では兵が心強く思い、最終的に勝つ方が多いのです」
確かに・・・・それに一時的とは言え、これだけ大きい部隊の軍師を務めるのである。同じアカデミーを出た人でも、私と同じ年齢でこの経験をできている人は、絶対にないと確信する。私は少し引き締まった顔になったと思う。
因みに私の乗っている馬の後ろには、カミルが乗る茶色い毛並みの馬がついてきていた。私もカミルも鎧をつけている。さらに馬の横に縦が引っかかっている。私のその縦には月の文様が描かれている。
シルバー先生は我々とは別行動である。イリア参謀と共に総大将であるレオナルド師団長の補佐として《第一鋼戦団》第1強襲隊(重装歩兵)80名と一緒に行動している。さらに個人としてグラオ師団《第一戦団》第二弓兵中隊(毒矢含む)100名を直接指揮下に置いている。これは私が提案したもうひとつの『適材適所で大きさや形が違う塔の攻略』に対してである。シルバー先生は総大将の軍師を勤めながら、自らが百名以上の中隊を直接指揮する。私は横で部隊長に助言をするのがせいいっぱいである。先生はどのように思考をなされ行動し、指揮をするのか・・・・直接見たい気持ちでいっぱいだが、私に課せられた任務も決して軽いものではない。イーヴァンはというと、鎧甲冑は全く身に着けていないシルバー先生の護衛としてそばに居る。当然ほかの人たちは、はじめは信じがたいという表情をしていたが、イーヴァンがその場にいた警備兵を3人、一瞬で押さえ込んだので、ぐうの音も出ないとともに、シルバー先生の弟子は皆、只者ではないという噂が一気に広まった。
「ビル、こちら側の敗北はありませんが、戦場では常に何が起こるかわかりません。彼らも守ってくれると思いますが、充分に注意してください」
それぞれの部隊に別れる時に、シルバー先生は私にそういった。
「はい、先生も気をつけください」
「その盾・・・」
先生は私が持っていた『月の文様』の盾を見ていった。
「あ、これは・・・」
思わず私が説明しようとすると、先生はニコリとして一言
「よかったですね」
と言った。私は先生に対しての無礼を謝ろうかと思ったが、それもなんだか無粋なものと感じた。
「ビル、じゃあな!」
「おう、イーヴァンもな」
「背中のトカゲいなくなったな」
「!・・・・ああ・・・ありがとう、イーヴァン」
一応この作戦の日数は、30日を目途としている。それだけの長い間、2人と離れ離れになる。
「絶対死ぬなよ、イーヴァン」
「ビル、カミル、お前らもな」
「ああ」
カミルも答えた。
ペソンの街でもすぐに動きがあったようである。領主レオナルドの弟ファウスト・ヴァス=ドライゼンはすぐに王への使節を派遣。国王ガヴリオ・レイハート三世 に『兄・レオナルドが反乱を起こした』と伝達した。しかし国王はその使節の入城を拒否。これはすでに国王ガヴリオには先に使節を派遣しており、根回しができていたからである。
「しかし、ヴァルドリス王国の中には弟君の味方をするものもあります。それに血縁者を介して説得を試見る場合もありますので・・・」
イザリオ鉄火術部隊長はビルに問いかけてくる。
「もちろんその通りだと思います。しかしシルバー先生と話したのですが、そこに重要な要素があるわけではありません」
「というと・・・」
「今のところ入っている情報によると、国王ガヴリオが弟ファウストの入城を拒否したあと、すぐに彼の伯父を介して、使節に無理やり面会させたみたいです」
「それはまずいのではないですか?」
少し焦った感じでイザリオ鉄火術部隊長は私に言う。それでも敵の使節が接触したのであれば、こちらに不利になると思ったのであろう。
「弟ファウストはこの時点で打つべき手を間違えています。別のルートで国王ガヴリオに話を通すことは、このあといくらでもできることです。だからこそ一番はじめにとった行為、つまり彼がペソンの領主として正しいルートで、何度か国王にアプローチをすべきなのです。彼の使節が何度も門前払いを食らえば、同情してくる人々が必ずいます。そうすることで切り札を残しながら、別の道を常に模索し続けることができるのです。もちろん彼には焦りもありますが、その自然の力学と、時間軸における変化の客観性が、能力として備わっていません。イザリオ鉄火術部隊長、もし、あなたがある人物の会見を拒否したとして、翌日にあなたの親から『何で会ってやらないんだ』と言われたら気分はよいですか?」
イザリオ鉄火術部隊長は苦々しい顔をした。彼はその瞬間に思考している感情が表面に出るらしい。
「そりゃ確かに嫌な気分ですね。状況にはよりますが、相手が門の前でひたすら待ち続けるのであれば、どこかで会ってやってもいいかと思う可能性はありますが」
「自分たちが危機に瀕しているときほど、カードは大事に使わないといけません。そして一枚のカードを最大限に利用しないといけないのです」
そこまで話した時、イザリオ鉄火術部隊長の目は既に、まるで光を放つ門の前に立つように、少し潤んだ表情で私を見ていた。
「軍師ビル殿・・・・いや、あなたは本当にすごい・・・私は一人でもこの任務を遂行できると思っているが、あなたがいれば間違いはない・・・・いや、私とあなただけで城を落とせそうな気分になる」
『それは言いすぎだろ』と思ったが、先ほど景気が悪い事は言わない方がいいと言われたばかりだ。偉そうにする必要はないが、私のことを尊敬してくれる方が、作戦を滞りなく進める可能性がある。
「そう言われると光栄です」
ふと見ると、いつの間にかカミルの馬がすぐ横につけていた。彼女・・・彼も私の話を真剣に聞いていたらしい。彼自身の武術の腕前もたいしたものであるが、物事の考え方を身に付けてもらうと、さらに心強いのは確かである。
「隊長!」
ひとりの斥候が馬を走らせながら、イザリオ鉄火術部隊長に近づいてきた。
「どうした?」
「あそこに!」
斥候が指さした先の遠く、豆粒に見えるぐらい本当に遠くに2,3人の人影が見える。おそらくペソンの人が、避難のために逃げているのであろう。
「捕まえて行きましょうか」
「そうだな、ペソンの情報を持っているかもしれない。だがこんな時には、殺されると思って奴らはすぐに逃げることがある。それに乱暴なことをすれば我々の方の悪評が流れる」
イザリオ鉄火術部隊長が一瞬迷ったが
「私とカミルが行ってきます」
私はそういった。
「おお、そうしていただけるとありがたい。軍師ビル殿であれば、必要な情報を聞き出して頂けるでしょう。ですが彼等は近づけば逃げていく場合があると思うので・・・」
「大丈夫です、カミル行こう!」
大隊が隊列する中を、私とカミルの二頭の馬が抜けた。遠くにあった豆粒が少しずつ近づく。ちらりと周囲を観察する。その時に自らがいた部隊の隊列が目に入る。『私はこれだけの部隊の軍師であるのか』一瞬思ったが、すぐに大きくなっていく豆粒に目を移す。
「ビル、どうするんだ⁉」
走る馬の蹄が地面を叩きつける中、カミルは大きな声で私に聞いた。
「カミル!できるだけ優しい女性の声をかけてやってくれ!そうだな、大好きなお母さんが、夕方遊んでた子供を迎えに来たような」
「!・・・・わかった」
カミルは最後つぶやくように返答をしたが、私にはそれで充分だった。彼女は私の指示を明確に理解し、既に『七色の声色を持つ人形師』のモードに移り変わっていた。
前方に人が見えた。動きと表情を見る限り明らかに怯えている。よく見ると五人にいて、父と母、姉と弟、そして赤ん坊・・・・
彼らは引きつった顔で足が動かないようであったが、自分たちに確実に向かっていると確信を持った瞬間、一斉に走りはじめた!
「カミル!」
私が叫んだと同時にカミルが叫ぶ!
「待って!あなたたち!」
彼女の声が響き渡る。人形劇で鍛えたその声量は遠く離れた隊列でも聞こえるほどではないかと思った。その声は柔らかく、暖かく、澄んだ女性の声であった。
タッ!
一瞬で彼らも立ち止まった。表情に怯えは全くない。むしろ彼らのもとに、自分たちを救う女神が降り立ったのではないか、と思えたような表情だった。
「ごめんなさい、突然声をかけて・・・大丈夫よ、あなたたちを傷つけたりしないわ」
カミルはゆっくりと村人たちに近づく。優しい女性の声で。彼らは全く逃げないどころか、むしろ近づいてきた。私はわざと少しだけ後ろの方についた。カミルは彼らより安心させるため、すぐに馬を降りた。私もゆっくり馬を降りて彼らに近づいて行った。
「皆さんはペソンから気逃げてきたのですか?」
普通であれば唐突な質問だが、その身なりと荷物を見れば、そのような質問の仕方をしても問題はない。
「はい・・・すぐに戦乱に巻き込まれるのではないかと噂が立ちました。最前線の軍隊が全てこの城に向かってきていると・・・」
比較的若い父親が答えた。今度は母親の方が答える。
「私たちは城門の近くに住んでいました。それに、こちらをもう少しいったところに、私の実家があり・・・・とにかくすぐに避難したのです。しかし私たちが出た直後には、城門が固く閉ざされたみたいです。外は危険だということで領主ファウスト様からの命令があったみたいで・・・」
なるほど・・・ある意味で城内の民衆を人質に取ろうということか・・・だが師団長たちはそんなことは気にしない。ましてシルバー先生は・・・・
小さな女の子がカミルに近寄る。カミルはそれに気付くと、軍備用のポーチから非常食のクッキーを取り出した。
「お食べ」
「うわーー」
女の子は歓喜の声をあげた。ここまで彼らは真っ暗闇の絶望を歩き続けて来たはずだ。しかしこの瞬間、何の根拠もないが、希望の光のようなものが彼らに降りそそいだ。
「ぼくも!」
弟がカミルに駆け寄る。
「はい、どうぞ」
優しいお母さんが焼いたクッキーを子供に渡すように、カミルはその2人にすべて渡した。私も自分のものを取り出し、両親に渡しながら
「皆さんはこの軍がなぜ、ペソンに向かっているかご存知なのですか」
母親がクッキーを受け取ったが、父親の方に目線を移した。すると父親が答えた。
「私たちはなんとか脱出できたので・・・このことを口にしても大丈夫ですが・・・随分と賄賂が横行していたみたいで・・・」
やはりペソンの民衆は知っているみたいだ。つまり城門を閉ざさないと、弟ファウストにとっては随分と都合の悪いことが流布されてしまう・・・これは想像していた以上に、内部からの崩壊があるかもしれない・・・・
「ありがとう、これを」
私はさらに、自分のバッグに入れていた携帯用のパンを取り出した。
「え・・・でも・・・いただきましたし」
「これは赤ちゃんの分・・・あなたが栄養を取らないと」
母親の目尻に涙が浮かんだ。彼女は赤ちゃんを抱きかかえたまま深く頭を下げた。まるで赤ちゃんも一緒に頭を下げているように。
この時私は明らかに『軍隊の評判のため』という戦略的なものでなく、情で動いていた。このことがあるべき姿かどうかは、また後で考えるとして、以前よりも物事を判断する時に不必要に苦しまなくなった。
『あなたらしいですね、ビル・・・』
シルバー先生のそんな声が聞こえる気がした。生まれて初めて自分の『情』に卑屈にならなかったような気がする。
はい、先生——————
私は心の中でそう答えた。
「城の中の人たちは殺されるのでしょうか?」
父親が少しだけ不安に聞いてきた。もちろん彼らの中には、知り合いも友人もいるだろう。
「できるだけそうしないようにします」
これは嘘だった。正しく言うと半分ウソだった。『必要な分だけ死にます』これが客観的正確な言葉である。しかし、ここでこの言葉を使い、この軍隊の人気を落とす必要はない。イザリオ鉄火術部隊長のそれと同様なことを、本質的に言っている。
これが半分——————
そして今、明るい光が差し希望をポケットに入れて、これから荒波と向かい合わなければならない彼らに、その言葉をかける必要性があるだろうか。
これが半分——————
家族と別れ、我々は部隊の隊列に戻る。
「ビル、やっぱりお前は優しいな」
走る馬の馬上で、男性の声と目に戻ったカミルがそういった。
「そうか?・・・・そうかもな——————」
『優しい』——————
どういう意味だろう——————
どういう定義だろう——————
この戦が終わったら考えたいことがまた一つ増えた。




