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風と静寂  作者: 佐竹武夫
第十一章
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第十一章 第六節

私とカミルは、師団長の集まるテントへと向かっていた。

私の背中重い。


「どうした?ビル・・・」


カミルが心配そうに、私に声をかけてくる。私は歩きながらカミルの方をゆっくり見る。何も返事はしない。


「ビル、師団長のテントに行くまでに、何かオレに話をするんじゃなかったのか?」


そうだ、私はそんなことを言っていた。


「カミル」

「ああ・・」

「私の背中に何かいるか?」

「え・・?」


そう言ってカミルは私の背中を見る。


「いや、何もいないけど」


心配そうな表情でカミルが返事をする。


「お前の背中にも乗っていたらしいぞ」

「ええ⁉」


驚いた声を出して、今度はカミルが自分の背中を見るために首を回した。


「何もいないじゃん!おどろかすなよ!!」

「カミル・・・」

「なんだよ」

「本当に私は、自分の事はよくわからない」

「え?」

「何度も何度も、自分が見えなくなって・・・・でもその時は、見えてると思い込んでて・・・・それを何度も何度も繰り返して・・・・・」

「ビル」


カミルは私に呼びかけるように、名前を呼んできた。


「よくわかんないけど、今朝、散歩から帰ってきたビルは・・・・なんか、怖かった」

「!・・・・・」


イーヴァンの口からも『怖い』という単語が出ていた。


「変に優しすぎるっていうか・・・いや、言葉は優しいのに、なんか攻撃的に感じるっていうか・・・ニコニコしてるその顔に、棘があるというか・・・・・」


私は呆けた顔でカミルを見ている。


「今のビルはそんなことないよ。なんか随分と落ち込んでいるように見えるけど・・・でも、今のビルの方が安心して側にいれるというか・・・」


私はその言葉を聞いて胸が・・・・胸が締め付けられた・・・・ごめん・・・


背筋を伸ばした——————


ひょっとすると、その勢いでトカゲが落ちたかもしれない。そのくらいにトカゲは小さくなっていた。



師団長の部屋に着いた時、中にいたのはセリオ師団長のみで他の隊長達と話をしていた。私が城に関しての知識があることを伝えると、『なるほど、是非聞かせてほしい』と、相変わらず人の良さそうな笑顔で対応してくれた。彼もペソンの街を行き来しており、その城についての特徴をいくつか把握していた。話を聞いているうちに、私がアカデミーで調べたことがある建物がペソンであったことに気が付いた。


「思い出しました、私は文献で読んだことがありました!」

「ほお・・・それは、奇遇ですな」

「はい、200以上の城を研究したことがあるので・・・」

「200!・・・・なんと・・・」

「この城はずいぶん特徴があるから覚えています」

「どのような」

「城には3つの強力な防衛の工夫がなされています。一つ目は城壁に沿ってある回廊が上下二段になっています。このことで城の内部の人は、安全な回廊の方を行き来すればよい。攻撃の方はどちらを攻撃すればいいか迷い、分散してしまう。 二つ目は城壁の根本が上り坂になっており、攻城兵器などが攻撃しにくく、近づきにくい状態になっています。通常であれば垂直に地面から壁が伸びているので、はしごを掛けたり、シージタワー(攻城塔)を近づけることができますが、急激な登り坂のようになっているので、城の壁に横付けすることができません。またバタリング・ラム(破城槌)で壁を打ち壊そうとしても、壁に対して垂直に当たらず、力が逃げてしまいます。さらに上り坂になっているが故、壁に向けての勢いも減ってしまい、打ちを壊すことができません。三つ目はお城についている塔が、単純に等間隔で立っておらず、また大きさや形が違います。これは場所によって適正に塔の高さや大きさに変化が付けられており、また塔と塔の間の距離も守りの状況に合わせて変化されています。これが適切に配置されているため、防御が強固になっています」


私にそのつもりは無かったが、聞いたセリオ師団長や周囲の隊長たちは、説明と内容に圧倒されたようであった。その直後、ペソンの強固な防衛力に、急激な不安に襲われたようである。


「我々の後方支援の城であり、何度も行き来をしていたが、そこまでのものとは知らなかった・・・」


今現在は、この陣が最前線の基地となっているが、おそらく嘗てペソンの城が最前線ってあっただろう。モントベリーの城が最強を誇っていたと言われるように、それと対峙していた城の防御が緩いはずがない。セリオ師団長は真面目な性格もあってか、随分と苦い顔をし始めた。


「レオナルド、グラオを一度呼んで作戦を練り直さないといけないかもしれない・・・」

「あ、でも・・・その城をどのように攻略する方法があるか、その文献には書いてありました」

「な、なんと!ほんとですか⁉」

「はい」


私は自分の中で冷静さが保てる気がした。背中にも何もついてないような気がする。


「一つの物事は常に多角的で、良い面と悪い面を持ち合わせています。大事なことはそのどちらも把握しており、意識していることです。そこを勘違いして、自らが有利だと思い込んでしまうことが一番危険な状態です」


周囲の隊長達は、私の言葉にすでに圧倒されていた。シルバー先生に教わる基礎中の基礎の部分でも、初めて耳にする人にはあまりにも真理的な話に聞こえてしまうかもしれない。すでにこの時点で、ある一定の客観性を保ちながらついてこれているのは、セリオ師団長だけだと言える。


「まず一つ目、 二重回廊の攻略方法ですが、下の部分が石造り、上の部分が木造でできています。これは上下を石造りにすると高価であると同時に、上部の荷重が増えてしまい安定性が低くなるためです。この下の回廊にひましキャスターオイルの火矢を射るのです。粘着性が強く黒煙を発するので、上の回廊に、火や煙が周ります。また下の回廊に天井が存在するため、横煙突の状態になり、左右に大きく煙が広がります。これでほぼ下の回廊は使用できません」


セリオ師団長は半分口を開けている。先ほどまで相手の防御が完璧だとおもっていたにもかかわらず、それを簡単に崩されてしまっているからであろう。


「二つ目、根本が急勾配の城壁ですが、通常のバタリング・ラム(破城槌)に少しだけ改良を加えるだけで対応できます。後輪の傾斜を上げ、勾配の角度に合わせるのです。そうすることで壁に垂直な状態で杭を打ち付けることができます。そして杭を引っ張る紐を通常より長めにしておきます。そうして、兵士が杭を引っ張る際にその急勾配を利用し、滑り降りるように引っ張るのです。まっすぐの平地で引っ張るより、当然数倍の力で引っ張られ、壁を打ち付ける力が大きくなります。さらに彼らが理解していないのが、通常の城壁は根本がもっとも強固に作られております。なぜならば、土台の部分がしっかりしてないと倒れますし、築城する際も当然基礎部分がもっとも丁寧に作業されています。今回で言うと急勾配の場所です。さらに、城壁の中心には土が入っており、上からの圧力で下の方がより押し固められた状態になっております。本来はその強固なところにくいを打ち込まないといけないのですが、坂を上りきった場所は、それらの部分ではない弱い壁の場所です。彼らはわざわざ勾配を作ることによって、壁の弱い部分に我々を導いてくれているのです」


セリオ師団長の指先が震えている。


「三つ目、塔がその適材適所で大きさや形が違う件ですが、これが最も簡単な攻略法です。こちらの攻撃しやすい有利な塔をひたすら攻撃するのです」

「なぜ・・・それで・・・」


師団長のプライドなのか、私だけが話を続けている状態を、なんとか会話にしようと踏ん張っている雰囲気がわかる。私は一瞬ここで「どうしてだと思いますか?」という聞き方をしようとしたがやめた。それは彼に隊長達の前で恥をかかせてしまうことになる。


「それぞれに塔の形状が違うということは、彼らはそれぞれの塔で訓練されており、その場所のエキスパートといえましょう。これは逆に汎用性に欠けるということです」


セリオ師団長から脂汗がにじみ出ているのがわかる。別に煽ったわけではなかったが、彼にはあまりにも強烈すぎる今の状況であると思った。ここで私が黙るのも不自然である。私は実践というもので、非常に貴重な経験をしているのだと肌で感じた。


彼からすれば、私も人ならざるものに見えるのか——————


「つまり、その場所のエキスパートを駆逐すれば、後から補充されるものは、その場所に不慣れなものばかりとなります。彼らの有利なところで戦うのではなく、彼らの常に不利なところでおびき寄せるのです。味方が全くいなくなりそうなのに、そこに兵を呼ばないわけにはいかず、強固だと思っているがゆえに、引くということができないのです。まあ、引いたらそこから進軍されてしまうのですが・・・」


「・・・・・」


沈黙・・・・・

長い沈黙・・・・・・・静かだ・・・・


風がテントの中を通っていく。心地よい風・・・・


そうか・・・静寂があるから風を感じる・・・・


静の中に動を感じ・・・

動の中に静を感じる・・・


全ては表裏一体・・・・・良いは悪しき、悪しきは良し・・・・・・



どれだけの時間が過ぎたかわからない。いや私にとって、そんなことはどうでもよいことかもしれない・・・私はゆっくりと後ろにいるカミルを見た。ようやく彼女を正面から見ることが出来る気がした。振り向いた彼女は・・・・


私にとって嬉しい顔をしていた・・・・


美しいと思った・・・・・・・



「ひとつ・・・聞いてよろしいですか・・・・」


私は正面のセリオ師団長に向き直った。


「私は・・・その・・・まだ不勉強で愚かな者ですが・・・・どうしても、ビル先生に聞きたいのです」


生まれて初めて『先生』と呼ばれた。ここで『先生なんて呼ばないでください』などという言葉を選ぶように、私はシルバー先生から教わってはいない。


私は沈黙を選ぶ。彼が次の言葉を発するまで。シルバー先生がそうしてきたように・・・・


「失礼な言葉になっていたら申し訳ありません。ビル先生がシルバー先生のお弟子さんだからすごいのですか?中央政権のアカデミーで学ばれたからすごいのですか・・・・・?私は・・・あなた方が敵の参謀に付いていたら勝てる気がしません・・・・」


私は一瞬で頭の中を構築する。シルバー先生から学んだこと・・・『何のために、誰のために』『客観性』『器・傾き・法則』・・・・・

セリオ師団長は・・・怯えている——————いや、正しい言葉を使うのであれば我々を警戒している。我々だけに注意すればいいのか、自分たちに対する敵はこのような人物がたくさんいるのか・・・アカデミー出身者がそうなのか・・・エンドロゴス(深い思索者)がそうなのか・・・少なくとも戦場において自分よりも秀でた者が居ることを、彼は決して良い状態ではないと思っている・・・・・・

たまたまですよと言っても納得しない____他にもたくさんいますよと言っても納得しない_____


私はゆっくりと口を開く。音が出る瞬間まで判断をし続ける。


「物事は・・・・」

「!・・・」


セリオ師団長の身構える呼吸が聞こえた。

私はゆっくりと音を出す——————


「物事は事実がどうであるかではなく、どのように受け取るかということが重要だと、私はシルバー先生から教わりました」


そんなことは言われたことはない。私は見事なまでに感情的でなく、感傷的でなく、『嘘』のカードを切った。彼は自らを『不勉強で愚かな者』を称したが嘘だ。彼にはその謙虚さがなく、自分の人の良さそうな雰囲気を道具に使い、明確に探りを入れてきた。その態度は本当の『謙虚さ』とは程遠い。もしも彼に「学びたいのであればシルバー先生の門下に入りなさい」と言っても絶対ならないだろう。それは彼の事情ではない。彼にはもともとそうまでして求める誠実さはない。うまく私から情報を引き出したいのだ。私はその彼に最もふさわしい言葉を返す。


中身のない『美しい言葉』——————

誰も否定できない『美しい言葉』を——————


「私はたまたま書物で読んだものを語っただけです。それをどうしてもシルバー先生の弟子が口にすると、高尚なものに聞こえてしまいます。そのようにあなたが過大に取っただけだと思っていただければ」

「しかしあなたのように、広い知識をお持ちの方が中央政権にはいらっしゃるのですね」


先ほどと、フェーズが変わったのがわかった。今度は敵を過大視し、自分の高めるためのエネルギーにしようとしている。それ自体は悪くないが、そのこと事実を誤認してしまうことは全くの別のこと——————彼はただそれだけを今求めている。ではその欲するものを、私は与えるだけ・・・・


「そうですね・・・やはり知識の多い人はそれなりに居るでしょう」

「・・・・やはり、そうですよね・・・・ビル先生とお話させていただき、自らの不勉強が骨身にしました。これからより一層精進して行こうと思います。いやー、先生方に従軍していただけるとは本当に嬉しい限りです」



我々はその後、武器庫の方に連れて行ってもらった。戦に際して鎧や兜を貸していただけるというのである。(もちろん差し上げると言われたが、この従軍が終わったら必要ではないものなので)おそらくシルバー先生は武具をつけることはないと思うが、われわれは多少身につけておいた方がいいと思った。武器庫の中を見渡している時、とりあえず一つのものを探した。なければそれでもよい、しかしあるのであれば、それは手に取るべきものだと思った。・・・・あった。月が描かれた盾——————


私はそれを手に取り、カミルの方を見た。人によっては、彼女の傷に触れるのではないかと考えたかもしれない。だが私にとってはそんなことすら、どうでもいいことであった。いや、どうでもいいと思えるようになっていた。

彼女はそれを見て一瞬止まったが、すぐに


『ばかじゃないの?』


というはじけた笑いを見せた。


彼女は美しかった——————







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