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風と静寂  作者: 佐竹武夫
第十一章
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第十一章 第五節

昨日早めに床に着いたおかげか、日が昇るずいぶん前に目が覚めた。イーヴァンもカミルも起きる様子がなかった。シルバー先生も___


私はまだかがり火が焚かれているテントの外に出た。見張りの兵は昨日と別の者になっていたが、その規律正しい訓練された状態は変わっていなかった。


「あ・・どうかなさいましたか?」


さすがに、こんな早くに起きたと思っていないのだろう。


「おはようございます。少し早く目が覚めたので、周りを散歩しようかと」

「はい、この周辺の兵は皆様方の顔を知っていますが、あまり遠くに行かれると不信がられます」

「ありがとう。気をつけます」


見張りの兵は、通常見下したような態度を取られることが多いのだろう。丁寧な私の対応に、どこか親しみを持って接しようとする雰囲気を感じた。人はたったこれだけ気を使うことで、関係性が変わるのだと思った。


「私も一緒に行っても良いですか」


背中から声が聞こえた。振り向かなくてもわかる・・・・


「はい、シルバー先生」


私はそのまま歩き出した。杖をつく音が私の後ろで聞こえる。まだ周囲が暗い。薄く靄のようなものがかかっている。空を見ると星は瞬いており、今日も暑くなりそうな気配だ。


「先に聞きたいことがあります」

「なんでしょうか、先生」


私は全く振り返らずに答える。


「昨晩、話を聞いていましたね?」


当然カミルのことであろう。私は全く間を開けず、しかも前にかぶせることもなく、正しき音の幅をもって返事をした。


「話を聞いていた―とは?」


私は先生と出会って初めて真っ当に『嘘』をついた。先生が今まで私にご指導していただいたように、言葉というものは思ったことを話すのではなく、カードを切るように必要なものを必要なタイミングで出す——————


「そうですか」


先生の切り返しのタイミングも絶妙である。間をあけるわけでもなく、かぶせるわけでもなく。


「では、少しだけ説明しておかなければならないですね。昨晩カミルが夜遅くに帰ってきました」


知っている___


「彼女はやはりルヴィア部隊長のところに行っていたようです」


今まで先生はカミルのことを『彼女』とは一度も言ったことがない。確実に女性を意識した単語を選んでいる。


「彼女からその理由を簡単に聞きました」


私も聞いていた。眠ったふりをしながら。


「彼女が人形劇で演じていた物語の中に『月の盾』というお話があったらしいです。詳しくはわかりませんが、物語自体は〈月の盾〉と呼ばれる盾に月の模様が描かれている騎士に、ある女性が恋に落ちるという話みたいです」


知っている・・・そのラブロマンスの男性とルヴィアを重ね合わせた・・・カミルはそう言っていた・・・・


「ルヴィア部隊長がそれに似た盾を持っていていました。他の武器なども見せてくれると言われ、彼について行ったらしいですね」

「はあ・・・」


私はここで初めて、相槌のようなものを打った。

沈黙が流れる——————カミルについての話はこれで終わりですか?盾に付いて行ったわけではないですよね?その盾を持った男について行ったんですよね?まだその先の話をしていましたよね・・・・?


「では、昨日あなたに質問をすると言っていたことについて・・・」


やはりその話は終わりなのですね、先生。おそらく先生は、私が聞き耳を立てていたことをご存知のはず。そしてその私がどう思っているかを、今反応を見ていたのですよね。


見張りの兵にあんまり遠くに行くなと言われたので、適当なところで左に曲がった。


「私たちが彼らを殺してよい理由は何ですか?」

「先生・・・よくはないのですが、やはりこの短時間で自分の納得いく答えを全て出せるわけではありませんでした。しかし、今私の中で組み立てられているものをお話します」


先生の反応が薄い・・・しかし構わず私は話を続ける。


「私ははじめ、軍に従事できることで、不謹慎だと思われるかもしれないですが興奮を覚えました。後で思い返した時、それは決して人を殺めることに興奮を覚えたのではなく、自らが学んだ技術を生かせる場所が来ると思ったからです」


私はまた左へと曲がった。少しずつ太陽が昇り始めている。周囲では篝火を消し始めた。


「かつて私には護るべき町がありました。その防御を高めるため、アカデミーでは城の構造に関して多くを学びました。その点においては、私が役に立つところがあるのかと思っております」


明らかにはぐらかした言い方だ。論点をずらしたことなど先生にはすぐにわかってしまうだろう。いや、そんなことすらどうでもいいと思っているかもしれない。


「そうですね、その部分においてあなたの知識技術は、この度生かせることが多いと思います」


ともすれば、シルバー先生は何か私に指導する事を放棄したようにも聞こえる。そのくらい無機質な返事である。私も無機質な返事を返す。


「はい、機会があれば師団長達と、そのことを話し合えればと思っております」

「今日、早速行ってみてはいかがですか」

「今日ですか?」

「われわれはペソンの防御態勢がどのようになっているか全く情報がありません。しかし、師団長たちはよくわかっているはずです。そこにあなたの知識が加われば、さまざまな糸口が見つかるかもしれません」

「そうですね・・・シルバー先生、そこにカミルを連れて行ってよろしいですか?」

「別にかまいません」


私はシルバー先生と出会って、初めてこのような、恐ろしく乾いた空気の会話を繰り広げた。会話の接点や摩擦は一切ない。まるでお互いに鉄の仮面をかぶっているようだ——————


それまでテントや人物を黒く映し出していた低い朝日は、それぞれの顔が見えるほど登ってきた。我々のテントに着いたときに、イーヴァンとカミルはすでに起きていた。私は半分の閉じた目で見ることしかしなかった。


「おはよう!先生!ビル!」

「イーヴァン、おはよう!」


湿度がある会話は、今後イーヴァンとしかできないのだろうか。私は必要以上な張った声でイーヴァンに返事を返した。


「おはよう、ビル、先生」


私はカミルの落ちた声を気にする様子もなく


「カミル、今日は私と師団長達に会いに行こう」

「え?」


私は彼女に口を開けさせない。


「シルバー先生から許可もらった。自分の城における防衛知識を彼らに聞いてもらう」

「え、何のために?オレ、何にも聞いてないから・・・」

「大丈夫、行く途中で簡単に説明するよ」

「あ、いや」


私は彼女に口を開けさせない。決して昨晩のことを言わせない。


「カミルも私たちと一緒に行動するわけだから、ある程度知ってもらわないと。お前の腕前も期待してるからな」

「・・・・・あ・・・うん」

「朝食を取ったら一緒に行こう」

「うん・・・・・・


我々はテントの中に入りそれぞれの支度を始めた。そうしている間に朝食が運ばれてきた。 


「カミル、イーヴァン」


私の饒舌な状態は収まらない。


「この陣に入った時、二人は出された飲み物をあっさり口にした。あれはよくない。相手がどのように出てくるかしっかり探り、ある程度関係性を保ててから、食べ物や飲み物は口にするものだ。そうですよね、先生」

「そうですね。ビルにもそのように指導しましたね」


朝食の野菜スープを口にしながら、先生は答えられた。もう私にとって、相手が無機質かどうかは関係無くなっているのかもしれない。


朝食を終え、先にテントを出てカミルを待っている。周囲では昨日よりも兵が慌ただしく動いている。おそらく、ペソン攻略に向けての動きが始まっているのであろう。周囲をそんなふうに見ていると、ふと私のところにイーヴァンが来た。なんだか少し元気がないように思えた。


「どうした、イーヴァン?」

「ビル・・・・『ドゥエランテ』って知ってる?」

「『ドエラ・・・?』」


突然質問を振られ、戸惑ってしまった。イーヴァンは、まだ少し俯いた表情をしながら話を続けた。


「『ドゥエランテ』・・・・オレの村ではよく言われてるんだけど・・・人の背中につく・・・いきもの・・・・?」

「???・・・・」


何の話をしているんだ・・・・・?


「つまり、今のビルの背中に・・・・なんかいるんだよ」

「え!」


思わず私は背中を見た。何もいない・・・・


「イーヴァン・・・何もないと思うが」

「今日、ビル、変だよね」

「!!」

「ビルの背中についている『ドゥエランテ』のせいだよ」


この幼い少年は何を言っているんだ。実際に私の背中に何か見えるというのか?それとも例え話をしているのか?


「カミルにもついてたんだ。『ドゥエランテ』が」

「え!・・・・いつから?」

「この陣に入ってくる前から・・・・カミルの背中についてたのは『赤いチョウ』みたいなやつだった」


この子は・・・・人の思考や心理にまとわりついている、『何か』が見えるのか?もしかしてカミルがルヴィアに惹きつけられ、浮いていた状態のことか・・・・?


「でも、今朝になったら、カミルの背中からいなくなってた。カミルは少し元気がなさそうだったけど・・・・オレ、すごく安心して・・・・『ドゥエランテ』がついている時の方が・・・なんか怖いんだ・・・・」


耳元に兵たちがざわめく音が聞こえる。武器が運ばれることでこすれる音。物資が運ばれる車輪の軋み・・・・・


「イーヴァン・・・俺の背中に乗っているのはどんな姿をしている・・・・?」


またほんの少し沈黙が流れる・・・


「ミドリのトカゲ・・・目が五つあって……でかい尻尾・・・・・何も役に立たなさそうなでかい尻尾が大きく振れている・・・・・・」


バサバサ


テントの入り口が揺れ、カミルが来た。


人の顔をしている——————


ふと、改めてイーヴァンを見る


やはり、人の顔をしている——————


瞳の中に光があり、肌に湿度があり、体の奥から熱を感じる・・・・


ここのところずっと『私は人であり、正常である』と思っていた・・・・

人ならざる者は先生だと思っていた・・・・


私は今、人の顔をしているのか・・・?


背中に目の五つある巨大な尻尾のトカゲを背負って——————


日はもう随分と上がった。






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