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風と静寂  作者: 佐竹武夫
第十一章
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第十一章 第四節

私たちが自分たちのテントに戻りはじめたのは、夕日がさし始めている時間帯だった。南西三国の師団長たちとシルバー先生は協議を重ねた。当然内容は、ペソンにいるレオナルド師団長の弟ファウストを拘束し、処刑することである。そしてペソンの街を前線の補給基地として確立させること。


「先生、あそこでは質問できなかったことを、いくつか聞いてもよろしいですか?」


私は、テントに戻る時間さえも、先生から少しでも学びとり、軍に従軍するための必要な知識を得ようとした。


「どのようなことですか」


先生はいつものように短い言葉で返事を返された。


「わたしがどうしても体感的に分からないところがあります。あ、それは先生が以前に『直感が大事である』とおっしゃられたことがあったと思いますが・・・」


時間がないのに、くだらない前置きをしてしまった。


「レオナルド師団長の弟であるファウストを、ペソンの領主として任命しているのはヴァルドリス王国の国王のはず。この問題を国王サイドと話し合って、ファウストを領主から解任するというわけには行かないのでしょうか?」


「・・・・・・」


先生は少しだけ私の方を見つめられた。この間に何の意味があるのか・・・


「まず一つ目の理由としては、おそらく、それぞれの領主は、随分と昔からその領土を収めている家なのでしょう。ペソン周辺の土地をレオナルドたちの一家が、古くから治めていた。つまり単純に、国の責任者を地方に送る中央政権のやり方は全く違う形でしょう。いや、たとえ中央政権だったとしても、なかなか縁もゆかりもない土地を収めるというのは、厳しい場合が多いと思いませんか。第一あなたがウルビス(市政官)として任命された場所もあなたの故郷であり、伯父をはじめ、あなたの一族が支配している土地でしたね」


『支配』という言葉を使われると、どこか我々が民衆を抑圧しているような感覚があり、心地の良いものではなかった。しかし事実であり、今から考えればアラモン(ビルの出身の町 )の人々からすれば、私は間違いなく支配者の一人であったであろう。


「もう一つは、国王側にも癒着で私腹を肥やしている人たちがいるということです。彼らからすればファウストが存在することで、膨大な利益を得ています。逆にこの度のような粛清が行われれば、彼らは震えあがり保身に走るでしょう」

「三国の師団長たちが誰もこの提案に反対しなかったということは、中央に位置した人たちは、その腐敗に飲まれて無いということでしょうか?」

「そういうことですね・・・多分師団長たちは、以前から国王たちにかなり相談をしていたのでしょう。ともすれば、この度のような粛清も行わざるを得ないという話になっていたかもしれません」

「だからこのような大事が、これほどまでにスムーズに話し合いがなされた、ということでしょうか」

「『淀み』が存在しない状態というのはほとんど稀です。コミュニティにしろ、組織にしろ家、族にしろ・・・・常にそれがあることを前提として、どこまでの『淀み』が許され、どこまでの『清らかさ』があるべきか、意識のある状態ではないと、自らの崩壊を認識することは難しいでしょう」


先生は相手からの情報が何一つもっていないのに、この世の中の『然り』から全てを形作られる。レオナルド師団長の言葉を借りるのであれば


『人ならざるもの』——————


テントの入り口に差し掛かると、警備をしてくれていた兵がいた。我々が近づくと頭を下げひとつ礼をした。彼らの態度を見れば、この軍隊の規律がいかに保たれているかがわかる。


「これを・・・・もしよろしければ」


シルバー先生は懐から大きな葉に包まれた『鳥肉』を取り出された。これは確か、師団長のテントで食事をいただいた際、先生があまりにも美味しいので持ち帰りたいとおっしゃったものである。


「あ、はい・・・」


兵の男は何だろうと思いつつ袋を開け、中身を見た瞬間に


「あ、ありがとうございます!」


と、子供のような笑顔を浮かべた。それで、持ち帰るとおっしゃったのか・・・私にはなかなかこのような気遣いがまだできない。


「あれ・・・」


テントの中を見るとカミルがいない・・・・


「カミル殿はルヴィア部隊長と一緒に出かけられました」

「どこに⁉」


私は思わず強く聞いてしまった。


「あ、いや・・・どちらに向かわれたか・・・」


シルバー先生が割って入るように声をかけてきた。


「ビル、カミルは子供ではありません。そのうち戻ってくるでしょう」


私に向けた言葉というより、警備の兵に気遣ったように思えた。このような手間を先生に取らせてしまい、しまったと思った・・・


「オレ、探してこようか?」

「あ、いや。大丈夫だろう」


幼きイーヴァンにも気を遣わせてしまった・・・・





テントの中の椅子に腰をかけ、先生は私にさっそく声をかけてきた。


「ビル、師団長のテントを出てから私に質問するべきことがあるはずです」


先生は珍しい質問のされ方をした。


「先生に問うべき事・・・」


軍隊のことか?内政のこと?民衆の情報?なんだ・・・・

私が思考を巡らしていると、比較的早く先生はその問いが何なのかおっしゃった。


「ビル・・・我々はこれから戦に入るでしょう」

「はい・・・」

「ペソンの街は比較的大きく5000人くらいの民衆がいるとのことでした。それに兵が800人以上・・・勿論これは、前線からの休息している兵と今後送り出されるはずの兵も含んでいますが、決して少ない数ではありません」

「はい・・・」


私はこの瞬間にも、先生がおっしゃろうとしていることがわかっていなかった。


「私たちはこの人を殺してゆくのですよ」


先生はゆっくりとおっしゃった。私の中で、何かが固まっているものが、先生の言葉によってずれを起こし、音を立てた・・・・


え・・・


何をおっしゃろうとしているのだ・・・?


先生から何も学んでいければ、多くの人が先生にこう問いただすだろう。

『何を言ってるんだ、あなたが仕掛けた戦争ではないか⁉する必要もないものをあなたが煽ったではないか?あなたが物語の主人公のように、《正義》という名のもとに《悪》を成敗するんですよね!』


この声は・・・誰の声・・・・?


『「私たちはこの人を殺してゆくのですよ」とはどういう意味だ。お前が人殺しをやろうと言い始めたんだろ!』


この声は・・・私の声・・・・?



今の私は・・・・どんな目で先生を見ているのであろう・・・・


「ビル、明日の朝、あなたに私はこう問いかけます。『なぜ我々はその人たちを殺してよいのか?』『彼らはなぜ殺されなければならないのか?』その答えを持たないで従軍すれば、敵であろうが味方であろうが、すぐにあなたは殺されてしまいます」


「はい、シルバー先生。今まで先生に教わったことを本質から問い直し・・・・」


私はどんな顔で応えているのであろう・・・・・


「できる限り客観的に・・・・」


今の私はどんな目をしているのであろう・・・


「なぜその人たちが『殺されなければならないのか』考えを構築してみます」


心がまるで動いていない・・・先生に対する完璧な答え・・・・私はいつから・・このような人間になったのだろう——————


先生に学ぶということは・・・人ならざる者になるということなのか——————



私はすぐに床に就いた。イーヴァンは疲れていたのか、すでに布で仕切られた向こうの部屋から、大きないびきが聞こえる。私はずっと天井を見上げる。私の心が全く消えたわけではない・・・今日は従軍できることに、どこか興奮のようなものを覚えていた。人殺しにワクワクしているなど、私の方が不道徳であるのではないか・・・イリアのレオナルド師団長に対する深い情は私を感動させた・・・やはり私の心は人間性を失ってはいないのか・・・いや、単に心が一々乱れているだけなのか。それに・・・カミルに対しも・・・・カミル、


バサバサ!


テントの入り口がなびいた。身につけた冷静さは、私を慌てさせない。すぐに飛び起きることなく聞き耳を立てる。


「はーーー、はーーーーー」


カミルの声だ・・・しかも泣き声だ・・・・・


「せんせい・・・・・せんせい・・・」


完全に何かがあった・・・だがまだ私は、寝たふりをしたまま聞き耳を立て続ける。先生の部屋の布が開く音がした。


「カミル・・・」


この先生の声は・・・まだ就寝はされていなかったのであろう。冷静さと同時に、柔らかい言葉・・・いつもの・・・人ならざる、気味の悪い温かい言葉・・・・・


「せんせい・・・すみません・・・・すみません・・・」

「カミル、落ち着いて・・・そこに座りなさい」


布の隙間からちらりとだけ、カミルが見えた。


服が乱れている——————


私は高い天井を再び見た。また心が動いていない。私は本来飛び出して行くべきではないのか————カミルに何があったか問い詰めるべきではないのか————もしも誰かが・・・ルヴィアがカミルを女性と知り、手を出したと言うのであれば、私は怒り狂った顔で奴の首を刎ねに行くべきではないのか————


私の心は完全に機能不全を起こしている。何日後に何百人と殺そうとしている私が、今は一人の女性のことだけ想っている。この膨大でとりとめもない、無限大の無秩序を順番に整え、己の中に収めた後に、他人を指示することなどできるのであろうか————



「せんせい・・・わたしは・・・あの男に・・・部屋に案内され・・・・」

「カミル・・・落ち着きなさい。あなたが今、口にしようとしていることは、本当に私に伝えて良いことなのですか・・・私はあなたから無理やり事情を聞くつもりはありません」


まあ・・・服の乱れからして、そうであろう・・・


「・・・・」

「あなたがここで私に話すと言うことは、どんな形であれビルをはじめ皆を知るところとなります。あなたは今、私だけに事情を話し、この状況をどうにかしようとしています。しかし私が今ここで聞いたことを、ビルたちに必ずある程度話さなければなりません。一度口に出した事は、なかったことにはできないのです・・・」


また先生の不気味な優しさ・・・・


「せんせい・・・・」

「今ここでしている会話も、誰が聞いているかわからないものなのです」


そんなことないですよね、せんせい。私が聞いているなんて見通しですよね?


「・・・・・・」

「話したくないことは話さなくてよいです。必要なことだけ断片的に・・・・」


先生にとっては、断片的な情報で充分ですものね。それに『話さなくても良いといい』と言いながら『断片的に言ってください』と真逆のことをすり替えて行く・・・さすが先生です————


カミルは興奮した鳴き声のまま、断片的に話し始める。


「ルヴィアが・・・・部屋に誘ってきて・・・・はじめは、武器とかいろんなものを見せてくれて・・・・それで、途中から・・・・・・・先生たちが何の話をしていたのか聞かれ始めて・・・・」


ルヴィアが内情を探ろうとしていた・・・?だから一番初めの時にも、テントを退出しなかったのか・・・ではなぜ途中で退出した・・・いや、カミルとの距離を縮めることを優先させた?つまり、ルヴィアは、カミルが初めから自分のことを気にしていることを知っていた。


「オレ、全然詳しいことは聞いてないって言ったんだ・・・・でも・・・・なんかしつこく聞いてきて・・・・そのあたりから・・・・思ったより嫌なやつだと思い始めて・・・・・そしたら・・・・そしたら・・・おまえ・・・・・お・・・だろ・・・て」


言葉が途切れた・・・・私の体の中で鉄の焼ける匂いがしている・・・今私はこの寝床から飛び起き、剣を持ってルヴィアの首を刎ねに行けるであろう。私はやはりまだ人なのか・・・・心を乱す未熟者なのか・・・・・


私は先ほどまで、何度も心の中で先生に罵声を浴びせていた・・・・こんな冷静で、こんな論理的な罵声があるのであろうか・・・・・


もしも・・・もしも先生が・・・カミルがこのような結果になることを知っていて、あの時『いっても良いです』という笑みを返されたのだとしたら・・・・

先生は自らの言葉から発したことで、多くの人の命が奪われることを、どのような思考で、論理で、哲学で・・・いや『直感』で自分の中に治められているのか・・・・・


私は寝ることにした。明日の答えなどどうでもいい。それが今の私になすべきもっとも最善な行為だと思った——————


いつか先生に聞いてみよう。

『こうなることがわかっていて、カミルを送り出しましたか?』

恐ろしく冷静な思考が、静かな音を立てる——————






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