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風と静寂  作者: 佐竹武夫
第九章
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第九章 第五節

「カミル、お前は何を言っているんだ?」


グスタフは少し青ざめた表情で、なだめるようにカミルに向かって言った。


「おやじ、そのままだよ。オレはもう、とにかく嫌なんだ」

「いやって・・・人形劇をやることが?」

「違う、そうじゃない!いやそうかもしれない!!そんなことはわからないが、おやじは自分が首を絞められて、何年も生き続けられることができるか!」


カミルの声が部屋中を響き渡る。

一瞬フィリップが何かを言おうとした。しかし、その前にカミルの祖父が前に出てきて、恫喝ともいえる低い声で言葉を放った。


「いい加減にしろカミル、もうしゃべるな」


おそらく、彼は今までこうして自分の家族を押さえ込んできたのだろう。しかし、今のカミルにそれは通用しない。火に油を注ぐだけだ。


「オレは黙らない!」

「!・・・・」


カミルの祖父が気圧される。自分の孫娘にこのような反応をされたことは、一度もないのだろう。


「それじゃお嬢ちゃんは、舞台の上で踊るってみるのはどうだい?」


フィリップは冗談交じりに言ったが、キッとカミルは睨み返す。


「・・・・・」


『なんだコイツ』と言わんばかりの表情をフィリップした。そこに、もう一人の子分がやや小さい声で椅子に座っているフィリップにささやいた。


「人形劇の時、あいつが全部声をやってたんだ」

「なに?あれを全部、一人でか・・・・・?」


フィリップは品定めをするようにカミルを見た。


「そいつは外すわけにはいかねぇな・・・・・」


一瞬の沈黙が走る。シルバー先生はそれを待っていたように、静かに優しく、丁寧に口を開いた。


「ちょっといいですか」


一同がシルバー先生の方を見る。


「なんだ?じじい。おめえには関係ねえだろ。黙ってろ」

「関係なければここにはいません」


先ほどとは打って変わって、音の鳴るような返しをした。


「あ?・・」


フィリップが先生を睨む。


「てえめぇ」


椅子から立ち上がり、腰の剣に手をやる。


「!・・・」


グスタフ、カミルの祖父に緊張が走る。カミルの母は怯えている。


「剣は相手を見て抜きなさい」


シルバー先生はまるで諭すようにフィリップにいう。


「手をかけるだけで収めるとテイが悪いですよ」

「・・・・」


フィリップは歯ぎしりするような顔をしていたが、まるで石にされたように次の行動に移れない。シルバー先生は彼の面子を潰さないよう、わざと間を開けずに次の言葉を発する。


「先ほどからお話を聞いていますと、グスタフさんは交渉の余地がある感じがしますが、この人、カミルはあなた方と同意は形成できないように思われます」


一同は先生の話を聞くしかない状態になっている。フィリップ側もグスタフ側も何かを言おうとするが、何を言ってよいかわからない状態だ。軽く口が開いているが、言葉は出ない。


「さすれば、この方はこの方の道を歩まれ、ほかの方々は自分たちが交渉したい相手と、お話を続けられれば良いのではありませんか」


そういうとシルバー先生がカミルに視線を送る。


「参りましょうか」


と、この場から立ち去ることを促す。明らかに『拙速』である。つまりこの『拙速さ』の裏を返せば、シルバー先生はわざとそのようにしているはずだ。そしてそれは「これにて終了」とは決してならないことを、充分理解している行動とも言える。


「まちな!」


フィリップが先にしびれを切らす。


「てめぇ何勝手に、さっきからやってるんだよ?」

「わたくしは何もしていません。この方が意思を示している、ただそれだけです。あなた方がその意思を無視し、押しつぶそうとしたところで、この方はそのことについて先ほど明確に拒否を示されました。皆さんはそれにまだ気づいてないふりをするのですか」

「そんなのは関係ねえ」

「意味のない言葉を発するのはやめなさい。あなたは先ほどから『関係ない』という言葉をただひたすら連呼しているだけです。それは、あなたの中で主張すべき正当性が、何一つないということを表しています」

「ごちゃごちゃうるせい!」


フィリップは勢いに任せて剣を抜いた。私は一瞬身構えた。イーヴァンも同じである。

「剣は相手を見て抜きなさいと言いました!それを抜いてどうするというのですか?私を斬るのですか?斬ったらこの方が、あなた方に従うと思うのですが?私は丸腰ですが、この方は腰に剣を携えていますよ。この方と斬りあうのですか!」


再びフィリップが石になったように固まる。私はここまで言論を武器として使う先生を始めてみた。明らかに先生の言葉は相手の行動を制している。相手の心を一瞬で乱し、直情的になったところで、状況と思考の川に相手を呼び込む。一瞬で引き込まれた瞬間に、相手は自分が何の行動をとっているのか「分からない」という呪縛にかかる。


「あんた、これはうちの家族の問題だ。ほっといてくれないか」


今度はカミルの祖父が口を開いた。さすがここの場での年長者であり、一見筋が通ったような話しぶりは、これまでカミルを『家族』という名の牢獄に閉じ込めるには充分であったといえよう。


「あなたはまだこの方が、あなた方と家族だと思っていると思いますか」

「な!・・・」


先生の相手を揺さぶる言葉は容赦ない。私はそれでも先生に鍛えられているので、一瞬の暴言や煽り文句にかなり耐性がついている。先生から基本を学ぶ時、はじめに教わること・・・


『言葉には意味がない』——————


この本質を芯から理解をしていれば、先生の言葉に動揺することはほぼない。

カミルの祖父の顔がどんどんと紅潮する。怒りでワナワナと肩が震えている。


「何十年も一緒に暮らしてきたわしらのことを・・・・生まれてからずっと見ていたわしら家族のことを・・・・昨日会ったお前らに何がわかる」


頭の中が冷静さを保てていれば、つい先ほど先生が口にした「彼らは長い付き合いで」ということが、全くも嘘だったとフィリップ達は分かるはずである。しかしみな、冷静さを欠いているので誰もそのことに気づかない。


「何十年も一緒に暮らしてきて、この方の気持ちを理解できてなかったのですね。今この時点でもあなたは、この方の気持ちを理解しようとしていません。これまでがそうであったように、気持ちを無視して自分の都合で閉じ込めていただけです。ここに至ってもそれが理解できているとは思いませんが、どうすればいいのかわからない・・・ただそれだけですよね」


シルバー先生はカミルの方に目線を移し


「ほら、この方の表情を見てください。私の言葉を否定している色が、どこにあるでしょうか」


一同の視線がカミルに集まる。その顔はシルバー先生の言葉を否定しておらず、むしろそうだと言わんばかりの目つきをしていた。


またしばらく、沈黙が訪れる。


罠だ・・・・先生は罠を仕掛けている。先生にはこの後、彼らに語って欲しい言葉がある。それは私にも分かる。ここまで彼らは、少しでも自分たちの体裁を保とうとしていた。彼らはそれが難しいことを今思い知った。つまり彼らの、次に取る行動は・・・・そしてその先にしか、あるべきところに行き着く道はない。


「本当にうるせえじじいだな」


きた!・・・あの吹っ切れた表情


「お前が口で何をごちゃごちゃ言おうが、ここの部屋から安全に出れると思ってるのか?」

「もちろんです」


いきなり相手の言葉の出鼻をくじく。


「はあぁ、馬鹿じゃねえのか?」

「強き者がその強制力を働かせることができる。それは我々の方だから当然です」


フィリップは一瞬止まったが


「はははははは!おい、お前ら聞いたか?なんか線の細い男と、爺とガキしかいねえのに、こいつら馬鹿じゃねえか?」

「強き者とは、力と知恵と心を持つ者のこと。力だけが強いことだと思い、目の前の相手をまともに見ない人間に、勝機が訪れることはない」


「おいおい、別に俺たちはカードゲームで決めようっていうんじゃないんだぜ」

「勿論だ。当然武力においても、我々が上だと言うことを申しているのです」


フィリップは今までで一番冷めた眼をした。この男は間違いなく、ここに至るまでに何人か殺している。周囲の仲間たちも同様であろう。私は足元から床の冷たさを感じた。


「じじい・・・二度としゃべれないように、体の頭をバラバラにしてやるよ」


フィリップ剣を構えながらこちらに近づく。もう一人の部下も剣を抜く。わたしも剣を抜いてシルバー先生の前に出る。後方ではイーヴァンがナイフを抜いて構える。


再びこの部屋時間が止まる。左右に目をやったが、両サイドにいる4人は武器を抜かない。正面の大男も戦闘態勢には入っていない。フィリップはある程度まで近づいたが、それ以上は来ない。睨み合いというより、不思議な時間が静かに過ぎる。


「あまり暴れてはいけない事情がありますね」


突然シルバー先生は口を開く。相手は何も反応しない。


「この上の階に、その理由がありますね」


フィリップは少しだけ眉を動かす。


「どうでしょう。下の階であれば三階の人には気付かれないで済みます。そこで一対一の3人勝負でどうでしょう。こちら側が一人でも負ければ、私たちは何も言わずに立ち去ります」

「・・・・・・・・わかった」


フィリップはそう言うと、下の階に降りていった。私たちも続いて下の階に降りていく。先生のおっしゃられた「この上の階」が何を意味するのか私にはわからなかったが、今この場は先生にすべての流れを任せるしかない。


一階部分は酒場のような場所であった。右側にはカウンターと、その奥にお酒の並んだ棚がある。床は2階部分でよりもずいぶん汚れていて、いくつか大きく傷ついた穴もある。おそらく気性の荒い連中が、何度も揉め事を起こしたのだろう。机と椅子が両脇に寄せられた。


「そっちの一人目は誰だ」


相変わらず冷たい目は変わらない。いわゆる人殺しの目だ。フィリップのほうは大男が前に出てきた。右手にはいつの間にかシミターがあった。


「ビル・・・行ってもらえますか」

「はい・・・・」


私はゆっくりと中央の方へ向かった。アレルの町で同じようにシミターを持った男にこっぴどくやられた。あの時は非常に冷静さを欠いていた。アカデミーで剣術を習っていたが、それを充分に発揮できないぐらい、いつも心を乱していた。私はあの時以来、命を守るために、早朝に鍛錬をできる限りやっていた。今の私は冷静さを保ちつつも、絶対にこの場は負けるわけにはいかない、負ける未来などないと確信を持っている。


「うおおおーーー」


合図もなく、男がシミターを振り下ろしてきた。瞬時に体を捌き、相手の右側に滑り込む。


シュッ


一斬り——————相手の腰に傷をつける。


「ぐぁああ」


体の向きを変え、大男は右手を大きく払うように、私に太刀を向ける。


ザ!——————


当たらない距離だけ後ろに下がり、自分の目の前を銀色の光が横切った瞬間に踏み込む!


シュッ!——————


今度は先ほどよりも深く縦に、男の胸を貫く


「が!!!」


大男は興奮しているのだろう。自分のダメージも分からず、再び大きくシミターを振りかざす。おそらくこの時点で誰もが、この男に勝機がないとみているだろう。それが分かるくらい、今の私は冷静であり集中している。『今まで命がかかった場面で、かくも冷静さを失っていたとは・・・よく死なずにここまで来たな』そんな言葉が頭をよぎる。恐れは全くない。巨大な体の懐に入り込む。一瞬だけ、一瞬だけ躊躇ったが、私の剣は相手の脇腹を貫く。


「うがああああああ!!!!」

「やめろ!」

フィリップが叫んだ。

「コイツの負けだ!」


先ほどからいた4人の部下たちが、大男を支える。


「うごおお、うごお!!!」

「すぐに治療してやれ!」

「はい!!!」


4人が担いで、奥のほうの部屋に行く。まあ、死にはしないだろう—————私は恐ろしいほど冷静だ。私は先ほどフィリップの目を冷たく感じた。だが客観的な視点から見るこの私は、奴のその目よりもおそらく冷たい目をしているではないか。集中することが、客観性を持つことが、私をこの顔にしているのか・・・それともここまで歩んだ道のりが、そうさせているのか・・・また私は考えるべき事が増えた。私は人が変わってきているのか・・・それともこれが私なのか・・・・

先生に目を送る。相変わらず何も反応のない目で、こちらに返事をする。


了——————


そんな返事だ。


「二人目ですね」


シルバー先生は全く感情のわからない口調で言葉を発した。フィリップは先ほどまでの冷たい目から、完全に変わってしまった。汗がにじんでいる。怯えている。おそらくあの大男が、もっとも自分の手札で強いやつだったのであろう。もう一つ、頭の中がおそらく混乱している。こちらがあと2人誰を出すのか。先生、私は分っています。もうこの時点であいつらに勝ちはありませんね。

フィリップが目配せをする。先ほど人形劇をやっていたところに来た、もう一人の子分だ。


「マルセル、いけ!」


マルセルと呼ばれた男は、自分の怯えた心を悟られないように、なんとかその強張った表情の上に、怒りの衝動を乗せようとしている。相手が中央に出てきて、ようやくシルバー先生が声をかける。


「イーヴァン」


言われてすぐに、イーヴァンが前に出る。皆は分かっていたはずだ。だがそのわかっていると、私の分かっている意味が違う。彼らは頭でしか分かってない。目の前に幼き男の子がナイフを持って相手を睨む。フィリップもカミルたちも、本当にこの子供が戦うのかと、たぶんこの瞬間も信じていない。マルセルという男も、もちろんである。だが先ほどの大男の状況を見て、奴らにイーヴァンを小馬鹿にする余裕は全くなくなっていた。






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