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風と静寂  作者: 佐竹武夫
第九章
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第九章 第四節

======================

「そこに誰かいるのか」

「わたくしはとある王国の者」

「おっと驚きだ、お姫様がこんなところに捕まっているとは。大方借金のカタに売り飛ばされたんだろう」

「無礼者!」

======================

人形劇では『風の盗賊ジャン』が盗みに入った先で、とあるお姫様を見つけてしまうというシーンに差し掛かっている。


「彼女はビル、あなたにとって必要な人だからです」


私は目の前でシルバー先生が正面切って言われた言葉を、理解しきれてない。


「先生、それは以前、わたくしに『川底の砂利』についておっしゃられたことと同じでしょうか?」

「そうですね。しかし、この度に関してはあなたのことです。あなたがこの流れの中でその姿を見定めて行かなければなりません」


======================

「いいから私の馬乗れ!」

「しかし、わたくしは・・・」

「お前は私が盗むのだ、今日から俺のものだ。さあ、乗れ!」

「は、はい!」

ジャンの馬の人形に、お姫様の人形が乗る。

「ここからは通さねえ!」

ジャンをカキワリの悪党たちが囲む!

「全く、身の程わきまえ無い連中だ!」

人形ジャンの剣が抜かれる

======================


ゴンゴンゴン!


突然荷車の柱が強くたかれる。人形の動きが止まる。カミルの母と祖父が何事かと舞台の方に顔を覗かせる。なんとモルガンの子分が、持っている剣の鞘で柱を叩き


「今日はここまでだ!続きを見たいやつは、また金をもって準備してこい!」


と再び激しく柱を叩きながら叫んだ。観客たちは多少不満をもらすが、モルガンの子分たちに言われては仕方がない。座っていた人たちは立ち上がり、奥で立ち見をしていた人たちも残念ながら散っていった。舞台の裏からカミルとその父グスタフも慌てて出てきた。


「お前ら、これは一体何のつもりだ!」


グスタフが大声で、モルガンの子分の一人に詰め寄った。だが全く悪びれる様子はなく


「これでいいんだよ。あんたそもそも、商売というものがわかってない」


と、ニヤニヤしながら云った。


「!・・・」


その態度を見て、グスタフは初めてこの連中に、何らかの作為があることに気付いた表情をした。そのため剣を抜こうとしたカミルを、グスタフは片手で制した。


「親父⁉」

「カミル、押さえろ・・・」


もう一人の子分が近寄ってくる。


「さっきの建物に来こい」

「・・・・」


グスタフは一瞬考えたような表情したが、断るという選択肢はないことに気づいたのか


「わかった・・・だが今度は他の者も一緒に・・・」


本人一人で先ほど失敗をしている。カミルやカミルの祖父も連れていき、失敗のないようにしようとしているのであろう。


「別に構やしないよ」


男の一人はニヤニヤして言った。


「では私たちもよろしいでしょうか」


突然シルバー先生が彼らに声をかけた。私はびっくりした。それはカミルたちも同じだった。明らかに不穏なことが起きており、普通であれば関わりたくないと思うこの状況。なのに、知り合ったばかりのこの老人は、何事もなかったように、敵のアジトについて行くというのである。


「なんだ、お前は?」


睨みをきかせながら子分の一人が言ってきた。私でさえも『相手はそう思うだろうな』という発想にしか至らない唐突さである。


「わたくしはシルバーと申しまして、彼ら一座と随分と前から旅を一緒にしています。持ちつ持たれつで、お互いを助け合い、まあモノやカネの貸し借りし合いながらここまでやってきました。この街を出た後も一緒に旅をする予定の同行者ゆえ、何かありましたらと思い、ご一緒させて頂こうと思いました」


シルバー先生は、よくも簡単にこんな嘘をつけるものである。彼らと会ったのは昨日。それを相手がわからなければ、こんなにまで息を吐くように嘘をついて良いものなのか。私はまだシルバー先生のことを。本当に分かっていない。


「そんなこと、俺たちは知らねえ。関係ないやつはここにいな」

「申し訳ありません。先ほど私たちと彼らの関係性をご説明したと思うのですが・・・仁義を重んじ、情を慮るモルガン一家と聞いております。ここまで旅を一緒にしたこともあり、彼らが困ることがあれば力を貸したいのです」


シルバー先生は暖かく、やさしそうな笑顔をグスタフに向けた。グスタフは相手に気圧される雰囲気は出していないが、不安の要素は必ずある。その陰りが薄く広がり、そのせいでモルガンの子分たちが『弱い者を虐げている』という空気感を演出する。これは彼らにとって望ましくない状況である。


「勝手にしろ」


そういうと子分たちは、一番はじめにグスタフが訪れた建物へと向かった。


「皆さんで参りましょう」


なんとなく、カミルの母親と祖父は残る流れだと思ったが、一同で建物に向かうこととなった。


「でも荷物が全部・・・」


さすがに不安になり、カミルはシルバー先生に声をかける。


「大丈夫ですよ。モルガンさんのところに向かうのです。その相手の荷物を奪う人は、この街には居ないでしょう。先ほどの住人の人たちの表情と行動を見ればわかります。それに、全ての荷物を奪われたとしても、我々で向かう方が大事です」


カミルは私に目を向けた。私は彼女を安心させるため一つ頷いた。不思議なものである。人形劇が始まる前、私は彼女の前から去ろうとしていた。なのに、今の私は彼女とごく自然に視線で会話をしている。シルバー先生の言葉に、カミルの祖父が不満そうな表情をした。だがどう考えても、今は自分たちが良くない状況にあることは理解をしているようで、あまりにも明確で透き通った言葉を話すシルバー先生に反論する状況にはならなかった。


モルガンのいる建物が見えてくる。黄色い煉瓦造りで3階建だ。この場でシルバー先生と何か隠れて話すのはよくない————その行為はモルガンの子分たちに、変な隙を与えてしまう。そう思っていた私のところに、スーとシルバー先生が近づいた。


「この度は私が対応します。よく見ていなさい」

「!・・・・」


さすがに驚きを隠せなかった。このように、まるで相手を打ち倒すような(もちろん本当の意味は違うがそう受け取られるような)言葉を発せられる先生を初めて見た。ともすれば自分の中に『やるぞ』一つ気合を入れた様にも感じられた。我々は『川底の砂利』だと先生は表現されている。行き着くところに行くのだと。その言葉と相反しているとしか思えない言動である。『川底の砂利』と、どのように合致しているのか、またなぜ相反していないのかと、私の中で組み立てることはまだ容易ではない。今の私には明確な意志を持って、(自惚れかもしれないが)私のために動こうとしている先生の後ろ姿が見える。



建物に二階に上がると、それなりの広さがある応接間に来た。中央奥には大きな机と随分と高級そうな椅子がひとつある。そこに、先ほど来ていたモルガンの子分の一人が座った。その正面にグスタフ、その隣にカミル。少し離れた後方にシルバー先生と私とイーヴァンが立っている。さらに奥の壁際にカミルの母親と祖父はいてもらった。このふたりは身の安全を考え、なるべく目立たない方が良いと思った。机の周りには、先ほど同じく表にいた子分と、随分と大柄で力のありそうな男が控えている。さらに壁の両脇に2人ずつ立っている。しかしその四人は意外と年上で、中央で偉そうにしている3人とはやや雰囲気が違う。


「改めて自己紹介をする」


椅子に座っている男が口を開いた。


「俺の名前はフィリップ・デュラン」

「!・・・あんたモルガンじゃないのか⁉」


グスタフは驚きの声を上げる。カミルも驚いたような表情をする。

彼(彼女)の場合は、「目の前の男をモルガンと思っていた」というよりも、今さらに良くないことが起きていると直視した反応であろう。我々は随分と前からそうではないかと察していたが、やはり一般的にそこまでの観察力と分析力を持つのは非常に難しい。(私も先生に会う前や、会った直後は当然そのようなことはできなかったが)


「なあに、俺が今モルガンの代理だ。全ての仕切りが俺に任されている」

「・・・・」


グスタフは激昂している。彼の感情は既に大きく振り回されており、この時点で負けと言っても過言ではない。そんな父親の姿を見るカミルも、気圧されないように踏ん張っているが、頭の中の組み立ては何もできてない。

私は集中する。先生がご自身で、この度は対処されるとおっしゃった。私は全身で集中し『私一人』であったとしても形作ることができる『シミュレーション』を試みる。


「あんた達の人形劇は、ありゃすげーな。町のやつはみんな大興奮だ」

「そ、それは・・・まあな」

フィリップが大げさに褒めるとグスタフは『褒められて悪い気はしない』感じに一瞬なった。これでグスタフの攻撃的な興奮度合いの鼻が折られた。

「ふっん・・・」

フィリップは小さく鼻で笑う。自分がうまくいっていることをすぐに感情に出してしまう奴は、それだけで不利な状況に置かれることを知っていないといけない。(自戒も込めて)


「だがあんたたちは商売というものがなんだか分かってない。さっきの劇の中でお前たちは、今日物語の終わりまでやろうとしたよな?」

「?・・・」


グスタフもカミルも頭に疑問のマークがつく。一瞬後ろに目をやるとカミルの祖父も同じような表情をしていた。


「それじゃだめだよ。安い金払ってあいつらが満足しちゃう。こりゃ見世物としては最悪だな」

「どういうことだ」

「客には少しずつ見せていくんだよ。そうすると奴らは次にも金を払う、いや、次は金を誰かに借りてでも見たくなるもんなんだよ。そう思わせて、次々とそいつらから金を奪っていく。これが商売ってやつだ」


私は今まで生まれてから『商売とは』『見世物とは』などと考えたことはない。そして今ここで、それを概念形成し組み立てていくべきだとも思ってない。私の直感はこの部屋に居る人々が、この瞬間どのような力学を用意しているのか、という徹底的な観察が求められている。(もちろん全く揺れ動きを見せないシルバー先生は対象外だが)フィリップの発した言葉に、グスタフもカミルも完全に飲まれている。いけると思ったのかフィリップはそのまま言葉を重ねる。


「だいたいお前ら、明日はどうするつもりだったんだ?」

「それは・・・いつも一つ目の劇で人気が出たらあと二つ三つやる。それで客足が遠退いたら次の街へ向かう。俺たちはずっとそうして暮らしてきた」

「もったいねえ、もったいねえ。お前らもっと儲けられるんだぜ!同じ内容を何度もやって、見てないやつがいなくなるまで、見たいやつが飽きるまで見させてやるんだよ。そんで次のやつをやるんだ」

「だが、そんなにずっとみんなは見たがらない」


グスタフはおそらく経験上そう言ったのであろう。しかし、やり取りを進めることが、すでにフィリップの話に乗ってしまったことを彼は気づいていない。


「見たがる奴はいくらでもいるさ。集めてくるんだよ、この街に。実は踊り子や大道芸をやる劇場を作る予定なんだ」


話が突然大きくなる。ここまで来ると彼らが言っていることが、本当かどうか私にもわからない。しかし私は精神的にも試行的にも落ち着いている。彼らの言っていることが、本質でないことを理解できている。私はまた周囲を見る。シルバー先生、イーヴァン以外はみんなまるで操られているような目になってきている。その理由は、次々とフィリップの口から放たれる言葉に、頭の処理が追い付かないのだ。本質を一瞬でつかみ、それ以外をあっさりする捨てることはあまりにも難しい。


「つまり・・・」


グスタフがむしろ、相手の言いたいことを言わすための言葉を口にし始めている。


「俺達と組んで大儲けしないか。お前ら人形劇をでっかい舞台でやるんだ。この国中から人を集めて」


「そんなことを・・・・突然言われても・・・」


カミルは一瞬不安な眼差しを父親に向け、そして今度はこちらを見た。私はまっすぐ彼女を見返す。安心させるという目ではない。しかし冷静さを保ち、決して揺るいでいないその目を見せた。


「どうだい?悪い話じゃないだろ。そしたら貧しい旅芸人とはおさらばさ」


確かに悪い話じゃない、いや人によっては随分といい話にも聞こえる。だが大事なのはその話を誰としているかということだ。今、目の前の話をしている連中がそれに値するかと言われれば否であろう。ここまで騙してきているのに、これから騙さないはずがない。


「あんたたちの家も準備している、当面の生活費は・・・」


机から袋を出す。量が多くないが銀貨だ。


私はここまで流れている風をよむ。どこにでもある話だ。フィリップたちが彼らのものをただ奪おうとしているわけではない。もちろん奪おうとしているものもある。それは彼らの自由だ。カミル一家はここまで自由に生きてきた。しかしそれは彼らが選択したものではなく、その道しか知ることがなかった。ただそれだけである。そして彼らはフィリップたちの奴隷としてこき使われるであろう。しかしこの世界にはそんなものが当たり前だ。農夫は土地を借り働かされ、役人は地位をもらい命令され、兵は武器をもらい殺し殺される。皆そうして生きている。


先生・・・少しわかりました。今私たちがこの場に居るのは、単純にこの男たちからカミル一家を守るためではありませんね。今ここで繰り広げられていることは、今のわれわれの社会のごく自然の営み。しかしその中で一つだけ違うとすれば私たちと、いや私とカミルが出会ったということなのですね。それがこの先に何を意味するかわかりませんが、先生はそれを初めから感じられていたんですね。カミルと出会った時、今までに見せたことのない先生の柔らかい表情、安心感。私が運命と出会っているのに、私はそれに気づかず、先生がそれを気付かれ、感じられていたのですね。


「わかった」


突然の声に、一同が一斉に振り向く。その言葉を口にしたのはカミルの祖父だった。フィリップがニヤリとした。すでにその表情を隠すつもりがない。


「わしらは旅をするのにもう疲れた。何代にも渡ってこの生活を続けて来たが、もう限界じゃろう」


グスタフは一瞬驚いた表情をしたが、まるで肩を落とすように瞼が落ちた。

カミルは目を見開き、少し肩を震わせている。


「昔は生きることが難しく、定住する者は少なかった・・・・生きて行くために土地を離れる者が沢山いた。じゃが今はもうそういうじゃない。だから跡取りを見つけることも探すことも難しくなってしもうた」


隣でカミルの母も少し肩を落とす。祖父の言葉この一家では絶対的である。しかし彼女は意気消沈をしているというよりも、どこか安堵の表情にも見える。


「孫娘にこんな格好をさせるのも、もう終わりにしたい」

「娘⁉」


フィリップをはじめ、ほかの連中も驚き、カミルにその視線が集中する。私は直接聞いているので当然知っている。シルバー先生もわかっていた。イーヴァンは何のことだか解ってない表情をしている。


「ほおお、女だったのか・・・」


フィリップが意味ありげに口角を緩める。しかしカミルは、フィリップに対してももちろん周囲のリアクションに対しても、全く反応していない。先ほどから瞳孔を大きく開き、口元をわなわなと震えさせている。


「いやだ!」


カミルが叫んだ!


「オレは嫌だ!」


グスタフも、カミルの祖父の母も唖然とした表情でカミルを見ている。おそらく今まで一度もこのようなカミルを見たことがないのであろう。


「もう嫌だ!爺の言うことを聞くのも、親父の命令に従うのも!」

「おまえ、もうつらい旅をしなくてもいいんだぞ」


グスタフが肩に手をやろうとしたが、その鍛えられた腕で父親の手を振り払った。


「そんなことじゃない!つらい旅をさせられ、男の格好をさせられ、こんなに太い腕になって・・・でも今までのことなんてどうでもいい、もう命令だけ聞いて行きたくないんだ!これからこいつらの命令を聞かないといけないなんて!!死んでも嫌だ!!!」


驚いた表情を見せる父や母。

明確に不快な表情を見せるフィリップ。


彼女は強く拳を握りしめる——————

彼女の中で、何かが産声を上げた瞬間である。







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