第八章 第五節
翌日、われわれは早朝(それも人気がほとんどない時間に)城の外へ追い出された。シルバー先生がルグラードとどのような話をしたか、落ち着いてから聞くべきだと思った。まだ日は全く昇っておらず、初夏であるが風が非常に冷たい。
「じいちゃん、ビル、結局ここに来て何も食べてないよ」
幼いイーヴァンは情けなくも、さすがにへこたれた表情をしていた。
「よくここまで我慢しましたね。しかし、早めにこの街は出た方が良いでしょう。ゆっくりするのは次の街に行ってからです。あまり足しになると思いませんが、とりあえずこれを」
先生はそういうと、干し肉のようなものをイーヴァンに手渡した。
「わあああぁ」
イーヴァンは目を輝かせ嬉しそうな表情をした。普段であれば先生の食べ物を奪うことを、確実に止めるのであるが・・・まあこの度は仕方がない。それにイーヴァンもここまでよく頑張ってくれた。
「はむ・・はむ・・」
イーヴァンは干し肉を思いっきり嚙みながらうれしそうに先頭歩く。
「先生、お怪我はありませんか?」
まだここでも、ルグラードと何を話したかは聞くべきではないと思い、それ以外のことを聞いた。
「私は大丈夫です。それよりビル、あなたの肩の傷は大丈夫でしょうか?」
「はい、イーヴァンが適切に治療してくれたので」
私はそう言いながら右肩を軽く回す。
「よかったです」
「それにしても・・・・」
と言いかけて言葉を止めた。想像したよりも早めに我々が解放されたことを話そうとした。しかしその話をしてしまうと、必ずルグラードとの会話のことになってしまうと思った。ここはまだあの『手を揉む男』のテリトリーである。細心の注意を払わなければならない。
「あれ!」
急にイーヴァンが、声を上げて前の方に駆け出した。前方に兵士が2人いる。彼らは立ち止まって振り向いた。なんと眉の太い男とそばかすの男である。
「おお!」
彼らも私たちの方に気が付いた。イーヴァンが眉の太い男に近づくと彼は
「なんとか出られたみたいだな」
と嬉しそうに言った。彼らはこれから街の入口近くにあるヴァーデン(伏影小屋)に向かっている途中だった。
「それにしても、お前にもらったミエリクレールの菓子はうまかった、なあレオン」
「ははは・・・」
眉の太い男は私にそう言い、レオンと呼ばれたそばかすの兵士は苦笑いをして顔をポリポリと掻いた。我々は方向が同じだったのでヴァーデンまで一緒に歩くこととなった。『手を揉む男』の話題をすることはやはり危険だと思い、終始一貫雑談に努めることとした。あえて先生のことも紹介しなかった。
「レオンの奴、実はこっそりあのお菓子を彼女のところに持って行ったんだぜ」
「へー」
「オレは・・・そういえば名前を言ってなかったな、ロランって言うんだ」
「ロラン・・・」
「まあしがない一兵士さ・・・息子と妻がいたんだが、どっちも戦で死んじまって。あの菓子を墓に持ってっても意味がないから自分で全部食っちまった」
想像でしかない——————想像でしかないが、彼がお菓子を食べた時、目を潤ましていた。自分の妻と子供食べさせたいと思ったのではないか・・・・彼の優しい笑顔を見ると、相方のレオンが彼女に食べさせたことを、本当にうれしく思っているのだと思った。
そこからはお互い、あまり話はしなかった。
「なあなあ、その鎧重くないか?」
イーヴァンがたわいもないことをレオンに聞く。すごく緊張する性格であろうレオンもイーヴァンとは話がしやすいみたいで、
「大丈夫さ、俺たちはこれを着て戦わなきゃいけないんだぞ」
と少し胸を張った感じで言った。少し町を出て周囲に林が見えるところにきた。
「ヴァーデンはまだ遠いのですか」
「ちょうど目の前の丘があるだろう。ここからは見えにくいがそこを越えたところだ」
遠くを指さしながらロランが言った。
ヴァーデンは城の防衛のため、監視の重要拠点だ。敵と最初に接触する可能性が大きい大変な任務だ。またこの町に来た時まで元気でいてくれれば、話せることも増えるだろう。もう少しで日が昇る。しかし少し林が茂っており、むしろその暗さで視界が遮られる。
「!-」
一瞬だった。明らかにロランが私を庇った。私は瞬間的に剣を抜く。目の前の・・・私を庇ったロランの首筋から大量の血が噴出する——————
ロランの奥に見えた陰に私は剣を振り下ろした。相手を切ったが致命傷は与えられない。
ザザザザ!
周囲に4人、全身黒ずくめでナイフを持った男たち。
ばたん
ロランが倒れる。一瞬目を向けたが、周囲の敵に隙をつくるわけにはいかない。すぐにシルバー先生の護衛につく。
「ひぃーーひぃ!」
レオンは腰が抜けたように地面にヘタレこんだ。
ここまでが一瞬であった。そこから体中に怒りが湧き上がってきた。眼球が以上に膨張する。衝動を抑えられない。
がっ!
2人いっぺんに攻撃を仕掛けてきた。一人に剣を振り、
ひとりに対応しようとした時、なんとイーヴァンが敵の背後に、首を締め上げるように回りこんでいた。野獣の目をしている。ナイフを取り出し、黒ずくめの首を掻き切ろうとした瞬間
「ダメです!殺しては!」
シルバー先生が叫んだ。なぜだ、こっちはもう殺されている。いや、ロランという男がこっち側かどうかわからないが、だが!——————
私は先生の指示に従い殺さない、が私の瞳は完全に相手を殺しにかかっている。次の2人が攻撃を仕掛ける。即相手のナイフを弾き飛ばす。一人を蹴り飛ばしもう一人を斬りつける!すぐに次をにらむ!私はこの世のものと思えないような顔をしていたかもしれない。足元にロランが転がっている。おそらく助かりはしないだろう。
ザッ!
一瞬相手が動いた瞬間に、深く入り込み斬りつける!
「うあああああ!!!」
相手を殺したい衝動が抑えきれない。私は腹の底から叫びあげた。相手が気圧された瞬間、イーヴァンが相手の懐に入り込み脇腹を斬りつける!傷を負い傾いた時に、その首をたたき落としたい衝動に駆られる。黒ずくめの 2人が倒れ、 2人が先ほどよりかなり遠巻きなっている。
先生、私はいつか分かる日が来るのでしょうか?
なぜ彼が死ななければいけなかったのか——————
なぜこの連中を殺してはいけないのか——————
なぜよりによってロランとここで会ってしまったのか——————
なぜあれだけ警戒していたのに——————
なぜ一番はじめに『今までで最も厳しくなりそう』とまで思っていたのに——————
「あああああああああああ!!!!!!!!!」
この世界に、すべての人に聞こえるように大声で吐き捨てた。
私達を襲ってきた4人はさらに距離を置く。その向こうからひとりの男が来た。同じように黒ずくめをした男。
そいつは両手を揉んでいた————————————
「シルバー先生」
『手を揉む男』の声は思ったよりも年齢がいっていた。私はやつの姿を注視していなかったので、勝手にもう少し若いと思っていた。シルバー先生はその男の方に向き直る。
「私はかつて、首都アゼネイエにおいてシルバー先生を拝見したことがあります。なんというか・・・その・・・なぜこんな奴が重宝されるのかわからないと当時は思いました。いや、昨日までそう思っていたかもしれません」
私達を襲ってきた4人はナイフの先を少し下したが、私は今でも全員殺そうとする衝動を抑えられていない。
「ラトールのアカデミーから、シルバー先生がこちらのほうに向かっていると聞き・・・」
ラトールのアカデミーの誰かが・・・言ったのか・・・
「ひとつ利用させて頂こうと思ったのですが・・・何と言いますか・・・流石ですね。冷静です。あなたは常に冷静です。私は今まで駒のように利用してきた連中とは、全く違いました。当時まだ私は地位が低かったので、あなたが首都アゼネイエでどのような役目を果たしていたかはよくは知りませんが、まあ他の連中とは違いますね」
「探りを入れてないで、本題を話したらどうですか?」
先生がゆっくりと言う。
「ルグラードにあの部屋で何を言った?どれだけ話せとっても奴が口を割らない」
「当然です。何も言っていないのですから」
「はははははは!・・・・・・・・馬鹿にするのもいい加減にしろ!何も言ってないだと?!そんな事があるはずない。お前が『南西三国』を撤退させる方法があると言ってから、ルグラードに何一つ具体的なことを言わなくて、奴が納得するはずがない!あの男も何も話さなかったというが、完全に納得している表情をしていた。何も話をしなくてそんな事があるはずない」
「あなたの頭の中は自分の思い込みでいっぱいです。多分誰が何を言ってもすべてを否定します。あなたは自分の計算の中で収まっていれば、それがそうだと思い込んで行動するだけです。しかしあの部屋で何かが話されたという思い込みと、何を話したのか全く想像がつかないという乖離した状態が、あなたを焦らせている」
「黙れ!誰か私のことを言えと言った!」
「私は何も言っていません」
「?!」
衝動に駆られた私でさえも一瞬止まった。「私は何も言っていません」とは?あの部屋でのこと?「今、ここでのこと?」
「私は先ほどから何も話をしていません。あなたはあんたの頭の中だけで私の言葉を勝手に想像し、それに対して罵りの言葉を言っているだけです」
???——————先生は何を・・・先ほどから相手に返事をしていたはず・・・・
「な、な、なにを貴様は言っているんだ?貴様はさっきから私に答えていただろう!!」
「なんと答えていました」
間髪入れず先生が返答をする。
「な、それは・・・自分の思い込みで・・一杯とかどうとか・・・そんなことはいい!ルグラードに何を話した!!」
「もし私が言ったとしてもあなたは信じないでしょう。今『何も言っていない』と言うことを信じないのと同じように」
「・・・・・・」
相手が少し沈黙する。
「確かに一筋縄ではいかないな。さあ言え!何を言った」
『手を揉む男』が懐から短剣を抜く。周囲の4人も再びナイフを構える。
「何も言ってない。何も言っていないものをどのように言えると云うのか。もしもお前の言うことが正しいのであれば、ルグラードから聞きだすことができない時点でお前の負けではないか」
『お前の負け』——————ここに至って明確な挑発の言葉
「き、貴様!!!」
『手を揉む男』が手を振り上げた。一斉に4人の男たちが私達に襲い掛かろうとした瞬間
ザザザ、ザザザ
遠くで馬が走ってくる音が聞こえた。こちらに向かっている。見るとレオンがいない。
「城から兵が来たみたいですね」
「ク・・・」
『手を揉む男』は一瞬ためらいの表情を見せる。だがすぐに手を下ろした。黒ずくめの4人はサッと林の中に消えていった。最後に『手を揉む男』がこちらを睨みながら闇の中に消えていく。
ザザザ、ザザザ
さらに馬が近づく。
・・・足元のロランを見る。
何もかける言葉が見つからない。
「ビル・・・」
「先生・・・この人はしなければならなかったのですが・・・・」
「我々はすべて川底の砂利だと言いました」
「納得いきません!それを言ったら我々の取っている行動は全て意味がないではないですか!」
「意味とは?今あなたがここで言う『意味』は何のことを指していますか?城の兵士が近づいていて、我々が再び捕らえられることに『意味』がありますか?」
「く・・・・」
「まだあなたに何が足りてないかは、ゆっくり話をしましょう。行きますよ、イーヴァン」
先生はイーヴァンを連れ西に向かう。
何も考えたくない。私はシルバー先生が向かう方向に何も考えずに歩き始めた。
最後まで・・・・・彼にかける言葉が
・・・・・・見つからない——————




