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風と静寂  作者: 佐竹武夫
第八章
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第八章 第四節

私たちはこの城のかなり高い位置にある牢屋に入れられた。 3人同じ所に入れたので、私とイーヴァンは久しぶりに先生と再会することができた。私は早速先生に話しかけた。


「先生、私はイーヴァンに随分と助けられました。彼は私が怪我をした時に早めに承知をしてくれたので、大事に至りませんでした。その時の様子を少し先生はご覧になられたかもしれませんが、とても素早い対応と的確な治療をしてもらいました」

「ほー・・・素晴らしいですね、イーヴァン」

「へへ・・」


イーヴァンは少しはにかんだ表情で笑った。


「あと先生、この街に入られたとき、作業をしている女の人たちが歌を歌っていました」

「ああ・・」

「先生もその歌を聞いたのですね」

「はい。その歌は確か」


荷物を背負って歩いて行くが どうせ戻るのはここだけど

屋根を作って雨をしのぐが  どうせすぐに戻るだけ

   風が涼しく川も近い     ベリーがあるし鹿もいる

   ずっと居てもいいかと言うが どうせすぐに戻るだけ・・・・・



私よりも、先生の方が多く詩を覚えている。さすがである。


「じいちゃん、その歌ってどういう意味なんだ」

「この街は昔から多くの戦乱に巻き込まれている。城がここまで強固でなければ、防衛ラインはその度に移動して、ある時期においてはむしろ戦争状態でない時もあるでしょう。しかし鉄壁の印象があるこの城では、右に取られても左に取られても、防衛ラインの最前線に設定されることが多いのです。だからいつもこの町の人たちは逃げることを考えてないといけない。しかし他のところに行ったとて、そこで受け入れられてもらえるとも限らないし、その生活に馴染めるとも限らない」

「つまり、彼らは最後に必ず元居たこのモントベリーに戻ってくる・・・ということでしょうか?」

「そういうことですね」

「ふーん」


私は部屋の中を見渡す。とても牢屋とは呼べない素晴らしい内装である。テーブルも机もワインを飲むためのグラスさえも置いてある。この一点を基準として、この城全体の歴史や強さ、建物から出たエリアでの城壁や堀などが持つ重厚感と圧倒的な存在を、思考と感覚のなかで組み広げられることができる。


「じいちゃん、ここは本当に牢屋なのか?」


イーヴァンがシルバー先生に素朴な疑問として投げかける。


「 牢屋というのは二つの種類があります。一つは罪を犯したものを懲罰で入れたり、悪いことをしないように拘束するための。もう一つは権力争いの中で政治的にその者の行動を制限する、周囲に見せしめとして入れるものがあります」


シルバー先生は部屋の中を歩きながら、机にあった燭台を取る。おそらく金でできているだろう。普通の犯罪者をこんなところに入れたら、全部盗まれてしまう。


「じいちゃんの言ってること、よくわからない」


イーヴァンという子が本当に面白いと思うのは、時として大人顔負けの思考と論理展開を繰り広げるのであるが、また別の時には、その幼い顔立ちのままの、純粋無垢で素朴な、(羊とヤギの違いを聞くような)正しい子供の質問をするようなことがある。


「イーヴァン、私もあなたに話すとき、あなたの奥深いところに伝わると思って話すときと、まだそれは可能ではないが、今後思考を深めていくために今耳に入れておいた方がいいことを口にすることがあります。この度は後者の方だと思ってください」


イーヴァンは軽く首をひねるような表情を見せた。


「城壁もご覧になられましたか?」


事前に私がシルバー先生に話をしていたので、意識して見てくださるのではないかと思っていた。


「見ましたよ。近くで見ると本当に素晴らしく歴史を感じますね。ただ、あなたが言っていたような『歴史を重ねるごとに何層にも分かれてできている』というところは、私から見る限り分かりにくかったものと思います」

「その通りです、シルバー先生。実は私もそう思いまして・・・おそらく改修工事を繰り返したためだと思います。ただ先生も通用口を通られたのではないかと思いますが、あそこから見える風景以外のところは、以前私が話した趣を残しているかもしれません」


私はここまで、目の前に差し迫った我々に向けての複雑な物体と、それに対しての対応のことを一切話さなかった。私の直感の中でそれが正しいと思えていた。ここでルグラードのことや例の使用人のことについて、一番初めに話し始めると、逆に何か手詰まり感が出ているような感覚に陥る。


「じいちゃん、わかった!」


突然イーヴァンは、はじけるような笑顔で言った。


「偉い人用の牢屋と、そうでないのがあるんだ!」


なるほど。なんとなく先生が先ほどおっしゃられたことと、合っている気がする。


「そうですね」


シルバー先生はニコリと答えられた。その後、連行する兵士にお菓子の賄賂を送ったこと、太い眉の男から情報を手に入れたことなどを話した。


「シルバー先生・・・」


私はようやく本題に話を振ろうとした。だが先生は、それを先回りするかのような返答をした。


「ルグラードをはじめ、あの人たちは今、今後の方針を検討しているでしょう」


本題に入ると、話の進み具合が急激に速くなる。


「そうですね・・・私が一つだけよく分かっていないのが・・・」

「目の細い使用人のことですね——————いや、『手を揉む男』と呼んだ方がわかりやすいですか」

「先生は今、『手を揉む男』はどのようにその協議に加わっていると思いますか?」

「おそらく加わってはいないでしょう。表立ってあの男がそのような会議の場に出席し、発言し、指揮っていると思いません。でないと、あの時も使用人の格好などをしていることはないでしょう」

「つまり、ルグラードの周囲にいた文官みたいな人たちは、使用人の存在に気づいていないということですよね?」

「それも違います」

「え・・・」

「私はあの時、ルグラードの視線も気にしていましたが。周囲の男たちの視線も気にしていました。するとなんと・・・彼らも同じように正面の壁の奥に立つ男『手を揉む男』に目線を送っていたのです。考えてみてください。あなたの話からすると『手を揉む男』の存在は、一兵士から伝えられたものでした。これは、使用人がそのような存在であることが『公然の秘密』であるか、その一兵士の能力値が極度に高いかのいずれかでしょう。その人のことを卑下するわけではないですが、あなたの話を聞く限りその可能性は少ないでしょう。そうなると、他の人は口には出さないが『手を揉む男』の存在を知りつつ、周囲はそのことに関与できない、ということになります」


ここだ・・・ここのところが非常に難しい。先生はいつも『生』は『死』、『有』は『無』・・・など物事が二つ同時に存在するとお話しされる。『手を揉む男』はみんなに認識されていながら、みんな認識されていないという存在である。理屈としては先生が先ほどお話していただいたことで分かるのだが、実は感覚として捉えるのは非常に難しい。我々の処遇の協議に参加してないのであれば、どうやってフィクサーである本人の意思を反映させるのだ?いや反映させないのか?もちろん協議の前に自分の意図をルグラードに伝え、そのように結論を持って行く方法があるが・・・・・・先ほどあのような混乱を見せたルグラードに対し、そんな全てを任すような方法を取れるものだろうか?——————


「少し思考が淀んでいるような状態ですね」

「はい・・・」


私は素直に返事をした。


「私が思うに・・・」


久しぶりに先生が、間をコントロールされながら話をはじめられた。


「あなたは複雑に考える傾向があります。複雑とは数が増えたことにより、思考が雑になることです。情報の数に惑わされるのです」

「・・・・」


私は返答する言葉をもたなかった。


「ビルさあぁ・・・」


イーヴァンがペット端に座り、足をぶらぶらさせながら言った。どうでもよいが・・・イーヴァン、その布団は安くはなさそうだぞ。あまり靴の泥を付けない方が・・・


「オレはじいちゃんとビルが話してることは、よく分かんないことが多いけど、なんとなく何の話をしているかわかる。要はさっきから2人が言っている『手を揉む男』はコソコソとしたやつってことだろ」


・・・・なるほど、『複雑に考える』と先ほど先生に言われたことと、以前に「『可逆的』でないといけない」と言われたことが細い糸で繋がった。私にとってはさまざまな知識を身につけた小箱によって、倉庫の中の整理がつかなくなっている。そうすることで、その倉庫に物を置くのも、物を取り出すのも、『自然に基づいたもの』ではなく、思い込んでいる位置関係で取り出そうとしている・・・ここに至っては倉庫の中の通路さえ確保されていない。まさしく『複雑』という名の乱雑になっている。雑には扱っているつもりはないが、雑に置かれている・・・・・


私は大きく深呼吸をひとつした——————



「『手を揉む男』は・・・・怖いです。それは、・・・」


先生とイーヴァンが私に集中している。


「私一人ではまだ対応しきれず、最終的に飲み込まれてしまうからです。もちろん「触らない」ように「逃げる」だけであれば可能かもしれませんが、対応とは程遠いものです」


そこまで話をして初めて気がついた。私は奴を恐れている。先生がいるから、その部分がわかっていなかった。先生がいたら奴に足をすくわれることもなく、対応しきれると思っていた、その裏にあるものに私は気付いていなかった。


「ビルはあの男の何を恐れていますか?」

「どうしても私は年齢が低く、目の前に居る男たちよりが10、20・・・場合によっては40以上年上です。今までつっかかっていった時は、興奮して闇雲になっただけです。常に冷静さが保てるようになると、なんとか形を保とうとしているが、どこかで恐れを持っています。それがシンプルな思考から遠ざけています」


私の今の言葉をイーヴァンは理解できたのだろうか。いや、できているはずである。私は『臆病者』であると。自分の感情が抑えられなくなった時しか、相手に対して強く出ることができない・・・


「そんなことないけどな、ビルは年が上のやつと、ずっとやりあってるじゃん」

「かなりギリギリな感じでね」

「ギリギリでもすげーよ。オレ、ビルといるから安心できてるんだぜ」


——————イーヴァン・・・


私の人生の中で、一度も湧き上がったこともない感情があふれ出しそうになった。私は常に見下されていた・・・・事実かどうかわからないがそう思い続けてきた。アカデミーの時も田舎から来た男として、帰郷した時も伯父上から・・・先生と旅をしていても、なんて自分は愚かなことしかできていないのだ・・・と考えていた。イーヴァンの年齢から考えてみると私は10くらい年上だ。だからなんだ。私がここでほんの少しでも「それはお前より年が上だから頼りになると思っているのだ」などと思うことは、彼が私に対して持っている、彼にとっては絶対的根拠のある『信頼』に対してあまりにも馬鹿にし過ぎではないか。この先はどうかわからないが、今この瞬間はその彼の気持ちに応えるだけでも、私は存在しても良いのではないか!何が『私は臆病者』だ!



「目が変わりましたね」


シルバー先生は、私を見てそう一言言った。


こんこん

 

扉が叩かれる。牢屋といっても内部は普通の部屋と変わらない。入り口も鉄格子ではなく普通の扉である。


「どうぞ」


シルバー先生が答えた。

扉が開くと、先頭には先ほどいた文官らしき男が一人。その後ろにルグラード。さらにその後ろに男が3人いる。よく見るとその奥の方にやはり『手を揉む男』の影が見える。


「いやいや、先ほどは色々失礼した」


何を失礼したのかわからないが、ルグラードの方が低姿勢で入ってきた。


「先生にきつく言われてしまい、私もついカッとなってしまった。ご容赦願いたい」


先生の方を見ると、不自然なことの笑顔で


「何をおっしゃいます。こちらの方こそ、とてもきついことを言い申し訳ありませんでした」


と、ルグラードよりも低い姿勢で入った。


「わたくしたちはどうしても、今目の前にいる敵を排除したいのです。軍隊を出すこともやぶさかではないのですが、それではやはり犠牲者も出ますし出費もかさむ。何より民衆が戦をすることを望んでいない事が多いのです」


ほかの文官たちはどこか半歩引いたような表情をしている。今ここで行われていることが、自分たちの望む方向ではないということを指し示している。私は先ほど意識をしていなかったが、今一度ほかの文官たちに目を向けた。確かに後ろに居る『手を揉む男』を意識している感じがある。


「私に考えがないわけではありません」


先生はあっさりと相手が望む方向の返事をした。


「おおお・・・」


ルグラードは非常に嬉しそうな表情し、ほかの文官たちは驚いたような表情をした。奥に居るはずの『手を揉む男』に不用意に目を向けるわけにはいかないので、どのような反応をしたのかわからない。


「しかしそれには一つ条件があります。非常に厳しい条件ですがそれを飲んでいただけるのであれば、今彼らが陣を構えている場所を元の原っぱに戻すことができるでしょう」


先生があまりにも自信たっぷり言うので、周囲の文官さえも少し嬉しそうな表情に湧いた。普通であれば、彼らは自らの知性をもってすれば「そんなうまい話があるわけない」と思い、先生に事の詳細を突き詰めていくに違いない。しかし今はルグラードと『手を揉む男』の存在によって非常に芳しくない状況に置かれている。『手を揉む男』の思惑通りに事が進むことを良いとは思わないが、そうでないとさらに芳しくない方向に向かうと思っている。(もちろんここに至っては、国や町のことではなく個人的な話であるが)だから彼らは冬の水たまりに張った氷のごとく、薄い思考をしている。


『手を揉む男』の表情は今どうなっているのであろう。


「それで、どのようにすれば・・・」

「それなのですが・・・ビル、イーヴァン、申し訳ないが少しの間この部屋から出てもらえますか。ルグラード殿と2人だけで話をしたいのだが」

「分かりました」


私は即答するとイーヴァンの手を取り、入り口にいた文官を外に押しやりながら部屋から出た。文官たちは戸惑ったが出ないわけにもいかず、そのまま外へと押し出され、私はドアを閉めた。


今、『手を揉む男』はどんな表情をしているのであろう。見てみたくてしょうがない。


先生が『この部屋から』という単語を出した直後に、『手を揉む男』をルグラードから引き離すということが瞬時にわかった。


シルバー先生は以前こうおっしゃられた

『押される時は引くのです。引かれる時は押すのです。基本的に相手の動きに逆らってはいけません。『常』は逆らわず、『稀』に逆らう。普段は大きな流れに沿い、ある瞬間だけ、軸や方向を変えるために一瞬力を加えるのです』


一見そうに見えないが、ルグラードから距離を話していたのは『手を揉む男』の方である。もしも彼が堂々とルグラードに指図するポジションを取っていれば、このように引き離されることはない。シルバー先生は相手の有利な点を不利な点に見事に置き換える。いつでも盤面をひっくり返せる雰囲気がする。


『利点は不利点、不利点は利点』


まさにこれである。私は後ろを見ないよう、ドアの近くの文官―猫背で丸メガネの男に顔を合わせた。

「はじめまして、シルバー先生の弟子、ビル・フィッツジェラルドと申します」

「オレ、イーヴァン」

「あ・・・はぁ・・・私はアリステア・クラフトと申します」


アリステアは引きつった笑顔を私たちに見せた。私は再びドアの方に目を向けた。ドアの向こうでシルバー先生の策略と、私の背中の後ろでは『手を揉む男』の焦りを感じる。


ちなみに私はまだ手を揉むところを見ていない。早く見たいものである。







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