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風と静寂  作者: 佐竹武夫
第八章
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第八章 第三節

『水鏡の迷い星』という小説を読んだことがある。首都アゼネイエのアカデミー、その図書館に所蔵されている数少ない小説である。基本的には資料や文献、各地域の情報や技術に関してのこと、それらが図書館に所蔵されているが、ほんの少しだけ詩集、小説家が置かれている。生徒たちには大人気で、貸し出しがされていることはないか(アカデミーの本は、基本貸し出しはされない。一部の教授などがアカデミー内の研究室への持ち出しを許可されているだけである)内容は、湖に映る月の中に扉が現れる。主人公はその扉を開け向こうの世界に行くと、星を操る古代の一族いる。ストーリーが進むにつれ、その場所は我々の住む地上ではなく、天に光る星の中の一つであることが分かってくる。つまりそこから夜星を眺めると、その中に輝く一つが、我々が住んでいる星なのである。しかもその星はこの民族に操られているのである。(正しく言うと管理されている感じだったような気が・・・)


私と幼いイーヴァンは太い眉の兵士と、そばかすの兵士に連れられモントベリーの城内に入った。この城は二重の城壁に囲まれているのが有名で、私は常々、直接それを見たいと思っていた。まさかこんな形で見るとは——————固縛されていた紐はとりあえず外された。それがしきたりかどうかわからないが、ひょっとすると太い眉の兵士が気を使ってくれたのかもしれない。一つ目の城壁を抜け、 二つ目に向かう間に内側の城壁を少しだけ見ることができた。私が読んだ資料が間違っていたのかもしれないし、それ以降で改修されたのかもしれないが、一つ目の城壁の時点で6mなどの高さはなかった。優に10mは超えていただろう。内側の城壁も、20mではないはずである。裏口の通用門はすぐに訪れるので、ほんの少ししかそれを眺める時間がなかった。何層にもなっているという壁はその面影を残しているが、私の見たエリアはさほどはっきりと分かれていなかった。壁の表面を補修したのかもしれない。これだけ広い城なのだから、探せば出てくるであろう。そんな機会が私に与えられれば幸いである。


「ビル、すげーなぁ・・・」


内部の建物に入ってイーヴァンは感嘆しているようであった。石の巨大な柱が建物全体を支えている。その柱から20m以上の天井があるその風景は圧巻である。


「そうだな、想像を絶するお金がこの建築に使われているはずだ」


それらがすべて小説の出版に費やされていたら、アカデミーでもう少し小説を読むことができただろう。階段を上ったところで、そこにいた警備の兵士に太い眉の兵士が話かけた。


「ドレヴィン様に言われて捕縛した奴を連れてきた」

「『青の間』に連れていけ」


すぐさま太い眉毛の兵士が進んでいく。我々はそれについて行く。無駄な話は全くしないように感じた。


たどり着いた『青の間』というのは、想像していたよりも広いところだった。天井も高くスペースとしてはまるで舞踏会をするような場所である。戦場の最前線で踊っているとは思えないので、兵士たちが何かをする場所なのだと思われる。それぞれの壁に4人ずつぐらい長い槍を持った兵士がいる。


「じゃあな」


太い眉の男が私に一声をかけて去ろうとした。「ありがとう」というのは何か違うだろうし、周りに他の兵がいるところで少しでも親しくすると彼が怪しまれる。(何か特別なことをしてくれたわけではないが、明らかに少しこちらに心を寄せてくれていた)私は周囲に気づかれないくらいに、軽く頭を下げた。


「手を揉んでいる男に気をつけろ」


ハッとした。目線は絶対に向けなかった。だが明らかに太い眉の男が私に助言をくれた。私に背を向け完全に向こう側に歩き始めてからのひと言であった。お菓子の効果もあったのかもしれない。今のガリソンの責任者に不満があったのかもしれない。しかしその根底には彼の優しさが・・・


がががが・・・・


正面を向いて左側の扉が開いた。そこには2人の兵士に連れられてきたシルバー先生がいた。


「シルバー先生!」

「じいちゃん!」


私とイーヴァンはシルバー先生に駆け寄ろうとした。その直後、私は小声でイーヴァンに


「私の顔の右側に入れ」


と言った。


「口元を隠すんだね」


この子は・・・なんという頭の良さ・・・いや、先生が以前全ては直感であるとおっしゃっていた。この子はその直感を(特にある種の場面での極度に高い集中力を)持っているのだ。


「先生!」

「無事でしたか、ビル、イーヴァン」


先生がそのようにおっしゃられる間に、先生に対してやや斜に入り込む。イーヴァンがさらにその右手側に入り込んだので、先生は一瞬でその違和感に気づく。


「じいちゃん!大丈夫だったか!怪我はないか!」


イーヴァンがわざと大きな声で叫ぶ間に、私は少しだけ先生の耳元に口を近づける。


「ガリソンは今年の春に新任。手を揉む男に気をつけろと」


私はまるで暗号のように言葉の羅列を言った。先生はいつもの思考が全く読めない目に一瞬入ったが


「こんなところまで来てくれてありがとう」


と現状の状況とは違和感のある言葉を大きな声で言った。もちろん周囲の兵士は気づかない。シルバー先生は私の伝えたことが『了解した』と返事したのである。


がががが・・・・


今度は右の扉が開く。先頭には大きな椅子を持った2人の使用人、次に警護の兵士、文官のような人物が2人、そしてそれに続く——————おそらくこの男がルグラード...この地域のガリソンの責任者であろう。さらに2人男が続き、 護衛の兵士が2人入ってくる。


使用人が真ん中に椅子を置き、正面の向かい合わせの壁の方に立って控える。椅子にはルグラードが座り、その両側に2人ずつ男が立っている。護衛の兵士たちは、一人は椅子の後ろ、 2人は両脇を固めている。


「お前たちはこっちにいろ!」


ほかの兵士に私とイーヴァンは押されながら、正面から後ろの方にいかされた。一人の文官が丁寧にシルバー先生を、ルグラードの座っている椅子の正面に導く。


「シルバー先生、わたくしはルグラード・フォルシュトンと申します」


自分は座り、先生は立たせていて無礼極まりないが、昨日のような乱暴的なアプローチの仕方はしてない。


「我が息子ドレヴィンに先生をお連れするように言ったのですが、何か勘違いをしていたらしく・・・いやいや本当に申し訳ない」


肩肘をついてヒゲに手をやりながら話す。やはりあの男がルグラード・・・   ・・・そして私たちを昨日拘束したのが、息子のドレヴィン・・・どう考えても心から謝罪しているような表情には見えない。息子に適当な指示をしたか、はたまたそれも、すべて本人の計算のうちなのか。


「実は我々は、シルバー先生にお知恵を拝借したいと思い、こちらに招いた次第です」


先生は静かに呼吸をする。薄目で床の前の方を見ているが、この場であり沈黙は許されないと理解しているのか、比較的早めに頭を上げた。


「それはどのような内容でしょうか」


早速その内容を聞く態度を見せたので、ルグラードは緊張感が緩んだ表情をした。


「先生はご存知かかどうかわからないが・・・今現在、西の方でこの城に攻撃を仕掛けるための陣が構えられている」


まだ重要な情報が出てない、おそらくこの程度の情報であれば、先生は聞かれた瞬間に処理をされる。問題は『手を揉む男』だ。どこにいる...

「ビル、」

「ダメだ」


イーヴァンが何か私に話しかけようとしていたが、私はすぐに遮った。もちろん何か重要なことを言おうとしたがかもしれないが、言葉のニュアンスからしてそうでないと判断した。今ここは集中することが必要だ。どんなことよりも最初に『手を揉む男』だ。前にルグラード意外の人物は4人いる。誰だ・・・誰が『手を揉む男』だ。後ろ手に組んでいる者もいるが、微妙な動きから見ても違いそうである。頭を動かさないように目線を送る。あまりにも判断がつかなく、まさか兵士ではないかとチラチラと見てしまう。


「彼らはつい最近陣を構えたのだが、どうにかして引き返らすことができないものかと・・・」


非常に面倒くさそうな表情をしている。が、その奥には少し恐怖心を感じている様子が見える。『戦慣れをしていないな』それが最初の感想だ。直感と言ってもいい。


「敵の軍はどのような者たちか分かっているのですか?」


まだ前向きと後ろ向きも取れないやり取りを先生は進めている。おそらく先生も『手を揉む男』がどこにいてどんな人物かを確認したいと思っている。その人物をひと目だけでも見れば、どのようにルグラードと関わり合いを持っているか判断できる。


見つからない・・・


一瞬焦りが出たが、すぐに自分の心をコントロールする。『絶対にいる。直感がそう感じさせている』


「『南西三国』と呼ばれる連中だ。田舎のサルで、キーキーと喚き立てる連中だ。ご存知ないかもしれないが」


『南西三国』——————私でも知っている。ヴァルドリス王国・リュセール公国・ノクティア領邦・・・どれも決して小さい国ではない。シルバー先生であれば確実に知っているだろう。それより『手を揉む男』が・・・見つからない・・・不思議と太い眉毛の男の言葉を疑うという感覚は全くなかった。


ふぅ・・・


一つ息をついて集中力を高める。頭を下げて再び前を向く。


え!——————


頭を下げだす瞬間、後ろの人物がほんの少しだけ見えた。一番初めに椅子を持ってきた使用人の一人。不自然なまでに私の真後ろについている。そして私の正面にはシルバー先生。さらに、頭を下げた時に明らかにおかしな動きをした。ただの使用人であれば、私が頭を下げようがそんなことはどうでもいいはずである。だが明らかに警戒した一瞬の反応を見せた。私のほうの意識が全くなかった分、自然に頭を上げてからそのことに気付いた。


先生、いました!『手を揉む男』です!奴は誰が見てもその重要な役割を担っていると分からない人物に身を隠し、私と先生の一直線上に自らのポジションを抑え、したたかにその場から誰にも気づかれないように、ルグラードへ指示を出すつもりです!明らかに私が出会った中で群を抜いて厄介そうなやつです!


「シルバー先生は今までも様々な軍略をお持ちであった。できれば先生に指揮をとっていただいてあの連中を追い払えればと思っているのですが・・・」


なんだ、そのご都合な要求は・・・本来その責務を担っているルグラードから出る言葉ではない。ルグラードは後ろの使用人に全く目線を送らない。おそらくここぞというところで指示を出す。本当にそうであれば、私の真後ろに居るこの男は相当・・・


「・・・・・」


先生が振り向いてこちらを見た。私にしか気づかないぐらいに薄目を開けて。私は即座に両目の眼球を思いっきり後ろに向けた。先生は完全に理解をしてくれているみたいであったが、周囲からはその反応は絶対にわからないであろう。


「・・・・」


先生は反対側をくるりと向いて窓の方に近づいて行った。ルグラードのいる方向なので、そこまで近づけないが、可能な限り考えているふりをしてそちらに向かった。明らかに窓ガラスを通して、私の後ろの男を見ようとしていた。これもまた、後ろの使用人の男には、気づかれる可能性は極度に低いと思う。


「ルグラード」


カッとシルバー先生はルグラードの方を見た。その鋭い眼光とドスの効いた声にそこに居る全員が(私を除いて)びくりとした。シルバー先生はそのままツカツカと歩き、ルグラードの正面に入りこんだ。先生に完全にスイッチが入った。窓ガラスで男が『手を揉む』のが見えたのだ!


「私はお前のような卑怯者を見たことがない!」


誰も想像しないような言葉をシルバー先生は吐き捨てた!


「お前の馬鹿息子が我々にどんなことをしたのか!それで連れてこられてみれば、他国から侵略されそうだが力を貸せ?お前はそのためにここに赴任しているのではないのか⁉」


おそらく、ぼっちゃん育ちをしていそうなルグラードは、人生で初めて怒鳴られたのかもしれない。いわゆる『親にも怒られたことがない』と言いたげな子どもの怯えた表情を一瞬した。その瞬間、ルグラードの目線が奥の一点を見つめた。私もシルバー先生も確信を持った。この卑怯でぶざまなガリソンを操っている奴が、使用人の姿をしてこの部屋のすべてを見下していた。私も先生も絶対に振り向かない。それが相手を抑えるための絶対条件である。その使用人の状況はルグラードを通して見ることができる。


「く、無礼者!!誰に向かって言っているのか分かっているのか!」


よし!おそらく『強く出ろ!』的な指示がルグラードに出たのだ!私の真後ろの男は焦っている!今奴の想定外で物事が動いている。ルグラードは片手を上げる。両脇の兵士が槍を下ろしてシルバー先生に突きつける。


「相手の十倍以上の軍隊を持っているのに、縮こまって城から出ることのできない男が、この私が殺せるか!!」


なんと先生はその突き出した槍に向かって、グイっと一歩踏み出したのである!兵士の方が驚き槍を引いた!


「ほらみなさい、指揮官が臆病だから兵士にまで臆病が伝染しているではないか!!」


その魔さえも飲み込む気迫に、ルグラードは完全にパニックっている。


さささ


後ろの影が動いた。使用人の男は、パニクったルグラードの目に自分が入るように移動したのである。が・・・・そこから意外と早かった。


チリンチリンチリン!


ルグラードは手元にあった小さな鈴を鳴らした。するとこの部屋に一斉に兵士が流れ込んできた。


「こいつらをみんな屋上の牢に閉じ込めろ!」


シルバー先生、イーヴァン、そして私は再び兵士たちに捕まれて運ばれて行ってしまう。おそらく非常事態が起きたときの対応は決まっていたのであろう。その指示をルグラードに伝え一瞬で我々は牢に入れられることになったはずである。連れて行かれる際、私もシルバー先生も決して使用人の方は見なかった。先生はルグラードを攻める際も、策略的なことを感じさせる言葉や、誰かに操られている臭いの言葉を決して出さなかった。使用人はまだ我々に気付かれたとわかっていないはずである。これが最も有利に事を進めることだと、この未熟な私でさえ理解している。


城の中の牢屋が見れるなど、なかなか経験できることではない。できることならスケッチを取りたいものである。




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