第八章 第二節
周囲は真っ暗だ——————
モントベリーの西側、本当に城が見えるか見えないかの辺り。そこのヴァーデン(伏影小屋)に我々は閉じ込められていた。我々?いや、私とまだ幼さを残すイーヴァンだ。ここにはシルバー先生がいない。設置されている牢屋の大きさは、明らかに3人を収容させるためのものである。つまりこのヴァーデン(正しくはヴァーデンホルト。『守り森』の意味。城の周囲に監視用などとして配置する小屋のことである)は私達を待ち伏せし、私たちを捕縛するために特別に設置されたものである。
「う、うう」
腕が少し痛み、右肩の患部を手で覆った。
「ビル!大丈夫か!!」
イーヴァンが私の方に寄ってくる。私が昼間、超至近距離からクロスボウの矢を受けた時、彼はすぐ手当してくれた。服を剥ぎ取り、肩から矢を引っこ抜き、脱いだ服の袖で腕をきつく縛り止血をした。その手早さは見事なものであった。我々を捕らえに来た2人の兵士があっけにとられる中、道端にあった草から素早く傷に効くものを選び出し、一度口に含めて潰しこむと、私の傷に塗り込んだ。もちろんその直前に水筒の水を患部にかけ、消毒代わりとしてかけた後に。
「オレたちは狩りに出た時、傷を追うのはしょっちゅうなんだ。だから怪我をしたら、どんな風にするか、いろいろ知ってるよ」
「イーヴァン、お前がいてくれて本当に助かった」
言葉だけではない。本当にそう思える。また今後もイーヴァンに度々助けられることがあるのではないか————
私は一度だけ彼にお願いをしようとしたことがある。彼の持っている知識を、時間がある時に少しでも学ぼうと思ったので、協力してほしいと。当然であるがイーヴァンは言葉で流暢に説明するにはまだ幼い。イーヴァン自身もどのように説明していいかが非常に難しかったらしく、断念したことがある。しかし、そもそもその考え方は間違っていたのではないか。こんなものは言葉で教わるものではない。書物で伝えるものでもない。私の目の前でイーヴァンが行ったこと、彼がどこを見て何をしなければいけないのかを瞬時と適宜で判断をし続ける、その生きた動きを見ることは、学ぶということにおいてこれに勝るものはない。それが傷ついた私を助けようとする、その処置を受ける者からの視点であった時、その感覚が私の中になだれ込んできた。知識で動くのではなく呼吸で動く——————
「じいちゃん、大丈夫かな・・・」
イーヴァンは不安そうな目でそう言った。私たちが入れられている牢屋の鉄格子の隙間から、見張りの兵士2人とかがり火が見える。おそらく、その右手側にモントベリーの城があるはずである。
「先生は大丈夫だ。先生が一番心配していたのは私のこと・・・この私が今生きているということは、先生はさほど大きな問題にはなってないはずだ」
床・・・地面が冷たい。初夏とは言えまだまだ夜は冷える。野宿をする時でも、睡眠に適したところを選ぶ。だがわれわれを閉じ込めるための牢屋は、そんなことが配慮された場所なわけがない。
「お腹減ったな・・・」
「だな・・・」
鉄格子の向うに我々の荷物が見える。そこには非常用の食べ物がいくつかある。目の前にあるのに口にできないのはなんともはがゆい。
私が矢に撃たれ、イーヴァンが治療してくれている最中に、ほかの兵士たちがやってきていた。それらの兵士に私たちは包囲されたが、シルバー先生は一番初めにいた2人の兵士に連れていかれてしまった。薄目でしか見ることが出来なかったが、連れて行かれたのは城の方角である。ということは、森の奥で殺されることはないであろう。
「ビル、傷を負った日は早く休んだ方がいい」
「そうだな・・・」
私は体を横にしようとした。するとその体の下にイーヴァンが身を寄せた。
「おい・・」
押しつぶしちゃうぞ・・・そんな風に言おうとした時、イーヴァンがわざと私の体の下に入り込もうとしていること気づいた。
「傷を負ったときに、地面で寝るのはよくない」
確かに下に敷くもの一つもらってない。だが、イーヴァン敷布団して寝るわけにはいかない。
「確かにありがたいが・・・」
「ダメだ!」
意外なほどイーヴァンは強く拒否した。彼の目を見た——————
聞くことはしない・・・しないが・・・・もしかすると彼は、何か後悔することがあったのかもしれない・・・・
「ありがとう、イーヴァン・・・だが私が本当に乗っかるとお前はつぶれてしまう。右肩が地面に付かないようにするだけ・・・させてもらっていいか」
イーヴァンは頷く。
この少年は私が生きてきた年月よりも、私が今持っている荷物よりも重い物を持っているのかもしれない。右肩に人の温かさを感じながら目を閉じた。
比較的次の朝は早めに起こされた。
「起きろ。出発するぞ」
我々を拘束している兵士たちは、丁寧な言葉ではないにしろ、昨日の連中ほど非常に暴力的な行動ではない。今から考えれば、我々があの髭の生えた兵士とヒゲのない兵士に気付く前に、向こう側は我々に気づいて捕縛のために向かっているのであろう。つまり今この範囲での顛末における代表の2人だと思われる。それが故、あのような不遜な態度と暴力的な行動が特別であったことを理解させる。
私は体を縄で括られたが、さほど強くは縛られなかった。イーヴァンにいたっては、特に何かを拘束されるものつけることはなかった。(もちろんイーヴァンが逆らわなかったという部分もあるが)彼らとは交渉の余地があると思うし、場合によっては現状の理解度を深めるため、いくつかの質問もできるだろう。さすがに我々を連行するときに荷物を置いて行こうとしたので、それに関しては「ふざけるな」と言った。
「朝飯はなかったね」
縄で括られた私の横で、少しうつむきかけて歩くいイーヴァンが言った。
「まあな・・・」
私はふと思い立った。ラトールの村で手に入れた・・・
「ちょっとお願いがあるんだが」
「しゃべるな」
私は目の前の兵士に話しかけたが、すぐに遮られた。まあそうなることは分かっていたが・・・私たちを連れているのは、紐を持って前を歩いている太い眉の兵士、後ろで見張り役をしている、ずいぶん若くてまだそばかすのある細身の兵士。この2人であれば・・・
「ここに来る前にラトールの村に寄ったんだ。あそこの小麦畑はすごいかったなぁ。」
いつもの自分よりもずいぶんフレンドリーな話し方をする。
「『ミエリクレール』って知ってる?」
ビィクッ——————
太い眉の兵士は明らかに反応した。いける————
「私は知らなかったんだが、小麦で作ったお菓子で中に蜂蜜が入ってる。あんなおいしいものを今まで食べたことがなかったなぁ」
嘘ではない。さらに言うと、乾燥させており保存食として非常に優秀なものである。私はあの村で手に入れてからカバンの奥の方にしまっていた。
「もしよかったら食べてみないか」
私は直球で誘惑した。この手段が上手くいかないのであれば太い眉の兵士はとっくに私を遮っているはず。彼らにとっては一生に一度口にできるかどうかの問題である。よっぽどお金持ちでなければ、遠くのものを口にすることができない。それがしたくて旅に出ても、常に危険がつきまとうし、そもそも生きて行くだけで精一杯の人々が、そんなことをする余裕がない。当然薄給の兵士たちも例外ではない。我々はすべてを投げ出している状態であるからできるのである。
沈黙が流れる——————
沈黙を了と捉える。
「食べ物は賄賂にはなりませんよ。だってなくなっちゃいますから。それに、もうすぐ街が近付いてくる。タイミングは今ですよ」
私はわざと立ち止まる。太い眉の兵士に決断する勇気がないからだ。後ろをついてきた、そばかすの若い兵士は『?』という表情で、われわれと同じように立ち止まった。
「どこにある」
「バッグの下の方です。黄色い紙袋包まれてます」
交渉成立である。
モントペリーの街に入り、目の前には私のもっとも楽しみにしていた城壁が見えてきた。周囲はかなりの人である。意外なことに、私が捕縛され連れて行かれていても誰も気にしない。日常的な風景なのか、そんなこといちいち構っていられない理由があるのか——————
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荷物を背負って歩いて行くが どうせ戻るのはここだけど
屋根を作って雨をしのぐが どうせすぐに戻るだけ
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歌が聞こえる。女性たちが何か紐で括っている作業をしながら、詩を口ずさむ。今までの町でも詩を口ずさむ人々はいただろうが、さほど気にしなかったので耳には残らなかった。しかしシルバー先生が『実は歌が大好き』と聞いてから意識するようになった。もしかして先生も、昨日連れられて行く時にこの歌を聞いたかもしれない。
「あの歌は?」
私は太い眉の兵士に聞いた。
「この町ではよく歌われる歌だ」
ミエリクレールを2人の兵士にあげてから、私はこのような軽めの質問を幾度もしている。美味しいお菓子をもらった手前、雑談には応じてくれている。私はこのことが後々大きく役に立つと確信を持っている。太い眉の兵士は威厳こそ保とうとしているが、先ほど食べたお菓子が美味しくて、しかもすごく珍しくて、嬉しさの表情が抑えられないのがわかる。
『思い出し笑い』ならぬ『思い出し嬉しさ』
後ろの若いそばかすの兵士は、隠すことなくニコニコしている。口元にお菓子の粉がついている。それはどうにかした方が良いと思うが・・・
「ビル、それにしても人が多いよな、なんかみんな忙しそうだし」
イーヴァンが何げなく私に言った。チャンス!この入りであれば疑われない!
「そうだな、イーヴァン。おそらくお祭りかなんかがあるのだろう」
私は間抜けに聞こえるような返答をわざとした。祭りなどがあるわけではないとわかっている。この動きは戦争の前の動きだ。現にここまで来る時に、建物の隙間で荷物をまとめた荷車を見た。勿論、いざというときはすぐに逃げるためのものだ。城は二重の強固な城壁で囲まれているが、城下町はそういうわけにはいかない。
ふっ・・・
眉の太い兵士が鼻で一つ笑った。いい流れだ。
「お祭りなんかあるわけないだろ」
「え、そうなんだ」
「街の連中は東に敵の陣ができているのを、もう知っているんだ」
これだ!シルバー先生が捕縛された理由はこの筋だ!!私は演技がかった表情でまた質問する。
「でも私たちはそんなことはまったく聞かなかったし、ここまで来る時もそんな雰囲気は感じなかったけど・・・」
「ここに住んでる連中じゃないとなかなか分からないよ。こっから東が、中央政府にとっての敵がわんさかいるところだ。この街はいつでも攻撃対象だが相手も本気の時とそうじゃない時がある」
「私達が感じてなかったということは、そうじゃない時?」
答えは分かっていたが、わざとわからないようなふりをした質問をした。理解をしてないふりをしすぎると、相手の言葉の流れが止まる。このように時々正しい流れを組み込むことで相手が話しやすくする。
「そうだ、おそらく今回は攻めてこないだろう」
ここで初めて私自身理解できてない疑問が沸き上がった。一方で敵が攻めてこないと言っているのに、人々はそれに対して事前の対応策を講じている。もちろん、もしもに備えてというが、一般的に民衆の方がもしもに備えない場合が多い。(一部の先見性のある人は違うが)にもかかわらず町全体がざわついている。ここでもう一つ深い質問をすべきか——————あまり聞きすぎると答えなくなってしまう・・・・一瞬の判断だ、私は今まで先生から多くを学んだ。私よ、成長したところを見せてくれ!
考える起点は『何のために』『誰のために』——————これは今違う、客観性の構造を今は理解しようとしている、そこからどのように盤面が動くかのシミュレーションをするために、今の盤面の力学を知りたい。要素はモントペリーの城、敵の軍隊(もちろん今はどこか明確ではないか、それもいちいち詮索すると必要な答えをえられない)モントペリーの民衆・・・・人は『不安』『不満』『不快』で能動的に行動する。民衆が今行動している。もちろん敵が攻めてくると思っている『不安』であろう。敵に対しての『不安』?いや違う。敵はいつでもいる。味方に対しての安心があればそのような状態にはならない!
間違いない!つまり敵は攻めてこないかもしれないが、民衆はこの街の守備をする責任者に不安を持っている。通常で言うと領主、城主——————中央政権統治下にあるのであれば内政は『ウルビス(市政官)』、軍事面では『ガリソン(中央政権からの直属の軍隊)』ブラフをかけるのであればここだ!
「でも、モントベリー管轄のガリソンはすごく優秀と聞いていたが・・・」
そんなことが私は知らない、だが逆方向に揺さぶりをかけた。
「この春で新しいガリソンが赴任したんだ」
パルフェ!
完全に一致した。この町が責められようとしている。しかしそれは火急ではない。しかし城の状態は芳しくない。なぜならガリソンに問題があり、民衆がそれを不安に思っている。どういう理由か分からないが、その件でシルバー先生はガリソンのところに連れて行かれた。だから昨日あの兵士たちは「城主のご子息であるドレヴィン様がお待ちだ!」と言ったのだ・・・・・??????
城主?の息子?・・・・
「ドレヴィン様ってのは?」
「その新しく赴任してきたガリソンの息子だ」
「でも、昨日『城主のご子息』って」
「それは、本当は違う。ガリソンのルグラード・フォルシュトンがまるで城主のような振る舞いをしているからそのように言われている。それに、我々のようにこの城を昔から守っている兵士と違い、今回来たガリソンの直属の兵士たちがいて、彼らがルグラードを城主と呼んでいるだけだ」
先生・・・・まだ私は言葉に囚われている感が否めないですね。単語や言葉尻など正確に使われている訳がないのに、そんなこと先生に何度も教わっているのに・・・・
それにしてもなんとも・・・
面倒くさい雰囲気が満載である。
いつの間にか外周の城壁までたどり着いていた。もちろん我々が通るところは正面門から遠く離れた通用口である。




