第八章 第一節
モントベリーは西の要塞と呼ばれている。特徴的な城壁が二重になっていて、手前が6mぐらいの高さであるのに対し、内側の城壁は12mから最も高いところで20mはある。この城壁は、歴史を刻むことに徐々にその高さを増したらしい。首都アゼネイエのアカデミーでは、周辺諸国には不可能なほどの本を所蔵しているアカデミーライブラリー。私はそこで文献を読んだことがある、それだけで実物は見たことがないため、私がここで不確定な言葉を用いている。そこにはモントペリーの詳細な構造が描かれており、どのようにして城壁が積まれていったか、年代ごとに表記されていた。おそらく何層に渡って積まれている状態を一目見れば、その歴史を感じられるのだろう。また城門に対しての工夫も、相当なものだと思われる。 敵が侵入した際に落とし格子で閉じ込めてしまう。その上から油や熱湯などをかけて、敵を殲滅するのである。防御という面でももちろんであるが、敵が侵入できると思うところからの、自分たちが最悪の状態に突き落とされる心理的効果は絶大なるものだと思われる。さらに続いて申し訳ないが、矢狭間の形状が資料を見ただけで膨大な数があった。通常の縦長のものから、中心だけが丸になっているもの。逆三角形のものなど様々である。それらがすべて効率的に機能しているとは思えないが、塔が進化をして行く過程で、さまざまなアイデアが盛り込まれたものだと思われる。
さらにさらに続けさせていただく。塔の螺旋階段が時計回りは有名である。塔を上がってくる敵兵が、武器を持つ右手側に壁がある状態になる。これで彼らの攻撃可動範囲が制限される。一方、防御側は広いスペースを確保でき、圧倒的優位な立場を保持することができる。モントペリーがすごいと言われている理由は、その構造を城に至る道路にも適応した点である。基本道路が時計回りで右手側に遮蔽物を置いている。そのことで敵兵は右手側に圧迫感を感じつつ、視界を制限される形で進まなければならない。その書物には実際に歩いた感想が記されており、常に左側に体が寄せられるような感覚が起こるらしい。もちろんその筆者は戦闘中に訪れたわけではないない。ただ普通に通行しているときに、向こうから来る人々は自分が寄せられる左側を通行しており、自分から相手にぶつかって行くような感覚に陥るらしい。しかもそれは自らのコントロールが効いてない中で「無意識に振り回されているように思える」と記されてあった。戦闘中でもないのにそんな状態になるのであれば、実際の兵士たちが城を攻めた際は凄まじい混乱が生じたのではないかと推測できる——————可能なのであればそれら全てスケッチをして、資料の形で自分の手元に残して起きたい。
ここまで長々と書かせていただいたのは、私はとても城造りに興味があり、自らがウルビス(市政官)として赴任する予定であったアラモンで、これらの知識を生かして街を守るための壁を作成しようと思っていた。結局私自身がウルビスに赴任することはなく、当時その立場であった伯父上に提案したことがあったが「ここに敵が来るということは『モントベリー』が陥落したことを意味するのではないか。そんな敵を相手に我々がどうこうできるわけはないだろう」と一蹴された事を覚えている。
低い林を向かって進んでいく。ふと目の前に、杖をついて歩いているシルバー先生を見て、一つの聞きたいことが頭に浮かび上がった。私が首都アゼネイエのアカデミーにいた時、当然であるが中央政権の城の中には入ったことはない。それどころか何層に分かれているかわからない城壁に通ずる城門すら、通り抜けることは一度たりともなかった。
「シルバー先生、一つお聞きしたいのですが」
私が先生に声をかけると、先生よりもさらに前を歩いていたイーヴァンがふりむき、ちょこちょこっと後戻りをしてきた。
「ビル、なになに?」
なぜか先生の代わりにイーヴァンが返事をする。以前は私と先生が話をしている時、つまらなさそうに歩いていたイーヴァンだが、最近はさまざまなことに興味があるらしい。なんだか話を続けるのに微妙な間ができてしまったが、特に先生の方が話しづらい様子もなかったので、私はそのまま言葉を続けた。
「先生は以前、首都アゼネイエにおいて軍事作戦にも参加されていたと聞きしました。ということは、中央政権の城の中に入られたことがあるのでしょうか?」
先生は何の質問かと思われていたみたいだが
「ビルは城の建築に興味があるのですね」
と微笑んだ顔で言われた。
「そういえば、これから訪れるモントベリーは強固な城で有名ですからね」
「へ―、そうなんだ」
先生がおっしゃった言葉にイーヴァンは大きく反応する。
「はい。私自身アカデミーでさまざまな城に関する書物を読みました。しかし、アゼネイエにある城には訪れる機会はありませんでした」
「最も機密性の高い場所ですからね。さすがに誰でも入れるというわけでもありません」
「先生は入られたことがありますか?」
「そうですね」
私は心の中で感嘆した。流石である・・・
「先生、話せる範囲で良いので、どんな風だったか教えてもらえますでしょうか?」
「ははは・・私は普段あなたに、言いたいことは言ってはいけないし、やりたいことをやってはいけないといいました。最近はそれを認識できています。その上で聞きたいというのであれば、私も一興という形でお話ししましょう」
「ありがとうございます!」
「じいちゃん、どんな感じだったんだ?」
「そうですね・・・」
先生は少し思い出すように空を見上げた。
「お城としてはかなり最近に築城されたものです。周辺の町にある城や城壁とはイメージが大分違いますね。非常に整った形の石やレンガで上下左右のずれは少なく、直線で引いたような感じでした」
城の周囲は非常に高い木々に囲まれていたが、その隙間から見える城壁の雰囲気、それは私が見たものと先生がお話になったものは一致する。
「内部もそのような形なのですね」
「そうですね。私が今まで他の城を見た限り、そこまで画一的な形状をしているものはありませんでした。それはそれで今までと違う工夫がなされているのだと思います。が、いかんせん——————」
先生はそこで一拍おかれた。
「私がそこまで城の構造に関して興味があったわけではないので・・・」
なんとなく先生は本音を言われているのだと思った。
「ただ、ビルが興味ありそうなことを挙げるとするなら・・・」
「何でしょう」
期待を込めて返事をしてしまった。
「安易に人を城に招いてはいけないと思いました」
「それはやはり、全体の構造や敵に対する仕掛けがばれてしまうということでしょうか?」
「多くの方がそのように言うでしょう。しかし実際にそのことがわかったとしても、それに対応していくのは一兵士です。たとえ部隊長に伝えていったからといって、そんなに都合よく、すべての兵士がその細かな情報に基づいて対応できることはないでしょう。私が安易に人を招くべきではないと思った、一番の理由は——————城から見える視界です」
「視界?」
「そこかしこに配置された見張りとなる塔が、敵の侵入を事前に把握するようにできている。そのことには間違いないのですが、人には必ず『ムラ』というものがあります。」
「『ムラ』ですか・・・」
「例えばあなたが階段を登ったとしましょう。登る前はどこを見ます」
「まあ・・・これから登る階段の一番上を見るような気が・・・」
「登っている最中は?」
「もちろん余裕があれば周囲を見ますが、それに長い階段だと・・・でもそうでない場合は足元を見るかもしれません」
「そうですね。石やレンガでできた階段は段の違いが木材でできたよりもあります。気を抜くと躓いてしまうからです。では一番上に登りきったときは?」
「やはり周囲を見ますね。この時が一番落ち着いているでしょうから」
「それが『ムラ』です。先ほどの例はわかりやすいものでしたが、周囲を監視するための塔においても、必ずその『ムラ』が存在します。もっともわかりやすい表現をすれば、監視をしていて、見える範囲でありながら死角があるのです。それが当然一箇所だけでありません」
私はその話を聞きながら急に恐ろしくなった。先生は首都アゼネイエの要である城の弱点を把握しているということである。私は難しい顔をしていたらしく、その表情を見たイーヴァンは
「ビル、何?なんかあった?」
と聞いてきた。
「先生・・・・そんな重要な事、私に言って大丈夫なのでしょうか?」
先生はいつものにっこりした表情で
「ビルはまだ多くの人が物事をどう考えるか、そのことを理解してないようですね。いつも言っている通り、人は皆——自分の思い込んでいることだけ頭がいっぱいとなっています。先ほど話したように内部の形状や仕掛けの話をすれば、非常にまずい情報を他人に漏らしたと多くの人が思います。でも私は、結果に対し大きく左右されることではないと言いました。一方、先ほど話した『死角』について正しく理解し、そこを攻撃の際『死角』の部分を突いたとするならば、守備側は突然目の前に大群が来ることになります。対応も遅れますし、心理的圧力も大きいでしょう。しかし多くの人が「ここに死角がある」と言っても。「何を言ってるんだ、充分見えるじゃないか」と笑い、私は相手にされないだけでではないでしょう。だから私は堂々と、このようなことを口に出来るのです。もしこの違いに気付く者がいれば、その方は賢人で決して我々に害を及ぼすことはないでしょう」
具体的な話の、しかも少し趣味に近い会話の中でも、いつもと同じように大切な概念を言っていただいたような気がする。城の構造に関しての知識は私の方が上だとしても、本当の戦闘になった場合には、到底先生にはかなわなさそうな気がする・・・・まあ当然ではあるが・・・
ザッ
先生が一瞬だけ歩みを止められた。だか、すぐさま何事もなかったように前に進み始めた。
「?————先生」
「じいちゃん?」
イーヴァンも気づいて声をかけた。正面を見ると兵士を乗せた馬が二頭こちらに向かっている。おそらくモントベリーの兵であろう。彼らの鎧は銀と黒の色合いをしており、肩や胸のところに「双頭のドラゴン」が彫られている。長い槍を持っているが腰には片手剣と短剣も装備している。さらに背中には小型のクロスボウ・・・嫌な予感がする。
「ビルよ、今まであなたが来た道のりの中で、もっとも過酷な目に遭うでしょう」
目線は正面から変えず。小声で先生はそうおっしゃられた。
「しかし、あなたはここまで多くを学んでいます。必ず乗り切ることができるでしょう」
先生は強い覚悟と信念を持って、突然私に言われた。兵との距離はどんどん近づいてくる。
「先生、イーヴァンは」
『どうしましょう?』という意味で聞いた。私は既に覚悟ができている。イーヴァンは私と先生の方を見た。
「イーヴァンは大丈夫です。正規軍が何の理由もなしに子供を殺すことはありません。多少痛い目を見るかもしれませんが、この子が今まで送ってきた人生の中では、それに類することはいくつかあったでしょう。命を奪われなければ、ひとまず『よし』としなくてはなりません」
50歩先ぐらいに兵士が近づいてきている。ちらりとだけ目線を合わせたが、完全に我々の方を見ている。髭を生やした奴とそうでない奴。間違いなく我々に狙いを定めている。『なんだ、こいつらは何のために私たちを?狙いはだれだ?何の力学が働いてる?』頭を高速で動かす。先生は兵の方に目線を完全に向けている。『わたしたち用事があるのですね』先生の表情はそう言っている。
30歩手前、兵に乗った馬は止った。我々を待ち構えるように。私も腰に剣は持っているが、彼ら相手にはとても役に立たないだろう。それにしても、彼らの何と横柄な態度、なんと不遜な態度!
10歩手前、先生が立ち止まる。私とイーヴァンも立ち止まる。さすがに目線を兵に向けないわけにはいかない。先生は一言も発しない。彼らはすぐにしびれを切らす。ひげがはえて無い方がしゃべった。
「おまえ、シルバーだな」
カッと一瞬自分の中で怒りがこみ上げる。だが理性がすぐにそれを抑える。「こいつらはシルバー先生が何者なのか分かってこの態度をとっている。彼らにそんな知識も知恵も権力もない。誰だ!?誰がこれを仕掛けている!」
「おい」
髭を生やした兵士が、私にひもの端を投げつけた。
「?」
一瞬分からなかった。
「これでその爺の腕をくくれ」
ボルテージは先ほどよりは上がらなかった。「こいつらは何をしようとしているんだ。どう考えても先生と一緒に旅をしている私が、先生に縄をかけることなどあるはずが・・・」
「早くしろ!」
その瞬間ヒゲのない方が——————なんと、シルバー先生を馬上から蹴り倒した。
「!!」
一瞬、ほんの一瞬我を失いかけた。意識は完全に剣を抜こうとしていた。だがその仕草を見せるよりも早く自分を『客観性』という冷静さが覆った。
「じいちゃん!」
イーヴァンがかけよる。
「何をする!」
私はヒゲのない方に怒鳴った。だがあくまでも私は冷静だ。どこでも転がり落ちているようなセリフで応酬し、現時点で何が起きているのかの位置を把握しようとした。
「じいちゃん!大丈夫か!」
「ぐ・・・・」
先生が苦しそうに体を起こす。「演技だ!先生は今自分を弱々しく見せるという道化をやっている!」
さらに自分が冷静になる。
「ハハハハハ」
「ぐわはははは」
髭ありと髭無しが笑う。
「何がおかしい!!」
私も冷静に「なんてひどいことをするんだ!」という惨めな演技をする。
「城主のご子息であるドレヴィン様がお待ちだ!」
そういうと立ち上がろうとしたシルバー先生を再び蹴り倒した。先生も不意をつかれ大きく頭を地面で打った。
今度は完全に衝動に駆られた!
「ふざけるな!」
一瞬で何が起きたかわからなかった・・・・・自分の右肩にクロスボウの矢が・・・
「え・・・・・」私は今・・・この至近距離で撃たれた・・・
「ビル!!!!」
イーヴァンの天を突くような叫び声で、私の状況がとんでもないことになっていると認識できた。なるほど、先生・・・・これは今までで最も厳しくなりそうですね——————
私は折角だったので奴らが喜ぶように、吹き飛んで地面に叩きつけられてやった。




