第六章 第五節
ここからシルバー先生の講演の内容を記していく。無論途中で退屈したのであれば退室していただいて問題はない。
先生はゆっくりと周囲を見渡す。
「今日ここで私が話をするにあたり、当然何を話すかを考えてきました」
舞台に立っている先生の後ろに、普段講義で使われているであろう黒板が置いてある。木の板に黒い塗装が施されているもので、チョークはおそらく、この地域で取れた貝殻原材料が施されているのであろう。先生はその黒板に『比率』という文字を書かれた。
「今日私が、話をする中で『これを聴きたい』と思っているカテゴリーがあると思います。
一つは『私という人間の存在』について、一つは『カバラ-ブルサの戦い』について、一つは『学び』について、一つは『皆さんの私に聞きたい事柄』について」
先生はこのように言われると、それぞれのカテゴリーに対して挙手を求めた。当然の結果ではあるが、圧倒的に彼らが望んでいるのは『カバラ-ブルサの戦い』についてであった。もちろんであろう。この戦いにおいて中央政権寄りのカバラに圧倒的な勝利をもたらしたのはもはや伝説となっている。みんな、その戦話を聞きたくてしょうがない。次に多かったのが『自分たちの聞きたいことを先生に聞く』ということである。これも当然である。人々は自分の聞きたいことを相手に聞きたいのであって、相手が話したいと思うこと、相手が伝えたいと思うことは大概どうでもいいことである。
取りあえず黒板には1:6:1;2と先生は書いた。
「では皆さんがもっとも聞きたいと思われる『カバラ-ブルサの戦い』のお話をしましょう。まずこの話をする前に、私は政治的な話をしたいというわけではないと思っていただければと思います。つまりカバラ派の人たちを非難するつもりはなく、双方のこの戦いで亡くなった兵士や一般の方々を貶めるようなことを言うつもりはありません。ただ単に、私がそこでどのような役割を果たしたのか、そのことに努めてお話をしていこうと思います。」
確かに、この会場の中にも先生の敵側にいた勢力の人もいれば、身内を殺された人もいるかもしれない。彼らの感情を逆撫でするような言葉は、非常に危険である。ちなみに私自身は、先生からこの戦いのことを一度たりとも聞いたことがない。そんなことよりも学ばなければならないことが、あまりにも多すぎた。このような機会がなければ聞くことは難しかったかもしれない。
「皆様ある程度はご存知と思いますが、簡単にこの戦の説明をいたします。中央政権が首都を『アゼネイエ』に定めたアルクトゥルスの年で224年、地方都市「カバラノワ」と「ブルサヴィル」において発生した小競り合いが後に大きな戦へと発展していきます。「カバラ派」「ブルサ派」と呼ばれ、反中央政権側が「カバラ派」、中央政権寄りが「ブルサ派」でした。最後には「ブルサ派」が勝利を収める形になります。「カバラ派」の首謀者は領主である「カラドーヴィン」、元将軍の「ナウレート」」
この辺りの知識は持ってないとアカデミーに決して入れない。しかし私も、アカデミーに入るための塾に通わせていただいていた。そのような機会がなければ正確にそれぞれの名称を把握することは一般の人には難しい。
「皆さんはこれからアカデミーを卒業した後さまざまな役職に就きます。場合によっては首都を『アゼネイエ』を訪れて、そこで要職に就く場合もあります。皆さんも関心の中の一つに、『戦に勝つためにはどのようにすればいいか』ということがあると思います」
観衆の集中力が高まる。
「これは実に簡単な事ですが、非常に難しいことです。『勝つ方』に附けばよいのです」
観衆の集中力が一気に弱まるのを感じる。そうだ、先生の言うことは『当たり前』なのだ。このことを理解するにはかなりの経験と、研鑽を積むことが必要となる。先生は以前にもおっしゃった。当たり前のことが最も大事であり、そしてみんなそのことを「当たり前だ」と見下し愚弄する。みんな耳に楽しいことを望むのである。今まさにその空気がこの会場に充満している。人々はいかに不利な状況でシルバー先生が天才的な機転を効かし、大逆転を表したのか、その『物語』が聴きたいだけなのである。これが一般庶民であればまだ分かるが、学問を学ぶことを主とした人々が集まっても、このような状態になるのである。
「また同じように皆様にお聞きします。皆様この件について聞きたいと思うことは、どのようなことでしょうか。一つ『私がこの戦の目的をどのように設定した』のか。一つ『この戦で具体的にどのような作戦が行われた』のか、一つ『この戦とはどこに本質があるのか』」
先生は先ほどと同じように、挙手で投票を取った。圧倒的に2つ目の『この戦で具体的にどのような作戦が行われたのか』であった。当然である。彼らはどうしてもこの場を楽しみたいのである。ここで話したことを家に帰り語りたいのである。
先生は再び黒板に1:7:2と表記した。
「では、この戦でどのようなことが具体的に行われたかをお話します。」
私はここから先の先生がどのような行動をするのか全く想像がついていなかった。なんと先生は、急に発言の内容と口調を変えられたのである。まさしく、それは講談師のようであった。
「首都「アゼネイエ」の内務大臣である「バルドゥル」、彼は赤ひげ大臣と呼ばれており、軍事指導者「エルマヴィ」といった中心人物を擁しています。数多の英雄と陰謀が錯綜し知恵と力を試されるか戦いであった。この戦の運命を見る者たちが最終的に誰だったのか。都ではまだ人々が安心して暮らせる経済ではなかった。苦しむ人たちは町であふれ商人たちは利益を求め行きかう。そんな中、戦の運命をめぐる者たちは暗闇の中で動き出していた。「サソリの矢」という、秘密裏に活動する組織。彼らはカバラ派の利益追求者たちの背後に潜み、巧妙に、時に恐ろしい手段を用いて、思惑通りに事を運ぶ者たちであった。赤ひげの大臣はその強気眼光を持って、敵の動向を探っていた。反乱は地方から広がりつつある。カバラノワの地に火をつけたのは、元将軍の「ナウレート」。彼は周囲から地獄の将軍とされて、一時その職を解かれるほど残忍な男であった。そんな彼がカラドーヴィンと手を組んだのである。必然的に導き出せるこの結論は戦という最終的な形しかなかった。バルドゥルはまず、彼らの力を削ぐためにそれぞれの違う作戦で撃って出た。カラドーヴィンに対しては懐柔という手段。ナウレートに関しては暗殺という手段を用いた。当然これも仕掛けたのは「サソリの矢」たちであった。彼らはわずか6人の精鋭で敵の将軍を暗殺した。中には2人の容姿端麗な女性も含まれていたという。ハニートラップに近い状態で将軍を罠にかけたと思われる」
観衆たちの熱がはいる。しかし私にとっては、ほとんど何も耳に入らない。物語の主人公たちの猛々しさを表す形容詞だけが飛び交っている。が、登場人物の中にシルバー先生はどこにもいない。端端に関しては嘘ではないが、それ以外は全て先生が創作しているのではないかと思われる。
「さらにこの作戦の最も凄まじいところが、その矛先を味方に向けたというところである。軍事指導者「エルマヴィ」はそのカリスマ性において軍では絶対的な指導者であった。しかし中央政権内部では、彼が非常に「戦闘狂」であったことでも知られている。それが言え、その牙は内部にも向けられることがあった。形勢は有利になっているのに、彼の評判と立場は逆に危うくなっていった。赤ひげ大臣も彼に最終警告を付きつけなければならない時が来た。しかし彼はそれに従わなかった。そして相棒であるはずの『赤ひげ』にもその虚勢を向けた。『赤ひげ』は涙ながらに「サソリの矢」に指令を出した。彼らの中にはそれを反対する者もいたが、リーダーである若干25歳の若き英雄『真紅の棺』もちろんコードネームであるが、彼が周りを説得し作戦に及んだ。」
観衆たちは、息をのむように先生の話を聞いている。
——————先生、幾ら何でも酷すぎです。絶対途中から勝手にネーミングを付けてますよね。赤ひげの大臣もカッコいいように『赤ひげ』とわざと略してますよね。特殊機関がトップの命令に従わないだってことが、現実としてあり得るわけがない。『真紅の棺』って今考えましたよね?
私はどんな表情で、栗色の髪の女子生徒がこの話を聞いているのか覗いてみた。明らかに表情が混乱している。たぶん脳の中がパニックっているのだろう。思わずメモを取り始めている。「これのメモを取っても、何の意味もないですよ」私はその子に声をかけてあげたかったが、さすがにそういうわけにはいかない。
先生が一瞬間を置く。周りの表情を見ている。観衆たちは先生が次に何を語るのか、熱い視線を送っている。もしもここで彼らが「そんなバカげた物語は置いておいて、学問の話をしましょう」という表情をしていれば、先生は一度にその道を変えるだろう。しかし『現時点での現実』は先生が、もしくは私が期待した道にはつながっていない。先生は、彼らを興奮させるクライマックスを求められている。
先生は大きく息を吸い込んだ。
「ここからは物語のクライマックスになります」
先生・・・完全に「物語」「クライマックス」って言っちゃってますが・・・
「国内の味方に刃を向ける事に葛藤しつつ、彼ら「サソリの矢」は軍事指導者「エルマヴィ」に接近します。一方、彼も歴戦を生き残り続けてきた男。その黒い影に気がつかないわけがない。ほかの暗殺者の手をかいくぐり、なんとか逃げ延びようとします。しかし最後に『真紅の棺』に追い込まれ一対一の決闘を挑むのです」
嘘だ・・・暗殺の現場がそんな派手なわけがないし、決闘って・・・
「決死の戦闘の末『真紅の棺』の剣先が彼の喉元を突き刺します。軍事指導者「エルマヴィ」は『己が死んでもその野望を受け継ぐ者が、新しい帝国を作り上げる』といいその場に倒れてしまいます。彼の骸見下ろす「サソリの矢」の5人衆」
先生、一人減ってます・・・
「彼らはその一部始終を「アカヒゲ」に報告し、彼らはまた闇へと消えていくのです。今現時点でもこの世界を動かしているのは彼らかもしれません・・・」
うおぉぉ
小さなどよめきが起こる。正直途中から何の話だか全く分からない・・・
その後、質疑応答が行われたが、当然質問の内容は「サソリの矢」「アカヒゲ」(知らない間に発音のニュアンスも変わっている)軍事指導者「エルマヴィ」などの話に焦点がいく。しかもそれらは「どんな容姿や服装をしていたのか」「日常はどんな生活をしているのか」「どんな食べ物が好きなのか」それを聞いてどうするのかと思うものばかりである。しかもそれに対して先生が真面目に答えているのである。イーヴァンはとっくに外に出ていた。おそらく疲れて、庭のベンチで休んでいるだろう。
何人か質問する中で、栗色の髪の女子生徒が手を上げた。私は思わずハッとして、シルバー先生の方を見た。シルバー先生もわたしと目が合った。
「そちらの髪の短い女子生徒さん」
シルバー先生は丁寧に、その人指名した。彼女は一瞬、『本当に自分が当てられたのか?』と疑ったのか周囲をキョロキョロ見てから、自分であることを確信し立ち上がった。
「私はアカデミーの生徒でマリオン・ヴァルモンと申します」
マリオン・・・それが彼女の名前
「私は非常に未熟な故、先生のお話がなかなか要点をつかめなく・・・」
自信無さげなその言葉に、周りの人たちから、少し嘲笑めいた音がする。『人は常に蔑まれるぐらいがちょうどいいのです』以前先生は、私にそう語った。非常に屈辱的で苦しいことであるが、謙虚に徹すると、常に人から見下される。彼女もまさしく、そういう人物であった。
「ですから、大変申し訳ないですが、この度のこのお話で、何が大事なのか教えていただけますでしょうか」
観衆の人たちにとっては休憩時間である—————
先生はにこりとして、優しく言葉を続けられた。
「分かりました」
先生はそういうと黒板にまず100:1と書かれた。彼女にはこの意味はわからないかもしれない。でも私にはすぐにわかった。先生は当然そのことには何も触れず、再びこちらを向いた。先生の目線も雰囲気も彼女だけに焦点が当たっていた。
「あなたがこれから大きな戦に関わらずに、一生を終えることができれば、それは幸せなことです。しかし、生まれた場所と時代によってはそれを避けることができないことがよくあります。また、決して大きな争いでなくても、人間関係のコミュニティでは常に衝突が起こることがあります。それらを避けることほぼ無理でしょう。しかし、先ほどのお話の中でも、実は重要な登場人物は3人しか出てきません」
マリオンは大きく頷く。全てを受け止める準備ができている、空白の状態である。
観衆の表情を見れば、彼らが既にこの話についてこられていないことがわかる。あるい、は分かっているふりをしている人々が、その半数を占めている。1:50:50である。もちろん足して百にならないのは、彼女が100人の中の人物ではなく、101人目の人物だからである。
「一人は利を欲する者、一人は快楽を欲するもの、そしてそれを無責任に煽る者。実はこの3人しか存在しません」
彼女が少し、ついていけていない表情をした。頑張れ、もう少しそこで粘るんだ!
その瞬間彼女が私を見た!彼女は完全に私を見たのである。私は表情を変えなかった。強い眼差しで彼女を見続けていた。
「あの・・・」
彼女はまた正面を向きシルバー先生に質問を続けた。
「わからないのですが・・・そこには、その人たちに対抗する人々や、大事なものを守ろうとする人々もいるのではないですか?その人たちが、戦いを勝利に導いたり、和平を取りもったりしたのではないですか?」
一瞬会場がどよめいた。聞き方によってはまるで、先生に楯突いたような言葉であった。しかし私は心の中で、その彼女の勇気と知性に感嘆するしかなかった。
先生は再び優しい笑顔を彼女に向けた。しかし、もちろん・・・その言葉の内容は楽しくもなければ面白くもないことである。
「そのような人たちは、体勢の外に存在します。それらが片付いた後で花が添えられることはあるかもしれませんが、先ほど話しました三者以外がその形を作ることはありません。私は一番初めにこう言いました。勝つことは簡単だ。勝つ方に附けばよいのだと。権力者の後には次の権力者がいるだけです。そしてそこに付き従うものがいる。必要な要素はそれですべて終わりです」
世界は悲しいですね・・・彼女はまるでそんな目をした。彼女が先生の言葉を結論として捉えているかはわからない。それが出来るまでには、まだ経験があまりにも少なすぎるだろ。しかしその気持ちを持って進まなければ、どこかで挫折してしまいそうだと言う気持ちが沸き上がったのかもしれない。
「私は・・・先生といつか語りあえる日が来るのでしょうか・・・」
マリオンは恐ろしく漠然とした質問をした。私は思わずシルバー先生を見た。私の頭の中で、先生はなんと答えるのか全く想像がつかない。
「もちろんです、必ずきます」
マリオンはその言葉を受け、大きく息を呑んだ。先ほど講談師の時のように語った先生の言葉の重さではない。完全なる真実と確信を持っているような言葉である。
「この世界は私が先ほど語った物語よりも、もっと想像しないことが起こり、もっと美しく、もっと激しく、もっとあなたを喜ばせるものです。今あなたが大きく翼を広げているように、その鍛錬を怠らなければ、いつかあなたは大空を飛べるでしょう。そのことから考えれば、私と語り合える事ができるなど、あまりにもたやすいことです」
彼女の瞳が光にあふれている。先ほどまでの嘲笑の欠片さえも、この会場には落ちてない。彼女の頬は、感動という言葉で表情しきれない震えを起こしている。
——————そうなんだ。今私は首都「アゼネイエ」の牢獄でこれを記している。しかしこの文面が、いつかこの鉄の柵を越え誰かに読まれる。いや読まれているからこそ、まさしくこの文面を読んでいる人たちと、私は関係性を持っているのである。どこの場所に住み、どのような人物で、何をしている人なのか、その絶対的に出会えるはずのない人と、私はこの文面を通じて会話をしているのである。こんな『必然的な奇跡』があるだろうか。私のこのくだらない駄文がどういう形であれ、あなたに届いていることに、私の心は震え、胸の奥からこぼれる涙を止めることはできない。
——————ありがとう
講演会が終わると、我々はそれまで何もなかったように解放された。観衆の人々はそれぞれの帰路についた。我々は荷物も全て持ってきていたので直接次の街へと目指した。イーヴァンは先ほどまで寝ていたせいか、元気いっぱいである。
私は少しだけ後ろを振り向いた。マリオンは声かけることもなく、遠くからずっと我々を見ていた。
「先生、私も再び彼女と出会うと思います。それは『必然的な奇跡』だと思います」
「それはあなたが紡ぎ出した言葉ですね。『必然的な奇跡』ですか・・・なかなか良い言葉です。しかし、あなたはまだ経験が足りない分だけ、少しわかっていない部分があります」
「と、言いますと・・・」
「世界はあなたが思うよりも、ずっと狭いです。ほとんど接点がなく、まるで会う事が無いと思われた場合でも、何度も巡り会うことがあります」
「一見どんなに遠くに思えて、ほんの少しの接点だけでも・・・ですか?」
「はい。ですから、この講演で出会ったということは、それだけもとても深い関わりと考えるべきでしょう」
「先生がおっしゃるように、私にはそのまだ、その肌感覚はありません」
「そうでしょうね。あなたからすれば、私との出会いはアラモンが初めてだと思っているわけですから・・・」
「え・・・え・・・ええええええええ!!!」
私は思わず大声を出してしまった。
先生にしては珍しく、いたずらをする子供のような顔をしていた。




