第六章 第二節
門を抜けるとやはり道は二つに分かれていた。片方はジロードの町の中心部にそのまま続いている。中央から南に向けて、そして再び西の方に広がっている道である。そちらに住民が暮らしている地域、お店や職人たちの工場。南の方には比較的広い範囲での作業場があるようである。道を通り抜けたところに港があり、おそらく海産物を干したり加工したりする場所であろう。一方我々が通った道は北側を通るルートである。この道は新しく設置されたであろう雰囲気を出している。 道幅は広くレンガで舗装されており、赤土と白土の模様が綺麗に施されている。奥にある草木は手入れが行き届いており、その手前に凝った装飾の石でできたベンチが置かれている。これらはすべて大理石でできており、エルドリッチ山脈から運ばれた「エルドリッチ石」と呼ばれている。やはり船の運搬経路が確立している強みであろう。
我々の前に案内人が一人で歩いている。彼によってラトール・アカデミーまで連れてこられた。庭には半円形の舞台のようなものがあり周囲はそれを観覧するための座席がある。それを左手に見ながら建物の中に入る。そして、アカデミーの責任者の所まで案内された。
「私の名前はアントワーヌと申します。」
痩せ型の50代ぐらいの男性で、身長はかなり高い。
灰色がかった黒髪で非常に整えられている。笑顔になった時、目尻のシワがその人の優しさを強調しているようだ。アカデミーの正装であろう、長いローブに黄色の刺繍が施されている。ローブの下は、白い絹のシャツと黒いレザーのズボンを穿いている。
「はじめまして、わたくしはシルバーと申します。後ろに控えているのが弟子のビルとイーヴァンといいます」
シルバー先生が私たちを紹介してくださった時、私は軽くお辞儀をした。イーヴァンも何かしないといけないと思ったのか、適当に頭を下げたが足を組んでいる時点でそういう問題ではないと思った。
「さあ、お掛けになってください」
我々は深みのある緑色のソファーに座ることを促された。先生は静かに座り、イーヴァンはドスンと座った。私は最後にゆっくりと座る。
アントワーヌと名乗ったその人は、柔らかな表情で口を開いた。
「わたくしが首都アゼネイエにて教鞭をとっているときに、一度だけ先生にお会いすることがありました」
「申し訳ありません。わたくしはあまり人の顔を覚えるのが得意ではなく、大変ご気分を悪くされると思いますが・・・」
「いえいえ、先生ほど有名な方がお会いした人を全て覚えておくなど、その膨大な量から考えればなかなかあり得ないことです」
不思議である。ここまで先生に様々なことを教えてもらい、その態度や意識をすることなど、もっとも実戦感覚に近い部分で指導していただいてきた。そのせいかアントワーヌと名乗る目の前の男性の言葉に対し、端端で綻びを感じる。別に強く否定をしたり避難をしたりするわけではない。しかし、言葉が散漫というか、先生から教えていただいた「何のため、誰のため」という強い意識の中での単語選びや、組み換えがなされていないような気がする。
ガシャ
「いやいや先生、はじめまして」
扉が大きな音を立てたかと思うと、中から随分とがっしりした体格で、銀色の頭髪をした男性が入ってきた。濃い紺色のローブをまとい、ずいぶん装飾を施されたベルトを付けている。その男は、我々はもちろんアントワーヌという男性も無視してシルバー先生の両手を握って挨拶した。
「高名なシルバー先生にお目にかかれて大変光栄です。早速ですが」
『早速ですが』?この男は突然出てきて、この部屋で今までどんな会話をされたかもおかまいなしに・・・何が『早速』なのか
「わがアカデミーで生徒相手に講演をしていただく、是非とも鹿の日にこのアカデミーでお願いできればと思います。生徒たちは先生の講演をとても楽しみに待っています」
まるで嵐のように言葉を重ねる。それも非常に乱雑に・・・相手の返事を待たず言葉を重ね、それを『良』としたことにしようとする態度がみえみえである。しかも『鹿の日』?明後日ではないか。(中央政権による1週間の呼び方の統一はまだ進んではいない。その為未だに昔の呼び方で一週間を鷲・狼・鹿・馬・兎・熊・龍で表している地域が多い)われわれは何日もこの街に滞在するつもりはない。しかも大きい街では滞在費用が非常に嵩む。何をいろいろ勝手に決めているんだ。
「学園長、先生が快く受けていただいてとても喜ばしいことですね」
がっしりした体格の男はアントワーヌに向かって画面の作り笑顔で言った。先生はまだ何も返事をしていない・・・・この細身の男性は学園長だったのか・・・まるで物事の整理がつかないうちにどんどん話が進んでいく。先生の顔を覗き込むといつもの全く表情が読み取れない状態であった。
「では、私はいろいろ準備がありますので」
そう言ってドアを開いたが、
「ああ、失敬失敬。わたくしの名前お伝えするのを忘れてました。私はこの学園の理事長を務めるルイ・ドゥラクロワと申します。では」
そういうと扉を再びパタンと大きな音を立てて閉めた。
アントワーヌはとても申し訳なさそうな顔をしてシルバー先生に言った。
「ルイ様はあのような感じの方で、大変申し訳ございません。」
ほんの少しだけ間が空いた。イーヴァンは恐ろしく暇そうで、ソファーの横の装飾を指でぐるぐる追って暇つぶしをしている。先生がゆっくり話し始めた。
「大丈夫ですよ。中央のアカデミーに則っていれば、「鹿の日」に朝早くにこちらにおうかがいすれば、問題がないと思いますが」
「そうですね。そうしていただけると助かります」
アントワーヌは再び申し訳なさそうに頭を下げた。
「毒蛇の穴には毒蛇」
「はい?」
突然イーヴァンが口を開いて謎な言葉を発した。しかもそれは、アントワーヌの方に向けて発せられたのである。アントワーヌは思わず間の抜けた返事をしてしまった。
「では我々は宿を探さなければなりません。失礼させていただきます」
シルバー先生はそう言うと、出口の方に向かった。
建物出てしばらく歩く。綺麗な芝が並んでおり、ところどころに石碑が置いてある。歩きながらなのでよくは読めないが、有名な人の言葉が書いているのではないかと思う。「まさかシルバー先生も言葉が書いてあったりすることは・・・」そんなことを思いながら南の方に向かって歩く。先ほど入り口で別れた、一般の人たちが訪れている街の方向に向かうしかない。
「これは決して、『そうしてもらわなければいけない』というわけではないのですが」
私はこんな感じで先生に切り出した。
「先ほどのアカデミーの方々が、我々に宿を提供してくれるということはないのですね」
「なぜだと思いますか?」
先生がそのように聞き返してきた。
「宿を貸してくれて、夕食に招待されたことが多いですが、その人たちに共通することはまず、お金を持っています」
「そうですね。その方々は、自分の家に泊めてくださることが多い。これは彼らが、自分の家に宿泊していただいたことに価値があるからです。また彼らは、そのための部屋を常に準備しています。そして彼らは往々にして問題やトラブルを抱えています」
たしかに・・・お金を所持しているがゆえに、そのバランスとして何か問題を抱えている事が多い。これは先生が先だって教えて下さった『傾き』に属することではないだろうか。
「あと、アントワーヌと呼ばれている学園長のことも気になりました。」
と私は言った。おそらく昔であれば気にしていなかったであろう。ルイという男に翻弄されいつも苦労している姿が想像される。さらに昔の私は、ルイという男を悪人と定義し、アントワーヌはそれに虐げられている可哀想な人だと認識していた。しかし今は少し違う。
「彼は我々に申し訳ないと口では言ってますが、そのルイの行為を止めるわけでもなく、さらに段取りについて詳細に詰めるわけでもなく、我々がどこの宿に泊まるかさえも気にしてない。我々のことを配慮しているようで、実はしていないのではないかと思いました」
そこまで話したところでハッとした。イーヴァンが発した言葉である。
「イーヴァン、あの時あなたが言ったことはどういう意味ですか?」
先生が先にイーヴァンに聞いた。
「あれはうちの村で言われる言葉だよ。毒蛇の穴を奥に掘っていっても、出てくるのは別の毒蛇だけだよ。中から、うさぎやアナグマが出てくることはないんだ。」
「つまり」
私が思わず口を差しはさんだ。
「一見アントワーヌとルイは全く違うように見えるけど、すぐ近くにいるということは同じ場合が多いということ?」
私がそういうとイーヴァンが
「そうなの?」
不思議な顔をして言った。イーヴァンは自分が発した言葉の意味など全く気にしてないようであった。自分で言っといてその返事はないだろう・・・
「あなたはあの2人が似ていると思ったのですね?イーヴァン」
「だって反対してるっぽい顔してて、反対してないじゃないか。反対してるんだったら言えばいいじゃないか」
これは先生で言うところの三つの世界の認識である。イーヴァンとっては、社会の中での立ち位置によって自分が常に思っていることを言ったりできたりするわけではない、という「現時点での現実の世界」の部分がない。ある意味、だからこそ好き勝手が言えるのであろう。
「ではイーヴァン、同じ毒蛇だとして、あの細身の男の人が、体の大きい人に何一つ反対する言葉を言わなかったのは、それが理由だと思いますか」
理事長と言っていたから権力者でもあり資金面での提供を受けているのかもしれな。建築の世界ではよくあること・・・
「そうだよ、おんなじやつらだからさ。俺も今までいろんな人に会ってきたんだけど、違う奴が仲間になってるなんて見たことがない。だって嫌だったら、二つの足があるんだから逃げればいいんだよ」
イーヴァンの言葉を子供の戯言だと受け取っていない自分がいる。今の自分はイーヴァンの言葉も何かあるのではないかと本気で聞いている。思わず先生に目を向けると、いつものように私の心を見透かしている笑顔を向けた。小さな作の門を抜けると、急に人がごった返す。この町の人々が住んでいる地域に出た。
「さあ、まずは手頃な宿を探しましょう」
「なんだよ、じいちゃん。俺にはビルみたいないろいろ話してくれないのかよ」
シルバー先生に食ってかかっていった。いつもは難しい話をしている時、退屈そうであるのに・・・ひょっとすると先ほど何かを感じたのかもしれない。だがイーヴァンはそれを口にする言葉をまだ紡ぐことができず、少し苛立っているのかもしれない。
「そうですね。では、イーヴァンにも大切なことを一つ教えてあげましょう。」
イーヴァンの表情は明らかに何かを期待している。先生はどんな言葉を彼の為に用意して、また私だと、どんな言葉を彼にかけるのであろう。
「私達はまた彼らに会わなければなりません。イーヴァンはそれを楽しみと思っていますか?」
「いいや、どっちかっていうと嫌だね」
「私もです」
先生がそう返すと、イーヴァンは満面の笑みを浮かべた。そしていつものように、私たちの随分前を歩くために駈けて行った。
————————先生・・・私には到底そのような言葉出てきません。何を考えどう発想すればそのような言葉が出てくるのか、冗談か冗談ではないのか。イーヴァンの為に言ったのかそうでないのか、イーヴァンは何かを納得したのか、ただ楽しかったのか。教えると先生はおっしゃったが何を教えたのか・・・
先ほどよりもさらに人が込み始めた。2日間は泊まらないといけない。安い宿屋が見つかれば良いのだが・・・




