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風と静寂  作者: 佐竹武夫
第六章
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第六章 第一節

私はずっと以前に、先生に言われたことが引っかかっていた。いや、当然それ以外にも沢山言われたことはあり、それ以外にもたくさん引っかかっているのだが、その中でも先生に一番初めて講義に内容を言われたことを覚えている。しかも、それ以降一度も話題にしてもらってない。


この世界が三つのもので構成されている。一つは「器」一つは「傾き」そしてもう一つは「法則」———————


「先生、身近な事柄についてこの三つのことに言及されることはあまりにもかけ離れていて、全く取っ掛かりが無い状態です。そのためこのような質問をするしかないのですが・・・」

「そうですね。この内容に関しては、今目の前で起きたことに対してそのまま当てはめることは非常に難しく、いや難しくはないんですがその前に理解をしておかないといけないことが多々あるので、どうしてもこのことについて言及する機会がなくなってしまいますね」


今我々はジロードの町へと向かっている。この街はかなり歴史が深い。今、中央政権がある首都アゼネイエから西の方面に位置しており、さらに街の西側には巨大な湖がある。この湖は、ファンジャス・ガラバー・ボウデュ・ベイイッソウ・ヨンキュアの五つの湖が重なってできたもので、その広さから考えて誰もが海に出たと勘違いしてしまうぐらいである。この天然の要害があることで、中央政権の重要な防衛ラインとしてこれまで扱われてきた。この町が発展してきた要因がもう二つある。一つは水産物がとても豊富なことである。フリットフィッシュ・サンライトエビ・ムーンシェルカニ・クリスタルベイビーフィッシュ・レイクパール貝・・・数え上げればきりがないくらいである。この周辺ではもちろん、首都アゼネイエでもあまりにも有名すぎるジロードの海産物。アカデミーで時々行われた食事会でも、その美味しさは群を抜いて、大きくて銀色のうろこを持つ「フリットフィッシュ」は小麦をまぶしてフライにされることがよくあり、それだけで体を使う元気な若者には大人気であった。中がジューシで、まるで高級な牛の肉を食べているようであった。女性に人気であったのは、明るいオレンジ色の身体を持つサンライトエビ。非常に美しい姿と、甘みがありプリプリとした食感が特徴。グリルにしてレモンをかける、さっと茹でてカクテルソースをかけるなど、さまざまな調理方法があり、味付けの種類が豊富で、それぞれ小分けに置かれていた。食事会では、女性たちによって一瞬にしてなくなるのを何度も目にしてきた。この訪問でも、ぜひどこかで口にできればこんな幸せなことはないと思っている。話が随分逸れたが、もう一つのこの街が反映した要因。それはちょうど対岸にあるペロリックという町が、すぐ海に面しているということである。海運で運ばれたものがペロリックで荷卸しされ、そのまますぐ湖を使ってジロードの街まで運ばれるというルートが確立している。そのため遠くから運ばれたものが比較的この地域の内陸部に普及しやすい。よく大きな川を使って内陸に運搬する方法があるが、それよりも効率的であり、大きな船が使えることで、さまざまな種類のものも運搬することができる。我々が今向かっている町はそのようなところである。


「また具体的な事例を示せる時があれば言及をしますが、もう一度はじめから説明します。この世界は「器」「傾き」「法則」この三つから成り立っています」

「はい、その三つであるということは頭に入っております」

「この世界の空間を考えた時に「縦」「横」「高さ」と定義するとしましょう。これらは関連性がないと言いませんが、軸としての考え方、縦が伸びたからといって横が干渉するわけではありません。それと同様に「器」「傾き」「法則」は関連性がありますが、軸の全く違うものになります」


まだここまでは、ついていけている気がする。周囲の様子もうかがえる余裕もある。随分道が大きくなってきた。街が近づいているせいか、前後に旅人・商人のような人たちも見える。しかしまだ田舎の風景が広がっている。小高い丘が連なっており、羊飼いが羊の群れを連れ歩いている。


「今この瞬間にすべてを理解する必要はありません。聞き流すだけでも良いです。「器」とはそれぞれの個体。それぞれが形を成し得ている状態です。例えばあなた自身。あなたが四肢を切り刻まれ、肉の塊として転がっている時に、それをなかなか「あなた」と位置づけるのは難しいと思います。目の前の立っているこの木…」


先生は歩きながら幹がかなり太い一本の木を杖で示された。


「この木も切り倒されて木材としてバラバラにされれば、一般で認識する「木」との位置づけが難しくなります。しかしあのように」


先生は今度少し遠くにある家を示された。


「家として形がなされたときに、別の個体として、つまり「家」としての器が形成されたと言えるでしょう」

「はい」


ちらほらと家が見えてきたジロードにだいぶ近づいてきたのであろう。先ほどまで牧草地帯が多かったが、今は幾分か小麦の畑が見える。少し離れたところで小川が流れているらしく、水車小屋も見えてギーギー音を立てている。


「次は「傾き」です。「傾き」とはそれぞれの物事のバランスの崩れと考えてよいでしょう。この世界がすべてにおいて完全にバランスを保てているので、あればそれは「無」の世界。逆にこの世界に何かが存在するということは、何かがバランスを崩れていて、それが「傾き」という言葉で表現されるのです」

「全てのバランスが崩れている…」

「簡単に分かりやすいものを言うのであれば、暖かいものを冷たいものとすり合わせると温度が移動します。そのバランスの崩れている状態から、いつかどちらも同じ温度になるでしょう。しかしその温度もまた、別のものとすり合わせたり、外に出したり、部屋の中に入れたりすることでまた変わります。私たちが歩き続ければ疲れますし、休めばまた疲労が取り除かれます。このように私たちは常に、あらゆるバランスの崩れの中に存在し、それらの傾きが右に左に常に動いています」

「はい」


私は一応先生の話を聞けているが、先生のお話されている真意の部分が、私の中とそれと随分と離れてきているような感覚がある。いつものように先生は私の顔を見ている。私が捉えきれてない部分を、先生はおそらく見逃してはくれない。


「もう一つが「法則」です。これは先ほどお話ししました「器」と「傾き」がそれぞれどのように作用し、どのように関連づいているか示しているものです。簡単に言うと…」


先生はふと足を止めた。そして腰を下ろし一つの石を手に取った。


「この石を投げてみます」


先生は優しく下から手前にその石を放り投げた。当然石は放物線を描いて地面に着地する。


「私が投げた石は、ある一定の法則に基づいて空中を舞い、地面に着地する。私が力を入れて投げた時は遠くに飛ぶ。これは私のエネルギーがこの石に伝わって、その法則に基づいた分だけ石がエネルギーを持つからです。つまり「法則」にのっとって「傾き」が変化するのです。仮に私が投げたものがグラスだったとしましょう。そうするとグラスは地面に落ちた時割れてしまう。この時点で「器」つまりそのものの目に見える存在が「傾き」というエネルギーの移動を受け「法則」に乗っ取り、その形状を保つラインを超えたことによって割れてしまうのです。「法則」というルールの中で「傾き」が変化し、「器」が、移動・変形もしくは破壊されるのです」


ラトールの街がかなり近づいているのがわかった。建物が増えてきている。さらに向こうには石畳の道が見える。いつの間にか行き交う人々、馬車や荷車いくつか視界に入ってきた。私は先生がおっしゃられたことの言葉尻だけは頭に入ってきている。それぞれのおっしゃられていることは全てどこかで聞いたことがあることであり、何かの本に書いてあり、あまりにも当たり前のことだと自分の中で響いている。しかし先生は以前おっしゃった。すべては当たり前の中にいるのだと。最も大事なことは何一つ目新しい物ではないということ。私はここまで先生と接してきて、まるで目から鱗が落ちるような画期的な何かを、先生に期待をしているというわけではない。むしろ、このあまりにも当たり前と感じられるものが、どれだけすごいことかということを体の神経が反応してないことに、自らの経験や思量の浅い状態を痛感してしまう。一つだけあるべき形で、私の中に明確に「わかっていない」とされる部分がある。それは先生が「この三つで世界が構成されている」と言い切れるほどに、これらがその万能性を持っているのかということである。


「それらを『無限天秤』と象徴的に表現されることがあります。全ての天びんは繋がっており、それらの傾きがすべてにおいて作用しており、その傾きに耐えられなくなった時にその天秤は壊れていく——————」


いつの間にか城門の近くまで来ていた。比較的早めにラトールに到着することができた。


「すげ大きな門だな」


先ほどまで非常につまらなそうに黙っていたイーヴァンがやっと口を開いた。私が先生に指導されているときは、いつも退屈そうな表情をして、我々よりも随分と前を歩いている。何度か先生の話の最中に割り込んできたが、シルバー先生に優しく「人が話しているときに割って入るのは、礼儀としてはよくない」と言われ続けていた。それでも初めの方は言うことを聞かず、自分が聞きたいことや言いたいことを突然割って入っていたが、最近はようやく我慢ができるようになってきたみたいだ。


「確かに立派な門ですね」


シルバー先生もその歴史を感じる佇まいに目を凝らしていた。私も見てみた。


「あ・・・」


思わず声が出た。その門には細かい装飾が施してあり、この地域に沢山捕れる魚などが刻まれていた。だか、もっと目立つのは中央に剣や盾に守られる形で『中央政権』の紋章があったことである。その特徴的なデザイン——————開いた書物の上に王冠がある。現時点では専王政治が形骸化し、民衆による中央政府が作られているということになっている。しかしその実、多くの人たちが政治に参加してはいない。王に代わって一部の権力者が民衆を支配している形になっている。以前と比べたらマシだという人もいるし、私もそう思っている。しかしこの紋章が象徴しているように、書物の上にまだ王冠という権威が載っている。私がアカデミーでその口にした時、教授たちは冷や汗をかき、ほかの生徒たちからは後ろ指をさされた。今思い返してみれば、よく懲罰や追放を受けなかったものだと思う。考えてみればそれだけでも自由度があがっているのかもしれない。


「じいちゃん、入り口が二つあるみたいだよ」


相変わらず先走ったイーヴァンが、走って戻ってきてシルバー先生に言った。


「入り口が二つあるというのかね」


先生は間違いがないように改めてイーヴァンの口にした言葉を繰り返した。だがイーヴァンは

「さっき言ったじゃん、なんで同じこと言うの」


と、随分と先生に失礼な口のきき方をした。私は何か言おうとしたが先生はそんなことなど全く気にする様子もなく


「二つというのはどのような感じに別れていたのですか」


聞いた。


「そこまでわかんないよ」


なんとも適当な感じである。しかしシルバー先生に会うまでの私は、イーヴァンよりもよっぽど年齢が上だったにもかかわらず、同じように物事に対しての集中力が薄かったかもしれない。とても人のこと言えたものではない。


「では近くに行ってみましょう」


我々は少し人だかりになっている方へと足を向けた。しかし、いざ近づいてみても詳細はわからない。ただ人の流れは確かに二つに分かれている。いや、正確に言うと片方の入り口に多くの人が集まり、もう片方はかなり人がまばらである。しかも不思議なことに、狭い方の入口に多くの人が集まっており、広い方の方に人がいない。また見渡してみると門を越えた出口から先も、別のルートに行くような形になっている。


「見ただけで分かりませんね」


シルバー先生がそのように言った。


「少し聞いてみましょう」


私はそう言うと、なんとなくこの街をよく行き来していそうな商人に声をかけた。


「申し訳ない、ちょっとお聞きしたいのが」

「なんだい」


思っていたよりも愛想が良くない商人であった。


「この門は入り口が二つに分かれているみたいだが」

「ああ、そっちの空いてるでかい入口は、お偉いさんが通るところだ」


改めて入口のほうを見てみる。なるほど、そういわれれば、少し豪華そうである。もう一つの方は人がごった返していて比べることができないが・・・


「この広い入口はどういう人たちが通るのかい」

「そんな細かいことは知らねーよ、自分が偉いと思ったら、そっち通ればいいんじゃないか」


昔であれば、このような態度を取られるとすぐに感情的になっていた。しかしここまで先生に随分と鍛えてもらった感がある。ただこれ以上この人に聞いても、有益な情報を得られないと思う。


「ありがとう、助かったよ」


なんとなくお礼っぽいお礼を言うと、私は先生のところに戻った。


「どうでした?」

「はっきりとしたことではありませんが、おそらくこちらの大きい入り口の方が、高官や軍の偉い人などが通るところだと思います」

「私の気持ちとしては、それとは反対の方を通りたいのですが」 


先生にしては珍しく自分の感情的なことを口にした。


「気持ちはわかります。しかしこれだけ人が並んでいるということは、検閲がそれなりに厳しいということだと思います。それを通るには我々は嘘をつかなければなりませんが、それを先生の望まれるところではないと思いますし、我々の格好を見るとすぐに相手にバレてしまうと思います。」


当たり前だ。このご時世、今の世の中で働きもせずふらふら旅をしている人間なのそうそういない。これらの多くの人が修業か修学のために旅をしている。当然我々もそれにあたる。もちろん私の思い上がりでこのような立場の人間「偉い人」に振り分けられないかもしれない。しかし現状としてそちらに振り分けられる場合のほうがどうも多い。


「そうですね。偽りで前に進んで良いことがありませんからね」


なんだか、先生にしては珍しく弱気である。こんな先生もあるんだと少し驚いてしまう。願わくは門を通るときに『お前らみたいなのがこっちを通るんじゃない、向こうの入り口に並べ』と言い放ってもらう方が、なんだか楽なのかもしれない。

広い入り口の方に向かうと、イーヴァンはさすがに我々の後ろをついてきた。入り口に近づくにつれ門番たちの視線が自分たちに注がれるのがわかる。私はそのようなことには緊張感は生まれない。むしろその入り口にある大きな紋章、書物と王冠のそれが私に別の緊張感を与える。私はこの政権から地位を授かり、故郷に戻り、そしてそれを捨て今ここに至る。

 決して門番たちは我々に近づかない。我々が非常に位の高い人物であると失礼に当たるからである。私自身このような待遇は何度も受けたことがあり、その自信の表れが彼らにも伝わっているようである。ただ私の後ろについてくるシルバー先生はまだしも、十歳にも満たない子どものイーヴァンがいるのは、彼らにとって実に奇妙に映っているだろう。


「私はこの町に来たのは初めてなのですが・・・」


私は柔らかい口調で、この門を統括責任者のような人に声をかけていた。何人か立っている中で彼が一番の責任者と見抜けるのは、やはり私が中央政権で業務を行ったことがあるからであろう。まず何といっても服の色が違う。地域の役人はどうしてもその地域の特産物を使っている。自然と周囲の人間もそれと同じ素材を使っているので、悪目立ちがしない。ところが中央政権の制服はそのようなことは一切関係ない。特に私が首都アゼネイエにいた時も、金色はもちろんのこと、独特の深い赤と明るい青が使われる。使われている部分は少ないが、正直かなり目立つ。その権威丸出しのデザインを誇らしげに着る人間と、どこかで恥ずかしいと思ってしまう人間に分かれる。私も一着持っているが、(もちろん中央政府で働いていたときはそれを使用していたが)アラモンに凱旋した時でさえ、その服を着ていなかった。


「何でしょう?」


赤と青デザインが入ったその男は私に、丁寧に話してきた。


「我々がこちらの入り口に来ていいかどうかわからないのですが・・・」

「お名前と、この街に来たご用件をお伺いできればと思うのですが」


私の受け答えが丁寧だったせいか、相手は安心感の表情を見せている。


「私の名前はビルと申します。こちらが私の師匠、シルバー先生、その後ろにいるのが・・・」


ざわざわざわ


シルバー先生の名前を出した瞬間、そこに立っていた5 、6人が一斉にざわついた。おそらく門番も失礼がないよう、それなりの教育を受けている階級の軍人だろう。昔であれば安易に「さすがシルバー先生。先生のご高名はこの辺りまで響き渡っているのですね」などと、間抜けなことを考えていた。しかしシルバー先生にある程度鍛えられた私は、彼らの反応が尋常ではないことに気づいた。その時にハッと頭に浮かび上がったことがあった。この地域では数少なくアカデミーが存在する。そうだ、ここは経済都市であり、防衛都市でありながら学術都市でもあったのだ。


「ラトール・アカデミー」


なぜもっと早く思い出さなかったんだ。私はこれらのことを高速回転で頭の中を行きかった後、一人だけ紹介してないことに気がついた。


「あ・・・この子がイーヴァンと言います」


















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