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風と静寂  作者: 佐竹武夫
第四章
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第四章 第四節

「イーヴァン」


檻の中に居る女の子が一人、イーヴァンの方に向かって叫んだ。十歳ぐらいの女の子であろう。髪の毛は茶色で目は透き通ったグリーン。まだ幼いその彼女が自らを閉じ込めている柵をつかみ、顔を近づけてイーヴァンに答える。


「ねーちゃん!ねーちゃん!」


イーヴァンは先ほど交換してもらった蝋燭と油が入っている麻袋を片手に、檻を引く場所を追いかけていく。馬車を引いている男はちらりと後ろを見たが、少し鬱陶しそうな顔をしただけですぐに正面を向いた。私はシルバー先生の方を見ることもなく、立ち上がり腰の剣に手を伸ばした。そしてもう少しで自分たちの目の前を通ろうとしているその場所で、私は馬車の前に立った。


ヒヒヒィィ


馬が少し唸って止まった。私は少し高い位置にある馬車を引いている男を見た。彼も私を見下ろしていた。私の右手に剣があることに気づき、舌打ちをひとつした。馬車が止まったことでイーヴァンは檻に近づくことができた。


「ねえちゃん!」

「イーヴァン!」


馬車を引いていた男は、後ろで行われているイーヴァンたちのやり取りをちらりと見てから、正面を書き直した。


「なんか用か。邪魔なんだが」

「その子供たちはどこに連れて行く」

「いろんなところだよ、第一あなたには関係ないだろう。とっとそこをどきな」


そう言って、男が馬に鞭を打とうとした時、私は剣をその男の方に向けた。


「なんなんだお前、なにしようってんだ」


そうだ、俺はいったい何をしようとしているんだ。ここでこの子供たちを解放しようとしているのか?イーヴァンが姉と呼んだその女の子だけを助けようとしているのか?檻の中の子供たちもイーヴァンも私をじっと見ている。ここまで来たならば、私は何か言葉を発しないといけない。もう既にいろいろなものが破れかぶれになっている。この場所に来るまでにあったこと、昨日のこと、川に飛び込んだこと、いやそれよりもずっと前に先生と一緒に旅をすることになったこと。すべてのものがいっぺんに自分に押し寄せ、何もかもがぐちゃぐちゃな状態になっていた。


「いいから子供たちをおろせ!」


自分が何のためにそれを言っているのかも分かっていない。この子供たちがいったい誰であり何のために集められ、どこに行ってこうとしているのか。私は先生に「現時点での現実」という物の見方を講義してもらったばかりなのに、それを整えることが大事だと言われたばかりなのに—————そんなものが全てどうでもよくなっている。


「降りろ、そして後ろの檻から子供たちを解放しろ!」


フン、男は鼻で笑った。


「お前頭がおかしいのか?だったら許してやるからとどっかに行け」

「聞こえなかったのであればもう一度だけいう!そこから降りて檻を開けるんだ!」


私は何を言っているんだ!檻を開けさせてどうするんだ?あの子供たちがどこから来たか誰かも分からないのに___あの女の子だけ解放させろと言えばよかったのか?___いやそもそも、でしゃばらなければよかったのか?___いや川に流さなければ___元はといえば_________


「早くしろ!」


私は大声で叫んだ。そう少し常軌を逸した狂気に、男は反応せざるを得なかった。


「なんだよこいつ」


男はぶつぶつ言いながら馬車から降りた。そして後方の檻に近づくと、もう一度私の方をちらりと見た。私は相手を殺すつもりで剣を突きつけた。「なんだよ」と再び小声でつぶやいて檻の扉を止めている金属の輪を外し始めた。私は戻れない。今自分がどこを歩いて何をしていて、何を話しているのか全く分からない。だがもう私は戻れない。後ろを振り返っても何の道も見えない。私はこの後子供たちを解放し、子供達を逃がし、その後は____その後は何だ___この男を殺すのか?


ガチャガチャ


金属の輪が外れた。一番に飛び出したのは、イーヴァンが姉と呼んでいた女の子であった。


「イーヴァン!」

「ねーちゃん!」


私は剣を構えたまま2人が抱き合う姿を横目に見た。他の数名の子供たちは、自分たちがそこから出てよいものか不安の表情をしながら、ゆっくりと檻の外に出てきた。この時初めて周囲には多数の見物客が集まっていることに気付いた。当然だ、あれだけ大声で叫んでいたのだから・・・


ざざっ ざざっ ざざっ


馬が走ってくる音が聞こえた。ちらりとそちらを見る。二人の男が馬に乗り、かなり大きめのシミターを肩に担いでいる。絵に描いたような荒くれ者の姿をしている。首には多数のネックレスをつけ、肩と胸あてにはいくつも戦闘をしてきた傷跡。どちらも無精髭だ。馬車の男は彼らを見るとほっとした表情になると同時に、こちらを向いてニヤニヤとした顔をみせつけた。


「グリゾンさん!ちょうどいいところに来てくださった」


馬車の男はグリゾンと呼ばれた髪が長く、筋肉質の男の方に駆け寄った。


「ラフォーじゃねえか。どうした?」


ラフォーと呼ばれた馬車の男は私の方を指さし


「あいつが急に馬車の前に立って、ガキどもを逃がせって言い始めたんですよ」


グリゾンと呼ばれた男が覗き込み、眉をひそめて私の方を見た。自分の方が、体格が良いと思ったのであろう。口角が上がり、見下したような感じで私の方に馬に乗ったまま近づいてきた。もう一人の背の高い男の方も後についてきた。


「お前だな、さっき雑貨屋の店主から変なヤツがウロついてると言われて来たんだが・・・」


こいつらはみんなグルなのか——————

グリゾンはさらに私の馬を近づけて威圧をしてきた。


「あんたがだれで何の目的か知らねえが、この街で勝手なことをさせるわけにはいかないんだ。殺される前にとっととどっかに行っちまえ」

「お前たちはこの子供たちをどうするつもりだ」

「おいおい、そんなことも知らないのか。あんたこの町は初めてだな」


グリゾンは後ろにいる2人を見た。馬車の男ともう一人の無精ひげがニヤニヤした。よく見てみると、奥の子供たちはだれひとり逃げていない。イーヴァンと姉もだ。


「この町じゃ半年に1回それぞれの村からガキどもが渡されるんだ。それを俺たちが引き取って他で売るだけだ。」

「その金を村人に払うのか!?」

「ハハハハハ、お前本当に何も知らないんだな。このガキたちは村の連中が勝手に俺たち貢いでるんだ。その代わり、俺たちがこの町での奴らを守ってやっている」


つまりこの子供たちは、村の連中が自らの安全の確保のために渡しているということなのか。


「さあ、もうとっとと失せろ」


グリゾンはそういうと馬車の男に何かを促した。馬車の男は


「お前たち、とっとと檻の中に戻るんだ」


と言って、子供達に命令した。みんなおびえた顔をしている。みんな私の方を見ている。イーヴァンもその姉も何か訴えるような目で見続けている。その時、ふとグリゾンがイーヴァンに声をかけた。


「なんだ、イーヴァンじゃねえか」


イーヴァンはグリゾンと顔見知りのようであった。だがイーヴァンは、何か言いたいことがあっても言えないような顔をしている。グリゾンはさらに言う。


「イーヴァン、この頭のおかしい男に言ってやれよ。俺たちがいることで、お前らがどんな金目の物を持ち歩いても、ぜってーに襲われることがねえ。どんだけ助かってるかを」


イーヴァンの顔が引きつっている。


——————私が間違っているのかもしれない。私が知らないだけなのかもしれない。私がこの現実を受け入れられないだけなのかもしれない。だが子どもたちの顔を見て、イーヴァンの顔を見て——————どうしても・・・——————どうしても、戻れない



「うあああああ!」


私は持っていた剣を男たちに振りかざした。グリゾンは一瞬ひるんだが持っていたシミターを一振りした。私の剣は弾き飛んだ。


「へ、こいつ本当に頭おかしいのか?」


グリゾンは馬から降り、私の腹に思いっきり蹴りを喰らわせた。私はもろにくらい、地面に叩きつけられた。周囲では野次馬たちの悲鳴と歓声とどよめきが聞こえた。一瞬横目で子供たちの表情が見えた。恐怖と失望の目である。


「おら!」


どす!


いつの間にかもうひとりの男も馬から下りてきており、私の背中を思いっきり蹴った。


「うごあぁぁ」


私はうめいた瞬間、殺されると思った。当然だ。相手は初めからそう言っていたし、そういうなりと、そういう役目を担っていると自分たちで言っていたのである。なぜか急に恐怖心が湧いてきた。さらに膨大な波の後悔が・・・後悔? 『後悔』なのか?


ボコ!ボコ!


地面に寝転がった私はさらに蹴られる。もうどこをやられているのかわからない。

さらに蹴られる。情けない。自分を守るので精一杯である。


こうなるのは分かっていたではないか。こうなると言われていたではないか。分かっていて子供たちを助けようとしたんじゃなかったのか?分かっていてこの男たちに剣を突きつけたんじゃなかったのか


ザッ、ザッ


シミターで手足を斬りつけられる。痛みなど感じている暇はないが、目の前に自分の血であろうと思われるものが地面に広がる。男たちが大きくシミターを振り上げる。殺される!周りが悲鳴ではなく歓声がどっと上がった。みんな私を殺せと言っている。当然だ、これがこの街の日常であったのだから。


違う、違う

違う、違う違う___違う——————私は彼らに喧嘩を売るつもりはなかった。私が喧嘩を売ったのは馬車の男であり、こんな男たちが来るとは想像しなかった。こんな街に来なければ——————川なんかに流されなければ——————いやもともと——————


シルバー先生について来いと言われなければ_____



「申し訳ありません」


私と男達との間に一人の男性が立った。決して背が高くなく、初老の男性。武器持たず

決して声を荒立てず、威嚇もせず。私は小さな声で呟いた。


「シルバー先生・・・」


沈黙——————


さらに沈黙——————


まるで沈黙が最大の武器であるかのように静寂の空気が流れる。先ほどまで騒ぎ立てていた人たちは、声ひとつ発しない。先生は私にいつも行っているように、この空間すべてを先生の静寂がコントロールしている。わたし以外のすべての人たちが、この男性は何なのか、果たしてこの男性は、私と男たちの間に立って、何をしようとしているのか——————静かな集中が全体覆っている。


「大変申し訳ありません」


シルバー先生は柔らかな声で、その沈黙を終わりとされた。


「この男はビルと申しまして、非常に粗暴で思考が浅く、よそ様に迷惑を時々かける時があります。すぐにこの街を出ますので、ご容赦願いますでしょうか」


周りの人たちはまだ沈黙が続く、先生は静寂を破っているが周囲はついて行けてはいない。男たちも同様である。頭の思考が空回りをしているようだ。私もだ。だが私だけ他の人と違う事は、奥深く迷い込み、叫んでも出られず失望と絶望の中にあり、全て他が悪いのだという言葉を吐き捨てた瞬間に、迷子の子どものところに誰かがいつの間にか立っていたように——————シルバー先生は立っていた。


「ほう、そうか・・・」


グリゾンと呼ばれたその男は少し考えるような仕草を見せてから、馬車の男の方を見て


「まあ、あれだ・・この男のせいでいろいろ手間取ったんだ。ラフォーもずいぶん仕事が遅れちまって困ってるだろう」

「ごもっともです」


先生は懐に手を入れた。私はこの時点で急激に冷静になっていた。先生はわざとその中から何かを取り出す時間を、必要以上に長くしている。相手の期待値を上げている。いや違う、先生は、今から自分が懐から取り出すものが、彼らの求めているものだと確信を強めようとしている。


「こちらをご迷惑料としてお受け取りください」


信じられない。中心に赤紫の宝石。周囲に白の美しき曲面を描いた七つの真珠。そんなネックレスを先生は取り出したのである。イーヴァンが持っていた宝石よりも、圧倒的に高価なものである。


うおおおおおお


周囲がどよめく。声に出さないが男たちも目を見張っている表情がわかる。


「さぁ。お納めください」


シルバー先生はグリゾンに近づきそれを手渡した。グリゾンの頬は明らかに緩んでいる。


「フェル、いくぞ!」


グリゾンはもう一人の無精髭の男、フェルと呼ばれたその男に声をかけこの場から遠ざかる。

急激に体の痛みが自分にのしかかる。急激な眠気に襲われる。

そこからの記憶がない。












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