バジェット・ゲージ{300p}
新聞を、見る。
新聞の市民欄を、見る。
そこの筆頭記事に、載っている。
桜が、載っている。
ある意味、梅も、載っている。
別の意味で、柳も。
枝垂れている。
桜も梅も。
枝垂れ桜、か?
枝垂れ梅、か?
いや、どちらも、違う。
順調に成長すれば、ビシッ!と育つはず。
伸び伸びと、成長するはず。
花も、それに沿って、咲き誇るはず。
何故か、何故なのか、枝垂れている。
枝垂れる種ではないのに、枝垂れている。
それと対比される例として、柳の写真が、出されている。
柳は、勿論、枝垂れている。
ある意味、そう、ある意味、その柳よりも、枝垂れている。
桜も梅も。
下から引っ張られている様に、枝垂れている。
横に向かってビシッ!と成長したいのに、無理くり下へ引っ張られている様に、見受けられる。
困ったのは、みんな。
民間も、役所も。
住民も、観光客も。
桜も梅も、観光資源。
上向きに横向きに、咲き誇る桜と梅が、美しく綺麗、だった。
それを撮りに、観光客は、押し寄せていた。
住民もそれを、誇りとしていた。
観光客が落としてくれるお金で、地元は、潤った。
住民も、今のところ、オーバーツーリズムにならず、その状況に、満足している。
それが、それが、
桜が梅が、枝垂れている。
既に、その現状が、拡散されている。
今季の観光収入は、前年より落ちそうだ。
「で」
「で」
「それが」
「それが」
「ポイント獲得のイベントに出された、と」
「そう云うこと」
ラポルは、ベノーに、確認する。
この時代、人々は、ポイントに、支配されている。
それは、各人のバジェット・ゲージに、表記される。
この人は、どれぐらい、ポイントが貯まっているのか?
バジェット・ゲージを見ることで、それは、判明する。
基本、それは、誰でも、見ることができる。
ポイントは換金するわけでは、ない。
金銭と同様に使えるわけでは、ない。
ポイントは、100ポイント貯めて始めて、寄付できる。
寄付しか、できない。
が、
みんなこぞって、ポイントを、貯めている。
寄付が、社会的役割の一環、ステイタスの高さに、繋がっているからだ。
「今、何ポイント、あんねん?」
「俺は、3ポイント。
ラポルは?」
「俺は、2ポイント」
二人共、ポイントが、貯まっていない。
無きが如し。
「この前、使ってしもたしな。
で、このイベントは、なんぼくれるんや?」
「100ポイント」
「えらい気前ええな。
一人、50ポイント、か」
そうやろ
ベノーは、ドヤ顔を、する。
「イベントの、ポイント付加の条件は?」
「『何故、桜と梅が、枝垂れてしまったのか?』の究明と、
それへの実際的な対応策の提示」
「つまり、『原因を明らかにして、なんとかする手を考えろ』、と」
「そう云うこと」
ベノーは、深く、頷く。
イベントのスポンサー主体は、当該自治体の観光協会。
自治体自体も、全面的に協力しているので、役所依頼のイベントと変わらない。
それだけ、『地元の経済状況を左右する大事』、ってことだろう。
役所自体が、民間に関連するものを、自由に調査するわけには、いかない。
公的民間組織では、調査能力等に、限界がある。
それを解決する手段として、ポイント付加のイベント開催に、白羽の矢が立ったのだろう。
それに、ラポルとベノーが手を挙げた、と。
そんなとこ、か
ラポルは、思う。
ま、民間もお役所も、便宜図ってくれるから、有難いけどな
ラポルは、改めて、思う。
「ラポル」
「ん?」
「大体のとこは、分かったか?」
「ん、OK」
ベノーの問い掛けに、ラポルは、答える。
「ほな、早速」
「うん?」
「現地調査に」
「うん?」
「行こうと、思うんやけど」
「待て、待て」
ベノーの提案に、ラポルは、『待った』をかける。
『待った』をかけて、続ける。
「予想と云うか、仮説」
「仮説?」
「大まかにでも仮説立てて行かんと、無駄足になるかもしれんやん」
「 ・・ まあ、そうか」
ベノーは、今一度、現場写真を、眺める。
桜と梅が枝垂れている写真、だ。
ラポルも、今一度、現場写真を、眺める。
・・ ・・
・・ ・・
「引っ張られている」
ラポルが、呟く。
「え?」
ベノーが、問い直す。
「なんや、枝と云うか全体的に」
「うん」
「下へ引っ張られている感じ、がする」
「 ・・ 引っ張られている ・・ ?」
ベノーは、再度、写真を、見直す。
見直して、続ける。
「そう云えば、そやな」
「そうやろ」
「何が、引っ張ってんのやろ?」
「それは分からんけど ・・ 」
ラポルは、写真を、しげしげ見つめる。
見つめて、続ける。
「なんか」
「なんか?」
「地面に引っ張られてる様な感じ、がする」
「地面に、何かあるんやろか?」
「う~ん。
『表面か?地中か?』は分からんけど、そう考えるのが、自然やろな」
「そやな」
ラポルとベノーは、その辺りに当たりをつけて、考える。
考えて、各々、仮説を立てる。
お互いに、胸に仮説を秘め、現地調査に、臨む。
立つ。
ラポルとベノーは、現地に、立つ。
引っ張られている。
桜と梅は、明らかに、引っ張られている。
地面に、引っ張られている。
幹は、たわんでいる。
枝は、枝垂れている。
解き放つ直前のゴムの様、だ。
その時、動きが、怪しくなる。
針の動きが、小刻みに、震え出す。
脈々と波打つ様、だ。
ラポルもベノーも、アナログ式の腕時計を、付けている。
分針も秒針も、使っている。
それらが総じて、怪しく蠢いている。
「ベノー」
「うん」
「時計、おかしいな」
「うん。
そうやな」
ラポルは、ベノーに、確認する。
ラポルは、スマホの方位磁石機能を、呼び出す。
方位磁石機能の画面の針が、ぐるぐる廻っている。
方位が分からない様、だ。
「あかん」
「何が?」
「方位」
「方位?」
「北と南、東と西」
「それ、か。
なんで、また?」
「分からん」
ラポルは、ベノーに、答える。
腕時計が、おかしい ・・
スマホの方位磁石機能が、おかしい ・・
東西南北が、判明しない ・・
・・ ・・
腕時計が、おかしい ・・
スマホの方位磁石機能が、おかしい ・・
東西南北が、判明しない ・・
・・ ・・ !
ん!
んん!
ラポルの脳に、光が、降って来る。
「分かった、かも」
「え?」
「判明した、かも」
「何が?」
「原因」
「枝垂れの?」
「枝垂れの」
ベノーは、釈然としない顔を、する。
「どう云うこと?」
「こう云うこと」
ラポルは、説明を、始める。
桜や梅が枝垂れているのは、『磁力のせい』、だろう。
桜や梅の方がN極になっているのか、S極になっているのか、
地面の方がN極になっているのか、S極になっているのか、
それは分からないが、お互いに引き付け合っている、のだろう。
「だから」
「だから」
「桜や梅の枝と地面の間に」
「間に」
「『磁力を遮る絶縁体』みたいなもんを、入れたらええんとちゃうか?」
「 ・・ なるほど」
ラポルとベノーは、その線で、調べる。
調べるが、行き詰まる。
「 ・・ あかんわ」
「 ・・ あかんな」
磁力は、そんな簡単に遮られるものでは、無かった。
『磁力を遮る絶縁体』みたいなもん、そんなもんは、無かった。
「とにかく」
「とにかく」
「磁力が原因っぽいから」
「そやろな」
「どっちがN極で、どっちがS極か、調べよう」
「どっち、って?」
「枝と地面」
「ああ、そう云うことか」
それは、あっさりと、確認できる。
枝がN極で、地面がS極。
ラポルが用意した、棒状の方位磁石に、反応する。
枝は、方位磁石のN極に反発し、S極と引き合う。
地面は、方位磁石のS極に反発し、N極と引き合う。
「ほな」
「ほな?」
「半ハンムラビ法典、行こか」
「半ハンムラビ法典?」
ハンムラビ法典は、『眼には眼を、歯には歯を』のやつ、だ。
それが半、とは?
「N極にはN極を、S極にはN極を」
「『半分だけ『~には~を』にする』、ってことか」
「そう云うこと」
ベノーは、イマイチ、解せない。
「それが?」
「はい?」
「それが、何で解決策になんねん?」
ラポルは、ちょいと、苦笑する。
「分からんか?」
「分からん」
ラポルは、沈思黙考する。
視線を、宙に、巡らす。
今、頭の中で、論を組み立てている、のだろう。
ラポルは、口を、開く。
「N極に反発するのは?」
「N極」
ベノーは、答える。
「N極に引っ付くのは?」
「S極」
ラポルは、うんうん頷く。
「では枝は、何極?」
「N極」
「地面は?」
「S極」
なんやこれは?
何かのゲーム、か?
ベノーは、怪訝に、答える。
「だから」
「だから?」
「ホンマに、分からんか?」
「ホンマに、分からん」
ラポルは、じれったさを、隠せない。
「地面に、N極の磁力を持つやつ、置いたらええねん」
・・ なるほど
ベノーは、一拍置いて、感心する。
N極には、N極
S極にも、N極
だから、半ハンムラビ法典、か
ベノーは、思い至る。
「これで解決やから、ポイントいただき、やな」
「ああ、そやな」
ラポルとベノー、ほくほく顔。
そう上手くは、行かなかった。
「まだ、解決では無かった」らしい。
芝生の地面に、N極シートが置かれる度、それは、取り除かれる。
夜半の内に、取り除かれる。
芝生に咲いている小さな花が、夜は覆われ、朝になると顕わになる。
カメラ等、二十四時間監視をしている。
が、上手く死角を利用して、N極シートは、取り除かれ続ける。
犯人は、分からない。
背は低め、細身、黒い上下を着て、黒い帽子とサングラスを付け、黒い靴を履いている。
まさに、黒尽くめ。
周りに、溶け込んでいる。
「困りましたね」
地元自治体の担当者(祖父以来の地元住民でもある)のユアンが、言う。
「そうやな」
地元商工会会長(古くからの地元住民でもある)のリップが、頷く。
「そうですね」
町内会連合会会長(新しい地元住民でもある)ヤコブも、頷く。
頷いて、続ける。
「いいんやないですか」
ユアンが、キッとした眼をヤコブに向けて、続ける。
「観光客が来ないと、観光収入が臨めません」
『だから、税収も、臨めません』と、ユアンの目論見は、見え見えだ。
分かっているのかいないのか、リップは、重々しく、頷く。
ヤコブは、そんな二人の様子を、白けて、見ている。
ここにも、断絶が、ある。
ユアンは、地元自治体の役人だから、人が来て賑わって、観光収入が欲しい(税収が欲しい)。
リップは、地元商工会会長だから、人が来て賑わって、観光収入が欲しい(地元に金を落として欲しい)。
ヤコブは、せっかく環境のいい処に家を買ったから、いい住民サービスを受けて、穏やかに暮らしたい。
三者三様の目論見、だ。
ユアンとリップは似ている様に見えるが、使い道では、明らかに対立している。
ただ、呉越同舟は、している。
対外的には、2対1の状況、ではある。
そこに、ラポルとベノーは、巻き込まれている。
すんなりとN極シートを置いて、『ハイ、終了。ポイントもらい』と決め込みたかった。
が、そうは行かなかった。
N極シートを、置けない以上、問題は解決しない、イベントは終了しない、ポイントはもらえない。
ラポルとベノーは、取り掛かれない。
次のイベントに、取り掛かれない。
「なんとかしてもらわんと」
ラポルは、ユアンに、きっぱり言う。
ユアンは、恐縮しきり、汗を拭き拭き(汗は出ていない様だが)、頷くともなく頷く。
ラポルとベノーは、枝垂れの原因を、突き止めている。
『N極シートを置けばいい』と、対処法も、突き止めている。
それを遮っているのは、おそらくは、地元事情。
誰かが、地元の事情で、N極シートを、取り除いている。
が、ラポルとベノーには、地元事情は、関係が無い。
ラポルとベノー的には、『早くイベントを終わらせて、ポイントをもらいたい』。
それを重々分かっているので、ユアンは、困り切っている。
横に座るリップの顔を窺うが、リップはユアンと、視線を合わせない。
「いつになったら」
「うん」
「決着、つくねん!」
「うん」
ラポルは、憤る。
ベノーも、それに、同調する。
無理も無い。
ユアン立ち合いの下、N極シートを置いても、その夜には、取り除かれる。
立ち会ってもらわずに、強硬突破で置いても、その夜には、取り除かれる。
まるで、始終監視している様に、敵は、迅速に動いて来る。
よって、いつまで経っても、N極シートは、置けない。
事態は、解決しない。
ポイントは、もらえない。
「決着つくとしたら ・・ 」
ベノーが、続ける。
「犯人が捕まった時、やろな」
「ほな、それまで ・・ 」
「おあずけ、やな」
「ポイントが ・・ 」
「それと、心の平安も」
ラポルの言葉に、ベノーは、付け足す。
「 ・・ あかんあかん、そんなんあかん!」
ラポルが、キレる。
キレて、続ける。
「ウザい、じれったい、せせこましい。
俺らで、なんとかしよう」
ベノーは、突然の提案に、戸惑う。
「俺らで?」
「俺らで」
「何で?」
「お役所とか地元民に任せといても、埒あかん」
ラポルは、言い放つ。
「ゲリラ的に」
「ゲリラ的に?」
「N極シートを、置く」
「こっそりと?」
「こっそりと」
「お役所とか地元民にも、知らせずに?」
「勿論、知らせずに」
とは言うものの、
ベノーは、ごく限られた人間には、この目論見を、話して置く。
後で、何か問題が起こった時の保険の為にも、手を打って置く。
話したのは、三人。
ユアンと、リップと、ヤコブ。
三人とも、苦い顔して、苦情は言ったが、反対はしなかった。
それを『GO』と受け取り、ラポルとベノーは、動く。
N極シートを、置く。
深夜に、こっそり、置く。
確かに、置いた。
間違いは、無い。
が、翌朝。
N極シートは、無かった。
取り除かれている。
「やられた」
「やられたな」
「取り除かれている」
「取り除かれているな」
ラポルとベノーは、現場を見て、愕然とする。
綺麗さっぱり、N極シートは、取り除かれている。
幾つか設置したのに、全て、取り除かれている。
「誰にも、言ってへんのに」
「ああ、秘密裏に、動いていたのに」
「俺とお前しか、知らんはずやろ」
「そうや ・・ 」
ラポルは、解せない、不可思議さを隠せない。
「 ・・ とは、限らん」
一拍置いて、ベノーが、口を、開く。
「『限らん』って、心当たりあるんか?」
「犯人の心当たりは無いけれど、他にも、
今回のことを知っている人間は、いる」
ラポルは、少し恨めしそうに、問う様に、ベノーを見る。
「実は」
「実は?」
「今回のことは、三人だけには、話して置いた」
「 ・・ マジ、か」
「マジ、や」
ラポルは、手を、眼に、かざす。
「あちゃ~、誰や?」
「ユアンさんと、リップさんと、ヤコブさん」
「その三人か ・・ 」
ラポルは、眼を、引き締める。
「決まりやん」
「えっ?」
「その三人の誰かに、犯人、決まりやん」
「まあ ・・ そうなるわな」
ラポルの言葉に、ベノーは、同意する。
「その三人の中に、犯人がいるならば」
「ならば?」
「自動的に」
「自動的に?」
「犯人も、特定される」
「ホンマ、か!」
マジか、ラポル!
ベノーは、驚く。
「まず」
「うん」
「ユアンさんとリップさんの線は、薄い」
「何で?」
「どっちも立場的に、経済状況が良くなることと云うか、率直に言って、
金を求めている」
「さもありなん」
「だから、観光客に来てもらって、金を落としてもらいたい」
「『観光客を誘致する為に、桜や梅をなんとかしたい』わな」
「そう。
だから、残る一人に、疑惑が集まる」
「ヤコブさん」
「そう。
あの人は、地元に金が落ちることよりも、
静かな穏やかな生活を過ごすことを、優先してはるから」
「ヤコブさん、やな。
決まり、決まり」
ベノーは、話しを、サッサと切り上げる。
「早速、アリバイを、確認しよう」
ラポルも、サッサと、腰を上らげる。
「昨日の夜は、いませんでしたよ」
「えっ ・・ 」
「一昨日の午前から出張してて、帰って来たのは、今日の午後です」
マジ、か!
ラポルは、(頭の中で)頭を抱える。
仕切り直し、である。
ラポルとベノーは、ヤコブの家から、早々に退散する。
「残るは、ユアンさんとリップさんのどっちか、やな」
「どっちも、観光客に来てもらって、地元に、金落として欲しいやろ」
「 ・・ そやな」
ラポルは、ベノーの指摘に、言い返せない。
そんな中、新住民と昔からの住民間で、問題が起こる。
問題自体は、よくある、ゴミ出しの問題だ。
新住民のゴミの出し方が、なってない。
日付・時間に、ルーズ。
燃えるゴミ、燃えないゴミ、資源ゴミのまとめ方が、ルーズ。
昔からの住民の監視が、キツい。
いつも、誰かの眼が、光っている。
個人宅の監視カメラの幾つかが、道行く人に向いている。
新住民の代表は、ヤコブ。
昔からの住民代表は、リップ。
リップの家で、会合は開催される。
「リップさんて、商工会会長の他に、昔からの住民代表も、
やったはったんか?」
「そうみたいやな」
ラポルが尋ね、ベノーが答える。
「調整役ってとこか」
「調整役?」
「金儲け(商工会長)と静かな生活(住民代表)の、バランサー」
「ああ、そう云うことか」
ベノーが尋ね、ラポルが答える。
ベノーが、得心する。
「ちゅうことは」
「ちゅうことは?」
「『どっちの立場も、分かる』ってことか?」
「そうなるな」
「金儲けの大事さと、静かな穏やかな生活の大事さ、と」
「そやな」
ラポルの脳裏に、光線が走る。
「その線が、出て来たな」
「どの線?」
「犯人、ヤコブさん一択やったけど、リップさんの線も出て来た」
「マジ、か?」
「マジ。
表向きは、商工会会長として、金儲け大事スタンス取っているけど、
裏側と云うか本音部分では、古くからの住民として、
静かな生活大事スタンスを、取っているのかもしれん」
「それは、有り得るかもしれんな」
ベノーは、頷く。
「その日の夜は、出掛けてたで」
「えっ ・・ 」
「PTAの集まりがあって、夜は学校で、会合してた」
この地の小学校は、一学年一クラスで小規模だが、PTAが、しっかりしている。
PTAは、キッチリ活動している。
「何の集まりですか?」
「小学五年生クラスのPTAの、定例会。
孫の親が二人共あかんかったから、代わりに出ていた」
「それを証明するものとか、ありますか?」
「ほい」
リップは、ラポルに、渡す。
『小学五年生PTA定例会開催』を伝えるプリントを、渡す。
日時は、例の夜だ。
アリバイは、完璧だ。
おやっ ・・ ?
ラポルは、気付く。
ヤコブの家にも、同じ様なプリントがあった気が、する。
その旨を、リップに問う。
リップは、『そら、そやろ』とばかりに、答える。
「ヤコブさんとこの子も小学五年生やから、そら、あるやろ」
「同じクラスなんですか?」
「同じクラスも何も、学年で一つしかクラスないんやから、
自動的に、クラスメイトになるわな」
ラポルは、急に顔を、厳しくする。
「お孫さん、スマホ、持ってはります?」
「保護者ロック可能な、子供用スマホ持ってるで」
リップは、急に転換した質問に、不思議そうに、答える。
「 ・・ そうですか ・・ 」
ラポルは、悲し気に、答える。
ラポルは、ヤコブに、電話をかける。
『はい』
「ラポルです。
今、いいですか?」
『はい、いいですよ』
「お子さん、スマホ、持ってはりますか?」
『はい?』
ヤコブは、怪訝そうに、訊き直す。
「お子さん、スマホ、お持ちですか?」
『持ってますけど ・・ ?』
ヤコブは、不可思議そうに、答える。
「ああ、それならいいんです。
ありがとう御座いました」
ラポルは、電話を、切る。
切って、眼を、伏せる。
「何やて?」
「ヤコブさんの子も、スマホ持ってるって」
リップさんの孫は、スマホ、持ってる。
ヤコブさんの子も、スマホ、持ってる。
けど、それが何?
ベノーは、合点が得ず、ラポルを、見つめる。
ラポルは、悲し気に、俯くのみ。
ラポルは、改めて、リップを、訪ねる。
「お孫さんに確認したいことがあるんで、
スマホ貸してもらって、いいですか?」
「ええけど ・・ 」
明らかに、不審気に、リップは、答える。
「いや、お孫さんに迷惑は、絶対かけません。
ちょっとしたことを、確認するだけです」
リップは、不承不承気味に、スマホを、差し出す。
「ありがとう御座います」
ラポルは、スマホを、受け取る。
リップの孫に、電話を、かける。
電話をかけながら、リップとベノーから、離れる。
ラポルは、次に、ヤコブを、訪ねる。
ヤコブにも、同じことを、繰り返し、行なう。
ヤコブの子にも、電話を、かける。
フーッ ・・
ラポルは、ヤコブの子との通話を終え、一息吐く。
ベノーは、分からない。
ラポルの意図が、分からない。
「ラポル」
「ん?」
「どゆこと?」
「それより、リップさんに、連絡入れさせてくれ」
ラポルは、ベノーに答えずに、リップに電話する。
「ラポルです」
《 ・・ 》
「万事、分かりました」
《 ・・ 》
「リップさんは、芝生を守る様な、しっかりしたカバーとかフレームを、
用意してください」
《 ・・ 》
「それを、木の下の芝生のとこに、備え付けてもろたら、
今回の件は、解決すると思います」
《 ・・ 》
「ホンマです、ホンマです」
《 ・・ 》
「そうしてもろたら、明日の朝にでも、万事解決すると、思います」
《 ・・ 》
「はい、そうします。
では、よろしくお願します」
ラポルは、通話を、終える。
「ラポル」
「ん?」
「分からへん」
「何が?」
「全然、筋が見えへん。
誰が、犯人なんや?
どうやって、解決すんねん?」
「んー ・・
明日、桜と梅の木のとこで、説明するわ。
そん時に、全部、説明する」
翌日。
朝方。
ラポルとベノーは、桜と梅の木のところに、来る。
ベノーは、真っ先に、気が、付く。
枝垂れていない。
桜も梅も。
高々と、上に横に、伸びている。
桜と梅の木の下、芝生のところには、敷かれている。
N極シートが、敷かれている。
ちょっと浮き上がって、敷かれている。
N極シートの下に何かがある様、だ。
N極シートの下には、芝生を保護する様に、置かれている。
プラスチックのフレームが、置かれている。
それは、芝生と芝生周りのものを守る様に、置かれている。
「大丈夫やん」
ベノーが、眼を、丸くする。
「そやな」
ラポルが、さも当然と云う様に、答える。
「いけてるやん」
「そやな」
「何したんや?」
ベノーが、ラポルに、問う。
「リップさんに、芝生とかを守るフレームを置いてくれるよう、頼んだ」
「そんだけ?」
「そんだけ」
解せない。
ベノーは、解せない。
顔に、?が、浮いている。
そんなベノーを見て、ラポルは、口を、開く。
「ヒント」
「おお」
「フレームの中の芝生周りを、見てみ」
ベノーは、改めて、N極シートの下を、見る。
プラスチック・フレームに保護された芝生の辺りを、覗き見る。
「何か、気付かんか?」
ラポルが、訊く。
「何か?」
「そう。
何か」
ベノーは、再度、芝生の辺りを、見る。
じっと、見る。
見る。
見る。
・・
・・
「 ・・ あっ!」
ベノーが、声を、上げる。
「花!」
ラポルは、満足そうに、頷く。
「花が、ある!」
ベノーは、ラポルに、大きく伝える。
が、すぐに、顔を曇らせる。
「花が ・・ キーなんか ・・ ?」
ラポルは、疑問形のベノーに、大きく頷く。
「うん、花や。
謎解きキーは、花や」
「花 ・・ 」
ベノーは、合点が、行かない。
「『枝垂れ桜、枝垂れ梅を直す』でも無く」
「そう」
「『芝生を守る』でも無く」
「そう」
「花?」
「そう。
正確には、『花を守る』」
全然、分からない。
見当が、付かない。
ベノーは、合点が、一向に行かない。
行かないまま、続ける。
「 ・・ ほな、N極シートが、取り除かれへんかったのは」
「うん」
「『花、が守られている』から、と」
「うん」
「マジ、で?」
「うん」
・・ と、云うことは ・・
・・ と、云うことは!
「金儲けのこととか」
「うん」
「静かな穏やかな生活のこととか」
「うん」
「全然関係無い、やん!」
「そうなるな」
ラポルは、涼しい顔で、答える。
なら、最初の想定、全然関係無いやん!
犯人突き止めんの、全然ちゃうとこ、検討してたやん!
「ほな犯人は」
「うん」
「リップさんやヤコブさんでもなく」
「うん」
「ましてや、ユアンさんでもない、と」
「うん」
ラポル、二度目の、涼しい顔。
ベノーは、その涼しい顔にめげず、もっと突っ込む。
「でも、問題と云うか、事態を解決したわけやから」
「うん」
「犯人の目星は、付いてるんやろ?」
「 ・・ まあな」
ここで、ラポルは、ちょっと顔を、曇らせる。
?
ベノーは、そんなラポルを、不思議そうに、眺める。
「付いてるんやったら、警察に突き出そうや」
「 ・・ いや、突き出さん」
?
何を、言ってるんや。
ベノーは、ラポルの真意が、分からない。
「あの、ラポル」
「うん」
「いい加減、種明かし、してくれ」
「 ・・ そやな ・・ 」
・・
・・
ラポルは、ベノーに、説明する。
「そら、突き出せんわ」
ベノーは、間髪を入れず、得心する。
ラポルとベノーは、リップとヤコブとユアンを、秘かに、集める。
そして、厳かに、静かに、真実を告げる。
!
!
!
三人は、一様に、驚く。
驚き、秘かに真実を告げてくれたラポルとベノーに、感謝する。
『後は、任せました』とばかりに、ラポルとベノーは、リップとヤコブとユアンに、微笑む。
リップとヤコブとユアンは、しっかと、頷く。
後日。
ポイント通帳に、ポイントが、振り込まれる。
100ポイントのはずが、300ポイント、振り込まれる。
詳細を確認すると、リップが100ポイント、ヤコブが100ポイント、ユアンが100ポイントで、各自から100ポイントが振り込まれている。
「なんでやろ?」
ベノーが、不思議そうに、ラポルに、訊く。
「『ありがとう』ってことやろ」
ラポルは、答える。
答えて、続ける。
「寄付先、考えてあるか?」
「考えてない」
ベノーが、答える。
答えると、ラポルは、ちょっと、ニヤッとする。
「俺に考えが、あるんやけど」
ラポルは、ベノーに、考えを話す。
「賛成」
ベノーは、一も二もなく、二つ返事で、賛成する。
リップは、気付く。
『ここの子供達に、寄付がされている』
ヤコブも、気付く。
『子供を持つ親の支援に、寄付がされている』
ユアンも、気付く。
『ここの土地の、子育て支援や教育支援に、寄付がされている』
寄付の送り主は、ラポル&ベノー。
あの二人、だ。
廻り廻って、自分達が付与したポイントが、寄付と云う形で、自分達に戻って来る。
『『『 粋なことを 』』』
三人の思いは、一致する。
子供達は、芝生の中の花々に、水を、遣る。
花々は、日の光りを浴びて、しっかと輝く。
子供達は、声を上げて、笑い合う。
子達の歓声が、青空を駆け上がる。
{了}