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霊と地下アイドルと僕

作者: もりのはし


 一生(いっせい)は、地下アイドル・フラッペッぺペちゃん(年齢不詳)が生きがいのただの大学生だ。


 今日もいつものようにフラッペッぺペちゃんが出演する地下アイドルたちによる対バンライブを見に行った帰りだった。

 歩いている途中、腕にいつもつけている数珠がないことに気付いた。


(ライブが終わったあと、トイレに寄ったときに手を洗うんで外してそのまま忘れてきちゃったんだ!)


 急いでライブハウスに戻る。

 今日行ったライブハウスは、三軒茶屋にあるキャパ五十人くらいのところだ。

 幸い一生が居たところからそんなにライブハウスが離れていなかったので、すぐに着いた。 そのまま急いでトイレに入ると、洗面台に数珠が置いてあった。やはり、手を洗うときに外して、忘れて帰ってしまったらしい。


「あった! 良かった……」


 一生は数珠を無事に見つけることが出来て、ホッと息を吐いた。もう忘れないように腕につける。

「(さて、今度こそ帰るか)」と一生が歩きすと、フロアから何か変な音が聞こえた。


「…!……ェエ……!…」


(なんだ?もうライブは終わってるのに……)

 気になった一生は、声がする方に向かって歩き始めた。

 近付くと中の音がはっきり聞こえる。


「……キエエエエ!!!!」

(この声……フラッペッぺペちゃんだ!)


フラッペッぺぺちゃんのただならぬ声に、一生は走り出した。


 飛び込むようにフロアに入った一生が見たのは、フロアの真ん中でシャドーボクシングをするフラッペッぺペちゃんの姿だった。


「えっ?」


 普段のフラッペッぺぺちゃんからは想像も出来ない姿に、一生は戸惑った。


「(フラッペッぺペちゃんて、シャドーボクシングするタイプの人間だったのか。知らなかった)」


 どうでもいいことを考えていると、ボガッ!と音とともにフラッペッぺペちゃんがナニカに殴られたように倒れ込んだ。


「フラッペッぺぺちゃん!大丈夫!?」


 急いでフラッペッぺペちゃんに駆け寄り体を支える。


「……うっ、」

「(良かった、意識はあるみたいだ)……うわああ!!!!」


 一生がフラッペッぺペちゃんから顔を上げると、今まで何もいなかったはずの目の前に、巨大な化け物が立っていた。

 巨大な化け物は、黒いモヤに覆われた人間のような姿をしている。けれど、背は天井に着きそうなくらい大きい。


(なんだあの化け物は!?)


 ドシッドシッと足音を立てて、化け物がこちらに向かってくる。

 一生はとっさに、腕につけていた数珠を外して、化け物に投げつけた。


「えいっ!」

「グウォゥゥ……」


 数珠が化け物にあたると、化け物は苦しそうに呻き声をあげてパッと消えた。


 化け物がいた場所には、数珠だけが残されている。


「なんだったんだ……」

「生き霊よ」


 一生が無意識に出た言葉に返事が返ってきた。驚いてそちらを見ると、いつの間にか意識が戻ったフラッペッぺぺちゃんが、立ち上がって服についたホコリを払っていた。


「ありがとう、助かったわ。えっと、一生(いっしょう)ATMさん?だよね。よくライブに来てくれる」


 ホコリを払い終えたフラッペッぺぺちゃんが話しかけてきた。

 一生は慌てて立ち上がり返事をする。


「いえ、一生(いっせい)です。……えっと、フラッペッペぺちゃんは大丈夫?」

「うん。あなたのおかげでね」

「良かった。ところで、さっきの化け物は何なの?」

「さっきも言ったけど、あれは生き霊。本当はあんな姿にはならないんだけど、ライブハウス(ここ)はいろんなよくないものが集まりやすいみたいで、たまにああいう姿になっちゃうの」

「そうなんだ」


 一生はいまいち分からなかったが、自身も化け物を見てしまったので、とりあえず納得することにした。


「それより、その数珠は何? あなたも霊が見える人なの?」

「えっと、この数珠は亡くなったばあちゃんから貰ったんだ。お守りだからつけてなさいって」


 一生は床に落ちた数珠を拾い、腕につけ直す。


「化け物は最初は見えなかったんだけど、倒れそうになったフラッペッぺぺちゃんの体に触ったら、 急に見えるようになったんだ。そういえば勝手に触ってごめん」

「本来ならCD一枚分だけど、今日のところはオマケしてあげるわ。……ふむふむ、そうなのね」

「?」

「ねえ、数珠って他にもある?」

「多分家にあると思うけど……今、祖母が住んでいた家に一人で住んでるから」

「今から行ってもいい?」

「え、……ええ!?」




 その後、二人はライブハウスを出て、電車に一時間ほど乗り、一生の祖母の家に着いた。


「ライブハウスの外でも衣装のままなんだね」


 フラッペッぺぺちゃんの格好は、今日のステージでも着ていた八十年代アイドル風のワンピースだ。ピンク色で、袖とスカート部分にはたくさんフリルがついている。


「これ私服なの」

「そ、そうなんだ。……あ、これがばあちゃんの数珠だよ。一つしか見つからなかったけど」

「ありがとう」


 フラッペッぺぺちゃんに数珠を渡す。受け取ったフラッペッぺぺちゃんは数珠をじっと見ている。


「やっぱり。この数珠からはなんだか強い力を感じるわ……ねえ、これ貰っていい?」

「え、あ、どうぞ」

「ありがとう。じゃあ、今日はもう帰るわね。あ、明日のライブも出るから」

「もちろん、行くよ」

「この数珠のお礼にスペシャルなファンサしてあげるから、しっかり目に焼き付けるのよ!」


 そう言って、嵐のようにフラッペッぺぺちゃんは帰って行った。


「……ハッ! いろいろあって気付かなかったけど、俺、フラッペッぺぺちゃんと握手以外で普通に話しちゃったよ! なんなら家にまで来たし……うわ、うわ、うわ!」


 脳が処理落ちした一生は、落ち着くまで家の中をグルグルと歩き続けた。



 次の日。あの後、三時間家の中を歩き続けて筋肉痛になった足を抱えて一生はライブハウスに来ていた。

 ライブ中は、フラッペッぺぺちゃんが言っていたスペシャルなファンサ(投げキッス)を貰い、一生は筋肉痛がスッと消えていくのを感じた。

(すごい! 痛くない! ……あ、気のせいだったかも……)



「トイレに寄っていたら遅くなっちゃった。早く出ないと」


 ライブ後、トイレに寄っていた一生がトイレから出ると、周りにはほとんど人が居なくなっていた。


「あれ?」


 ライブハウスから出るために廊下を歩いていると、フラッペッぺぺちゃんの後ろ姿を見つけた。ドアの隙間からフロアの中を覗いてるようだ。

 フラッペッぺペちゃんの腕には、昨日一生があげた数珠がついている。


「フラッペッペペちゃん?」

「シッ! こっち!」


 声を掛けると、振り返ったフラッペッぺぺちゃんが口の前に人差し指を立て、静かにするようジェスチャーをする。もう片方の手で手招きしているので、一生はフラッペッぺぺちゃんの方へ向かった。

 近くに行くとフラッぺぺちゃんはまた中を覗き始めたので、一生も同じように後ろから中を覗く。中には、さっきのライブに出演していたアイドルグループの一人と、そのファンらしき男が喋っているようだ。


(あれ? 男の人の体に黒いモヤみたいなものが見える)

「あのファンが昨日の化け物になってしまった生き霊の正体よ」

「えっ、でも昨日祓ったんじゃ……」

「あれは一時的に追い払っただけ。今は落ち着いてるけど、またいつあんな化け物になるか分からない。急いで祓わないと」


「一つ聞いてもいいかな? なんでフラッペッぺペちゃんがそんなことするの? 昨日だって危なそうだったし……」

「見えるし、祓えるから。それに、うち家が神社なの」

「それにしたって「待って!」」


 一生の言葉を遮るように、中から大きな声がする。アイドルと話していた男の声だ。


「オレ、本当に君が好きなんだ! 君だって、満更でもなかったじゃないか!」

「私はそんな気一切ないんで。あんまりしつこいと出禁にしますから」

「なんで、なんで、……うっ」


 男は気を失ったように床にドサッと音を立てて倒れた。


 次の瞬間。


 男の体を黒いモヤが包み、男の体から昨日の化け物が出てきた。


 化け物は、いきなり男が倒れたことに戸惑っているアイドルに襲いかかろうとしている。


 アイドルには化け物の姿が見えていない。


 駆け出したフラッペッぺペちゃんが、アイドルを化け物から離すように引っ張った。


「キャッ! ……な、なによあれ!?」


 フラッペッぺペちゃんに触れたことによって、昨日の一生のようにアイドルも化け物の姿が見えるようになったみたいで、驚きの声をあげた。


「あなたのファンよ。一生さん、この子と一緒に離れてて」


 フラッペッぺペちゃんはポケットからアルコールスプレーを取り出し、体に振りかけた。さらに塩と書かれた小袋を手のひらで握り締め、化け物に向かって行く、


「キエェェェ!!」


奇声を上げながら。


「ウ"ウ"ウ"ゥ"ゥ"」


 フラッペッぺぺちゃんの奇声に答えるように、化け物も大きな声を出しながらフラッペッぺぺちゃんに向かって走り出す。


 ガンッ!とすごい音を出して、ぶつかりあった化け物とフラッペッペペちゃん。

 そのまま激しい殴り合いを始めた。


(え、肉弾戦なんだ……)

「ねえ、あれ何なの!? これって、ドッキリかなんか?」


 混乱するアイドルに肩を掴まれ、揺さぶられる。


「え、えっと、あの化け物は、あなたのファンの男性の生き霊です」

「は? 意味分かんないんだけど」

(そりゃそうだ)


 ドシンッ!と大きな音がして、フロア全体が揺れる。

 フラッペッぺペちゃんが化け物に足払いを仕掛け転ばせたのだ。そのままフラッペッぺぺちゃんは、転んだ化け物に持っていた塩の小袋を投げ付けた。


「ウ"アァァァ」

 

 小袋が当たった化け物が呻き声をあげた。かなり苦しそうだ。

 フラッペッぺぺちゃんは、腕につけていた数珠を手のひらで握りこみ、化け物が弱っているところにトドメのパンチを叩き込んだ。


「除霊パーンチ!!」

「グアァァァ!!!!」


 化け物はジューっと焼けるような音とともに消えた。




 フラッペッぺペちゃんの奇声を聞いて様子を見に来たライブハウスのスタッフに、倒れたファンを任せる。その場にフラッペッペペちゃん、一生、アイドルが残った。


「ファンをあんな姿にするなんて、アイドル失格よ。もっとうまく躾なさい。ファンを手懐けてこそトップアイドルなんだから」


 アイドルに向かってビシッと人差し指を差し、まるで決め台詞を言うかのような感じでフラッペッぺぺちゃんは言い切った。


「ええ、ちょっと、それは違うような……」

「はい!」

「あ、響いたんだー」


 良い返事をしたアイドルは帰って行った。

 一生とフラッペッペペちゃんも帰ることにした。ライブハウスの外に出ると、もう空は夕焼けになっていた。


「さっき、フラッペッぺペちゃんは見えるし祓えるからって言ってたけど、霊を祓うためにアイドルをやってるの?」


 一生はずっと気になっていたことをフラッペッぺぺちゃんに聞いてみた。


「私は一生(いっしょう)チヤホヤされて生きるためにアイドルになったの。霊は、アイドル活動に邪魔だから祓ってるだけ。通り道に汚いものが落ちてたら蹴飛ばして、退かすでしょ? それと一緒よ」


 そう言うとフラッペッペペちゃんは、一生に背を向けて歩き出した。

 去って行くその背中を眺めながら一生は思った、


「(し、しびぃ〜〜〜〜!!!!)」


 と。

 この後、一生はライブハウスに戻ってフラッペッぺぺちゃんのCDを買った。

 ちなみにそのCDは、既に百枚近く持っている。



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