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あなたの声を聴かせて  作者: 紅羽 もみじ
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事件録2-1

事件録2-1

 昔はよく、林檎を買ってあげていた。

 8等分にして、皮を剥いて。

 あの子は、林檎の皮は苦手だったから。

 剥くのは大変だったけれど、嬉しそうに食べてる姿を見たら、苦労になんて感じなかったわ。

 あの子…あの子は……、今どうしてるかしら。


「現代社会の課題だな、悲しいこったよ。」


 塚本は、取調室のマジックミラー越しに呟いた。

 取調室には、聴取をしている刑事と、項垂れる容疑者。聴取をしている刑事も、容疑者に同情するところがあるのか、雰囲気はどこか重い空気になっていた。

 平端も、その様子を見ているが、容疑者の隣に一人の老女が立っているのを見つめ、うーんと考え込んでいる。


 事件はある一軒家で起こった。被害者の古川ヨシ子は、85歳。数年前に脳梗塞により体に麻痺が残り、ほぼ寝たきりの状態だった。脳梗塞になるまでは、年齢に相応しくないほどの活発さがあったが、麻痺が残り、ベッドに寝たきりになってからは、急速に認知にも影響が出ていたそうだ。

 容疑者は、古川誠。被害者の孫にあたる。大学卒業後、民間企業に入社したが、不況の煽りを受けて解雇され、その後は職も見つからなかった。見かねた両親は、誠の祖母の介護をさせ、ほぼ住み込みの状態で世話をしていたと言う。だが、介護のストレスが溜まり続け、祖母を殺して自分も死のうとしたところ、自身は死ぬことができず、警察に出頭してきたとのことだった。


「さすがに今回は、お前の出番はないだろ。」

「んー、まぁ、そうですかね……」


 塚本は、平端の返答に歯切れの悪さを感じた。


「出頭してきて、取り調べも素直に受けてるんだ、引っかかるところなんて何もないだろ。」

「前回の時よりは…そうですね。」


 前回、と言うのは、とある高校で起こった、自死と思われていた女子生徒が、教諭の手によって殺されていた事件のことだ。あの時は、女子生徒の並々ならぬ思念を感じ、平端はその真相に迫ろうと躍動した。その結果、教諭の過剰反応を引き出し、ついに女子生徒を殺害したと容疑を認めたのだった。


「被害者のおばあさん、ずっと介護を受けてたんですよね、お孫さんの。」

「そうだな、働き口が見つかるまでは、介護を頼まれていたようだ。」

「お孫さんとおばあさんの関係も、悪くはなさそうでしたよね。というか、おばあさんめっちゃ心配そうにお孫さんのそばに立ってますよ。」

「お前、あんまりここでそういうことを言うな…」


 塚本に注意を受けつつも、平端は容疑者の側に立つヨシ子の霊が、孫に向けている思念の判別がつかずに頭を傾げていた。


(介護で負担をかけていたことを気にかけてるのかな…、認知に影響とはいえ、時々会話は成り立ったりしてたみたいだし、その瞬間に疲れ切ったお孫さんの顔見て、申し訳ないなぁとか考えてたりしたら、おかしくはないのよね。)


 塚本の言うように、現代社会の課題が生み出した悲しい事件…、そう平端も思いかけていたその時、誠の首に痣が浮かんでいるところに着目した。


「容疑者は、被害者を殺した後、自分も死のうとしてたんでしたっけ。それってどんな方法で?」

「首の痣見りゃわかんだろ、首吊りだよ。」

「じゃあ、その首を絞めてた紐は、容疑者の重みに耐え切れずに切れた、と。」

「と言うよりは、始めは窒息感を耐え抜こうとしてたんだが、いつの間にか地面に足ついて生き延びてたんだと。」


 ふーん…と生返事をして、再び誠のそばに立つヨシ子を見る。平端が見た時と変わらず、触れられない肩に触れ、まるで子どもをあやすかのように摩ろうとする…、『孫を可愛がるおばあちゃん』の姿がそこにあった。


「私、ちょっと現場見てきますねー」

「またお前は…」


 塚本は腕時計を見て、平端に忠告する。


「まだ鑑識がいるからな、絶対に…」

「現場を荒らすんじゃねぇぞ、でしょ、わーかってますって。」


 平端は振り向きもせずにひらひらと手を振り、取調室から飛び出した。


(今回の件は、何にも出てこないかもしれないな。そうなったら、あのおばあちゃんどこに行くんだろ…。孫の処遇が決まったら、落ち着いてくれるかな。)


 平端が見る霊たちは、大抵何かに恨みや怒りを持って現場や霊の思い入れが強い場所に表れる。平端は霊たちの思念を感じ取っては、犯人逮捕、もしくは事件解決のたびに安心して成仏(平端的には『落ち着く』と表現)する。

 しかし、今回の被害者は、今の見立て通りなら、平端にしてやれることは何もない。ただ、無理心中に失敗してしまった孫の処遇が決まるまで、粛々と仕事を進めるまでだ。


(あんまりこんなことないから、あのおばあちゃんに何もしてやれなくて歯痒いなぁ…。まぁ、まずはもう一回、現場洗ってみますか。)


 平端は車のエンジンをかけ、現場となった一軒家に向けて出発した。

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