事件録1-2
事件録1-2
「だからー、自死の線で決めちゃまずいですってば!」
「お前が何と言おうと上が判断したんだ、まずいも何もないんだよ。」
平端と塚本は、現場の状況から女子生徒は屋上から飛び降りて自死に至ったとほぼ断定され、本署に戻った。平端は自死ではないと訴えるも、かと言って他殺の証拠もなく、平端の訴えは跳ね除けられてしまった。
「どうせまた、思念か何か知らんが被害者の霊が自死じゃないって言ってるとか、信憑性ゼロの話なんだろうが。」
「被害者の思念はともかく、自死の証拠も見つかってないじゃないですか。遺書だってないし。全部状況証拠でしょう??あと、私は死者とは喋れません、思念を感じ取ってるだけです。」
「同じこったろうよそんなの。ともかく、自死じゃないってんなら、その証拠を持ってこい。話はそれからだ。」
そう言い残すと、塚本はさっさとデスクに戻ってしまった。堅物め、と平端は心の中で毒づき、塚本の言う証拠を探るため、再び学校に向かうことにした。
現場は遺体が搬送され、周りには被害者のものと思われる血痕のみが残っていた。屋上を見上げると、変わらず佇んでいる女子生徒。平端が感じ取る思念は、現場に到着した後と比べてより強く、恨みと生への執着が感じ取れるほどになっていた。
(ここまで思念が強くなるってことは、絶対何かあるはず……)
平端は学校の許可を得て、被害者生徒がいたクラスに足を運ぶことにした。
クラスは授業中だが、クラスメイトが亡くなったことからか、どこか悲壮感が漂っている。被害者生徒が座っていたと思われる席には、小さな花瓶に花が添えられていた。
平端はふと目を横にやる。屋上で佇んでいた霊が、クラスをじっと見つめ、先ほどの恨みの思念を感じつつも、微かに穏やかな思念を漂わせて立っていた。
(……クラスには、それなりに馴染めてたのかな。いじめとか、友人達とのいざこざが原因で死んだのなら、もっとネガティブな思念が出てくるかなぁと思ったけど。)
クラスでは授業が行われており、生徒たちは真面目に勉強している。授業も後半に入ろうとした時、一人の女子生徒が立ち上がった。その顔には、今にもこぼれ落ちそうな涙が瞳に浮かんでいる。
「…先生、お手洗い行ってきます。」
そう女子生徒は言い残し、走り去るように廊下を駆け抜けて女子トイレに入って行った。
(被害者と仲の良かった子…?)
と思った瞬間、平端の背後から悲しそうな、一方でトイレに駆け込んだ女子生徒に対する怒りのようなものを感じた。振り向くと、被害者生徒の瞳にも涙が浮かんでいるものの、その表情には怒りの表情が滲んでいた。
(んー……、思春期の女の子って、読みづらいのよね。)
あ、でも私もその時期あったのか、と思い直すが、被害者生徒の表情と思念の意味は、平端には理解できなかった。ただ、何かあることは確かだ。
(放課後にでも、接触してみますか。あ、あと担任の先生にも、さっきの女子生徒のこと聞いてみよう。)
平端はクラスを後にし、職員室へ足を運んだ。被害者生徒の霊は、女子トイレの方向を見たまま、ただ立ち尽くしていた。
職員室に行き、担任を呼び出すと、少し若めの男性が対応した。教員になったのは6年前で、自分の担当するクラスから自死する生徒が出たのは初めてだ、と話す。
「先生は、今回亡くなった新川さんについて、何か異変などは感じませんでしたか?」
「異変……、といいますと?」
「何か、勉強に悩んでるとか、友人関係で悩んでるとか。」
少し考える素振りをして、何も思い当たらない、と首を振る。
「成績も悪くなかったですし、友人関係も上手くやってるように見えましたけどね。女子生徒特有の悩みとかがあったとかなら、分かりませんけど…」
「女子生徒特有の悩み?というと??」
何気なく聞いた質問だった。担任は少し表情をこわばらせたが、すぐに平静を取り戻し、いや、例えばね、と切り出す。
「例えば、ですけど、恋愛関係の話、とか。女子生徒はそういう話題が好きですから。僕もよく、彼女はいないのかとか聞かれますよ、からかい混じりにね。」
「なるほど……、先生としては、そういう相談を受けたことは?」
「男性教員に、そんな話はしてきませんよ。さっきみたいな、からかうような話ならともかく。」
「そうですか、生徒と年齢も近くて親しみやすそうですから、先生なら話してもらえそうな気がしますけど、そういうものですか。」
そうですよ、と相槌を打ち、担任は黙り込んだ。平端は、話を変えて先ほどトイレに駆け込んだ生徒について聞くことにした。
「先ほど、先生のクラスを見てきたんです。そしたら、今にも泣き出しそうな女子生徒が、授業中にお手洗いに行くと言って、廊下を走って行ったんですけど…」
「ああ、新川と仲の良かった生徒ですね、あの一件以来、一番落ち込んでまして…。」
「その生徒のお名前は?」
「保坂和美ですね。話を聞く限りでは、成績の良し悪しを争うライバル同士ですが、仲は良かったと思いますよ。テスト前にもよく教え合っていましたし。」
「保坂さん、ですね。」
平端は、手帳にメモを残し、放課後になったら接触してみるか、と思案した。その話題を最後に職員室を後にし、一旦本署に戻ることにした。
学校を出ようとした時、平端はふと校舎を振り返った。すると、被害者生徒の霊が、睨みつけるような何かを見つめ、恨みの思念を強く振り撒いていた。
(何をみてるの…?人、か…??)
窓が光の加減で反射し、何を見つめているかまでは見えず、見つめる先を追いかけようとした時には被害者生徒の霊が見つめていた先には何もなかった。
(んー……ますます引っかかる。何かを恨んでいるんじゃなくて、誰かを恨んでる…?)
時計は12時を過ぎようとしている。どこかで軽食でも食べながら、情報整理するか、と考え、平端は車を走らせた。