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あなたの声を聴かせて  作者: 紅羽 もみじ
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事件録3-5

事件録3-5

 晴人の同僚である中村の聴取が終わってからというもの、捜査は暗礁に乗り上げていた。晴人と中村の仲は、会社で聞いた通りで、殺人に発展するほどのトラブルに関する話は出ず、妻の弥生も中村とは、晴人が一度家に連れてきた時に少し会話したのみで、その後の面識はないとのことだった。

 塚本が言っていた上への説得も叶わず、状況証拠のみで、仮に中村が正義の鉄槌のつもりで晴人を殺したとしても、その後、中村が普段通りの生活を送っているなら、張り込んだところで何も出ない、と承諾を得られなかった。


「これじゃ、捜査は振り出しですよ、ってかマイナスです。他殺ではあるんでしょうけど、疑いの範囲が無限大です、物取り、通り魔、何でもござれって感じです。」

「何でもござれは言い過ぎだが、振り出しに戻ったことは確かだな。住宅街じゃなきゃ、防犯カメラを洗い直したりできるんだが…、その類のものもないんじゃ、ひたすら事件当時の被害者宅周辺の人間に再度聞き込むしかないか。」


 足で稼ぐしかないってことだ、と塚本は言い添えた。


「でも、近所の人も覚えてるのかなぁ…、もう事件からだいぶ時間たっちゃいましたよ。」

「やるしかねぇだろ、ほら、いくぞ。」


 塚本が立ち上がり、平端が重い腰を上げようとしたその時、平端の公務用の電話に着信が入った。知らない電話番号が表示されている。


「はい、平端です。」

「お姉ちゃん!お母さんを助けて!!」


 いつだったか聞いた子どもの声。弥生の長男、相馬の声だった。


「相馬、くん?どうしたの?」

「お姉ちゃん、神様の仲間なんでしょ?お母さんがまたいじめられてて、お祈りしても間に合わないんだ、お母さんを助けて!」

「相馬くん、落ち着いて、何があったの?」


 塚本と他の刑事の注目が、一気に平端に集まる。平端は、手元のメモ用紙とペンで、「出動準備を」と走り書きをして、刑事たちを動かした。

 平端は塚本とともに車に乗り、電話を続ける。


「今、お家?それとも外にいるの?」

「家にいる、僕と拓磨は、お母さんが部屋に隠れろって言うから、隠れてるんだ。でも、お父さんの時と同じで、お母さんがおっきな声上げてて、男の人がいじめてるんだ。」

「男の人?」


 電話の向こうでは、相馬の近くで泣き声を押し殺している拓磨の声も聞こえた。2人は何とか無事のようだが、弥生の命に危機が迫っていることは、2人の様子からして明らかだった。


「わかった、今、相馬くんたちの家に向かってるからね。今から一緒に、悪いやつをやっつけよう。そのためにやってほしいことがあるの。できる?」

「お母さんが、助かるなら何でもするよ。」

「今から言うことを約束して。もう少ししたら、私が、『お話し終わり!』って合図を出したら、声は出さないこと。物音もなるべく立てないで。拓磨くんも怖い思いしてると思うけど、できるだけ声を出さないで。あと、合図の後も電話は切らないで。床に電話をそーっと置くの。できる?」

「できる、頑張る。」

「相馬くんと拓磨くんは強いね。よし、いくよ。『お話し終わり!』」


 合図とともに、相馬は電話を床に置いたのか、微かに『コトッ』と音がした。そして、泣きたい気持ちを我慢している2人の嗚咽が響くのみとなった。


「先輩、急がないと。」

「ああ、刑事たちも後に続いてる。これ以上、あの家庭を事件に巻き込むなんてことあっちゃならねぇ。」


 平端と塚本、そして他の刑事たちは、サイレンこそ出さないが、出来る限りの速度を出して弥生の家に向かっていた。家に着くと、ドアは開いておらず、声も物音も聞こえない。塚本を含めた刑事たちに緊張が走る。

 平端と塚本、一名の刑事が玄関を、他刑事たちは、裏口と平端と塚本の背後を固め、相馬の言う男を捕まえられるよう、万全を期した体制を整えた。


「……よし、いくぞ!」


 塚本の合図で、平端と1人の刑事が家に踏み込んだ。玄関には誰もいないことを確認し、リビングに向かうとそこには弥生に馬乗りになり、刃物を振り下ろそうとする中村の姿があった。


「中村!刃物を下せ!!弥生さんから離れろ!」

「…っ、なんで、警察が!」

「そんなことは後でいくらでも説明してあげます。とにかく、刃物を下ろして。抵抗しないで!」

「…うるさい、邪魔するな!」


 中村は塚本たちに背を向けた形で、弥生に馬乗りになっていたが馬乗りのまま向き直り、弥生の下腹部に刃物を突きつける。


「これ以上、僕と弥生さんの邪魔をするなら、この人を殺して僕も死ぬぞ。引くのはお前たちだ、邪魔をするな!!」

「…やっぱり、女相や児相に、晴人さんの暴力を訴えていたのは、あなただったんですね。」

「……そうだよ、こんな綺麗な人に暴力を振るうなんて…あの人はクズだ、子どもだっているのに!」

「あんたも同じことをやってる。被害者と同じだ!」

「同じじゃない!!!」


 中村は息を切らしながら、塚本の声を遮る。


「ここに来たのは、改めて弥生さんと家族になろうと伝えに来たんだ。あのクズは俺が殺した、もう弥生さんが怯える必要はない。僕が守るんだから!」

「守るはずの人に刃物を向けることが、あんたの言う弥生さんを守ることなのか。」

「こんなことするつもりなかったよ!僕は、いつだって弥生さんのために動いてる。女性相談所も児童相談所も、学校にも行った、どこも弥生さんを助けてなんかくれなかったよ!だから、あのクズを消すしかなかった!あのクズが消えたら、弥生さんは正気を取り戻して、僕と一緒になるはずだったんだ…」


 平端は、中村が必死に訴えている最中、一瞬だけ弥生に目線を向けた。弥生はまだ意識があり、何とか目の前の脅威を排除しようと手探りで武器になるものを探していた。


(弥生さん…、あまり無茶しないで。あなたには、子どもたちが息を潜めて待ってる…!)


 平端は、何とか刑事たちだけで事態を打開できる術はないかと模索した。中村は正気を失っており、ひたすら弥生のためと繰り返しながら、本末転倒なことをしようとしている。万事休すか、と思ったその時。

 リビング横の部屋が開き、プラスチック製のおもちゃの人形が、中村の側頭部から左目にかけて投げつけられた。その衝撃に一瞬怯んだ隙を見逃さず、塚本と刑事が中村から刃物を取り上げ、身柄を取り押さえた。

 平端は、急いでリビング横の部屋に入ると、涙で顔をぐしゃぐしゃにした拓馬と、同じように顔を涙で濡らしているが、恐怖に身を震わせながらも大事な母親を守らんとする相馬の姿があった。


「相馬くん、拓磨くん!」

「お姉ちゃん…!!」


 平端は、思わず2人を抱き止めていた。無茶をした子どもたちを叱るべきと思いつつも、何より、恐怖に震えながらも打ち勝った2人を受け入れてやりたいと言う気持ちの方が強かった。


「2人とも…、頑張った、頑張ったね…」

「お姉ちゃん、神様の、仲間なんでしょ…?だから、言う通りにしたんだ。」


 相馬は、手に握られた子供用携帯を平端に差し出す。


「この、電話を切らなかったから、お姉ちゃんたちが助けに来てくれたのがわかったんだ。でも、悪いやつはずるいやつだから、お姉ちゃんたちを困らせてたのも聞こえてきた。だから、僕と拓磨も戦わなきゃって…」


 その言葉を最後に、緊張の糸が切れたように大声をあげて泣き始めた。拓磨も、声を押し殺していた分、兄と声を揃えるように泣き始めた。

 平端は、居た堪れなくなり、再び2人を抱き寄せた。


「もう危ないことしたらだめだよ?悪いやつを捕まえる神様の仲間は、私以外にもたくさんいるからね。でも、2人とも偉かった、よく頑張ったね…」


 相馬と拓磨は、そのまま警察署で保護され、弥生は横腹を刺されて重傷を負っていたが、搬送先で治療を受け、命に別状はないと診断された。

 中村は、一度晴人の家を訪れた時、弥生に一目惚れをしていた、晴人の配偶者であるため、付き合うなどのことは考えていなかったが、たびたび晴人の家の近所をうろついては、偶然を装って接触を図ったと供述。その過程で、弥生が晴人に暴力を振るわれていることを知り、晴人にやめるよう説得を図ったが、晴人はDVを否定し、取り合わなかった。このままでは、弥生の身が持たないと思った中村は、公的機関に掛け合ったが動きがなく、自分がやるしかない、と思い、犯行に及んだという。


「…正義感を暴走させた奴ほど、タチの悪いもんはねぇよ。」

「そうですね…。DVが始まったのも、中村が弥生さんと接触するようになってからだったそうで。晴人さんは、弥生さんが同僚と不倫をしていると勘違いしたんでしょう。すれ違いがありすぎて、悲しくなりますよ。」

「まぁな……」


 平端は、弥生の病室を訪れ、弥生は傷の状態が回復傾向にあること、そして、子ども達には危険な目に遭わせて申し訳なかったと何度も繰り返した。

 平端が、ふと弥生の枕元に目をやると、晴人の霊が立っている。だが、前のような恨みの思念は感じず、悲しげな思念に変わっていることに気づいた。

 弥生の病室を後にすると、平端の後についてくる晴人の霊。どうやら、弥生と最期の別れを晴人なりに済ませ、病室から離れたようだ。


(……弥生さんとちゃんと向き合って話をせずに、暴力を振るったことは許せることじゃない。けど…、もし、まだ弥生さんのことを大切に想うなら、どうか、弥生さんとお子さんを、暖かく見守って…)


 平端の思いが晴人に伝わったのか、晴人は病院を出たところで、平端に向かってゆっくり一礼した。すると、晴人が今まで弥生と築き上げてきた、暖かな家庭、そして、一度のすれ違いから晴人自身で壊してしまった後悔、それを耐え抜いて、いつか元の晴人に戻ってくれると信じ、たとえそれが叶わなくても、子ども達が暖かく暮らせるようにと健気に奮闘する弥生の姿が伝わった。

 ふと気がつくと、晴人の霊は姿を消し、目の前には温かい日差しが差し込んでいた。


(……私に言われなくても、ちゃんと見守ってくれる、か。)


 平端は病院の出入り口で、塚本が呼ぶ声が聞こえ、いつもの気楽な返事をして、自信を呼ぶ声の方へ足を運んだ。

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