事件録3-4
事件録3-4
平端と塚本は再び、晴人が勤めていた会社に足を運んだ。入ってみると、まだ中村隆介は戻っておらず、話を聞くことができなかった。だが、先ほどの刑事の話で、平端は会社に何かあると踏んだのか、大人しく中村の帰社を待つと言うことはしなかった。
「んー……先輩、ちょっと会社内見てきていいですか?」
「なんだ、気になることでもあんのか。」
「こういう、会社っていう狭い空間で、被害者本人より事情に詳しい人ってどんな人だと思います?」
「また煙に巻くようなことを…」
「簡単ですよ、勤務歴がそれなりに長くて、聞くより話す方が好きな人、特に女の人が多いですね。」
平端は既に目をつけていたのか、ある職員の元へ近づき、声をかけた。塚本と同年代くらいで、平端が話しかけると笑顔で応対する女性だった。平端は、その女性をデスクから呼び出すと、なるべく人が通らなさそうな場所を選び、話し始めた。
「今、晴人さんの捜査でお邪魔してまして。人望の厚い、しっかり者だったって聞きました。」
「そうねぇ、確かにいい人ではあったかもしれないけど…」
「ありゃ、そうじゃないんですか??」
「それがね、ここだけの話よ?」
女性はチラチラと周囲を警戒するように眺めてから、声を顰める。
「ある時から、本当にたまーに、怖い顔してデスクに戻ってくることがあるのよ。話しかけると笑顔よ?でも、私初め見た時ぞっとしちゃって。」
「でも、人当たりはいい感じの方だったのでは?」
「たまにしか見ませんもの、ほとんどの人は気づいてないんじゃないかしら。」
「なるほどー…、でも、晴人さんも人間ですし、営業先で嫌なこと言われて帰ってくるってこともありますよね。」
「それがね、お話はここからなのよ。あの子が怖い顔してデスクに戻ってくるのは、営業から帰ってからじゃないと思うの。」
「へ?どういうことです?」
女性は、再び辺りを見回して、問題ないと思ったのか、さらに声を顰めて話した。
「…これはあたしの推測なんだけど…、彼の同期で中村くんって子がいるの。晴人くんが怖い顔して戻ってくる時、その後に中村くんが戻ってくるの。それも悲しい顔してね。外から見た限りじゃ、2人とも仲良さそうなんだけど…、時々諍いとかあったんじゃないかしらねぇ。」
「諍い……ですか。」
「あ、これはあくまであたしが思っただけよ。ここだけの話。」
女性は人差し指を立てて、秘密だからね、という仕草をした。
平端がその女性と別れた後、塚本は既に中村の事情聴取に入っており、会議室で話していると聞いて合流しようとドアを開けた。すると、冷や汗が出るほどの恨みや怒りが、バックドラフトのように平端を襲った。中村と思われる男性の背後に、晴人の霊が立っており、睨みつけているからだ。
塚本先輩はこう言う時、楽でいいなぁと気を取り直し、会議室に足を踏み入れる。
「そうですか、では、中村さんも被害者が恨みを持たれるようなことや、トラブルに覚えはない、と。」
「そうですね…。」
「すみません、塚本先輩。遅れました。」
「何やってたんだよお前…。もう大体のことは聞いたぞ。」
「……こちらの方も、刑事さんですか。」
「あ、平端と言います。話の腰を折るようで申し訳ないんですけど、私からも質問いいですか?」
塚本は大体のことは聞いた、というのは、あくまで他の関係者にも聞いたごく一般的な聴取。平端は先ほどの女性から聞いた話を、それとなく振ってみることにした。
「中村さんと晴人さんは、同期入社で仲が良かったと聞いてます。ただ、仲が良いとはいえ、お互い人間ですから、意見がすれ違うこともあったんじゃないですか?」
どこか確信めいた聞き方をする平端に、中村は怪訝そうな顔をするが、至って冷静に話を返す。
「それは、そう言う時もあったかもしれませんが…、些細なことですよ。」
「例えば、どんなことで意見のすれ違いがあったかとか、覚えてます?」
「さっきも言ったように、すれ違いがあったとは言え、些細なことです。内容までは覚えてません。」
「なるほどー…。あ、そういえば、晴人さんと中村さんは同い年と聞いてますけど…、晴人さんよりお若く見えますね。30代半ばって見られてもおかしくなさそう。」
「…よく言われますよ。独身で子どももいないからですかね。若く見えると言われます。」
「そうですか。んー…、もう一回確認しますね。中村さんは、晴人さんとは仲の良かった友人であり、同僚。間違い無いです?」
「ええ。」
「近しい関係であるからこそ、晴人さんとぶつかることもあった。でもそれは些細な内容で覚えていない。これも間違い無いです?」
「…何度聞かれても同じです。間違いありません。」
塚本は、平端の執拗な聴取を止めようと考えたが、女相での話を思い出し、思いとどまった。平端は、女相に来ていたナカムラという人間と、目の前の中村を同一人物と見ているのだと思ったからだ。
平端は、中村の言葉を最後に、ふーん…と思案する仕草をして口を閉ざした。中村は苛立ったように立ち上がる。
「もう、僕に答えられることは答えましたよ、刑事さん。そろそろ、仕事がありますので失礼します。」
「…そうですね、長く時間取らせてしまってすみませんね。けど、」
部屋を出ようとする中村に、これは独り言です、出る前に聞いておいてもらえませんか、と声をかける。
「…聞くだけでしたら。」
「子どもの想像力ってすごいんですよ。何でも、神様にお祈りをしたら、悪い奴をやっつけてくれるんだそうです。」
「…それはあなたたちの仕事なんじゃないですか。警察官という職に憧れてるからこそ出てきた物語なのでは?」
「私も、最初はそう思いました。けど、神様は別にいるらしいんですよね。子どもたちには、警察手帳を見せて、何とか神様の仲間だと信じてもらいました。子どもたちは、ずっと祈っていたそうです。『お母さんをいじめるお父さんを倒してくれ』と。」
そこまで言うと、中村は少し顔を歪めた。平端は構わず話を続ける。
「その神様って誰なんだろうなぁと思ったんです。さすがに子どもたちの前で、神様なんてこの世にいないよ、なんて口が裂けても言えませんしね。そしたら、お母さんを救うために人知れず動いていた人がいたそうで。中村さんと名乗っていたと。」
「…それが、僕だと?その人はフルネームで名乗っていたんですか?」
「いいえ。ナカムラと名乗る男性、とだけ。何度か女相に電話で訴えて、ついには直談判までしに来たと聞いてます。私は、子どもたちの言っている神様は、そのナカムラと名乗る男性なのでは、と考えてます。」
「…その人が、見つかるといいですね。」
そう言い残し、中村は会議室を去っていった。
「…塚本先輩、どう思われます?」
「何とも言えんが…、限りなくクロに近いグレーだな。」
「ですよね。女相職員の話から聞いた人物像と、さっきの人、だいぶ一致してるんだけどなぁ。」
「仮に奴がホシだったとしても、引っ張ってくるだけの証拠がない。ひとまず、署に戻って洗い直しだ。上手く上を説得すりゃ、あいつを張り込むこともできるかもしれん。」
2人は会議室を出て、警察署に向けて車を走らせた。




