事件録3-2
事件録3-2
塚本の指示通り、日を改めて弥生と子どもたちが暮らす家を訪れた。遺体は司法解剖のために搬送されたが、同じ家に住み続けることができず、弥生の実家に身を寄せたとのことだった。実家とはいえ、弥生の母親は施設におり、父親はすでに亡くなっていてほぼ空き家状態となっていたようだが。
「生活は落ち着かれましたか、奥さん。」
「……ええ、何とか…。実家が市内にあって幸いでした。子どもも転校せずに済みますから…」
事件当時よりは落ち着きを取り戻していたが、元より痩身であるためか、弥生の顔色はまだ良くないように見えた。
「では、改めて伺わせていただきますね。旦那さんを発見したのは、お子さんを連れて買い物から帰った時で間違いありませんね?」
「…はい。夕飯の準備のために…。子どももまだ小さいので、留守番をさせておくのも心配で、一緒に連れて行きました。」
「お子さんはおいくつです?」
「…7歳と5歳です。上は面倒見はいいんですが、少しやんちゃなところがあるので、家に子どもだけにしておくのは、不安で…」
平端は、塚本が事情聴取をしている間、弥生の背後に立ち、並々ならぬ恨みなのか怒りなのかわからない、とにかく恐ろしい思念を振り撒く晴人の姿をみていた。
(んー…、日を改めたら、少しは違和感に気づけるかも、と思ったけど…。やっぱりわからない。何だろうな、この感じ…。)
弥生は、不自然な視線を向ける平端に、不審な表情で
「何か、ありますでしょうか…」
と問いかける。塚本は、こいつまたやりやがった、という顔をして、弥生に気にしないでいい、と言おうとしたが、それよりも平端が先に口を出した。
「奥さんと、旦那さまの仲はどうでした?」
「……どう、と申されますと。」
「後ろに、家族写真が飾ってあるので、いい旦那さまだったのかなぁと。」
弥生の背後には、引き出しが置かれており、その上には家族で旅行に行ったのか、4人で写った写真が飾られていた。平端は、すくっと立ち上がり、写真をじっと見る。4人は笑顔で写っており、背後には寺院のようなものが写っている。
「これは、京都とか奈良に行かれたんですか?」
「……はい、もう数年前になりますが…」
「ここ最近は、旅行などはされてない?」
「主人は、仕事で忙しい人でしたから…。その旅行も、何とか休暇を取ってもらって行ったものです。」
「なるほど、働き盛りのサラリーマンだったわけですね。」
平端は写真から目を離すと、弥生に向き直った。
「ちょっと、お家を見て回ってもいいですか?」
「え、えぇ、構いませんが……」
「お前…、あんまり被害者を困らせるなよ。」
「わかってますよ。」
平端は、弥生と塚本のいる部屋を出て、部屋の探索に出た。弥生の実家は、元は弥生の両親が住んでいたことからか和風様式な家で、居間を覗くと畳に木製の机、座布団と田舎の家を思わせるような趣だった。
玄関近くに行くと、2階に登る階段。祖母は施設に入る前につけられたのか、和式の階段に少し馴染みにくい手すりがつけられていた。
階段を登ると、2部屋あることがわかった。その内の一部屋から、子ども2人が喋っているのか、声が聞こえる。
「ほら、兄ちゃんの言った通りだろ。悪い奴には、神様が天罰を下してくれるんだ。」
「うん、兄ちゃんの言う通りだった!この絵本みたいに、悪いやつをやっつけてくれる神様がいるんだね。」
父親を亡くした子どもの会話とは思えないような話に、平端は耳を傾けた。
(天罰を下す?悪いやつをやっつけてくれる…?誰のこと?)
「でも、神様ってどんな人なんだろう。」
「そりゃ、めちゃくちゃ強くて、どんなやつだって一撃で倒しちゃうすごい人だよ。兄ちゃんと拓磨では、お母さんを助けられなかったけど、毎日お祈りをしたから、それが届いてお父さんをやっつけてくれたんだ!」
「その話、私も聞いていいかな?」
平端は、思わず兄弟二人に声をかけ、2人のいる部屋に入っていた。二人の会話に、晴人が恐ろしく感じる思念を振り撒いている理由が、ここにあると確信したからだ。
「な、なんだよ!入ってくるな!!」
「しーっ!大丈夫、私は悪いやつじゃなくて、悪いやつをやっつけるお仕事をしてるんだ。だから、その…そう!その神様の友達なの。」
2人の会話から、神様は悪い人をやっつけることができるという方程式ができていることを引用し、何とか子どもたちの信用を得ることに成功した。
「…本当に?神様と友達なの?」
「そうよ。今まで何人も、悪いやつをやっつけてきたんだから。」
子どもたちに何とか親しみを持ってもらおうと考え、警察手帳を取り出した。
「これはね、神様に悪いやつをやっつける仲間として認められたら、もらえる大事なものなの。ほら、私の顔が写ってるでしょう?」
「……ほんとだ、お姉ちゃんの顔だ。」
「お姉ちゃん、神様にあったことあるの??」
「あるわよ、とっても強い人でね、どんなに怖い敵でもやっつけちゃうんだから。」
子どもたちは、すげー!とか、神様の仲間に初めて会った!とまた騒ぎ立てそうだったので、平端は慌てて落ち着くよう促す。
「これはね、誰にもいっちゃだめなの。君たちが、神様にお祈りをしてたって聞こえたから、内緒で見せたのよ。だから、ここからは内緒話でお話しできるかな?」
「わかったよ、お姉ちゃん。拓磨も、声はしーっ、だぞ。」
「うん、兄ちゃん。」
平端は、何とか兄弟に取り入ることに成功し、話を聞くことにした。
「それで、神様に毎日お祈りをしてたって言ってたけど、どんなことをお祈りしてたの?」
「お姉ちゃん、神様からお話聞いてないの?」
「(しまった、誤魔化さなきゃ)か、神様が直接敵を倒しに行く時は、私たちは何も聞くことができないのよ。それだけ、二人の、えーっと拓磨くん、と…」
「相馬だよ。」
「お兄ちゃんが相馬君、弟が拓磨くんね。相馬君と拓磨君の祈りが、それだけ強くって、神様が何とかしなきゃって思って直接倒しに行ったみたいなのよね。だから、何をお祈りしてたのか聴かせて欲しいんだけど…」
「……俺たちのお父さん、お母さんをいじめてたんだ。毎日、家に帰るとずっと。」
やはり、家庭内暴力…、DVがあったのだ、と確信した。悪いやつと表現していたのは父親のこと。兄弟はそれに怯えながらも、絵本の中の神様の存在を信じ、お父さんを倒してもらえるよう、日々祈っていたのだろう。
だが、晴人を殺したのは、子どもたちが信じた非現実的な存在はなく、確実に人間である。平端の捜査線上に真っ先に浮かんだのは、DV被害者である弥生だが、見るからに痩身で弱々しく、しかも女性である。大の大人の男性を、あそこまで滅多刺しにできるだろうか…、と疑念が浮かんだが、一先ず母親のアリバイの裏付けのために事件当日の話を聞くことにした。
「お母さんからお話を聞いたんだけど、お父さんをやっつけてもらった日、お買い物に行ってたの?」
「うん、俺と琢磨と、お母さんの3人で。」
「お買い物に行く前に、お父さんは帰ってきてたのかな?」
2人は顔を見合わせ、平端の問いには相馬が首を横に振って答えた。
「ううん……。帰ってきてなかった。家に帰ったらドアの鍵が開いてて、入ったらお父さんが倒れてたんだ。」
「そっか…。」
兄弟2人からの情報は、これ以上のものは出てくることはなかった。だが、母親がDVを受けていた、そして兄弟はその恐怖に耐えながら暮らしていた、ということが分かっただけでも収穫だった。兄弟には、今日平端と話したことは、母親も含め、内緒であると釘を刺すと、兄弟はご丁寧に小指を差し出し、平端と指切りげんまんをした。
「平端ー、どこだ。そろそろお暇するぞ!」
階下から塚本の声が聞こえてきた。平端は慌てて部屋を出て、合流し、弥生の家を後にした。




