ジェイド様の力
「にゃふーん」
ジェイドのω型の口からなんとも気の抜けた鳴き声が発せられた。すると目の前のドラゴンの動きがピタリと止まった。
──にゃ、にゃふん?
ジェイドの「にゃふーん」がやまびこのようにエコーしてあたりに響き渡る。これが「ほりゃ」に続く魔界の言葉なのか。
「ジェイド様! その様な大魔法は危険すぎます! お辞め下さい!!」
シルヴィアの狼狽する様子が、どうも「にゃふーん」に反比例するようで、俺の表情はきっとモアイ像のそれと同じに固まっている。シルヴィアの制止の声も虚しく、ジェイドは恍惚とした笑みを浮かべているようだった。
目の前のドラゴンが絶叫する。大きな裂けた口を空に向け、わずかな炎を撒き散らしながら長い首を左右に振って悶えている。
──すげぇ! にゃふーん!!
「古代より紡がれてきた滅びの呪文じゃ、この身体に合わせた言葉じゃがの」
目の前のドラゴンの鱗一枚一枚の隙間から紅い光が溢れ落ちたかと思うと、それはまたたく間にドラゴン自身の体を焼く炎に変わった。
「己の破壊心をすべて身の内に向けたのじゃ、自らの炎でその身を焼くがよい!」
にゃははは! と、また甲高い笑い声を上げて紅い炎を瞳に映すジェイドの姿は、もはや猫というより魔界の王そのものだった。
"守護竜"ってより"邪神"とか"魔王"とかそっちのがあってるこの猫。うん。
「ジェイド様……なんてことを……」
あとに残ったのは地面に手をついて嘆くシルヴィアの姿と、先程まで漆黒のドラゴンがのたうち回っていた場所に黒い仔猫が一匹「ミーミー」鳴いてる姿だった。
ヨタヨタと歩く仔猫がこちらに歩いて来る。
「え、か、可愛い……」
近付いてそのちいさな黒い体をヒョコッと持ち上げてやる。毛並みはふわふわした綿菓子みたいだ。
ミーミーミーミーずっと鳴いてる口元も前足も尻尾も全部が仔猫そのもの。
「まさか、この猫……さっきの……?」
──あのドラゴン?
ジェイドの代わりにシルヴィアが「そうです……」と気落ちした様子で答えた。
「すげぇ! インチキ猫とか言って悪かったな!! お前本物じゃん!! すげぇーよ!!」
ジェイドがふふん、と鼻を高くあげる。この時ばかりは、ちょこんと揃えられたちいさな前足の前に跪いてもかまわないとすら思った。けれど嬉々とした俺達とは相反して、どこか絶望を漂わせたシルヴィアの瑠璃色の瞳がこちらに向いた。
「ジェイド様のこちらでの魔力には限りがあるのです。……きっと、いまの大魔法でほとんどの力を消費してしまったのではありませんか……?」
──え?