逃げるは恥だが喰われるのはもっと最悪だ
ジェイドの「ほりゃ」 は魔界の言葉なのか、気の抜けた「ほりゃ」が聞こえたと思った時には、なんと俺は図書室ではなく校庭のど真ん中に放り出されていた。
「な!?」
目の前には校庭に立ち並ぶフェンス。いきなり外気に晒されて、背中にびっしょりかいた冷や汗で体温を奪われゾクッと身震いした。
視界が図書室から一瞬にして移り変わるさまは、変な車酔いの感覚と同じで吐きそうになる。
「おぇ……」
──な、なんなんだよ……。
校庭の真ん中で膝をついて、見た通りに"orz"状態になってる自分があまりに不憫に思えて泣けてくる。
ちょっと視界が涙で滲んだ頃、頭上から低いいななきが聞こえた。それは地面を揺るがすような不気味で不穏な獣のような鳴き声。
ゆっくり顔を上げて、すでに夜の闇に呑まれた空を見てみる。煌々と輝く月が欠けている。それは三日月型とか半月型とかそういう見慣れた形じゃなくて、歪にかじられたみたいな形だった。
よく目を凝らして見てみると、月を変形させてるそれは遠く離れて空から俺を見下ろす影が、月の光を遮っているだけだと気が付いた。
ゴツゴツした外皮。暗闇にポッカリ空いた紅い眼がこちらをじ、っと見ている。
「ウ、ソっ……だろ……」
それがなんなのかわかった時、顔がひきつるのが自分でもわかった。あまりに非現実的な状況に遭遇して脳ミソがバグる。本来なら悲鳴を出すはずの口から、ハハ、と渇いた笑い声がでた。
──あ、これ、死んだかも……俺。
満点の星空が見えるはずの夜空を占拠していたのは、大きな一対の黒い翼を持ったまぎれもないドラゴンの姿だった。
両翼がおおきく上下する度にこちらにまで強風が届く。翼の持ち主の頭には鬼のような二本の角。巨大な胴体のバランスを取る為に、空中で長く太い尾が豪快にしなる。その度に、それが振りかざした斧の様にこちらに届くのではないかと生きた心地がしない。
この世のものとは到底思えない不気味な紅い眼がまばたきを繰り返してこちらを見ている。
「本物の……ドラゴンだ……」
視界の端には近くのコンビニの看板や、点滅する信号機。あまりにアンバランスな存在が確かそこに存在している。
ドラゴンの全身を覆う漆黒の鱗が、月明かりに照らされて妖しく煌めいている。獣のいななきに聞こえたそれはドラゴンの呼吸音だったとわかった。同じ空気を共有しているからこそ分かる肌で感じる絶望感。
蛇に睨まれたカエル、そんな映像が走馬灯のように脳裏によぎった。