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2025年5月9日(金曜日) 16時42分

 



 目の前に、乱雑に置かれた教科書と、体操着袋があった。賑やかな声が周囲からする。

 嗅ぎ慣れた独特の教室の匂いと、走り回る男子生徒の笑い声。


 しゃがんで自分のロッカーのなかを眺めている自分自身を、いやに冷静に客観的に見ていた。




「マジかよ……」



 誰にも聴こえないだろうちいさな声でつぶやく。さっきまで、まさにこの校舎の真上を落下中だったっていうのに。


 いや、むしろこれは、ラッキーなのか?



 状況を察して、ゆっくり立ち上がる。これほど落ち着いていられるのは、今回は、前回とは違ってすべての記憶があるままだからだ。


 普通を装って窓を開けて上空を見てみる。勿論、ジークフリードの大鴉の姿はない。落下予想的にグラウンドの中心当たりをザッと見てみてもやっぱりその姿はなかった。



 けど、俺は無事に、無傷で確かにここにいる。右肩をゆっくりと回してみる。

 肩の強張りがない……。あれだけの傷を負って、未だに違和感があったはずなのに。


 この状況‥…。




「こういうこともできるのかよ……」




 ジェイドの言葉が脳裏に過る。“お主もまた黒の魔女の手のなかに戻ってきたということじゃ”。 見渡す限り普段通りの教室、見慣れたクラスメイトたちの顔、最近は忘れ掛けていた何気ない日常会話、あまりに違和感のない風景。




 ──やっぱり。



 俺は、多分……また、“戻された”。



 黒の魔女の力で、“また”俺の物語が書き換えられた。シルヴィアたちとは関係のない俺が本来進むべきだった“フツー”の時間軸に戻されたんだ。


 居ても立ってもいられない、慌てて廃校舎へ向かう。時間軸がズレても、シルヴィアたちがここにいることには間違いない。さっき確認した日付も以前とは違った。前は夏休み前まで時間が飛んだけど、今回は、今日のまま。さっきジークフリードとここへ来た日付と時間はほぼ変わりがなかった。


 まだきっとシルヴィアが黒の魔女と戦う前のはずだ! 今行けば、間に合う!!




「杵島……?」



 不意に呼び止められて、反射的に振り返ってしまった。いや、もう一刻も早くシルヴィアの元へ行かなくちゃいけないってのに。


 思考は、俺が行ってどうする? なにか策はあるのか? 気休めでも、武器は必要だろうか……そんな考えが目まぐるしく渦巻いてる。少しでも、俺がシルヴィアの助けになれればいい。なにかいい案があれば……。



「なんだよ、慌てて。お前図書委員だろ? ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」



 少しだけ高い印象の声と、黒縁眼鏡、同じクラスの齋藤涼真だ。時々図書室に本を借りに来る。俺程ではないが、そこそこの本好きだ、けど、いまは悠長に話してる場合じゃない。


「悪い、いま急いで──」



 断ろうとしたその俺の言葉に被せるように齋藤は、口を開いた。



「俺が読んでた“白の書”が、どこにも見当たらないんだよな」



 一瞬、反転しかけた足がもう一度元の位置に戻ろうと、危うく変に足首を捻るところだった。



「は? え!? いま白の書って……!」


 思わずすごい剣幕で聞いてしまった。俺の顔は般若のように険しく強張っていたと思う。それくらい必死だった。


 だからか、齋藤は引きつった笑い顔を浮かべて、たじろぐ。


「あ、やっぱり、お前も探してた? やっぱ、俺が失くしちゃったのかな……。確かに図書室に忘れてった気がしたんだけど、見つけてもなくてさ……やっぱり、弁償しなきゃ不味いよな……?」



 気まずそうに俺の顔色をうかがっている。



「まさか、本当に白の書を読んだのか!?」



 驚きに手汗が滲む。声が裏返りそうだ。



「え、ま、まぁ、子供っぽいって思うかもだけどさ、俺ああいうファンタジー系結構好きなんだよね……」


「じゃあ、ジェイドって竜も、シルヴィアも知ってるよな!?」



 捲し立てるように言うと、齋藤の顔が少し和らいだ。早く反応が知りたくて待ち切れない。まさか、白の書を読んだやつがこんなところにいたなんて、考えもしなかった!



「あぁ、なんだ杵島もあれ読んでたのか! 知ってるもなにも主要人物だもんな、読んでりゃあ、そりゃあわかるよ」



 はは、と笑い声を漏らした。暗雲のなか、まるで光が差し込んだようだった。


 思わぬ助け舟に、心無しか足が震えた。有り難い話だが、齋藤にいまの状況を説明する暇もないし、言ったところで信じてもらえるわけがない。一度焦る気持ちを唾と一緒に呑み込んで、努めて冷静に言う。



「悪い、あの本、俺が破損させちゃって、いま修復中なんだ。だから、大まかにでいいから内容を最後まで教えてほしい」


「なんだ、そうだったのかよ! はやく言えよ! 俺が失くしたかと思ってヒヤヒヤしたって!」



 心底安堵したように齋藤は笑うと、窓際に行って背中をあずけると話しはじめた。



「白の書はリディアス王子が国を治めるまでのストーリーだろ? 隣国のシルヴィア姫との婚姻を控えて、でも国は戦火の真っ只中。国を統治するための技量を計られて、兵隊の力を見せ付ける為に、リディアスが国の兵隊を連れて国境のちいさな街で──」


「あぁ、それはいい。最後、シルヴィアとジェイドはどうなる?」



 時間が惜しい。



「隣国のお姫様?」



 齋藤は話の腰を折られて、少しつまらなそうに宙を仰ぐ。急かしたい気持ちを渾身の力で抑え込んで続く言葉を待つ。




「──あぁ、ってか、聞いてくれよ。俺、白の書が好きでさ、時々読んでたのに、不思議なんだよ。今回読んだらさ、前に読んだ時と“内容が変わってたんだよ”」


「は──?」



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