μακάριος ύπνος ─眠り─
“逃げたいだろう? シルヴィア姫──”
直ぐ近くで声がして、我にかえった。
いま見えていたのはわたしの物語での記憶。ここは、わたしの術が跳ね返された世界。
けれど、この声は……!
「誰ッ……!?」
“逃げたいだろう? 楽になりたいだろう? 役割から離れ、自由に生きたいだろう?”
姿は見えない。夜の闇から囁かれるような静かで、不気味で、けれどとてもよく通る声。
「どこにいるの………!」
辺りを見回しても、文字が流れていくのが見えるだけ。なのに、その声だけは、ハッキリとわたしに聴こえる。
“物語のお前の真実の役割は、人を死に導く者。死という物語からの解放、唯一の光を彼等に見せること……”
「い、や……ッ……」
聞きたくない! それは違う、と否定したいのに、喉の奥が締め付けられるように苦しい。
──どうして……。
“誰もお前を責めたりはしない”
“お前のしてきた事実を見て、責め立てる者がいればいいのに、お前にはそれすらもいない”
“王子がいなくなったことも、兵達がお前の甘い歌声に拐かされ死者の国に導かれて逝くことも、だぁれも、誰も、お前を責めたりはしない”
「……い、や……やめ、……」
──やめて、お願い……。
兵達の最期の歌声が聴こえる。事切れそうなほどあまりに頼りない王子様の魔法陣の姿と重なる……。
“だけど、お前だけは、すべてを知っている”
「……い、や……言わ、ないで……」
これ以上は、聞きたくない。耳を塞いで顔を伏せても、それは容赦なくわたしに語りかけてくる。
──お願い……、やめて……。
「“お前がどれだけ卑劣で、価値の無い人間だということを”」