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コイネガウ

 



 破られて壊れていく空間から体が投げ出された。風の音が鼓膜をゆさぶる。強風に体中が強張って、目をあけることさえできなかった。もはや自分の体が下に落ちてるのか、それとも横向きに吹き飛ばされた状態なのか、自分自身がいまどうなっているのかさえわからなかった。




 "君はどうしてなにも望まないの"



 あいつの声が脳内で木霊(こだま)する。......確かに、俺は、いつもそうだったのかもしれない。


 自分の意見は二の次で、いつも人に合わせて流されて、そうやって生きてきたんだ。その報いがこれか?




「ほーら、優都。もうお兄ちゃんなんだから、いつまでも甘えてちゃダメ」



 母さんの声が聴こえる。懐かしい情景が目の前に広がっていく。優しく母さんが笑っていた。母さんの髪が長い、これは、妹の恋菜(れな)が産まれてまもないくらいの時の記憶だ。


 母さんの膝の上でミルクを呑む恋菜。それを見て、ちいさな男の子が不満そうにおもちゃで遊んでいる。あれは、俺だ。勿論妹は可愛かったけど、俺もまだちいさくて、母さんにかまってほしくて、寂しくて......でも、母さんはひとりで大変そうで、この時俺は、子供ながらに母さんを困らせてはいけないって思ったんだ。


 面倒見がいい兄という役割を、母さんから与えられた気がしたんだ。幼い頃の思い込みは、無意識に焼き付いて、いつしか外でも兄のような役割を俺は演じてきた気がする。



 徐々に、自分の心からの望みを感じることさえできないくらいに役割に麻痺していって。もしかしたら、俺は、誰かの望みを叶えることで、自分の存在意義を見出していたのかもしれない。


 でも、俺の本当の望みってなんなんだ。



 いつも周りが役割を与えてくれたからそれを演じてきた。だけど、俺自身の心からの望みは......?



 頬を撫でる風を感じる。やわらかく包み込まれるぬくもりと、懐かしいような、苦しいような、花の香り。




「......もうこれ以上、私たちのわがままに、あなたを巻き込むつもりはありません」




 耳朶(じだ)をくすぐる優しい声が聴こえた。





 ──いやだ。





「......私たちのことは、どうか、忘れてください」




 ──嫌だ。やめてくれ。





「さようなら、優都様──」





「......い、く......な」



 細い手を握りしめた。彼女を止めたかった。なぜかなんてわからない。俺は、そうしたかった。




「シ、ルヴィア......」



 喉から自然とこぼれおちた。あまりに唇に馴染んだ音だった。そうだ、彼女の名前は、シルヴィアだ。ラフィル王国のお姫様で、世間知らずで、強くて......けど、弱くて。



「え、え? どうして......」



 瞼をあけると、瞳いっぱいに涙を溜めて、驚きに目を見開くシルヴィアの姿があった。




「優、都......さ、ま? だって、いま、私が術を......」



 指先でシルヴィアの目元を拭うと、瑠璃色の瞳から、宝石みたいな涙が次から次へと溢れおちた。


 これじゃあ、拭いきれない。そう思ったら、自然と笑みがこぼれた。




「俺の記憶......消そうとしただろ?」


「え......ッえと、ッあの......私は優都、様がッ......元の、普通のせい、かつに.....ふぇ......」



 怒ってるつもりはなかったけど、嗚咽交じりのシルヴィアは、声をあげて泣き出した。子供みたいな泣き方だった。これじゃあ、お姫様失格だろ、と、からかいたくなったけど、泣きじゃくるシルヴィアのその姿に衝動的に腕が伸びて、ソッと抱き寄せた。



「......知ってる」


「......ご、ごめんなさい。私、なんで......ッ、こんなに、泣いて......ッ術が、失敗したのに......なぜか、ホッとしてしまってッ......」



 腕のなかでシルヴィアの細い肩が、ふるふると頼りなく震えているのを感じる。戸惑うシルヴィアを抱く腕に力がこもった。


 両腕にすっぽりとおさまるシルヴィアを感じて、安心するような、あたたかい気持ちが込み上げる。金糸の髪は思った以上にやわらかくて、ちいさな頭を撫でると、シルヴィアの呼吸が少しだけ穏やかになった気がした。


 俺はきっと、シルヴィアの望みとは違うことをしてるんだろう。



 それでも、




「シルヴィア、ごめん。......俺、今更気付いた」




 物語を行ったりきたり、誰に話したって理解なんてしてもらえないだろう。もしかしたら、俺が見たのはただのリアルな夢だったのかもしれない。


 だけど、そんなことをしてやっと気が付いた。




「俺は──」




 そこまで口にして、呑み込んだ。彼女に伝えたら、いまの彼女に伝えてしまったら、またシルヴィアは何処かに行ってしまいそうな恐怖を感じたからだ。




 ──でも、今ならわかる。そうだ、これが俺の願いなんだ。



 胸元に頬をよせるシルヴィアのぬくもりを感じる。いままで感じたことのないような熱い感情で胸のなかが満たされていく。


 俺は、ずっとこうしたかったんだ。俺は、シルヴィアともっと一緒にいたい。触れたい。



 許されるなら、ずっと、俺のそばに──




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