他力本願は叶わなかった
いままで本のなかでしか見たことないような展開。あれはあくまで本のなかの話だからこそ、冷静に面白おかしく楽しめていただけで、実際、触れたシルヴィアの手はやわらかいし、震える手からは緊張が伝わってくる。目の前でシルヴィアが一喜一憂するだけでこうも動揺する。
百歩譲ってふたりが本当に異世界から王子様を探しに来たお姫様と竜だって言うんだったら。
「べ、別に俺でなくてもよくないか。従者とかさ、ほら、騎士様とか呼べないの」
カッコ悪いのは百も承知で提案する。だって俺、普通の高校生だし。
「それに、その猫だって」
──インチキくさいけどさ。
俺よりはマシでしょ。って、言いかけて、なんか自分で虚しくなって喉の奥で呑み込んだ。
「素直に自分では自信がないと言えばよかろう」
足元のジェイドが前足を舐めながらぼやいた。グサリと胸に突き刺さる。
「い、いや! 自信とか、そういうんじゃなくて……」
モゴモゴ言い淀むとジェイドは犬歯を見せて大きな欠伸をした。
「このような弱腰のヤツしか頼れる者がおらぬとは、ほとほとワシらも運から見離されとる──ほりゃ!」
変な掛け声と共にジェイドが前足を上げて俺の右足に触れた。そのむきゅむきゅの肉球から閃光が現れた。
「──イテッ!!」
静電気のようなものが触れた所から走る。
「ぃよぉし!」
ひと仕事終えたとばかりにジェイドは前足を離すとまたペロペロと肉球を舐めている。未だピリピリと痛む場所を制服の裾を引き上げて見てみると、脛に青白く光る六芒星の紋様が刻印されていた。
「お、オイ!! なんだこれ!?」
「従者はいまからお前じゃ、失礼の無いよう姫様によく使えるのじゃよ」
「な、なんだと!?」
「安心しろ、お前とワシら以外には見えぬ紋様じゃ。これは"従者の誓い"じゃ。ここで姫様に命の危険にさらされるような事があれば姫様の代わりに真っ先にお前が死ぬ契約じゃ。どうじゃ、愉快じゃろう?」
にゃはははは、と甲高くジェイドは悪趣味な笑い声を上げた。
「ゆ、愉快?」
──いや、不愉快だ!
怒鳴り散らしてやろうかと思ったが、シルヴィアが申し訳なさそうに表情を曇らせていることに気が付いて、ぐぐっと喉の奥に力を込めた。
──くそ、可愛いからってなんでも許されると思うなよ!
「……ごめんなさい。ですが、どのみち私たちの姿を見てしまった以上、契約を交わそうが交わすまいが、あなたの命の危険は変わらないのです」
「はぁ!?」
「ほりゃ、行ってこい。従者」