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「ねぇ、君の物語はおしまいなの?」
もう一度、聴こえた。少年のような声だった。
そいつが誰なのか知りたい気持ちよりも、俺は自身に襲いかかる絶望的な喪失感に呑み込まれそうだった。自分の心臓を抉り取られたかのように苦しくて痛かった。
「君たちにとっては、ただの蝶々一匹なんでしょ? なにがそんなに哀しいの?」
「わか、......んねぇー......よ」
──わかんねぇけど。俺にとっては、とても大切な存在だったんだ。
もう、声すら......聴こえない。
「意味がわからないよ。ねぇ、じゃあ、物語は続くの?」
場違いなほどに軽快な声に、不快感しか覚えない。まるで、楽しい物語の続きをせがむ子供の声そのものだった。
「なんなんだ、お前......」
はじめて顔をあげて、声の主の姿を探る。けれど、あたりはいつの間にか図書室ではなく、真っ白い空間に移り変わっていた。
乳白色の空間に、床も、天井も、壁すらもなかった。
「な、なんだ......これ、」
ただの空虚な世界に、小学生くらいの少年がひとり立っていた。両手にしっかりと一冊の本を抱えて。
「ずっと、見てたよ。君はどうしてなにも望まないの」
「なにも、って......ずっと?」
こいつの言ってる意味こそわからない。そもそもこの空間はなんなんだ。全部が夢なのか、まだ俺は寝惚けてるのか。
「君は、誰かのためにって、いつも人のせいにして、なんで自分自身の為に生きないの?」
「なにを......」
「彼女のそばにもっと一緒にいたかったんでしょ? なんでそうしなかったの」
──彼女......?
黒い瞳をまんまるにして、少年は無垢な瞳で問い掛けてくる。スッと人差し指で俺の右手を指差した。
「君の白い蝶々のことだよ」
促されて、手のひらのなかを見た。そこにはもうなにもなかった。
「君の望みが曖昧だから、曖昧な結果になったんだ。どうして自分自身の望みを叶えようとしないの?」
「俺の......望み?」
「彼女は、ひとりで行ったよ。勝ち目なんてないのに。彼女は最後に、君が自分と出逢う前の普通の生活に戻れるように願ったんだ。つよく、とても強くね」
「彼、女......?」
だから、ずっと誰の話をしているのかまったく俺には理解できなかった。少年は眉をよせ、首を傾げた。
「そう......君の記憶さえも消してね。ただでさえ彼女の魔力は残り少なかったのに。あのお供の竜の力さえも使って、最後まで黒の魔女から君を守り通したんだ」
少年は、両手でしっかりと持っていた本をこちらに差し出した。ちいさな手で持つ本は、実際よりも大きく見える。古めかしくて、見るからに埃臭そうな見た目の本の表紙に書かれたタイトルは、"異世界の書"。
見たこともない本だった。
「この本は、生まれてからずっと、"終わり"が描かれていないんだ。なんでだと思う?」
「......作者が途中で死んだとか、そういう理由か」
未完の本なんてそう珍しくもない。いつの間にか、少年は子供らしくない口調と、深い瞳の色に変わっていた。少年は首を横にふる。
「この本の作者は、登場人物ひとりひとりだからだよ。登場人物の想いだけで物語が造られているんだ。綴られた物語は数多くあるけれど、この物語だけは別格。登場人物ひとりひとりに自由な意志があるんだ」
「自由な意志って......」
そんな勝手な本、あるわけがない。けれど、少年はニッと笑ってさらに続けた。
「そして、未だに誰も終わりを綴っていない」
"ユート!"
"優都ッ!"
「ほら、うるさいのが割り込んできた」
ニヒヒと八重歯を見せて、少年は子供らしい悪戯な笑みを見せた。
「ここももうすぐ破られるね。彼女の想いも台無しだ」
ちいさく呟くと、なにもない空虚な空間を見上げて微笑んだ。
「最後に教えて、君は、物語を続けるの?」
「続けるもなにも、このままじゃ終われないだろ。こんな意味のわからない終わり方なんて誰が選んだってありえない」
少年は満面の笑みでこちらを振り返った。
「良かった! 僕たちの力は強いけれど、君の意志にそってでしか動けないんだ」
「お前、まさか......」
何処かで、いつか、俺はこの声を聴いている。たんぽぽの花が咲く丘で、誰かと一緒に。
風が吹いた。とても強い風だった。乳白色の世界が、吹き荒れる風に破られていく。体ごと吹き飛ばされそうな強風に、思わず振り返った。
──子供なんて簡単に飛ばされちまう!
なのに、少年は笑みを崩さずその場に佇んでいた。前髪ひとつ風に乱れた様子はない。
「早く彼女のところに迎えに行ってあげて! 彼女はまだ真実を知らない。彼女ひとりだけじゃ乗り越えられないんだ!」




