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みたらし団子は竜の心を掴む

 




「~ぶびぃ~」



「俺は別にシルヴィアを信用してないとかじゃなくて、」



「びぃ~にゃあ~」



「俺なりに、シルヴィアのことをその、守......」



「ぶびぃ~にゃ~」



「いや、ちょっと待て! なんだこのさっきから不細工なカエルを踏み潰したような身の毛もよだつ鳴き声は」



 先程から会話を遮る奇怪な鳴き声が、俺のせっかくの真剣な話の腰を折りまくっている。



「ぶびぃ~」


「豚か!?」



 思わずシルヴィアを見ると、シルヴィアは口元を隠して笑っていた。



「シ、シルヴィア?」


「ふふふ、もう......ごめんなさい。これは、きっとあの方の......ふふふ」



「あの、方って......」



 問い掛けようとすると、唐突に襖が開いた。暗い襖の奥から、ぬ、っと出てきたのは、モフモフの黒と白の猫の手だった。



「ジェイド!?」



 ふらふらと這うように現れたジェイドは、縁側まで出てきて、グッタリと倒れ込んだ。いつもの艶々の毛並みはやつれて、息も絶え絶えに見える。



「お、おい! 大丈夫か?」



 慌てて抱き抱えてやろうとすると、開いた襖の部屋から一際大きな豚の鳴き声が響き渡った。



「大豚なのか!?」


「レティシアじゃ......レティシアの"いびき"じゃよ。ユート、ワシはもう......耐え、られ......ん......」



 ピクピクとこちらに伸ばされたジェイドの右手は、俺の足に届く前にパタリと床に落ちた。


 ジェイドが出てきた部屋を見ると、ふかふかの上等な座布団の上にまるくなって......いや、腹を出して大の字に眠る茶トラの猫の姿があった。




「みたらし......団子......もう、離さない......にゃ」



 ちいさな口元に団子型のぬいぐるみを咥えて、はむはむしている。



「お、おい......あの猫って、レティシアだよな。さっきまでの威厳はどこにいったんだ!?」


「優都様、どうやらレティシア様の代償は、世界のしるべとまで云われた太古からの豊富な知識だったようなのです。知識を無くした分、この世界の"みたらし団子"にレティシア様は心を奪われてしまった様子で......。その上、この姿のレティシア様は......」



 言いながら落とされたシルヴィアの視線を辿って見ると、レティシアのまわりには、魚の形をしたぬいぐるみや、猫じゃらしやらが散乱している。そこかしこに転がった鈴のついたボールを見るに、レティシアが寝る間際まで無邪気にそれで遊んでいたのであろう光景が目に浮かぶ......。

 たしか、どれも凛花がファフニールをあやすために使っていたものだった気がするが。



「竜も、幼児返りするのか......?」


「ふふふ、優都様、どうぞ、このことはレティシア様には内緒に。レティシア様は守護竜のなかでも一際高貴な竜として、ずっと王族にも民からも崇められておりましたから......もしかしたら、このような姿になられたことで羽目を外されているかもしれません」



 いつの間にかレティシアのそばに歩み寄ったシルヴィアは、無防備に上下するレティシアのポンポンの腹にタオルケットをかけていた。



「ぶびぃ~」



 ソッと、レティシアの頭を撫でてやるシルヴィアの瞳は、とても穏やかなものだった。満月の灯りだけに照らされたシルヴィアは、いつもの無垢な雰囲気に相まってどこまでも優艶(ゆうえん)だった。



「守護竜とは、もしかしたらとても酷な存在なのかもしれません。数百年もの長き年月をずっと、国と血の契約に縛られ......、きっと、ここにいると守護竜も、束の間だけ、自らの役割を忘れて自由でいられるのです」



 それを聞いて、思わずグッタリとしたジェイドに視線がいった。垂れた耳と力無くのびきった手足、モフモフの尻尾からは残念な程に竜の威厳は微塵も感じはしない。


 ジェイドを抱えあげると、「みゅ~」とジェイドらしからぬ気の抜けた声が聴こえた。シルヴィアにならってその頭を撫でてやる。



 ──そうか、数百年、守護竜として生きてきたジェイド達に、己の自由はなかったのか。




「......頑張ったな、ジェイド」



 声をかけてやると、ジェイドは口元だけ動かして鳴く真似をした。それは、猫が甘える時にする仕草だった。


 それを見て、嬉しそうに目を細めて微笑むシルヴィアの横に並んで、無意識に、その金糸のちいさな頭にも触れそうになった。


 同じ苦しみを経験していないと、きっと、その者の苦しみを理解することなんてできないんだと思う。



 シルヴィアも......ずっと"お姫様"、大変だったのか。穏やかな笑みをこぼすシルヴィアから視線を外して、ずっと、気掛かりだった事をシルヴィアに伝えなければ、とそう思った。




「シルヴィアの......王子......。俺が見たあいつは、シルヴィアの名前を呼んで、シルヴィアの髪を......撫でてさ、きっと......シルヴィアのところにリディアス王子(あいつ)もはやく戻りたいんだと思う」



 ──以前、シルヴィアが不安をこぼしていた。"王子はシルヴィアのもとから離れたくて異世界に来たのではないか。シルヴィアのことなんて本当は想っていなかったんじゃないか"


 そんな様子は、俺が見た王子の姿には、一欠片だって感じることはなかった。



 レティシアが言うように、リディアス王子は、世界の理さえも跳ね返してしまうほどの意思で、強くシルヴィアを求めている──


 その姿は、絵に描いたおとぎ話の王子様そのものじゃないか。



 ......そうだ。完成された物語に、最初から、俺が入る余地なんてあるわけがなかったんだ。



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