王子の代償
更新遅れてすみません...。なんとか戻って来れました。
「リディアス……王子」
レティシアの言葉を茫然となぞるのは、シルヴィアだった。
まるで実感がわかない、そんな感じの声音だった。シルヴィアは名前すらわからなかったんだ。等々、シルヴィアが探している王子の手掛かりが掴めた。
なぜかチクりと痛む胸に疑問を感じていると、ジェイドがレティシアに詰め寄った。
「王子とはどこではぐれてしまったのじゃ。姫様は王子を探しにここに来ておるのじゃがの」
「妾は世界を渡る際に力を貸しただけ。元々王子はひとりでこちらの世界に渡って来るつもりだったようじゃ。その辺は妾より、姫様の方が詳しいのではないのか」
首を傾げるレティシアの視線を受け、シルヴィアが一瞬、哀しい瞳をした。
「レティシア様、残念ながら、私には王子様の記憶が無いのです」
「なんと……」
押し黙るレティシアの茶トラの猫の顔からは表情が読めないけれど、ただ一言、「そうであったか……」と呟いた。
「世界の理じゃよ」
ジェイドが言うと、レティシアも言葉を続けた。
「まさか姫様が記憶を無くしておったとは、……世界の理は、リディアス王子にも代償を求めたのじゃ」
「その代償で姿を現せないのか?」
つい語気が強くなる。歯痒い気持ちが隠せなかった。なんで姿を現さないのか。レティシアは頭をふると、シルヴィアを見詰めた。
「ほんに酷な話じゃ。我ら竜には到底わからぬ感情ではあるがの。世界の理は、リディアス王子にも、姫様との記憶、思い出を、王子の一番愛する者の記憶すべてを差し出すよう言ったのじゃ」
「それってシルヴィアと同じ代償じゃない!」
凛花が体を乗り出した。その通りだ。まさか王子もシルヴィアと同じ代償だったなんて。シルヴィアも息を詰めて驚愕している。
「けど、それがシルヴィアの前に姿を現さない理由にはならないだろ。シルヴィアだって、こうして記憶を無くした後でさえ王子を探してるってのに」
「優都の言う通りよ。シルヴィアを助けたって言うなら、なんで堂々と出てこないわけ?」
肩に乗ったジークフリートも"うん、うん"頷いている。シルヴィアがソッと胸の前で握った手に力を込めた。
「王子様は、私達の前に姿を現せないなにか理由でもあるのでしょうか」
「いいや」とレティシアが頭をふる。
「リディアス王子はこうと決めたら曲げない男なのじゃ。余程、代償が気に入らなかったようじゃの。あの愚か者は、世界の理に刃を向けたのじゃよ」
「まさか! 世界の理に!?」
ざわめく俺達を他所に、ジェイドだけが愉快だとばかりに鼻を鳴らした。
「それはワシとて想像もつかんかった事じゃ。世界の理は、人でも竜ですらもないものじゃからの。リディアス王子よ、なかなか面白いやつじゃのぉ」
「世界の理に刃を向けたって、それで、王子はどうなったんだ」
世界の理が何なのかすら、きちんと把握は出来ていない。けれど、ジェイドすら大人しく従った者に歯向かうなんて、俺の想像の範疇を越えてる。
「勿論、世界の理にその様な事は通じぬ。理はすべてをそのまま跳ね返す。リディアス王子が向けた剣はそのままリディアス王子に向けられ、王子はバラバラに裂かれる所じゃったが、咄嗟に妾が守りの加護をかけた。世界の理と妾の魔力がぶつかり、その時に莫大な魔力の力が溢れたのじゃ。その力に反応して黒の魔女まで姿を現したのじゃ」
「それって、想像したくない状況よね」
「王子様は、その時に力を使い果たしてしまわれたのでしょうか。そして、黒の魔女から身を隠し続けている、と……」
シルヴィアから視線を外して、レティシアは声音を幾分か落とした。
「もしくは、もう既に、黒の魔女の手に落ちているか……どちらかじゃろうな」
シルヴィアが眉を寄せ俯く。王子が姿を現す前に、確かカラスの羽根を見た。まさか、王子は魔女に捕らわれているのか。
「王子は、カラスの羽根と一緒に現れたんだ。意識を無くす前に、カラスの大群が雪崩れ込んできて。その後からは、どうなったか……わからない。けど、シルヴィアと俺を助けてくれたのは王子で間違い無いと思う。……シルヴィアの事も、ちゃんとわかってるみたいだった」
意識を無くす前の光景が脳裏に蘇る。シルヴィアを見詰める金色の瞳は、どこまでも優しいものだった。王子が黒の魔女に囚われているのなら、姿を現さない理由がこれで納得できる。
「王子様は、既に黒の魔女の手にあると」
そう呟いたシルヴィアの険しい顔だけが、胸のなかにいつまでも残った。
本編の更新でなくてすみません。
身辺が落ち着かない状態がしばらく続いておりまして、このまま放置も申し訳無さすぎて、誠に勝手ながら更新自体をお休み、というかこんな中途半端ですが、第一部完結とさせて頂きたいと思います。
先の更新を楽しみにして下さる方、ここまでお読み下さりました神のような方、もしいらっしゃいましたら、心よりの感謝とお詫びを申し上げます。
第二部は、身辺が落ち着き次第書かせて頂きます!




