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茶トラの猫、レティシア




「ユートの肩の傷は、なんとか塞がったが、問題は黒の魔女の毒林檎の方だ」


「白雪の姫の呪いとはの。その呪いは、王子の口付けで呪いが解けるのかの」


「そうよ。でも、この場合はどうなるの、優都はなんたって男だし」


「ミー」



「では、私が代わりに口付けしてみるか、大丈夫だ、私は一応"王子"だ」



「ちょ、ちょっと! やめなさいよ! ジークフリート!! そんな事したら、別の意味で優都が深い眠りについちゃうわよ!!」



「愛するものの口付けで、優都様は目覚めるのですね──では、」


「ちょ、ちょ、ちょ! シルヴィアまで! なにやってるの!? ちょっと、ちょっと待って!!」



 やけにまわりが騒がしい。閉じた瞼の向こう側から、熱い吐息がかかる。目の前が影って、ゆっくり目を開けた。



「──うわぁあああ!!」


 

 眼前に、ジェイドのピンク色の鼻面。俺の唇めがけて、ω型の口が迫り来る。かけられていた布団を跳ねあげ、渾身の力で叫んだ。



「辞めろ、ジェイド!! もう少しで心臓が止まるかと思ったぞ!!」


「にゃん? 目覚めたかの、ユート。なんじゃ、ワシのうどんへの果て無き熱意は、猛烈じゃぞ」


「優都! 良かったああ!! 心配したんだらね!!」


「目覚めたか! ユート!!」


「ミー!」



 人の姿に戻ったジークフリートに、凛花、ファフニールに、迫り来るジェイド。一斉に向けられた顔ぶれに、しばらく状況を把握するまで時間がかかった。



「な、え……?」



 ってか、ここ何処だ。


 あたりを見渡すと、広い畳の部屋だということはわかった。凛花の家か? なんでここにいるんだ、俺。まったく記憶に無い。


 確か、俺は図書室にいて──毒林檎にやられて、ミノタウロスと戦って……それで……


 ──シルヴィアは!?




「シ──ぶっ!!」




 口を開いた瞬間、勢いよく布団の上に押し倒され、背中をぶつけて息が詰まった。


 目の前には、太陽の光を浴びて、蜂蜜色の髪が眩しくなびいている。身体に伝わる柔らかい感触とぬくもり、優しい花の香りに包まれる。



「シ、し、ルヴィア……?」



 思い切り抱き付いてきたのはシルヴィア。その細腕は、かすかに震えている。驚いて思わず抱き止めてしまったけれど、シルヴィアは容易く腕のなかにおさまっている。



「良かった、本当に……良かった!」



 掠れた声をしぼり出して、シルヴィアは俺の肩に顔を埋めている。



 ──泣いてるのか?



 どうしていいのかもわからずに、シルヴィアを支えて、ゆっくり起き上がって固まるしかなかった。



「ミー!」


「ファフニール!」



 ファフニールまでも俺の腕に抱き付いてきた。ジークフリートがそんなファフニールを優しく見守りながら、俺の隣に片膝をつく。




「ユート、私もまた会えて嬉しいぞ。無事でなによりだった」



 ジークフリートが俺の肩を叩く。その瞳が力強かった。



「本当に、無茶しすぎよ。傷だらけのあんたをここまで運ぶの、大変だったんだからね」



 凛花の瞳が濡れている。まったく状況が理解できない、頭のなかが真っ白だ。助け船を出してくれたのは、ジェイドだった。



「本当に驚いたぞ、ユート。姫様の魔力の気配が突然消えたと思っとったら、建物ごと黒の魔女の結界のなかじゃったからの。ワシらでなんとか結界をこじ開けてなかに入ったのじゃが、結界内で姫様とお主、それにレティシアまでもが倒れておるとはの」


「レティシア……そうだ、あの竜は!」



「まさかソナタらまでも、こちらに来ていようとは」



 落ち着いた気品のある声だった。ジェイドの後ろから、茶トラの猫が顔を出した。クリクリの青瑪瑙色の目に、ちいさな鼻面。品のあるちょこんとした口元。なんとも可愛らしいメス猫だ。


 前足を揃えて、目の前に座った。




「あの、虹色の鱗の竜?」



 尋ねると、茶トラの猫は尻尾をゆらゆら揺らした。




「あぁ、そうじゃ。この様なケモノの姿であるのが口惜しいが。ソナタには礼を言わねばならぬ。妾とシルヴィア姫はソナタの機転に助けられた。黒の魔女も今頃、妾の呪い返しが効いておるはずであろう。高貴な存在である竜を、あのような狭い結界に閉じ込めようとは、万死に値する」



 レティシアはそう言って前足で顔を洗う。大層なことを言っても、やっぱり依り代は猫なんだな。



「お主の受けた傷はすぐにレティシアと姫様が塞いだのじゃが、毒の解除がなかなか難航しておっての、あれから四日、お主は眠っておったのじゃ。毒はなんとか中和できたようじゃが、どうやら黒の魔女は、姫様の命を狙っておったようじゃ」


「大変だったのよ、優都。あんたが全然起きないから、その間はシルヴィアが付きっきりで看病してたんだから」


「シルヴィアが?」



 いまだに胸のなかにいるシルヴィアにぎこちなく問い掛ける。顔をあげたシルヴィアの潤んだ瑠璃色の瞳に見詰められて、一気に顔に熱がこもった。



「シルヴィア……?」



 声を掛けると、やっと我に帰ったのか、シルヴィアも慌てて体を離した。その顔が、耳まで真っ赤だ。



「申し訳ありません! 私としたことが、取り乱してしまって……レティシア様の封印を解く為に、優都様が従者の誓いを発動させた時は、もう二度とこうしてお逢いすることができないかと……」



 乱れた髪を整えながら、シルヴィアは視線を反らす。その姿を見て、いたたまれずに頭をポリポリ掻いた。いつの間にか式神姿に戻ったジークフリートが俺の肩にのって、肘で俺の頬をつついてる。


 なぜか凛花までもニヤける口元を抑えて、怪しい目付きで俺を見ていた。



 ──完全に面白がってやがる。こっちは本当に死にかけたってのに。



「レティシアの国は、戦の最中じゃろう。王子とお主まで不在とあれば、国の方はさぞかし混乱しておるじゃろうて」


「妾は王子と黒の魔女に捲き込まれただけ。元々こちらには来るはずでは無かったのじゃ。……あぁ、海を渡る風が恋しい……」



 レティシアが大仰しく頭をふる。確か、王子の国の守護竜は、水竜だときいてはいたけれど。




「そうだ、……王子は……?」



 見渡す顔を見てもあの銀髪の青年はここにはいない。シルヴィアを見ても、不思議そうにこちらを見ている。



「王子と妾はこちらの世界に渡る際にはぐれてしまったのじゃ。妾は忌まわしき黒の魔女の力で鏡のなかに封じられていたのじゃが、王子が無事かどうか……いまはわからぬ」



 レティシアの白いヒゲが力無く垂れ下がる。




「いや、王子は無事だ」



 まだあれが王子だったかまでは確信はない。けれど、俺の言葉に、レティシアが眼を剥く。この場にいた全員が驚嘆している。



「俺も意識が飛ぶ寸前だったけど、誰かが……シルヴィアを助けたんだ」


「姫様を助けたのはソナタであろう、ユート」


「ミー」



 レティシアが訝しむ。「そうよ、あんた大丈夫?」と凛花もその隣で頷いているが、シルヴィアだけはじ、っとこちらを見ていた。



「シルヴィアは……なにも、見てないのか」


「……はい、私が目覚めたのは、結界を破ったジェイド様の呼び声でした。すぐにレティシア様も目覚めて、慌てて優都様の手当てをしたのです。ですが、その時は私達以外は、誰もおりませんでした」



 ──黒の魔女の幻影か? いや、そんなはずはない。現に、シルヴィアも俺もこうして無事にいられるのは、確かにあいつがいたからだ。


 レティシアの丸い青瑪瑙色の瞳が、俺の顔を覗き込んだ。



「その王子らしき者は、もしや、大鷲の剣を携えておらんかったか」



 大鷲の剣、そうだ、確かに大鷲だった。




「あぁ、確かに持っていた。それに銀の髪に、金色の瞳。シルヴィアを守る為に、大鷲の剣で大斧を切り伏せたんだ」



 レティシアが、「そうか……」と静かに頷く。



「銀の髪は、我がグロウディス王国の始祖たる者から代々受け継がれてきたもの。金の瞳は、妾が祝福を与えた者の証。大鷲の剣は、我が王国の王位継承の者だけが扱える尊い剣」



 この場にいる全員が息を呑んだ。続く言葉を、シルヴィアはどれだけ待ち望んでいたのだろうか。


 レティシアは、口を開いた──





「間違いない。それは、我がグロウディス王国の王子──リディアス王子であろう」





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