逆転生物語的なやつなのかこれは
まさか、まさかだけどさ。
「えっと、シルヴィアさん……と、ジェイド……様は、いったいどちらの世界から……」
ゴクリ、と喉の奥から鈍い音がした。問い掛けに答えて欲しいような、欲しくないような。あの稲妻といい、喋ってる猫といい、作りモノにしては妙にリアルすぎる。
自分も図書委員を自ら勝手出るくらい結構な読書家であることは自負している。だからこそなんとなくだけど、もしかしてこれはあれか。最近巷でやたら流行ってるあれだ。
イヤな予感しかしない。ぶっちゃけ俺の心境は好奇心よりも逃げ出したい気持ちしかない。そんな俺の心を見透かすようにシルヴィアの瞳が優しくこちらに向けられた。
「私たちはこの世界とは異なる世界から参りました。こちらの世界は確か"ニホンコク"と言うのですよね。世界の狭間を抜けて、こちらに渡って参りました」
至極真面目にシルヴィアは言ってのけた。その潔い姿を見てなにかを察する。
やっぱり、そうだ。これはいま流行りの異世界転生物のなかでもチラホラ稀に見る逆転生的な物語のやつだ。転生というより転移か? 異世界で無双したヤツが平和な現代に来てドタバタコメディを挟みつつなんだかんだでまた世界を救っちゃうみたいな。
マスコット的な猫ちゃんまで連れて。はいはい、わかった理解した。
「そ、そっか、邪魔しちゃ悪いよな、じゃあ
俺はこの辺で……」
俺は背後を確認しながらこの状況から一刻も早く退避するタイミングを見計らう。厄介事なんてレベルじゃない、そもそも一般人の俺が出る幕じゃない。
ジリジリと後退さる俺の気持ちなんぞ露と知らずシルヴィアは言葉を続ける。
「失礼かとも存じますが、あなたのお名前をお聞かせ頂けますか? 出来れば、あなたのお力を私たちに貸して頂きたいのです」
シルヴィアのなんの疑いも知らないような真っ直ぐな瞳に見つめられる。眩しいばかりの満面な笑みまで向けられると若干の罪悪感を覚える。
──くそ、可愛いは正義なのか、己の男の性が恨めしい。
「杵島……優都」
勢いに押され、半ば強制的に声を絞り出して言うとシルヴィアの表情がパッと華やいだ。
「優都様ですね!」
──様付けとか、はじめて呼ばれたわ。名前教えただけでこんだけ喜ばれるとは。
「優都様。私たちはあの方を……一刻も早く、王子様を探しださねばなりません」
「王、子……?」
──人探し?
心無しか胸が傷む。そりゃあ、こんなに可愛いければ彼氏のひとりやふたりいない方がおかしい。
「王子様はこちらの世界へ黒の魔女と共に渡ってしまわれました。早く見つけださなければ、王子様は黒の魔女の手にかかり命を落としてしまわれます」
「命って……」
──そんな大袈裟な。
そんな魔女だの王子だの突飛押しすぎて訳がわからない。けれど、その瑠璃色の瞳だけは確かな意思の火が灯っているような強い眼差しだった。
「お願いです! 王子様を助けたいのです!」
すがるようにシルヴィアの白いちいさな手が俺の手を掴んだ。
──あったかい。あ、これ生きてる。当然だけど。
いや、待て。こんなに至近距離で美少女に見つめられるとさすがに俺でも動揺が隠せない。手汗が滲む、けれど、そんなことよりもシルヴィアの手が震えてる。いつの間にかシルヴィアの腕から抜け出したジェイドが足元でこちらを訝しむ目で見ている。その瞳は"まさか断るわけないだろうな"と暗に告げている。
なんだこの状況……。これ断わったら俺は冷酷非情な薄情者として、ふたりの記憶に一生残り続けるんじゃないのか。